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<2・兄弟と七不思議>
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「で、英玲奈ちゃんには言ったわけ?好きですって」
「ぶふっ」
鈴谷梟が朝食の席でそう尋ねると、弟の燕は派手にお茶を吹き出した。おっと朝からちょいと刺激的な話題だったかな、と梟はにやりと笑う。小学五年生で思春期真っ盛りの少年は、真っ赤になってこっちを睨む。
「げほっ、げほっ……兄ちゃん、頼むから朝からやめて。マジでやめて」
「いやあ、悪い悪い。お前の反応はいっつも楽しくて何よりだ」
「弟で遊んで楽しいかよこの馬鹿兄貴ー!」
「正直に言うと楽しい。めっちゃくちゃ楽しい」
「このヤロ!」
梟は中学生、燕は小学生。三つ違いの兄弟の名前が何で鳥なのかといえば、完全に両親のせいである。我が家にはコザクラインコのリーコがいる。しかも二代目のコザクラインコだ。二人はそろって鳥が大好きで、なんと息子二人にも鳥の名前をつけてしまったのである。おかげでクラスのみんなに名前を覚えてもらいやすい反面、からかわれることも少なくなかった自分達だ。何より、習字で書く時共に漢字が難しすぎる。特に燕は書道で書かされるたび、名前がバラバラ大事件を起こして泣きたくなるのだと言っていた。
仲は悪くない、とは思う。体力がなくてわかりやすく文系の自分と比べて、燕はわかりやすいまでのサッカー少年脳筋思考。音楽と体育以外はとっても残念というテンプレートのお墨付き。ついでに喧嘩もそれなりに強い。ガキ大将と言うほどではないが、大抵クラスの体が一番でかい男子と喧嘩して先生に一緒に怒られ、その男子と一番の親友になるというお約束を辿る人間だった。コミュニケーション能力そのものは、相当高いのだろう。そのやり方には若干難があるし、好きな女の子に対して素直になれず気が利いた言葉一つ言えないという悩みも抱えているらしいが。
「朝から食卓で騒ぐなよー」
そんな自分達を横目に、自分達の父はのんびりお味噌汁をすすっている。
「ご飯ひっくり返したら怒るぞ……母さんが!」
「母さんかーい!」
「だって俺は怒るの得意じゃねぇもーん、そういう役目は母さんに任せるに限……でへっ」
父に後頭部をぺしり、と叩いたのはその母だった。年不相応に子供みたいなことばかり言う父の手綱を握っているのは間違いなく母である。向こうの鳥かごでは、空気を読んだようにリーコが“オ父サンハコレダカラ困ルノヨー”と言っている。こいつ、本当に人間の言葉がわかっているのではなかろうか。
「リーコありがとう、我が家で一番空気読めるのはやぱっぱりリーコだわー。というわけでお父さん、たまにはきちんとお父さんの役目は果たして頂戴。一緒にご飯食べてるんならちゃんと息子達を注意して!」
「はいはいー」
「ハイは一回!」
「はーい……」
こんな感じのやり取りが、毎朝のように繰り広げられている。
ちなみに平日の朝七時にも関わらず普通にのんびり父がご飯を食べているのは、今日の父はリモートワークの日だからだそうだ。父の仕事は、現在週に一回か二回リモートで仕事をすることになっているらしい。リモートの日は、自宅で九時までにパソコンの電源を入れていれば問題ないそうだ。出勤しなくていいというのは、それだけで随分楽であるらしい。例の感染症に関しては恨み言も多いが、在宅でできる仕事が増えたのは良いことだったかもな、なんてことを言っていた。今までの仕事には、無駄な会議も無駄な作業も多かったからなあ、とも。
そのへんのことは、まだ中学生で仕事をしたことのない梟にもよくわからない。ただ、家族で一緒にご飯を食べられることが増えたのは、きっと良いことであったのだろうとは思っている。一時期は早朝に出て、夜自分達が眠った後に帰ってくるということもしていた父である。
「で、話戻すんだけど」
梟が告げると、燕は露骨に嫌な顔をして“戻さんでいいよ”とぼやいた。よほど、愛しのあの子の話題に持って行かれるのが嫌らしい。
「なんだよ、いいじゃん。好きなんだろ、英玲奈ちゃんのこと」
「……そうだけど」
「結構脈あると思うんだけどな。前のクラスから連続で同じクラスって、なかなかの運命だと思うし。普通に仲も良いんだろ?男子と女子の割に。英玲奈ちゃん、男女問わず大人気だもんな」
だからこそ、燕はハラハラしているんだろうけど、とは心の中で。
「ああいう可愛くて元気で行動力あるタイプ、嫌いなやつなんかそうそういないだろ。さっさと気持ち伝えとかないと、あっという間にカッさらわれちまうぞ?いいじゃん、小学生から付き合ったって。精々手を繋いで近くのショップ遊びに行くデートするくらいなもんなんだしさあ」
そう告げると、向こうはリアルに想像してしまったのか、燕は真っ赤になって俯いてしまった。可愛い可愛い小学生には、この程度の妄想さえ過激なものであったらしい。まだまだ幼いねえ、と笑いつつも。梟が弟の恋を応援するのには、一応理由があるのだった。
