レネと天使とマシンガン

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<3・下層の闇、皇族の闇。>

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 エンジェリック皇国。それが、レネの生きるこの国の名前である。
 絶対君主である皇帝の下に、現在三人の皇子と二人の皇女がいる。この国では、皇位継承権に男女の差はない。現在の皇帝は男性だが、過去には女性が皇帝になったケースもある。また、長子が家督を継ぐなどという縛りも特にない。五人の皇子と皇女はすべて皇位継承権を持つライバルであり、幼い頃から仲が悪いらしいと噂はされていた。
 皇子と皇女は表舞台に立つことも多いので、レネも全員の顔は知っている。彼らはそれぞれ、自分達の自由となる手足、私設部隊を抱えているという話も。まさかその隊長に、こんな誘いを受けるとは思ってもみなかったわけだが。

「どうぞ、こちらへ」
「……」

 レネは渋々、ルーイに案内された黒塗りの車に乗せられた。
 お前はこのままでは、恨まれた貴族たちに殺される。生きたければ自分と一緒に来るしかない――ルーイにそう言われてしまっては、レネも逆らうことはできなかった。
 あの言葉の裏には、“お前が自分達の役に立つなら生かしてやるが、そうでないのなら危険だから排除してやる”という意味も含まれていると解釈したからだ。何より、皇子直属部隊の隊長に見つかってしまった時点で、レネはかなり窮地に立たされている。顔も名前も割れているし、残りの人生は一生犯罪者として追われることになるだろう。正直、それも御免という話である。
 そもそもの話、この国では本来売春・買春は法律違反だ。お金の為とはいえ、体と情報を売って歩いていたレネはそれだけで逮捕されかねない。この国の法律では、十二歳から刑務所に送られるのだから。まあ、今までやってきたことを踏まえると自分の場合、刑務所ではなくそのままあの世に送られる可能性の方が高いだろうが。

――胡散臭い人物だが、今はすり寄っておくしかない。

 レネは後部座席の隣に座ったルーイを見つめて、ため息をついた。忌々しいが、本当に綺麗な顔をしていると思いながら。

――金と権力があるのは間違いない。すり寄って懐柔して、逆にこっちが利用してやればいい。そうだ、むしろこれは、のし上がるためのチャンスと思えばいいんだ。

 体と情報を使って、相手を誑し込むのには慣れている。こいつも必ず落としてやる、とレネは心に決めていた。どうせ向こうも、自分のことは適当に使ってボロ雑巾のように捨てるつもりであるに違いないのだ。だったらこっちも、それ相応の対応をしてやるまでだ、と。

「レネさんでしたっけ、苗字は?」
「……ない」

 レネは首を横に振った。嘘ではない。なんせ、自分を売った母親の名前さえ己は知らないのだから。

「母親が俺のことをレネと呼んでいたらしいからそう名乗っているが、苗字なんて高尚なものがあったかは知らない。アンダークラスの人間には、そういうやつも珍しくない」
「確かに。現在この国には、孤児院にも入れないような子供達がスラムに溢れていますからね。むしろ親の顔も知らず、己の本名も知らない者など少なくないことでしょう。そして文字の読み書きもできない子供達は、生きていくために犯罪に走るしかなくなる。スリをする者、強盗をする者、暗殺者として育てられる者、貴方のように情報や体を売る者」
「詳しいんだな。まるで見て来たみたいだ」
「我々“ミカエル”のメンバーは、戦闘員であると同時に諜報員ですから。皇子のため、必要な情報は駆けずり回って調べるのもまた仕事です。特に、皇子は将来この国を背負って立つお方。臣民の暮らしを知らずして、皇帝になどなることはできませんから」
「ふん……」

 しょって立つ、ということは。彼は第三皇子こそ、次の国王に相応しいと考えているということなのか。いや、ここでルーイが“うちの皇子様はちょっと王様には向いてなくて”なんて口にしたらその方が大問題ではあるが。

「宮殿に着くまでに、いくつかお尋ねしたいことがあります」

 車が動き出す。この地域は治安が悪い。車道だろうと普通に横切る人間は後を絶たない。皇族の車が民をひき殺したなんてことになったらスキャンダルだろう(もみ消すこともできるだろうが)。車はゆっくりとしか進まなかった。

「レネさんは、いつから今の仕事を?」
「それはどっちの意味でだ?男娼か?情報屋か?」
「両方です」
「男娼になったのは多分五歳とか六歳だったと思うぞ。物心つくと同時に、母親に娼館に売られた。子供だと、男でも結構需要があったらしいな。親は俺を売り飛ばしてそのまま消えた。それ以来会ってない。そこでしばらく色々叩きこまれて、客を取らされて、そのあと金を持ち逃げして逃げた。それが八歳くらいだったか」

 正直、思い出したくもない記憶だ。泣いて縋る自分を、ゴミのような眼で見た母親。そんな自分を引きずってベッドに投げ捨てた娼館の主人。一番最初に自分を抱いたのはその主人だった。まだ五歳の子供をだ。むしろよく大怪我をしなかったものである。
 その娼館の最低なところは、主人自体が気持ち悪いショタコン趣味で、サディストであったということだろう。金になるならどんな酷い客もあてがったし、その結果殺されたり半身不随になった少年達があとを絶たなかった。同時に、子供達が失敗するとお仕置きと称して折檻したりレイプしたりを繰り返した。
 そこにいたのは親に売られた少年たちばかり。レネも結構酷い目にあわされたが、それでもまだ配慮されていた方だったと思う。――恐らくは、顔がそれなりであったせいで。それだけで商品価値が高いとみなされたせいで。

「八歳から一人で売りをしてた。そのうち、貴族に見初められて少しの間だけそいつの家で飼われてた。だから多少文字の読み書きはできるし、一部なら外国語もわかる。……情報屋を始めたのはその後だな」
「そうですか」

