6 / 28
<6・寝起きの頭と罪悪感。>
しおりを挟む
「ふごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……っ!」
朝。起きた時の気分は最悪だった。一人暮らしだから多少暴れてもヘンな行動を取っても誰かに指摘されることもないのだが。
「うごおおおおおおおおおおおおお、ざ、ざざざざざ罪悪感がやばいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
――なんちゅー夢見てんだ、私は!
いやもう本当に、そうとしか言いようがない。
夢の中で、千鶴は遥にたっぷり玩具で虐められてしまっていた。そりゃ、夢を見ているのも作っているのも千鶴なのだから、千鶴が一番してほしいこともキモチイイことも全部再現されて当然なのだけれど。
クリよりも中でいつもオナっていることがバレバレになり、言葉責めですごく感じてしまうとか。
いきなり初夜でローターを入れられて、キモチイイところに押し当てられて一人で何度もイカされてしまうとか。
その挙句、恥ずかしい言葉で“お願いだからもう遥がほしいの!”と言わされてしまうとか――一体どんな官能小説なのか。そういえば、似たようなシチュエーションの官能小説を前に読んだことがあったがその影響もあったのか。
いずれにせよ、夢の中ではオアズケされて、やっと貰えると思ったところで目が覚めてしまった。で、朝起きたら夢の中だったというのに息はなんだか上がっているし、股間も湿っぽいという最悪の状況である。そんなに自分は彼と、そういう関係になりたいと望んでいるということなのか。
――うう、最悪だ、最悪だぁ……!
むしろ、最後まで行かなかったのはマシだったのかもしれない。そう思いたい。
レイヤードは最高の推しで、同時に遥という存在は守ってやりたい弟分で。そのギャップに萌えはするけれど――だからこそ罪悪感も半端ないのだ。
いくら大人になったとしても、そういう存在をえっちな目で見ていいものかどうか。相手がいくら好意を持ってくれているからといって、彼は今の千鶴の醜いところも汚いところも何も知らないというのに。
――うう、とりあえず、トイレ、いこ。
千鶴はくしゃくしゃの髪の毛もそのままに、ひとまずお手洗いに向かうことにしたのだった。
***
遥と食事会をした翌日。
そう、あの日は本当に食事会をしただけだった――告白されるという特大爆弾があったこと以外は。友人の関係を踏み越えるようなものではけしてない。そもそも彼は明らかに恋愛に不慣れで、強引にぐいぐいと事を押し進めてくるようなタイプでもないようだった。千鶴が“友達から”と言ったのを、忠実に守るつもりでいるようだ。
何より、恋人だとか友達だとか以前に、千鶴と再会できたことそのものを喜んでくれていた印象である。千鶴だって当然嬉しかった。推しが幼馴染で、自分を小学校の時から想っていてくれたなんて嬉しい驚きでしかない。動画で見る爽やかイケメンの姿と、一緒に食事をした時の純粋で素朴な可愛らしい姿。どっちも彼だと思うとギャップで萌え死ぬレベルである。
しかしそれはそれ。
千鶴の方が彼をどう思っているかについて、簡単に答えが出せるわけではないのだ。無論、嫌いであるはずがない。告白されたのは嬉しい。が、確かに小学校の時の千鶴は――彼を恋愛対象として見ていなかったのも事実なのだから。
――あんなに、かっこよくなっちゃって。……まだ、どこかで信じ切れてない、かも。
買い物などで外に出る時以外、家の中では基本常にジャージである。洗面所でざぶざぶと顔を洗ったら少しだけ頭は冷えた。鏡の中には、長い髪が爆発して幽霊みたいになっている女がくっきりつ映し出されている。寝ている時の自分がどれほど蕩けた顔をしていたのか――なんて想像すると恐ろしい。心の底から一人暮らしで良かったと思う。夢の中で盛大に喘いでいたのだ、現実でも声が漏れていなかった自信はないのだ。
