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<6・寝起きの頭と罪悪感。>
「ふごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……っ!」
朝。起きた時の気分は最悪だった。一人暮らしだから多少暴れてもヘンな行動を取っても誰かに指摘されることもないのだが。
「うごおおおおおおおおおおおおお、ざ、ざざざざざ罪悪感がやばいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
――なんちゅー夢見てんだ、私は!
いやもう本当に、そうとしか言いようがない。
夢の中で、千鶴は遥にたっぷり玩具で虐められてしまっていた。そりゃ、夢を見ているのも作っているのも千鶴なのだから、千鶴が一番してほしいこともキモチイイことも全部再現されて当然なのだけれど。
クリよりも中でいつもオナっていることがバレバレになり、言葉責めですごく感じてしまうとか。
いきなり初夜でローターを入れられて、キモチイイところに押し当てられて一人で何度もイカされてしまうとか。
その挙句、恥ずかしい言葉で“お願いだからもう遥がほしいの!”と言わされてしまうとか――一体どんな官能小説なのか。そういえば、似たようなシチュエーションの官能小説を前に読んだことがあったがその影響もあったのか。
いずれにせよ、夢の中ではオアズケされて、やっと貰えると思ったところで目が覚めてしまった。で、朝起きたら夢の中だったというのに息はなんだか上がっているし、股間も湿っぽいという最悪の状況である。そんなに自分は彼と、そういう関係になりたいと望んでいるということなのか。
――うう、最悪だ、最悪だぁ……!
むしろ、最後まで行かなかったのはマシだったのかもしれない。そう思いたい。
レイヤードは最高の推しで、同時に遥という存在は守ってやりたい弟分で。そのギャップに萌えはするけれど――だからこそ罪悪感も半端ないのだ。
いくら大人になったとしても、そういう存在をえっちな目で見ていいものかどうか。相手がいくら好意を持ってくれているからといって、彼は今の千鶴の醜いところも汚いところも何も知らないというのに。
――うう、とりあえず、トイレ、いこ。
千鶴はくしゃくしゃの髪の毛もそのままに、ひとまずお手洗いに向かうことにしたのだった。
***
遥と食事会をした翌日。
そう、あの日は本当に食事会をしただけだった――告白されるという特大爆弾があったこと以外は。友人の関係を踏み越えるようなものではけしてない。そもそも彼は明らかに恋愛に不慣れで、強引にぐいぐいと事を押し進めてくるようなタイプでもないようだった。千鶴が“友達から”と言ったのを、忠実に守るつもりでいるようだ。
何より、恋人だとか友達だとか以前に、千鶴と再会できたことそのものを喜んでくれていた印象である。千鶴だって当然嬉しかった。推しが幼馴染で、自分を小学校の時から想っていてくれたなんて嬉しい驚きでしかない。動画で見る爽やかイケメンの姿と、一緒に食事をした時の純粋で素朴な可愛らしい姿。どっちも彼だと思うとギャップで萌え死ぬレベルである。
しかしそれはそれ。
千鶴の方が彼をどう思っているかについて、簡単に答えが出せるわけではないのだ。無論、嫌いであるはずがない。告白されたのは嬉しい。が、確かに小学校の時の千鶴は――彼を恋愛対象として見ていなかったのも事実なのだから。
――あんなに、かっこよくなっちゃって。……まだ、どこかで信じ切れてない、かも。
買い物などで外に出る時以外、家の中では基本常にジャージである。洗面所でざぶざぶと顔を洗ったら少しだけ頭は冷えた。鏡の中には、長い髪が爆発して幽霊みたいになっている女がくっきりつ映し出されている。寝ている時の自分がどれほど蕩けた顔をしていたのか――なんて想像すると恐ろしい。心の底から一人暮らしで良かったと思う。夢の中で盛大に喘いでいたのだ、現実でも声が漏れていなかった自信はないのだ。
「……こんの幸せ者め」