熊野英玲奈とは梟も何度も顔を合わせている。朝の通学班は同じではないものの、彼女の住んでいる家はすぐ近所に位置しているのだ。帰りに、燕と他の友達と一緒に、英玲奈が帰ってくるのも目撃しているし声をかけたこともある。可愛い可愛い二人に、こっそりコンビニでアイスを奢ってあげたことも。
英玲奈は良い子だ。年上への礼儀もわきまえているし、おしとやかそうな見た目に反して芯も強い。思ったこもしっかりはっきり言える。駄目なことは駄目と言えるだけでなく、自分が間違えた時にはきちんとそれを反省して謝る勇気も持っている子だった。我が弟を任せるに、充分な素材だと個人的には思っているのである。
梟と英玲奈でくっついてくれたら、きっと末永い幸せを約束してくれることだろう――なんて小学生相手に何を言っているのかと思うけれど。梟からすれば、なるべく早く安心が欲しい気持ちもあるのだ。
燕が最高の笑顔を見せてくれるところ、幸せになるところが見たい。
こんなことを言うとまるで年を食った父親どころかお祖父ちゃんみたいだと自分でも思うけれど、そう考えるようになった明確な理由もあるわけで。それは――。
「……そ、そこまで具体的に、どうこうしたいわけじゃないし。俺は、英玲奈と一緒にいられるだけで、それでいいし」
もじもじしながら言う弟。さっきから、食事は全然進んでいない。まあ、それは梟のせいなのだが。
「来年違うクラスになるかもしれないのに?そしたら一緒に帰りづらくなるだろー?」
「なんでそういうこと言うかな兄ちゃん!それはそれで、運命だった思うしかないというか、別に会えなくなるわけじゃないしというか……!ていうか、兄ちゃんは何でそんなに俺と英玲奈にくっついて欲しいんだよ、もう!」
「んー?」
理由は、ある。
でも弟にだけは、絶対に言えないわけで。
「幸せ運ぶキューピッドになりたいからー?なんかよくね、そういうの」
誤魔化すように笑ってやると、わけわかんねー!と弟はむくれた。まあ、自分も、恋愛に対しては超奥手でしかない弟が可愛いあの子にさくっと告白できるとは思っていない。
というわけで、今日は思い切って秘策を伝授しようと決めていた。おまじない、なんて女の子っぽいと彼は嫌がるかもしれないが。
「恋愛成就のおまじないを教えてやるから、実行しろよ。南校舎の端っこの空き教室でな、“一つ結んで、マリコさん。二つ結んで、マリコさん……”ってかんじでおまじない唱えるんだ。五回、誰にも見つからずに唱えることができたなら、恋愛のお願いを言って手を叩いて終了!それで、どんな恋愛も成就するらしいぞ!」
ん?と訝しげに顔を上げたのは、黙々とご飯を口に運んでいた父である。
「梟。ひょっとしてそれ、七不思議の一つか?首吊りのマリコさん」
「え、そうだけど知ってるのかよ父さん」
「まあ」
学園の七不思議、なんて使い古されたネタではあるが。どうやら、七不思議の内容も過去から脈々と受け継がれたものであったらしい。父も梟が卒業し、現在燕が在籍している小学校にかつて在籍していた生徒であったのだ。藤根宮小学校。戦前からあるとかないとか言われるくらい古い学校なので、それこそ祖父母の代から同じ学校に通っていましたという地元の人間も少なくない。
「すごいなあ、俺の頃から変わってないのか。首吊りのマリコさんは、俺の頃からある七不思議だぞ。子供の頃はオカルト関係が大好きで、校内新聞でもそのネタで取材したりしてたんだよ」
実はまだ家の棚の中に、その時の取材ファイル残してあるんだよ、と父。実はこの家には、元々祖父母と一緒に暮らしていたのである。つまり、父の子供の頃のアイテムも、捨てていない物ならあちこちに残っていたりするというわけだ。父方の祖父母が相次いで亡くなってしまってからは、今は自分達四人家族とリーコだけで暮らしているわけであったが。
「でも、マリコさんそんな明るい内容の話じゃなかった気がするなあ。もっと暗い話っていうか、もっと七不思議らしくホラー入ってた気がする。名前だけ残って、噂の内容は変わっちまったのかな?」
「まあ、父さんが卒業してから滅茶苦茶過ぎてるしな。変わっててもおかしくないだろ。今の七不思議はほとんど可愛いおまじないみたいな内容だけど、昔はもっと怖かったらしいって話、俺も聞いたことあるし」
「あ、やっぱり?そうだよな」
そんな話を聞きながら、ぼそっと燕が“俺、怖い七不思議の時代じゃなくてよかった”と呟いていた。首吊りのマリコさん、なんて名前はついているが、今の藤根宮小学校の七不思議はみんなホラー要素がほとんどないものになっている。やばい七不思議があるなんて聞いてしまったら、怖がりな燕は本気で南校舎に入れなくなってしまっていたかもしれない。
――そういえば、北校舎と南校舎ってあるのに、何でだか七不思議があるの全部南校舎だな。なんか理由があんのか?
