小悪魔男子に恋してる!

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<19・未知なる今日を生きる少女>

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 引き金が引かれる、まさにその寸前。あたしは反射的に声を上げていた。

『お願い、待って!』
『!?』

 あたしの声に、座り込んでいたブレンダも、そして銃を構えてブレンダを狙っていたチャドも驚いて固まったようだった。まさかあたしがブレンダを庇うとは思ってもみなかったのだろう、チャドが“何故!?”と鋭く叫ぶ。

『オーレリア様。何故この者を庇うのですか。この者はオーレリア様を貶め、アルジャノン様との仲を引き裂こうと画策した悪女ですよ!?』

 何年もの間、忠実にあたしに仕えてくれた騎士団長。彼からすれば、元貴族であってもブレンダはけして許せる相手ではないのだろう。
 現代日本の言葉で言うなら、ブレンダはあたしの恋人であるアルジャノンの“元カノ”というものだ。それについて、あたしがアルジャノンを咎めるなんてことはない。そもそもアルジャノンとブレンダが付き合っていたのは、彼が前世の記憶を取り戻すよりもずっと前のことだからだ。
 その後考え方の違いもあり、国の方針のすれ違いもあり、二人は婚約解消という結末を迎えることになったと聞いている。他国の姫君との結婚ではなく、同じ国の王族と貴族の婚約であったためまだ拗れることは少なかったらしいが――解消させる“側”である王族のアルジャノンはともかく、解消させられた側のブレンダは家族から相当冷たくされたと聞いている。
 アルジャノンが悪かったとは思わないが、かなり辛い思いをしてきたことだろう。彼を、そして彼の妹という立場でありながら恋人に収まったあたしのことを恨むのは、なんらおかしなことではなかった。さすがにあたしの食事に毒を混ぜようとしたり、“娼婦まがいの行為をしていた”なんてありもしない噂を流したのは褒められた好意ではないが――。

『確かに……確かに、ブレンダにされたこと、全てを許すことはできないわ』

 どんな人間とも仲良くなれる、なだなんて思わない。時には決定的に性格が合わないこともあるし、境遇からしてどうしても許せない、認められない相手というのも世の中にはいるのだろう。そういう人間とは適度に距離を取るしかないし、それによっていらぬトラブルを避けるのも大人の処世術である。
 ただ。
 それが理解できていても、誰かを攻撃せずにはいられないこと。恨みをぶつけなければ気持ちの持っていきようがないことは、この世にはいくらでもあると思うのだ。自分はこの世界で、あまりにも恵まれていた。あの人への愛を自覚し、あの人もまた記憶を取り戻して自分への愛を誓ってくれた。どれほど試練が待ち受けていようと、二人ならきっと乗り越えていける――そんな存在に出逢えた喜びは、何物にも代えがたく、同時に幸運以外の何物でもないのだろう。
 自分とブレンダの違いはただ、そのような幸運に恵まれたかどうか。ただそれだけだったのではないかと思うのだ。あたしとて、もしブレンダの立場なら――自分とアルジャノンを恨まないでいられる自信なんてまったくないのだから。

『でも……でも。いつだってあの人が一緒にいてくれたあたしと違って、ブレンダはずっと独りぼっちだったのよ。独りで戦わなければいけなかったの。その行き場のない感情をぶつけなければ、きっと苦しみに耐えて生きていくことなんかできなかったのだと思うわ』
『な、何よ……くだらない同情ならやめなさいよ!あんたなんかに、わたしの何がっ……!』
『分かるだなんて言えないわ。あたしは恵まれていた、自分でもそれがわかっているから』

 でも、とオーレリアはブレンダを振り返るのである。

『でも。……あなたはあたしが世界で一番愛する人が……かつて心から愛していた人だから。今でもあの人が、貴女を大事に想っていることも知っているから。……そんな人を見捨てるなんて、あたしにはできないわ』

 ブレンダの眼が、驚愕に見開かれる。これはきっと自己満足だ、とオーレリアは思った。ひょっとしたらここで庇われる方が、ブレンダにとっては屈辱であったのかもしれないとも。
 それでも。

