最強魔王の子供達~仇の勇者を倒すため、チート兄妹が無双致します~

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<41・Jill>

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 創造主、アルテナ。
 この世界を作りし女神であり、同時にこの国・ラジスターアイランドの始祖でもあるとされている。
 遠い遠い昔、何もない真っ暗な闇の中に生まれた女神。彼女は生まれついて、自らの使命を理解していたという。即ち新たな世界を作り、生命を生み出すことが己の存在意義であるということを。
 彼女は世界という名の箱庭を作り、まず広大な海を作った。
 そして広大な海に一つの小さな島を作り、城を立てた。これが、後のラジスターアイランドの始まりの土地であり、現在王都がある場所だといわれている。
 島を作り、城を作った女神はさらにその城に住まう一組の夫婦を作った。これが、一番最初の王様であり、現在の王様の先祖であるとされている。
 王様とお妃様に、女神・アルテナは命じたという。

『この世界に、お前たちの手で楽園を築きなさい。いつか、私のような神が生まれてくるにふさわしい国を。そして、神が生きるに値する国を』

 王様とお妃様はたくさんの子供を作り、さらにその子供たちが島を少しずつ埋め立てて大きくしていったという。やがて子供たちが文明を作り、田畑を耕し、町を築き、どんどん世界を広げていったのだそうだ。
 ラジスターアイランドはまさに、女神が最初に作り上げた聖地。そして、女神が最初に作り上げた偉大なる祖先こそ、ラジスターアイランドにおける王様とお妃様であったという。ゆえに、彼らは尊く、最初に彼らに付き従った子孫が貴族の祖先となり身分制度ができたーーのだとかなんとか。
 まあようするに、これはラジスターアイランドにおける言い伝えというわけである。おそらく、ほかの国にはまた似たような別の伝説が伝わっていることだろう。ラジスターアイランドの王族を特別視するため、ひいてはこの国の優位性を民に知らしめるため王族が元あった伝説を改変して流した可能性が高いと思われる。

「これが、今……あなた方が生きた国、ラジスターアイランドに伝わるこの世界の伝説。そうですね?」

 金色の髪に金色の瞳。
 白皙の美貌を持つ女神は真っ暗な闇の中、ジルとルチルにそう語った。

「この伝説はおおよそ正しい。これは、実際に起きたこと。まあ、一部ラジスターアイランドの王族に都合の良い改変が加えられていますが……最初の王様に私が何を頼んだのか、世界の創生には大きな違いはありません。抜けているのは、むしろこれよりも前の部分」
「前?」
「世界が作られる前に、何が起きたのかです。……この世界が始まるよりも前に、もう一つ別の世界があったのですよ」

 彼女はジルとルチルが此処に来ることがわかっていたようだった。そして、“自ら会いに来るな”という勇者の掟を破ったゴートンについても取り立てて怒っている様子ではなかった。ジルが勇者たちの話から想像していたのは、自らが敷いたルールを他人に守らせるためなら、死の罰を与えることも厭わない非情で厳格な性格。だが、今目の前で穏やかに語り掛けてくる女性と、あまりにも一致しない。
 あまりにもその声は淡々としていた。真実を隠すこともしなければ、何かを反省している様子もなく、此処まできた自分達を哀れんでいる様子さえない。

「かつて、この世界には別の世界がありました。……あの勇者達を呼び出した、令和の日本に極めて近い世界です。尤も、あの世界よりさらに科学技術は進化していましたが」

 女神は目を伏せ、ですが、と続ける。

「その世界は滅んだのです。進みすぎた科学に人が溺れたせいで。もともと環境汚染は進み、たびかさなる戦争に星はボロボロになってしまっていました。それを見て、この頃既に人類が頼り切りになっていた人工知能……意思を持ったAIたちが決断を下したのです。この惑星を守るためには、人間を滅ぼすほかないと。彼らに頼りきっていた人類になすすべはありませんでした。人類は、自分達が作ったAIの反逆によって滅んだのです。自分達が散々環境破壊をし、醜い争いを繰り返した結果なのですから因果応報なのでしょうが」
「人工知能が意思を持つなんて、そんなことがあるのか?」
「ああ、魔王の元で進んだ科学を経験していた貴方たちには、人工知能そのものはご存知でしたね。我々は意思を持ったAIの開発に正解していたのです。……ただ、AIたちにも誤算はありました。彼らが反逆を起こすには遅すぎたこと。AIにAIの完全なメンテナンスは難しかったこと。そして……意思を持ったせいで、結局AI同士も優劣を競って争うようになってしまったこと」
「…………」