ふと、小さな疑問が湧いた。北校舎と南校舎は、実は南校舎の方がずっと新しい。新しい校舎にだけ七不思議があるというのも不思議な話だ。それも、建て替え前の七不思議から大幅リニューアルした形で。
そう、南校舎が新しい理由は、かつて南校舎の場所には木造のボロボロの旧校舎が建っていたからなのである。老朽化が進んで、やむを得ず建て替えたということらしい。当然、父の言う“怖い七不思議”があったのは、その建て替え前のボロボロの木造校舎時代のものであったということだろう。
もしかしたら七不思議も、建て替えと一緒に可愛らしいものに変更されたのかもしれなかった。現代にあわせて、ホラーではなくおまじないちっくのものに。そう考えると、なんだか少し興味が湧いてしまう。怖がりな燕と違って、梟は怖い話が嫌いではないのだ。
「まあ、そんなわけだから、自信がないならおまじない試してみろって。きっと奥手な燕クンの背中を押してくれますよーっと」
「ええ……なんか、女の子みたいで気が進まないんだけど……」
ぶつぶつと言う燕だが、まんざらでもないことを梟は知っている。可愛い英玲奈と両思いになれたら、と誰より妄想しているのは彼に決まっているのだから。
――今年中にくっついてくれねーかな、この二人。そうしたら盛大にお祝いしてやるのになー。
この時梟は、そんな風にどこか楽観的にしか考えていなかったのである。
こんな己の選択を死ぬほど後悔する羽目になるとは、夢にも思わずに。
「ぶふっ」
鈴谷梟が朝食の席でそう尋ねると、弟の燕は派手にお茶を吹き出した。おっと朝からちょいと刺激的な話題だったかな、と梟はにやりと笑う。小学五年生で思春期真っ盛りの少年は、真っ赤になってこっちを睨む。
「げほっ、げほっ……兄ちゃん、頼むから朝からやめて。マジでやめて」
「いやあ、悪い悪い。お前の反応はいっつも楽しくて何よりだ」
「弟で遊んで楽しいかよこの馬鹿兄貴ー!」
「正直に言うと楽しい。めっちゃくちゃ楽しい」
「このヤロ!」
梟は中学生、燕は小学生。三つ違いの兄弟の名前が何で鳥なのかといえば、完全に両親のせいである。我が家にはコザクラインコのリーコがいる。しかも二代目のコザクラインコだ。二人はそろって鳥が大好きで、なんと息子二人にも鳥の名前をつけてしまったのである。おかげでクラスのみんなに名前を覚えてもらいやすい反面、からかわれることも少なくなかった自分達だ。何より、習字で書く時共に漢字が難しすぎる。特に燕は書道で書かされるたび、名前がバラバラ大事件を起こして泣きたくなるのだと言っていた。
仲は悪くない、とは思う。体力がなくてわかりやすく文系の自分と比べて、燕はわかりやすいまでのサッカー少年脳筋思考。音楽と体育以外はとっても残念というテンプレートのお墨付き。ついでに喧嘩もそれなりに強い。ガキ大将と言うほどではないが、大抵クラスの体が一番でかい男子と喧嘩して先生に一緒に怒られ、その男子と一番の親友になるというお約束を辿る人間だった。コミュニケーション能力そのものは、相当高いのだろう。そのやり方には若干難があるし、好きな女の子に対して素直になれず気が利いた言葉一つ言えないという悩みも抱えているらしいが。
「朝から食卓で騒ぐなよー」
そんな自分達を横目に、自分達の父はのんびりお味噌汁をすすっている。
「ご飯ひっくり返したら怒るぞ……母さんが!」
「母さんかーい!」
「だって俺は怒るの得意じゃねぇもーん、そういう役目は母さんに任せるに限……でへっ」
父に後頭部をぺしり、と叩いたのはその母だった。年不相応に子供みたいなことばかり言う父の手綱を握っているのは間違いなく母である。向こうの鳥かごでは、空気を読んだようにリーコが“オ父サンハコレダカラ困ルノヨー”と言っている。こいつ、本当に人間の言葉がわかっているのではなかろうか。
「リーコありがとう、我が家で一番空気読めるのはやぱっぱりリーコだわー。というわけでお父さん、たまにはきちんとお父さんの役目は果たして頂戴。一緒にご飯食べてるんならちゃんと息子達を注意して!」
「はいはいー」
「ハイは一回!」
「はーい……」