絡まった髪に強引に櫛を通しながら言う。いくら人に会う予定がないからといって、この髪の毛はさすがにまずい。宅急便でも来たら目もあてられない。とにかく最低限、人前に出られるくらいには整えなければ。
「わかってるかー?アレは、お前が欲望の対象にしていいタイプじゃねえぞ。つか、ほぼほぼ間違いなくドーテーだからな、ドーテー。純粋な若者をたぶらかすんじゃないぞ私ィ……」
これはもう、髪の毛を濡らさずにリカバリーするのは無理っぽい。鏡の中の自分にぶつぶつと言い聞かせながら、髪を濡らして整え始める。朝からドライヤーを使うのはあまりやりたくないのだが、いくらズボラでもこのありさまではそうも言っていられない。
櫛にくるくる髪を巻き付け、あくびをしながらドライヤーをかける。定時の時間で慌てて出勤しなければいけない多くの社会人と比べたら自分は本当に恵まれている。サボったらサボっただけ自分でツケを払わなければいけない仕事であるのも間違いないけれど。
『ちーちゃん!』
頭の中、蘇るのは遥の愛らしい笑顔だった。
虐められて泣いていることが多かった彼だが、それでも笑顔がなかったわけではない。むしろ、自分と二人でいる時は笑ってくれていることが多かったように思う。
思えば、幼い頃から彼はサブカル系が大好きだった。漢字が得意なので、フリガナを振っていないちょっと難しい文芸書も読むことができ、かと思えば学校で流行しているような子供向けアニメやゲームにも造詣が深かった。
あの頃流行していた、ロボットを操って敵を倒していくアプリゲーム。アウトドア派の千鶴もプレイしていて、あまりの難しさに何度も助けを求めた記憶があるのだ。彼は知識があるのみならず手先が器用で、ゲームに関してもそれはいかんなく発揮されていたのである。
『助けて……ほんと助けてえ。このステージ、ネットで攻略法見たんだけどぜんぜんむり!一直線に向かってくるボス二体をどうやって足止めすればいいの?火力高すぎてこっちのキャラが一撃死してばっかり!ゴールマスを守れないよー!』
『ここ、難しいって有名だもんねえ』
悲鳴を上げる千鶴に、彼は懇切丁寧に攻略法を教えてくれたものだ。
『えっとね、これ地上ユニットだけで相手を止めようとしちゃだめなの。地上ユニットを配置したところまで敵が来ると、一騎打ちが発生しちゃって他の仲間も助けられなくなっちゃうから。だから、まず遠距離で削って削って、こっちの地上ユニットの一撃で倒しきれるような状態にしておくといいんだよ』
『そんなことできるの?遠距離はいるけど、コスト足らなくて……。それに、敵はまっすぐゴールの方に来ちゃうんだよ?』
『足止めできるスキルのやつがいるよ!たとえば、星3のルーカス。配置時に、数秒間敵を麻痺できるんだ。麻痺している間向こうは何もできないから、その間に遠距離ユニットでタコ殴りにできるんだよね』
『マジで!?星3にそんな使い方あったんだ!?星4以上じゃないと役に立たないのかなって思って、レアばっか育ててた……』
『これがこのゲームのミソ!レア度低いキャラも、ちゃんと活躍できるようになってるんだよー!』
運動神経でも喧嘩の強さでも、格上の千鶴が彼を守る立場にあった。でも、成績や、それからゲームの腕前なんかでは彼の方がずっと上で。
そういうものを教えてくれている時、彼がほんの少し誇らしげにしていたことを覚えている。それは自慢したいとかそういうことではなくて、千鶴を助けられる数少ない場面であったからなのだろう。千鶴からすれば十分すぎるほどの貢献だったわけだが。
弟みたいに可愛いやつで、出来ることならばずっと傍で守っていきたい少年だった。
今思い出してみると、幼い頃から“よく見れば綺麗な顔立ち”ではあったのだ。ただ、いつも前髪を長く伸ばして顔を隠すようにしていたから気づきにくかったというだけで。
彼が己の素質に気付いて磨きをかければ、十分すぎるほど輝く余地があったということなのだろう。それは素直に尊敬するし、寂しいなんて思わない。ただ、根っこの純朴さがちょっとだけ心配になるというだけで。
自分も彼も、もう小学生ではない。子供の時は知らずにいられた汚いものや醜いものにたくさん触れてしまっているし、これからだって触らずにはいられないだろう。それこそ、大人の恋愛をするともなれば、肉欲だって切り離せるものではない。彼はそういうことを、どこまで理解しているのだろうか。