「……こんの幸せ者め」
絡まった髪に強引に櫛を通しながら言う。いくら人に会う予定がないからといって、この髪の毛はさすがにまずい。宅急便でも来たら目もあてられない。とにかく最低限、人前に出られるくらいには整えなければ。
「わかってるかー?アレは、お前が欲望の対象にしていいタイプじゃねえぞ。つか、ほぼほぼ間違いなくドーテーだからな、ドーテー。純粋な若者をたぶらかすんじゃないぞ私ィ……」
これはもう、髪の毛を濡らさずにリカバリーするのは無理っぽい。鏡の中の自分にぶつぶつと言い聞かせながら、髪を濡らして整え始める。朝からドライヤーを使うのはあまりやりたくないのだが、いくらズボラでもこのありさまではそうも言っていられない。
櫛にくるくる髪を巻き付け、あくびをしながらドライヤーをかける。定時の時間で慌てて出勤しなければいけない多くの社会人と比べたら自分は本当に恵まれている。サボったらサボっただけ自分でツケを払わなければいけない仕事であるのも間違いないけれど。
『ちーちゃん!』
頭の中、蘇るのは遥の愛らしい笑顔だった。
虐められて泣いていることが多かった彼だが、それでも笑顔がなかったわけではない。むしろ、自分と二人でいる時は笑ってくれていることが多かったように思う。
思えば、幼い頃から彼はサブカル系が大好きだった。漢字が得意なので、フリガナを振っていないちょっと難しい文芸書も読むことができ、かと思えば学校で流行しているような子供向けアニメやゲームにも造詣が深かった。
あの頃流行していた、ロボットを操って敵を倒していくアプリゲーム。アウトドア派の千鶴もプレイしていて、あまりの難しさに何度も助けを求めた記憶があるのだ。彼は知識があるのみならず手先が器用で、ゲームに関してもそれはいかんなく発揮されていたのである。
『助けて……ほんと助けてえ。このステージ、ネットで攻略法見たんだけどぜんぜんむり!一直線に向かってくるボス二体をどうやって足止めすればいいの?火力高すぎてこっちのキャラが一撃死してばっかり!ゴールマスを守れないよー!』
『ここ、難しいって有名だもんねえ』
悲鳴を上げる千鶴に、彼は懇切丁寧に攻略法を教えてくれたものだ。
『えっとね、これ地上ユニットだけで相手を止めようとしちゃだめなの。地上ユニットを配置したところまで敵が来ると、一騎打ちが発生しちゃって他の仲間も助けられなくなっちゃうから。だから、まず遠距離で削って削って、こっちの地上ユニットの一撃で倒しきれるような状態にしておくといいんだよ』
『そんなことできるの?遠距離はいるけど、コスト足らなくて……。それに、敵はまっすぐゴールの方に来ちゃうんだよ?』
『足止めできるスキルのやつがいるよ!たとえば、星3のルーカス。配置時に、数秒間敵を麻痺できるんだ。麻痺している間向こうは何もできないから、その間に遠距離ユニットでタコ殴りにできるんだよね』
『マジで!?星3にそんな使い方あったんだ!?星4以上じゃないと役に立たないのかなって思って、レアばっか育ててた……』
『これがこのゲームのミソ!レア度低いキャラも、ちゃんと活躍できるようになってるんだよー!』
運動神経でも喧嘩の強さでも、格上の千鶴が彼を守る立場にあった。でも、成績や、それからゲームの腕前なんかでは彼の方がずっと上で。
そういうものを教えてくれている時、彼がほんの少し誇らしげにしていたことを覚えている。それは自慢したいとかそういうことではなくて、千鶴を助けられる数少ない場面であったからなのだろう。千鶴からすれば十分すぎるほどの貢献だったわけだが。