 別に隠すような話でもない。毎日当たり前のように同性に抱かれてきたわけだが、それを恥と感じる心はとっくの昔に失われていた。そんなこと、気にするようなら生きてこられなかったというのが大きいが。

「情報屋をされていたのでしたら、この国の情勢や、皇族の皆様方の関係についてもおおよそご存知ということで?」

 ルーイはそんなレネの話を蔑む様子もなく、さっさと続きを促してくる。まあ十三歳でここまで稼いでる男娼なんて珍しいだろうが、それまでの経緯自体は珍しいものでもないからだろう。
 この国では、産まれた階級で全てが決まってしまう。
 アンダークラスとして生まれついた時点で、まともな生活ができないことは確定したも同然。そう考えれば、レネはまだ食べていけている方であるのは間違いない。それこそ、五歳や六歳で売られた直後、大怪我をさせられてまともに排泄もできなくなった少年や、股関節を破壊されて歩けなくなった少年、病気を貰ったせいで森に捨てられる少年などいくらでもいたのだから。

「大体知ってる。場合によっては、あんたが知らないことも知ってるかもな」

 にやり、とレネは笑って言った。
 余裕を見せ続けなければいけない。この相手は支配できない、とこの食えない男に思い知らせてやらなければ。
 貴族の奴隷になるために、自分はこの車に乗ったわけではないのだから。

「現在の皇帝は、第三十二代元首、アンガス・エンジェリック。兄弟姉妹六人の中でただ一人生き残り、皇位を引き継ぐことになった男。継承にあたり大揉めに揉めたせいで、六人で“殺し合い”をしたのはあまりにも有名な話だ。その中でもっとも強く、優秀だったアンガスが勝利して皇位を引き継いだ、と。まあ本当に殺し合いをしたかは映像も何も残ってないから、そういう噂になっているだけで実は違うという説もあるが」
「ははは。この車の中であけすけにそんな話ができるとは、貴方も大物ですね」
「誉め言葉と受け取っておく。そんなアンガス皇帝の下には三人の皇子と二人の皇女がいる。年が上の順に、第一皇子マイルズ、第一皇女ガブリエラ、第二皇子ウェズリー、第三皇子アイザック、第二皇女クリスティーナと続く」

 皇子、皇女たちはそれぞれ皇帝から土地を与えられ、その土地を自分達の裁量で自由に治める権限を与えられている。それは皇族の支配を誇示すると同時に、皇帝からの“国を治める資質がどれだけあるか”のテストだと言われていた。つまり良い治世を行った者は皇帝としての素質ありとみなし、次の皇帝に指名される可能性が高くなるというわけだ。
 なお、本来次期皇帝は現皇帝が指名する形となるのだが、指名の前に皇帝が死んでしまったり危篤に陥ると話がややこしいことになる。
 過去には前皇帝が病で突如植物状態に陥ってしまい、一刻も早く後継者を決めなければいけなくなり、しかし皇帝が次の継承者を指名していなかったせいで泥沼の争いになったというケースもあったとのこと。――今の皇帝はその反省を踏まえて、元気なうちに次期皇帝を指名するのではないか?とひそかに貴族たちの間では噂されているようだった。
 そうなると、“ならば次の皇帝は誰なのか?”を慎重に見極める必要がある。貴族にとっても、自分が懇意にしている皇子・皇女が次期皇帝になってくれた方が都合が良い。その結果、水面下ではドロドロと濁った、皇子ごとの勢力争いが繰り広げられているというわけだ。
 有力な支援者が暗殺されることもありえるし、なんなら皇子自身も命を狙われる可能性が十分にありうる。もちろん、与えられた土地を十分に治めていくためには様々な力も必要だ。皇子それぞれが持つ私設兵たちは、裏の諜報活動も荒事も、全て一手に引き受ける存在と言っても過言ではないのである。

「まだ現皇帝のアンガスは次の皇位継承者を指名していないが……第三皇子のアイザックは次期皇帝の最有力候補として名前が上がることが多い。上の兄と姉を差し置いて、軍事においても大きな実権を握っている。何より彼が治める土地で、大きな暴動が起きたことは一度もない」
「ほう?」
「倹約家で、民から必要以上に税金を搾り取ることもしない。地主が横暴な振る舞いをすれば自ら出ていって交渉を行うし、犯罪行為も厳しく取り締まると……なんだ、その顔は」
「いえいえ」

 レネは特定の皇子や皇女を褒めるつもりは一切ない。ただ、実際そう言う話を聞いたということを、正直にルーイに言っているだけだ。
 しかし、隣で話を聞いているルーイは、明らかに顔をほころばせている。自分の主が褒められるのが嬉しくてたまらない、というように。

「私はアイザック皇子を、必ず次期皇帝にすると……そうお約束した身ですから。主君が良い評価を受けていると聞いて、嬉しくないはずがないでしょう?今の話だけで、貴方の株が爆上がりしましたよ」
「単純すぎるだろ」

 なるほど、とレネは心のメモを取る。ルーイの機嫌を取りたかったら、とりあえずアイザックを褒めておけばいいということらしい、と。頭は良さそうなのに、存外単純なのだろうか、この男は。
 同時に、こうも思った。

――アイザック皇子ってイケメン人格者だって有名ではあるけど……女好きだし、モテすぎるせいで女性関係のトラブルが絶えないって話なんだよな。庶民の女性にも手を出して、泣かされた人があとを絶たないとか……。

 そういう、ちょっとマイナスな話は知っていても黙っておくことにしよう、そうしよう。
 頬を染めてニコニコしているルーイを見て思う。――なんだかちょっと面白くない。そんな感情は押し込めることにして。

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