――本気、なのかな?……本気だよね。あの子、人に嘘つくような人間じゃないもん。
彼が本気で自分のことを好きだと思ってくれているのであれば、千鶴も当然真剣に彼と向き合う義務がある。
自分の残念なところを知ってでもなお、彼の幻想が壊れないかどうか。壊れるならむしろ早い方がいのだ――その分、彼の傷も浅くて済むのだから。
そして千鶴はどうなのか。かつては弟みたいに可愛い子、でしかなかった遥。元気でやってくれていて、再会できてとっても嬉しい幼馴染。同時に、画面の向こうの最高に輝いている推し。
そんな彼に、自分はそれ以上の感情を抱けるだろうか。カッコイイから、頑張ってるから、そんな理由だけでOKなんか出したらあまりにも彼に失礼だ。遥ならきっと、一番評価されたいのはそんなことではないだろうから。
「……焦る必要なんかないよね」
ドライヤーのスイッチを切る。まだ右に左にと髪が跳ねた名残はあるが、朝起きた瞬間の大爆発よりはだいぶマシになった。このまま起きていれば重力もあるし、時間の経過とともに多少落ち着いてくることだろう。なんなら今日は髪の毛を縛ってしまった方がいいかもしれない。寝ぐせを強引に落ち着けるためにはそれもそれで一つの方法だ。
ピンクのヘアゴムを手に取って、長髪を首の後ろでひとまとめにする。なんとなく思い出していた――そう、あのたった一度だけの誕生日。遥が自分にプレゼントしてくれたのは、小学生でも買える可愛らしいヘアゴムだったなと。ゴムに、プラスチックの苺の飾りがついていたのだ。
『ちーちゃんに似合うと思って。……ちーちゃん、男っぽいとかゴリラとか、そういう人いるけど……僕、ちーちゃんは最高に可愛い女の子だと思うから。こういうのもきっと似合うと思う。す、好きじゃなかったらごめん、だけど……』
『……ううん。すっごく嬉しいよ、ありがとう』
『ほんと!?良かった!!』
あの向日葵が咲いたような笑顔。ヘタクソなりに、その場でヘアゴムをつけて笑ってみせた自分。
あの可愛いイチゴさんは、今でも実家に残っているだろうか。千鶴にとっては大切な大切な、思い出の品に他ならないのだから。
「……じっくり一段ずつ、登っていけばいいよ、ね。自分のためにも、あいつのためにも」
よし、と拳を握って気合を入れると、千鶴は鏡の前でにっかり笑ってみせたのだった。とりあえず、しっかり朝ごはんを食べようと決める。調理実習でフライパンを爆発させていた頃の自分と違って、かろうじて目玉焼きくらいは焼けるようになったのだから。
朝。起きた時の気分は最悪だった。一人暮らしだから多少暴れてもヘンな行動を取っても誰かに指摘されることもないのだが。
「うごおおおおおおおおおおおおお、ざ、ざざざざざ罪悪感がやばいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
――なんちゅー夢見てんだ、私は!
いやもう本当に、そうとしか言いようがない。
夢の中で、千鶴は遥にたっぷり玩具で虐められてしまっていた。そりゃ、夢を見ているのも作っているのも千鶴なのだから、千鶴が一番してほしいこともキモチイイことも全部再現されて当然なのだけれど。
クリよりも中でいつもオナっていることがバレバレになり、言葉責めですごく感じてしまうとか。
いきなり初夜でローターを入れられて、キモチイイところに押し当てられて一人で何度もイカされてしまうとか。
その挙句、恥ずかしい言葉で“お願いだからもう遥がほしいの!”と言わされてしまうとか――一体どんな官能小説なのか。そういえば、似たようなシチュエーションの官能小説を前に読んだことがあったがその影響もあったのか。
いずれにせよ、夢の中ではオアズケされて、やっと貰えると思ったところで目が覚めてしまった。で、朝起きたら夢の中だったというのに息はなんだか上がっているし、股間も湿っぽいという最悪の状況である。そんなに自分は彼と、そういう関係になりたいと望んでいるということなのか。
――うう、最悪だ、最悪だぁ……!