弟みたいに可愛いやつで、出来ることならばずっと傍で守っていきたい少年だった。
今思い出してみると、幼い頃から“よく見れば綺麗な顔立ち”ではあったのだ。ただ、いつも前髪を長く伸ばして顔を隠すようにしていたから気づきにくかったというだけで。
彼が己の素質に気付いて磨きをかければ、十分すぎるほど輝く余地があったということなのだろう。それは素直に尊敬するし、寂しいなんて思わない。ただ、根っこの純朴さがちょっとだけ心配になるというだけで。
自分も彼も、もう小学生ではない。子供の時は知らずにいられた汚いものや醜いものにたくさん触れてしまっているし、これからだって触らずにはいられないだろう。それこそ、大人の恋愛をするともなれば、肉欲だって切り離せるものではない。彼はそういうことを、どこまで理解しているのだろうか。
――本気、なのかな?……本気だよね。あの子、人に嘘つくような人間じゃないもん。
彼が本気で自分のことを好きだと思ってくれているのであれば、千鶴も当然真剣に彼と向き合う義務がある。
自分の残念なところを知ってでもなお、彼の幻想が壊れないかどうか。壊れるならむしろ早い方がいのだ――その分、彼の傷も浅くて済むのだから。
そして千鶴はどうなのか。かつては弟みたいに可愛い子、でしかなかった遥。元気でやってくれていて、再会できてとっても嬉しい幼馴染。同時に、画面の向こうの最高に輝いている推し。
そんな彼に、自分はそれ以上の感情を抱けるだろうか。カッコイイから、頑張ってるから、そんな理由だけでOKなんか出したらあまりにも彼に失礼だ。遥ならきっと、一番評価されたいのはそんなことではないだろうから。
「……焦る必要なんかないよね」
ドライヤーのスイッチを切る。まだ右に左にと髪が跳ねた名残はあるが、朝起きた瞬間の大爆発よりはだいぶマシになった。このまま起きていれば重力もあるし、時間の経過とともに多少落ち着いてくることだろう。なんなら今日は髪の毛を縛ってしまった方がいいかもしれない。寝ぐせを強引に落ち着けるためにはそれもそれで一つの方法だ。
ピンクのヘアゴムを手に取って、長髪を首の後ろでひとまとめにする。なんとなく思い出していた――そう、あのたった一度だけの誕生日。遥が自分にプレゼントしてくれたのは、小学生でも買える可愛らしいヘアゴムだったなと。ゴムに、プラスチックの苺の飾りがついていたのだ。
『ちーちゃんに似合うと思って。……ちーちゃん、男っぽいとかゴリラとか、そういう人いるけど……僕、ちーちゃんは最高に可愛い女の子だと思うから。こういうのもきっと似合うと思う。す、好きじゃなかったらごめん、だけど……』
『……ううん。すっごく嬉しいよ、ありがとう』
『ほんと!?良かった!!』
あの向日葵が咲いたような笑顔。ヘタクソなりに、その場でヘアゴムをつけて笑ってみせた自分。
あの可愛いイチゴさんは、今でも実家に残っているだろうか。千鶴にとっては大切な大切な、思い出の品に他ならないのだから。
「……じっくり一段ずつ、登っていけばいいよ、ね。自分のためにも、あいつのためにも」
よし、と拳を握って気合を入れると、千鶴は鏡の前でにっかり笑ってみせたのだった。とりあえず、しっかり朝ごはんを食べようと決める。調理実習でフライパンを爆発させていた頃の自分と違って、かろうじて目玉焼きくらいは焼けるようになったのだから。
朝。起きた時の気分は最悪だった。一人暮らしだから多少暴れてもヘンな行動を取っても誰かに指摘されることもないのだが。
「うごおおおおおおおおおおおおお、ざ、ざざざざざ罪悪感がやばいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
――なんちゅー夢見てんだ、私は!