 心を持つ。それはつまり、個性を持つということでもある。
 個性があるということは、好きなものも嫌いなものも違うし、出来ることと出来ないことが違うということだ。
 赤が好きな人は、身の回りものをみんな赤で揃えたいかもしれない。しかしそれで青が好きな人の持ち物まで良かれと思って赤に塗り替えたら、その人が嫌な思いをすることは避けられないだろう。
 そして、自転車が簡単に乗れる人は、乗れない人の気持ちを理解することが難しい。自転車に乗って荷物を3キロ先まで配達してくれ、という任務があったとして。既にすいすい自転車に乗れる人が任務をこなすのと、まず自転車に乗るところから始めなければいけない人が任務をこなすのはどれほど大変か。乗れる人が30パーセント努力しなければいけないところ、乗れない人は150パーセントの努力を要求されて苦悩するかもしれない。自転車に乗れない人はその代わり暗算が得意かもしれないのに、苦手なことを無理やりやらせて足並みを揃えようなんて無茶がすぎるというものだ。
 AIでも、同じことが起きたというのか。自分とは違う個への思いやりを持てなかったせいで。
 否。むしろその慈悲がなかったからこそ、感情より合理性を優先するAIだからこそ――人類を滅ぼすなんて決断ができてしまったのか。

「気づけば、残ったのは闇に閉ざされた世界と……一人の科学者のみ」

 彼女はほんの少し寂しそうな顔で、遠くを見つめた。

「その科学者がつまり、私なのです。私は一人だけ生き残った孤独に耐えられませんでした。人類が既に、不老長寿の力を手に入れていたことも問題でした。私は長い寿命を一人で生きることに耐え切れず……神になることを選んだのです」
「そして新しい世界を……ルチルたちの世界を作った?」
「その通り、世界を作り、人類を作り。科学の力を応用して、魔法と呼ばれるようなものも生み出しました。全てはたった一つの目的、そう」

 す、と目を細めるアルテナ。

「全てはいつか……いつの日か、私と並び立つ神を作るために。……そう、私と同じ寿命を持ち、私とともに生きてくれる、そんな神を。あるいは、私を殺して私に成り代わってくれる神を」

 その言葉で、ジルはいろいろと察してしまった。彼女にとって自分達の世界は、ちっぽけな箱庭のようなもの。檻の中のマウスのようなものだったのだろうということが。

「……ヴァリアントは、ひょっとして。あんたが意図的に作った実験体だったわけか?人間を急激に進化させればどうなるのかっつー」
「その通り」

 女神は頷く。

「長い月日を重ねましたが……人類の寿命はなかなか延びませんでした。高い魔力を持つ者、科学力を持つ者、多くの才能が生まれましたが私の頂きに到達するほどの者は現れなかった。ゆえに、実験の方針を変えたのです。私が作り出した“進化の種”をランダムでばらまき、それによって急激な進化を遂げてくれる人が現れることに期待しようと」
「ということは、ヴァリアントってのは……」
「その進化に耐えられなかった、失敗作です。……残念ながら、私の種に耐えうる人材はなかなか現れませんでした。ゆえに、もう一つ手を打つことにしたのです。この脅威を逆境とし、自ら進化してくれる者が現れることに期待しようと。……貴方がたは、私が魔王アークを邪魔もの扱いして排除しようと考えたと思っているようですが、実際は真逆です。私は期待していたのです。私が力を与えた勇者と魔王を戦わせることにより、双方が神の領域まで進化してくれることを」

 ところが、と彼女は首を横に振る。

「誤算が起きました。神になるにはあまりにアークは心根が穏やかすぎた。戦いになる前に、勇者の手で葬り去られてしまうなんて……しかも、彼が育てた多くの将来有望な仲間たちとともに。……私は勇者達の育成方針を変えなければならなくなりました。彼らがヴァリアントに疑問を持ち、私に疑問を持ち、力を合わせて私のもとに至るほどの精神性を持ってくれるかどうか。もとより、私の与えた“スキル”に適正を持つ者ばかりを令和の日本で殺害し、転生させてきたのです。可能性は十分あると、考えていたのですが」
「実際現れたのは勇者ではなく……俺達だった」
「その通り。……わからないものです。実験の結果は、行ってみるまでは予想がつかないことばかり。極めて興味深いと言えます」
「…………」

 ぎり、とジルは拳を握りしめる。
 手を伸ばして、ようやく掴んだ真実は。想像以上に無情なものだった。この女神はただ、孤独を終わらせたかっただけ。それそのものは誰もが抱く普通の感情だ。だが。
 彼女が自分で作った世界だからといって、どうしてモルモットのように弄んでいいなんて話になるのだろう?人類の進化を期待した、なんて聞こえはいいが。実際やったことと言えば、罪もない人々を化け物に変えて、世界中を恐怖に陥れただけではないか。
 神に至ってくれると期待していた?そんなくだらない目的のためにアークは陥れられ、自分たちの目の前で殺されたというのか。
 勇者たちだってそうだ。彼女の力に適正があったから、それだけの理由で元の人生を奪われ、無理やりこの世界に連れてこられた。彼女の“ささやかな望み”のために、一体どれほどの者が苦しめられ、涙を流し、命を散らせていったと思っているのか。
 己に罪がないとは思わない。
 ジルだって、復讐が正義だと思って成し遂げようとしたわけではない。ただほかに生きていく方法が見つからなかったから、それだけだ。そのためにゴートンを騙し、マリオンを、ノエルを、サリーを、ゾウマを陥れ、最終的に死に至らしめた。それが罪だというのなら否定はしない。けれど。