むしろ、最後まで行かなかったのはマシだったのかもしれない。そう思いたい。
レイヤードは最高の推しで、同時に遥という存在は守ってやりたい弟分で。そのギャップに萌えはするけれど――だからこそ罪悪感も半端ないのだ。
いくら大人になったとしても、そういう存在をえっちな目で見ていいものかどうか。相手がいくら好意を持ってくれているからといって、彼は今の千鶴の醜いところも汚いところも何も知らないというのに。
――うう、とりあえず、トイレ、いこ。
千鶴はくしゃくしゃの髪の毛もそのままに、ひとまずお手洗いに向かうことにしたのだった。
***
遥と食事会をした翌日。
そう、あの日は本当に食事会をしただけだった――告白されるという特大爆弾があったこと以外は。友人の関係を踏み越えるようなものではけしてない。そもそも彼は明らかに恋愛に不慣れで、強引にぐいぐいと事を押し進めてくるようなタイプでもないようだった。千鶴が“友達から”と言ったのを、忠実に守るつもりでいるようだ。
何より、恋人だとか友達だとか以前に、千鶴と再会できたことそのものを喜んでくれていた印象である。千鶴だって当然嬉しかった。推しが幼馴染で、自分を小学校の時から想っていてくれたなんて嬉しい驚きでしかない。動画で見る爽やかイケメンの姿と、一緒に食事をした時の純粋で素朴な可愛らしい姿。どっちも彼だと思うとギャップで萌え死ぬレベルである。
しかしそれはそれ。
千鶴の方が彼をどう思っているかについて、簡単に答えが出せるわけではないのだ。無論、嫌いであるはずがない。告白されたのは嬉しい。が、確かに小学校の時の千鶴は――彼を恋愛対象として見ていなかったのも事実なのだから。
――あんなに、かっこよくなっちゃって。……まだ、どこかで信じ切れてない、かも。
買い物などで外に出る時以外、家の中では基本常にジャージである。洗面所でざぶざぶと顔を洗ったら少しだけ頭は冷えた。鏡の中には、長い髪が爆発して幽霊みたいになっている女がくっきりつ映し出されている。寝ている時の自分がどれほど蕩けた顔をしていたのか――なんて想像すると恐ろしい。心の底から一人暮らしで良かったと思う。夢の中で盛大に喘いでいたのだ、現実でも声が漏れていなかった自信はないのだ。
「……こんの幸せ者め」
絡まった髪に強引に櫛を通しながら言う。いくら人に会う予定がないからといって、この髪の毛はさすがにまずい。宅急便でも来たら目もあてられない。とにかく最低限、人前に出られるくらいには整えなければ。
「わかってるかー?アレは、お前が欲望の対象にしていいタイプじゃねえぞ。つか、ほぼほぼ間違いなくドーテーだからな、ドーテー。純粋な若者をたぶらかすんじゃないぞ私ィ……」
これはもう、髪の毛を濡らさずにリカバリーするのは無理っぽい。鏡の中の自分にぶつぶつと言い聞かせながら、髪を濡らして整え始める。朝からドライヤーを使うのはあまりやりたくないのだが、いくらズボラでもこのありさまではそうも言っていられない。
櫛にくるくる髪を巻き付け、あくびをしながらドライヤーをかける。定時の時間で慌てて出勤しなければいけない多くの社会人と比べたら自分は本当に恵まれている。サボったらサボっただけ自分でツケを払わなければいけない仕事であるのも間違いないけれど。
『ちーちゃん!』
頭の中、蘇るのは遥の愛らしい笑顔だった。
虐められて泣いていることが多かった彼だが、それでも笑顔がなかったわけではない。むしろ、自分と二人でいる時は笑ってくれていることが多かったように思う。
思えば、幼い頃から彼はサブカル系が大好きだった。漢字が得意なので、フリガナを振っていないちょっと難しい文芸書も読むことができ、かと思えば学校で流行しているような子供向けアニメやゲームにも造詣が深かった。
あの頃流行していた、ロボットを操って敵を倒していくアプリゲーム。アウトドア派の千鶴もプレイしていて、あまりの難しさに何度も助けを求めた記憶があるのだ。彼は知識があるのみならず手先が器用で、ゲームに関してもそれはいかんなく発揮されていたのである。
『助けて……ほんと助けてえ。このステージ、ネットで攻略法見たんだけどぜんぜんむり!一直線に向かってくるボス二体をどうやって足止めすればいいの?火力高すぎてこっちのキャラが一撃死してばっかり!ゴールマスを守れないよー!』
『ここ、難しいって有名だもんねえ』
悲鳴を上げる千鶴に、彼は懇切丁寧に攻略法を教えてくれたものだ。
『えっとね、これ地上ユニットだけで相手を止めようとしちゃだめなの。地上ユニットを配置したところまで敵が来ると、一騎打ちが発生しちゃって他の仲間も助けられなくなっちゃうから。だから、まず遠距離で削って削って、こっちの地上ユニットの一撃で倒しきれるような状態にしておくといいんだよ』