いやもう本当に、そうとしか言いようがない。
夢の中で、千鶴は遥にたっぷり玩具で虐められてしまっていた。そりゃ、夢を見ているのも作っているのも千鶴なのだから、千鶴が一番してほしいこともキモチイイことも全部再現されて当然なのだけれど。
クリよりも中でいつもオナっていることがバレバレになり、言葉責めですごく感じてしまうとか。
いきなり初夜でローターを入れられて、キモチイイところに押し当てられて一人で何度もイカされてしまうとか。
その挙句、恥ずかしい言葉で“お願いだからもう遥がほしいの!”と言わされてしまうとか――一体どんな官能小説なのか。そういえば、似たようなシチュエーションの官能小説を前に読んだことがあったがその影響もあったのか。
いずれにせよ、夢の中ではオアズケされて、やっと貰えると思ったところで目が覚めてしまった。で、朝起きたら夢の中だったというのに息はなんだか上がっているし、股間も湿っぽいという最悪の状況である。そんなに自分は彼と、そういう関係になりたいと望んでいるということなのか。
――うう、最悪だ、最悪だぁ……!
むしろ、最後まで行かなかったのはマシだったのかもしれない。そう思いたい。
レイヤードは最高の推しで、同時に遥という存在は守ってやりたい弟分で。そのギャップに萌えはするけれど――だからこそ罪悪感も半端ないのだ。
いくら大人になったとしても、そういう存在をえっちな目で見ていいものかどうか。相手がいくら好意を持ってくれているからといって、彼は今の千鶴の醜いところも汚いところも何も知らないというのに。
――うう、とりあえず、トイレ、いこ。
千鶴はくしゃくしゃの髪の毛もそのままに、ひとまずお手洗いに向かうことにしたのだった。
***
遥と食事会をした翌日。
そう、あの日は本当に食事会をしただけだった――告白されるという特大爆弾があったこと以外は。友人の関係を踏み越えるようなものではけしてない。そもそも彼は明らかに恋愛に不慣れで、強引にぐいぐいと事を押し進めてくるようなタイプでもないようだった。千鶴が“友達から”と言ったのを、忠実に守るつもりでいるようだ。
何より、恋人だとか友達だとか以前に、千鶴と再会できたことそのものを喜んでくれていた印象である。千鶴だって当然嬉しかった。推しが幼馴染で、自分を小学校の時から想っていてくれたなんて嬉しい驚きでしかない。動画で見る爽やかイケメンの姿と、一緒に食事をした時の純粋で素朴な可愛らしい姿。どっちも彼だと思うとギャップで萌え死ぬレベルである。
しかしそれはそれ。
千鶴の方が彼をどう思っているかについて、簡単に答えが出せるわけではないのだ。無論、嫌いであるはずがない。告白されたのは嬉しい。が、確かに小学校の時の千鶴は――彼を恋愛対象として見ていなかったのも事実なのだから。
――あんなに、かっこよくなっちゃって。……まだ、どこかで信じ切れてない、かも。
買い物などで外に出る時以外、家の中では基本常にジャージである。洗面所でざぶざぶと顔を洗ったら少しだけ頭は冷えた。鏡の中には、長い髪が爆発して幽霊みたいになっている女がくっきりつ映し出されている。寝ている時の自分がどれほど蕩けた顔をしていたのか――なんて想像すると恐ろしい。心の底から一人暮らしで良かったと思う。夢の中で盛大に喘いでいたのだ、現実でも声が漏れていなかった自信はないのだ。
「……こんの幸せ者め」
絡まった髪に強引に櫛を通しながら言う。いくら人に会う予定がないからといって、この髪の毛はさすがにまずい。宅急便でも来たら目もあてられない。とにかく最低限、人前に出られるくらいには整えなければ。
「わかってるかー?アレは、お前が欲望の対象にしていいタイプじゃねえぞ。つか、ほぼほぼ間違いなくドーテーだからな、ドーテー。純粋な若者をたぶらかすんじゃないぞ私ィ……」
これはもう、髪の毛を濡らさずにリカバリーするのは無理っぽい。鏡の中の自分にぶつぶつと言い聞かせながら、髪を濡らして整え始める。朝からドライヤーを使うのはあまりやりたくないのだが、いくらズボラでもこのありさまではそうも言っていられない。