『あたしはあたしの、心を偽ることなんてしたくないの』

 両手を広げて、オーレリアは立ち塞がるのである。

『それが、あたしが愛するあの人が教えてくれた……ヒーローとしての生き方なのだから』


 ***



 カッコいい。あかるは思わず、心の中でガッツポーズを決めた。スマホを持つ手に、思わず力がこもる。今日読める無料配信分はここまで。今回も今回とて、続きが非常に楽しみなところで終わっている。なんとも明日が待ち遠しい、そう思いながら座席に座り直した。
 『運命のオーレリア』でも有名な、主人公オーレリアが悪女キャラを庇うシーンである。ここに至るまで、オーレリアはこのブレンダに散々嫌がらせを受けた後だった。食事に毒を混ぜられる、ドレスに虫を投げ込まれる、はたまた部屋のドアノブに劇薬を塗られ、あわや大やけどなんてこともあったはずである。中には命に関わるかもしれないものもあったというのに、オーレリアはそんな悪女の立場になって考え、彼女の命を救う選択をしたのだ。既にブレンダは、王族になったオーレリアに非道な真似をしたとして、反逆罪に問われている身である。ここで騎士団長に殺されても誰も文句は言わないし、オーレリアにとってはここで彼女が死んでくれた方が、平穏な日々が約束されたはずであったというのにだ。

――自分の心を偽ることはしたくない、か。

 あかるは思う。自分はずっと、自分自身の本当の気持ちから目を背けて生きていたのかもしれない、と。
 もっと誰かの役に立つ己でいたい、そう願うのに実行に移して来れなかった自分。誰かを助けたい気持ちはあるのに、心の中で散々言い訳ばかりして、あと少しの所で勇気が持てなかった自分。失敗ばかりを恐れて、結局本当にしたいことを一つもしてこれなかった。――結局失敗する以上の後悔を、自分の仲で昏々と降り積もらせる結果になってきたというのに。

――変われるかな、私も。

 電車に揺られ、向かう先はあまり行かない大きな駅だ。ショッピングモールがあり、中には映画館やレストランも入っている。今日はその南口で、“あいつ”と待ち合わせをしているのだ。時間的に、ひょっとしたら同じ電車に乗っていたりするのかもしれない。

――ううん、違う。変われるかな、じゃない。変わるんだ、私も。オーレリアみたいに……あいつ、みたいに。

 ふと、顔を上げた先。杖をついたおばあさんが、やや転びそうにながらつり革につかまっているのが見えた。漫画を読みふけっていて全く気付いていなかったのだ。あかるは一瞬、ほんの一瞬だけ躊躇って――その数秒で勇気を振り絞る決断をする。

「あ、あの!」

 席から立ち上がりつつ、あかるは声を上げたのだった。



 ***



 結局。あの旧体育倉庫の“悪霊”の正体は分からずじまいだという。
 あれから一カ月ばかり過ぎたが、体育倉庫のまわりには大きなフェンスが設置されただけに留まっている。どこぞの神社にお祓いを依頼したらしいが、いかんせんお盆休みがあったこともあって予約がいっぱいで、来て貰えるまでにどうしても時間がかかってしまっているという。
 ユイの話によれば、詳しい状況はわからないまでもあそこで男女の無理心中があったというのはほぼ間違いないらしい。女性が男性を殺し、自分の体をも切り刻んで死んだとかなんとか。そんな場所を子供も利用するような体育倉庫として、一時的にも使っていたというのはさすがにどうなのだと言わざるをえない。大人にも大人の事情があったのかもしれないが、それならそれで子供達にも納得のいく説明をしてもらいたいところだ。下手をしたら、他にも誰かが死んでいたのかもしれないのだから。
 まあ、入るな、と言われるところに確信犯で入った自分にどうこう言う資格はないのかもしれないけれど。

――変じゃないかな、今日の格好。

 電車の出入り口付近の棒に捕まって立ちながら、何度も何度も窓ガラスに映った自分の姿を確認してしまう。女の子らしいかわいい服装、というやつは自分にはどうにも似合わない。結局普段着とさほど変わらないような、ジーンズとお洒落Tシャツくらいの格好になってしまった。どう見たって、デートに行く女の子の格好ではないだろう。――いやまあ、これをデートと呼んでいいのかはわからないけれど。