『そんなことできるの?遠距離はいるけど、コスト足らなくて……。それに、敵はまっすぐゴールの方に来ちゃうんだよ?』
『足止めできるスキルのやつがいるよ!たとえば、星3のルーカス。配置時に、数秒間敵を麻痺できるんだ。麻痺している間向こうは何もできないから、その間に遠距離ユニットでタコ殴りにできるんだよね』
『マジで!?星3にそんな使い方あったんだ!?星4以上じゃないと役に立たないのかなって思って、レアばっか育ててた……』
『これがこのゲームのミソ!レア度低いキャラも、ちゃんと活躍できるようになってるんだよー!』
運動神経でも喧嘩の強さでも、格上の千鶴が彼を守る立場にあった。でも、成績や、それからゲームの腕前なんかでは彼の方がずっと上で。
そういうものを教えてくれている時、彼がほんの少し誇らしげにしていたことを覚えている。それは自慢したいとかそういうことではなくて、千鶴を助けられる数少ない場面であったからなのだろう。千鶴からすれば十分すぎるほどの貢献だったわけだが。
弟みたいに可愛いやつで、出来ることならばずっと傍で守っていきたい少年だった。
今思い出してみると、幼い頃から“よく見れば綺麗な顔立ち”ではあったのだ。ただ、いつも前髪を長く伸ばして顔を隠すようにしていたから気づきにくかったというだけで。
彼が己の素質に気付いて磨きをかければ、十分すぎるほど輝く余地があったということなのだろう。それは素直に尊敬するし、寂しいなんて思わない。ただ、根っこの純朴さがちょっとだけ心配になるというだけで。
自分も彼も、もう小学生ではない。子供の時は知らずにいられた汚いものや醜いものにたくさん触れてしまっているし、これからだって触らずにはいられないだろう。それこそ、大人の恋愛をするともなれば、肉欲だって切り離せるものではない。彼はそういうことを、どこまで理解しているのだろうか。
――本気、なのかな?……本気だよね。あの子、人に嘘つくような人間じゃないもん。
彼が本気で自分のことを好きだと思ってくれているのであれば、千鶴も当然真剣に彼と向き合う義務がある。
自分の残念なところを知ってでもなお、彼の幻想が壊れないかどうか。壊れるならむしろ早い方がいのだ――その分、彼の傷も浅くて済むのだから。
そして千鶴はどうなのか。かつては弟みたいに可愛い子、でしかなかった遥。元気でやってくれていて、再会できてとっても嬉しい幼馴染。同時に、画面の向こうの最高に輝いている推し。
そんな彼に、自分はそれ以上の感情を抱けるだろうか。カッコイイから、頑張ってるから、そんな理由だけでOKなんか出したらあまりにも彼に失礼だ。遥ならきっと、一番評価されたいのはそんなことではないだろうから。
「……焦る必要なんかないよね」
ドライヤーのスイッチを切る。まだ右に左にと髪が跳ねた名残はあるが、朝起きた瞬間の大爆発よりはだいぶマシになった。このまま起きていれば重力もあるし、時間の経過とともに多少落ち着いてくることだろう。なんなら今日は髪の毛を縛ってしまった方がいいかもしれない。寝ぐせを強引に落ち着けるためにはそれもそれで一つの方法だ。
ピンクのヘアゴムを手に取って、長髪を首の後ろでひとまとめにする。なんとなく思い出していた――そう、あのたった一度だけの誕生日。遥が自分にプレゼントしてくれたのは、小学生でも買える可愛らしいヘアゴムだったなと。ゴムに、プラスチックの苺の飾りがついていたのだ。
『ちーちゃんに似合うと思って。……ちーちゃん、男っぽいとかゴリラとか、そういう人いるけど……僕、ちーちゃんは最高に可愛い女の子だと思うから。こういうのもきっと似合うと思う。す、好きじゃなかったらごめん、だけど……』
『……ううん。すっごく嬉しいよ、ありがとう』
『ほんと!?良かった!!』
あの向日葵が咲いたような笑顔。ヘタクソなりに、その場でヘアゴムをつけて笑ってみせた自分。
あの可愛いイチゴさんは、今でも実家に残っているだろうか。千鶴にとっては大切な大切な、思い出の品に他ならないのだから。
「……じっくり一段ずつ、登っていけばいいよ、ね。自分のためにも、あいつのためにも」
よし、と拳を握って気合を入れると、千鶴は鏡の前でにっかり笑ってみせたのだった。とりあえず、しっかり朝ごはんを食べようと決める。調理実習でフライパンを爆発させていた頃の自分と違って、かろうじて目玉焼きくらいは焼けるようになったのだから。
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