櫛にくるくる髪を巻き付け、あくびをしながらドライヤーをかける。定時の時間で慌てて出勤しなければいけない多くの社会人と比べたら自分は本当に恵まれている。サボったらサボっただけ自分でツケを払わなければいけない仕事であるのも間違いないけれど。
『ちーちゃん!』
頭の中、蘇るのは遥の愛らしい笑顔だった。
虐められて泣いていることが多かった彼だが、それでも笑顔がなかったわけではない。むしろ、自分と二人でいる時は笑ってくれていることが多かったように思う。
思えば、幼い頃から彼はサブカル系が大好きだった。漢字が得意なので、フリガナを振っていないちょっと難しい文芸書も読むことができ、かと思えば学校で流行しているような子供向けアニメやゲームにも造詣が深かった。
あの頃流行していた、ロボットを操って敵を倒していくアプリゲーム。アウトドア派の千鶴もプレイしていて、あまりの難しさに何度も助けを求めた記憶があるのだ。彼は知識があるのみならず手先が器用で、ゲームに関してもそれはいかんなく発揮されていたのである。
『助けて……ほんと助けてえ。このステージ、ネットで攻略法見たんだけどぜんぜんむり!一直線に向かってくるボス二体をどうやって足止めすればいいの?火力高すぎてこっちのキャラが一撃死してばっかり!ゴールマスを守れないよー!』
『ここ、難しいって有名だもんねえ』
悲鳴を上げる千鶴に、彼は懇切丁寧に攻略法を教えてくれたものだ。
『えっとね、これ地上ユニットだけで相手を止めようとしちゃだめなの。地上ユニットを配置したところまで敵が来ると、一騎打ちが発生しちゃって他の仲間も助けられなくなっちゃうから。だから、まず遠距離で削って削って、こっちの地上ユニットの一撃で倒しきれるような状態にしておくといいんだよ』
『そんなことできるの?遠距離はいるけど、コスト足らなくて……。それに、敵はまっすぐゴールの方に来ちゃうんだよ?』
『足止めできるスキルのやつがいるよ!たとえば、星3のルーカス。配置時に、数秒間敵を麻痺できるんだ。麻痺している間向こうは何もできないから、その間に遠距離ユニットでタコ殴りにできるんだよね』
『マジで!?星3にそんな使い方あったんだ!?星4以上じゃないと役に立たないのかなって思って、レアばっか育ててた……』
『これがこのゲームのミソ!レア度低いキャラも、ちゃんと活躍できるようになってるんだよー!』
運動神経でも喧嘩の強さでも、格上の千鶴が彼を守る立場にあった。でも、成績や、それからゲームの腕前なんかでは彼の方がずっと上で。
そういうものを教えてくれている時、彼がほんの少し誇らしげにしていたことを覚えている。それは自慢したいとかそういうことではなくて、千鶴を助けられる数少ない場面であったからなのだろう。千鶴からすれば十分すぎるほどの貢献だったわけだが。
弟みたいに可愛いやつで、出来ることならばずっと傍で守っていきたい少年だった。
今思い出してみると、幼い頃から“よく見れば綺麗な顔立ち”ではあったのだ。ただ、いつも前髪を長く伸ばして顔を隠すようにしていたから気づきにくかったというだけで。
彼が己の素質に気付いて磨きをかければ、十分すぎるほど輝く余地があったということなのだろう。それは素直に尊敬するし、寂しいなんて思わない。ただ、根っこの純朴さがちょっとだけ心配になるというだけで。
自分も彼も、もう小学生ではない。子供の時は知らずにいられた汚いものや醜いものにたくさん触れてしまっているし、これからだって触らずにはいられないだろう。それこそ、大人の恋愛をするともなれば、肉欲だって切り離せるものではない。彼はそういうことを、どこまで理解しているのだろうか。
――本気、なのかな?……本気だよね。あの子、人に嘘つくような人間じゃないもん。
彼が本気で自分のことを好きだと思ってくれているのであれば、千鶴も当然真剣に彼と向き合う義務がある。
自分の残念なところを知ってでもなお、彼の幻想が壊れないかどうか。壊れるならむしろ早い方がいのだ――その分、彼の傷も浅くて済むのだから。
そして千鶴はどうなのか。かつては弟みたいに可愛い子、でしかなかった遥。元気でやってくれていて、再会できてとっても嬉しい幼馴染。同時に、画面の向こうの最高に輝いている推し。