「……俺は、あんたを絶対に許さない」

 低く、唸るように言葉を紡いだ。

「あんたはただ独りぼっちが嫌だっただけかもしれないけどな。その望みのために、一体どれほどの人が犠牲になった?苦しんだ?あんたは自分の望みを叶えるためなら、他人に平気で犠牲を強いる。それを些末なものだと切り捨てる。……人類に寄り添えなかった人工知能たちと同じ過ちを繰り返しているのがわからないのか。他人の立場になってものを考えたり、思いやりを失った者はいつか自滅するんだよ。それによって苦しんだはずなのに、あんたはそこから何も学ばなかったのか!」

 そもそも、勇者達は女神と連絡を取るとペナルティを受け、同じく会いに行こうとしてもペナルティを受ける仕組みだった。恐らくそれも、そのペナルティをヒントに真実にいたってくれるかどうか、あるいは仲間の犠牲を踏み越えて強くなってくれるかどうかを鑑みてのことだとでも言うのだろう。つまりその結果、自分で呼んだ勇者の誰かが死んでも構わなかったというわけだ。
 そもそも彼女が本当に思いやりを失っていなければ。勇者たちを“強制的に”異世界転生なんてさせなかったことだろう。希望者を募り、さらに仲間たちを思いやって敵と立ち向かえるような者達を選ぼうとしたはずだ。だが実際彼らはどうだ。強制的に連れてこられた上、誰も彼も協調性皆無な者ばかりだった。人の心や人格、個性を度外視した結果ではないか。そう。
 それこそ、彼女の世界を滅ぼしたAIと同じ失敗だろうに。

「自滅するなら、それでも良かったのです。……私を殺してくれる何かが現れること、それも私の望みなのですから」

 女神はうっすらと唇に笑みを浮かべて言う。一体どれほどの月日、彼女はこの暗闇の中で一人孤独に耐えたのだろう。同情などはしない。でも、それでも少しだけ哀れみを感じずにはいられないのだ。
 きっと彼女は神となったことで、人間として大切なものを失ってしまったのだろう、と。

「許さないと仰いますが、具体的にどうするおつもりですか?私は不老不死の神。残念ですが、貴方がたはまだ人間。……私を殺すには不十分です、残念なことですが」
「……そうなんだろうな」

 魔法にさほど長けていないジルにもわかる。彼女の全身を包む、膨大な魔力。あの壁を突破する方法を、自分とルチルは持たないと。でも。
 それは今、持たないというだけのことだ。

「決めたよ。俺はいつか、あんたを殺す力を身に着けてやる。そしてもう一度ここにきて、あんたを殺してやる」

 神になんてなりたいと思えない。
 でももし、そうあることでしかこの愚かな女から愛するものを守れないというのであれば、自分は。

「神にでも悪魔にでもなってやる。あんたのクソな実験を止めるためなら……!」
「お兄様……」

 ルチルの手をぎゅっと握りしめて言えば、女神は心の底から嬉しそうに笑った。そして、自分達に何かを投げ渡してみせる。
 それは、ゴートンが持っていたのと同じブレスレットとピアス。この空間に来るための、鍵だった。

「期待しています、ジル、ルチル。貴方たちがいつか、神となってくれることを」



 ***



 気づけば二人は、勇者たちが住んでいたあの屋敷のリビングにいた。
 待機していたであろうユリンたちが、驚いたようにこちらを見つめている。突然目の前に出現したのだから無理からぬことではあるが。

「え、えっと、その……」

 いろいろ話さなければいけないことがある。これからの方針もちゃんと考えなければいけない。それから何で自分が戻ってこられたのかとか、女神の正体だとかなんだとか。
 それでも、頭の中はぐちゃぐちゃで。ジルがどうにか絞り出せたのは一つだけだった。

「た、ただいま……」

 その言葉が今、一番求められていたものだと気づいたのは。その場にいた仲間たちに、さながらとびかかられるように抱きしめられた後だった。
 世界が大きく変わったわけではないかもしれない。
 真実は残酷で、けして自分達が望んだものではなかったかもしれない。
 希望なんてないのかもしれず、あったところで消えそうなほど微かなものなのかもしれず。
 そしていつか自分達は、己が犯した罪につぶされてしまうなんてこともあるのかもしれないけれど。
 それでも、一つだけ確かなことがあるのだ。

――俺達にはまだ……生きていく理由がある。生きなきゃいけない、その理由も。

 自分達は女神とは違う。
 独りぼっちではないという武器を手に――これからも、未来に向けて歩いていくのだ。
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