『……結局、あんたの“お願い”ってやつ、聴かないままなんだけど。そろそろ言ってくれてもいいんじゃないの。その、この間の……恩もないわけじゃないし』

 結局、彼が退院する頃には学校も一学期が終わってしまっていた。結局桃瀬匠から聴いた刹那の携帯に、お見舞いがてら電話するのが精一杯だったのである。メールでもLANEでも良かったはずだが、どうしても声が聴きたかったのだ。正直、あんな怪我をしたと聞いて心配せずにいられるほど、こちらも薄情なわけではないのだから。

『ほんと!?』

 で、そんなあかるの気持ちをよそに。刹那ときたら、それはもう幼い子供のように弾んだ声を返してくるのである。

『じゃあさ。ほんとにお願いしてもいい?』
『な、何を?』
『やだなあ、忘れたの?俺言ったじゃん。デートして、ってお願いしてもいい?って』

 だからさ、と彼は告げてきたのである。

『ほんとにそのお願い、しちゃってもいいかなあって。……で、その時聞かせてよ。あんたの答え』

 何の答え、なのかは言うまでもない。なんせうやむやのまま、結局自分は彼に何も伝えていないのだから。彼ははっきりと“あかるちゃんが好き”と言ってくれたというのに。

『……なんで私、なの?私、何もしてないんだけど』

 電話をしていたのが、自分の部屋で良かった。誰も同じ空間にいなくて良かった。――きっと真っ赤になっていたであろう恥ずかしい顔を、他の誰にも見られなくて本当に良かった。

『……だよ』
『は?』
『だ、だから!』

 そして多分。それは電話の向こうの刹那も同じだったのだろう。

『ひ、一目惚れだったの!あの時痴漢を捕まえたあかるちゃんが、すっげーカッコ良かったから!まさか学校で逢うと思わなくて、運命感じちゃったの、いけない!?俺ずーっと好き好きアピールしてたつもりだったのになんでかあかるちゃん怒り出すし、ちっとも俺の気持ち伝わってないし、そしたらあんなことになって……ああもう!こんな事言わせんなバカー!!』

 小悪魔系男子は、想像以上にツンデレだった。べらべらべらーっと早口で語った勢いで、よっぽど恥ずかしかったのかうっかりだったのか、その場で電話は切れてしまったけれど。しばらくあかるもあかるで固まった後、思わず吹き出してしまったのはここだけの話である。
 その翌日、デートの詳細をLANEで話し合い、今に至るというわけである。
 彼はサッカー部に入部したものの、まだ本調子じゃないので練習には毎日参加させてもらえないらしい。そのおかげで、デートのための“休日”を取ることもできた、らしい。バレたら顧問に叱られるんじゃないの?と少し疑問に思ったがそれはそれ、である。

――デートなんか、したことないけど。こういうのでいいのかって、正直今でも思うけど、でも。

 今日の自分はちゃんと可愛いのか、とか。今日はどんな一日が待っているんだろう、とか。そういう些細なドキドキを楽しめるのもまた、生きているからこそ。精一杯青春しているからこそ、なのかもしれない。
 自分はまだ小学生だ。いろんな意味で幼いし、未熟だという自覚もある。これが本当に恋と呼べる感情なのか、胸を張って言うことはできない。でも。

――でも。これから先も私は……カッコいいあいつと一緒にいたいって、今は思う。一緒にいて何が起きるかって、ちょっとわくわくもしてる。きっと山ほど喧嘩するし、永遠に続くことなんかないのかもしれないけど、でも。

 あの告白の答えは、多分一番最初に出逢った時にはもう決まっていた。あかるがそれに、気づいていなかっただけで。
 電車が止まり、ドアが開く。肩にかけた鞄を背負い直し、あかるは一歩駅へと踏み出す。

――よし!頑張れ、私!

 誰かさんと一緒に生きる、今日という新しい一日が始まる。
 歩き出した世界はどこまでも知らないものに溢れて、キラキラと輝いていた。

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