そんな彼に、自分はそれ以上の感情を抱けるだろうか。カッコイイから、頑張ってるから、そんな理由だけでOKなんか出したらあまりにも彼に失礼だ。遥ならきっと、一番評価されたいのはそんなことではないだろうから。
「……焦る必要なんかないよね」
ドライヤーのスイッチを切る。まだ右に左にと髪が跳ねた名残はあるが、朝起きた瞬間の大爆発よりはだいぶマシになった。このまま起きていれば重力もあるし、時間の経過とともに多少落ち着いてくることだろう。なんなら今日は髪の毛を縛ってしまった方がいいかもしれない。寝ぐせを強引に落ち着けるためにはそれもそれで一つの方法だ。
ピンクのヘアゴムを手に取って、長髪を首の後ろでひとまとめにする。なんとなく思い出していた――そう、あのたった一度だけの誕生日。遥が自分にプレゼントしてくれたのは、小学生でも買える可愛らしいヘアゴムだったなと。ゴムに、プラスチックの苺の飾りがついていたのだ。
『ちーちゃんに似合うと思って。……ちーちゃん、男っぽいとかゴリラとか、そういう人いるけど……僕、ちーちゃんは最高に可愛い女の子だと思うから。こういうのもきっと似合うと思う。す、好きじゃなかったらごめん、だけど……』
『……ううん。すっごく嬉しいよ、ありがとう』
『ほんと!?良かった!!』
あの向日葵が咲いたような笑顔。ヘタクソなりに、その場でヘアゴムをつけて笑ってみせた自分。
あの可愛いイチゴさんは、今でも実家に残っているだろうか。千鶴にとっては大切な大切な、思い出の品に他ならないのだから。
「……じっくり一段ずつ、登っていけばいいよ、ね。自分のためにも、あいつのためにも」
よし、と拳を握って気合を入れると、千鶴は鏡の前でにっかり笑ってみせたのだった。とりあえず、しっかり朝ごはんを食べようと決める。調理実習でフライパンを爆発させていた頃の自分と違って、かろうじて目玉焼きくらいは焼けるようになったのだから。
0
あなたにおすすめの小説
婚活に疲れたアラサーOLの私、癒やし的存在の弟分(高校生)に「もう待てない」と外堀を埋められています ~10年分の執着は、甘すぎて重すぎる~
ダルい
恋愛
「29歳? 子供産むならもっと若い子がよかったな」
中堅企業で働く早川結衣(29)は、婚活市場における年齢の壁と、デリカシーのない男たちにすり減らされる日々を送っていた。
そんな結衣の唯一の癒やしは、マンションの隣に住む幼馴染の高校生・瀬戸湊(16)。
両親が共働きの彼に代わって、幼い頃はお世話をしてあげていた……はずが、いつの間にか立場は逆転。
手料理を振る舞われ、愚痴を聞かれ、マッサージまでされる始末。「湊がお嫁さんならいいのに」なんて冗談を言っていたけれど。
「今の結衣姉が一番綺麗だよ。……早く、誰も手出しできない『おばさん』になってくれればいいのに」
可愛い弟分だと思っていた彼が、時折見せる『オス』の顔。
16歳の高校生と、もうすぐ30歳のアラサー。
13歳差の常識と理性に抗いながら、生意気な年下男子に外堀を埋められていく、甘くて重い現状維持(ラブストーリー)。
「俺が大人になるまで、誰とも結婚しないで」
癒やされたいすべての女性に贈る、最強の年下幼馴染による溺愛包囲網、開始。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした
鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、
幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。
アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。
すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。
☆他投稿サイトにも掲載しています。
☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる