暁に散る前に

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<12・ゼツボウ。>

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「まったく、縁花のやつめ。せっかく儂が妃にしてやったのに逃げ出すとは」

 いつも蓮花は、長い髪を頭の上にひとまとめにして簪と髪飾りで止めている。閨に入る時は当然その髪を下ろしているわけだが――北郷は、その蓮花の長い髪を大層気に入っているようであった。
 特に、布団に入った直後と事後、髪の匂いをやたらとくんくん嗅ぎたがるのである。一体何が楽しいんだ、と思わずにはいられない。変態男の趣味など、蓮花が知る由もないことではあるけれど。

「以前、花舞台で失敗したことをそこまで気に病んでいたのか?確かに帯が落ちてしまったことは気の毒ではあったが、あれもあれで非常に艶めかしくて儂は大層気に入ったのだがな」

 あんたはそうだろうよ、と蓮花はうんざりする。前回の花舞台での縁花の失敗――映子には誤魔化して説明したが、はっきり言って相当酷いものであったのだ。歌と舞の中で、小道具を意図せずして落としてしまうこと(特に扇子は高級品であるから尚更に)だけでも大失敗と捉えられるのに、彼女は帯が解けて落ちた結果大きく着物がはだけ、下帯までもを露出させてしまうことになったのである。特に臀部は大きくめくれあがり、角度によっては不浄の穴まで見えてしまったかもしれないという有様。そりゃ、縁花が一生の恥だと思うのも当然のことである。
 それを狙ったのがあの秀花なのだから、質が悪いとしか言いようがない。しかもあの女ときたら自分で直接手を下さず、女官たちを脅して実行させるのだから始末に負えないのだ。蓮花が来るまでは第一妃であった女である。蓮花に地位を奪われてイラついていたところを、完全に縁花に八つ当たりをすることで晴らしているだけなのは目に見えていた。
 結局あのように無駄に自意識が高く、頂点でいなければ気が済まないような人間は――自分より弱いものを見つけて苛めることでしか尊厳を保てないのである。
 蓮花が縁花を気にかけていたのにはそういう理由もあったのだった。自分が簡単に落ちぬとわかるやいなや、彼女は縁花に完全に標的を変えたのだから。こんなことをしても何の意味もない――そうわかっていながらも、手を差し伸べずにはいられなかった。たとえそれが、蓮花のただの自己満足だとしても、だ。
 秀花という女が、自分よりも強い者に阿り、弱い者を虐げて自尊心を保つというのなら。蓮花は、誰かを助けることで己の慰めとするような偽善者だった。己でも、よく分かっているのである。自分のせいで苛められているというのに、結局そんな縁花を助けて感謝され、僅かばかりの喜びを得たわけなのだから。

「……私達にとっては」

 そのような女たちの心など全く知らず、やれ自らの色ボケ趣味を満たして悦ぶ北郷に怒りを感じつつも。蓮花はどうにか感情を抑えこんで、告げるのだった。

「私達にとっては、歌と舞は……己を表現する数少ない手段でございますから。少しでも、誇り高い姿を帝に、皆様にお見せしたいのです。それが、思いがけぬ有様ともなれば心苦しくもなります」
「儂がそれもそれで面白かったと言って評価してもか?」
「ええ。アレは、己の尊厳を保つための晴れ舞台でもありますから」

 楽しみの少ない後宮での、数少ない喜びの一つ。自らはこれほどまでに美しく、己を表現する術があるのだと魅せるため――ただただ、帝の心を慰め世継ぎを作る為の存在だけではないのだと知らしめるための、儀式。すべてが己のためにあると信じてやまない北郷は、全くそのようなことには気づいていないのだろう。

「そして、縁花様があのようなことになってしまったのは、ひとえに帯を断ち切るという悪戯がされていたからです。北郷様もお気づきかもしれませんが、あれは第二妃の秀花様の仕業でございました。花舞台で扇子を落としたにも関わらず帝に見初められた縁花様を、秀花様は非常に憎々しく思っていられたようですので」

 こんなこと、自分が告げ口しなくても気づいておけよ。心の中で愚痴を漏らしつつ、蓮花は言う。

「……その後も、秀花様は縁花様に辛く当たられていたようです。私も私で縁花様には思うところあり、つい厳しく当たったことも否定はいたしませんが。秀花様の行為は、少々目に余るものなのではありませんか?」
「ふむ……」

 自分が告げ口したと秀花にバレるかもしれない。が、どうせもう縁花はいないのだ。帝に何を言って秀花の不興を買ったところで、もうその八つ当たりの被害に縁花が遭うことはない。そう思っての発言だった。しかし。

「しかし、儂としては妃達が競い合い、より美しく磨かれていくことも好ましく思うのだ」
「は……?」
「縁花も、そうやって叩かれて磨かれて、より美しく花開いてくれれば良かったものを。結局自ら命を絶つということは、そういったものに耐える強さが無かったということであろう?儂はその方が残念でならない。素質があると思ったからこそ後宮に招いたというのに、結局縁花は儂の期待を裏切って逃げてしまった。残念だ。ああ、非常に残念だとも」
「…………」

 ふざけるな、と北郷に見えないところでギリリと唇をかみしめた。つまりこいつは、妃達が苛め苛められ苦しんでいても我関せずだと言うのだ。望んで後宮に来た者ばかりではない。そして、この楽しみの少ない後宮で帝の寵愛を得られずに鬱々とした気持ちを蓄えている者も非常に多い。秀花のことは許せないが、それでも彼女が気持ちのやり場に悩む気持ちもわからないではないのだ。
 何もかも全て。帝が一声かけるだけで、あるいは多くの妃達に平等に愛を注いでやるだけで変わることなどいくらでもあるというの。

――全部、あんたのせいだろうが!お前が思っているよりずっとずっと縁花は……我々は苦しめられてるっていうのに!

 ああ、何故。自分今、こんな男の腕に抱かれているのだろう。
 妃達の苦しみも、悩みも、傷も。何もかも蔑ろにして、帝である己の妻になれただけで幸せであるはずだとそう決めつける愚か者。
 いっそ、隣国でも山賊でも何でも攻め込んできて、今すぐ自分と一緒にこの男を撃ち殺してはくれないだろうか。子供がいない今だからこそ、この男の直径ではない有能な者を次の帝に据えられる絶好の機会だというのに――!

「まあ、儂から逃げた不届きもののことなどは良い」

 ぐい、と強く抱き寄せられる。ああ、油の腐ったような臭いがする。この男の体臭か、あるいは強欲な魂が発する臭いか。

「それよりも、朗報があるぞ。……件の秘術が、ようやく見つかりそうなのだ。まさか辺境の村の書庫に、そのような秘術を記した書があろうとは思わなんだ。見つけ次第、無理やりにでも村長からそいつを買い取る算段になっている」
「なっ……!」
「実に楽しみで仕方ない。ああ、やっと、儂とおぬしの子が見られる時が来るのだ……!」

 本当に、そのようなものがあったというのか。人の体を変えてしまうような、恐ろしい秘術の書が。
 もしそんなものを使われたら、自分は。

――嫌だ……そんなの、そんなこと……!

 北郷に服を脱がされながら。蓮花は目の前が、真っ暗になるのを感じていたのだった。



 ***




――蓮花様、遅いわね……。

 今日も今日とて、歌と舞の稽古をする予定だった。映子はちらちらと廊下を時折伺いながら首を傾げる。
 時々北郷が気まぐれに、蓮花を朝や昼に呼び出すことがあるのも知ってはいた。その時間が、今回たまたま稽古の予定時間と被ったのである。なるべく早く戻るから、と昼餉の時間に自分に言い捨てて早足で帝の元に向かったのが正午のこと。一抹の不安を覚えつつも、それならばと厨房の片づけと掃除に従事した後で蓮花の部屋へと来て見れば、彼女はまだ帝の部屋から戻って来ていない様子だった。

――あんの色ボケジジイ!真昼間からお盛んが過ぎるんじゃないの!?

 誰かに聴かれたら一発で首をチョン切られかねないことを思いつつ、イライラと部屋の中を歩き回った。確かに、自分も元々は帝に寵愛されて妃になることを目指して女官になった人間である。その色ボケジジイに抱かれても構わないという気持ちがあったのは確かだ。帝という地位は、どのように生理的に受け付けない見た目の男であっても許せてしまうほどの魔力を持つものであったのだから。
 しかし。こうして妃達の状況を知ってしまえばしまうほど、帝に対する不満も同じほど募ってくるのである。あの男は、妃達の間で起きるあらゆる諍いを黙認している。春舞台や花舞台で妃達が魂を賭けて舞い踊るのさえ余興としか思っていないフシがあるという話を聞いて愕然とした。――縁花が帯を落として恥ずかしい姿を晒した時、帝は涙ぐむ縁花を見て色めいた視線を向けると同時に、堂々と笑いものにしていたというのだから腹立たしいことだ。
 何より許せないのは。男にとっては妃達は、子を作る道具でさえなさそうだということである。
 彼はとにかく、己の欲を晴らすことにばかり熱心なのだ。そうでなければ、こんな昼間に、突然催したからと言って蓮花を呼びつけ、長々と閨に引っ張りこむような真似などするはずもない。そもそも帝だって本来朝や昼には通常の執務があるはず。妃と色事にふけってばかりいるわけにはいかないはずだというのに。

――何であんな男を帝にしてしまったのかしら、この国は!ああ本当に嫌ね、世襲制って!

 前の帝は四人子を設けたが、残念ながら男児は一人だけだったという。やむなくその唯一の男児である北郷に継がせたというのは有名な話だった。――女性も帝になれる法律ならば、長女である北子ほくこ様が跡継ぎになることも充分可能であったはずだというのに。

――この国は、女性の権利が低すぎる!……第一妃になって男児を産めば、法律を変えるくらいの権利はできるのかと思っていたけど……そういうわけではないのかしら。何だか、空しくなってきちゃったわ……。

 ふと、蓮花がいつも使っている机の下を見た映子は。そこに、何やら奇妙なものが置いてあることに気づいた。暗い上に、壁の色と同化していて今まで見えていなかったのである。
 それは、まるで漬物でも漬けるような、両手で抱えられるくらいの大きさの――漆塗りの赤茶けた壷。

「何、かしら?」

 どうしても、気になる。映子は興味本意で、その壷に近づいたのだった。
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