こんな感じのやり取りが、毎朝のように繰り広げられている。
ちなみに平日の朝七時にも関わらず普通にのんびり父がご飯を食べているのは、今日の父はリモートワークの日だからだそうだ。父の仕事は、現在週に一回か二回リモートで仕事をすることになっているらしい。リモートの日は、自宅で九時までにパソコンの電源を入れていれば問題ないそうだ。出勤しなくていいというのは、それだけで随分楽であるらしい。例の感染症に関しては恨み言も多いが、在宅でできる仕事が増えたのは良いことだったかもな、なんてことを言っていた。今までの仕事には、無駄な会議も無駄な作業も多かったからなあ、とも。
そのへんのことは、まだ中学生で仕事をしたことのない梟にもよくわからない。ただ、家族で一緒にご飯を食べられることが増えたのは、きっと良いことであったのだろうとは思っている。一時期は早朝に出て、夜自分達が眠った後に帰ってくるということもしていた父である。
「で、話戻すんだけど」
梟が告げると、燕は露骨に嫌な顔をして“戻さんでいいよ”とぼやいた。よほど、愛しのあの子の話題に持って行かれるのが嫌らしい。
「なんだよ、いいじゃん。好きなんだろ、英玲奈ちゃんのこと」
「……そうだけど」
「結構脈あると思うんだけどな。前のクラスから連続で同じクラスって、なかなかの運命だと思うし。普通に仲も良いんだろ?男子と女子の割に。英玲奈ちゃん、男女問わず大人気だもんな」
だからこそ、燕はハラハラしているんだろうけど、とは心の中で。
「ああいう可愛くて元気で行動力あるタイプ、嫌いなやつなんかそうそういないだろ。さっさと気持ち伝えとかないと、あっという間にカッさらわれちまうぞ?いいじゃん、小学生から付き合ったって。精々手を繋いで近くのショップ遊びに行くデートするくらいなもんなんだしさあ」
そう告げると、向こうはリアルに想像してしまったのか、燕は真っ赤になって俯いてしまった。可愛い可愛い小学生には、この程度の妄想さえ過激なものであったらしい。まだまだ幼いねえ、と笑いつつも。梟が弟の恋を応援するのには、一応理由があるのだった。
熊野英玲奈とは梟も何度も顔を合わせている。朝の通学班は同じではないものの、彼女の住んでいる家はすぐ近所に位置しているのだ。帰りに、燕と他の友達と一緒に、英玲奈が帰ってくるのも目撃しているし声をかけたこともある。可愛い可愛い二人に、こっそりコンビニでアイスを奢ってあげたことも。
英玲奈は良い子だ。年上への礼儀もわきまえているし、おしとやかそうな見た目に反して芯も強い。思ったこもしっかりはっきり言える。駄目なことは駄目と言えるだけでなく、自分が間違えた時にはきちんとそれを反省して謝る勇気も持っている子だった。我が弟を任せるに、充分な素材だと個人的には思っているのである。
梟と英玲奈でくっついてくれたら、きっと末永い幸せを約束してくれることだろう――なんて小学生相手に何を言っているのかと思うけれど。梟からすれば、なるべく早く安心が欲しい気持ちもあるのだ。
燕が最高の笑顔を見せてくれるところ、幸せになるところが見たい。
こんなことを言うとまるで年を食った父親どころかお祖父ちゃんみたいだと自分でも思うけれど、そう考えるようになった明確な理由もあるわけで。それは――。
「……そ、そこまで具体的に、どうこうしたいわけじゃないし。俺は、英玲奈と一緒にいられるだけで、それでいいし」
もじもじしながら言う弟。さっきから、食事は全然進んでいない。まあ、それは梟のせいなのだが。
「来年違うクラスになるかもしれないのに?そしたら一緒に帰りづらくなるだろー?」
「なんでそういうこと言うかな兄ちゃん!それはそれで、運命だった思うしかないというか、別に会えなくなるわけじゃないしというか……!ていうか、兄ちゃんは何でそんなに俺と英玲奈にくっついて欲しいんだよ、もう!」
「んー?」
理由は、ある。
でも弟にだけは、絶対に言えないわけで。
「幸せ運ぶキューピッドになりたいからー?なんかよくね、そういうの」
誤魔化すように笑ってやると、わけわかんねー!と弟はむくれた。まあ、自分も、恋愛に対しては超奥手でしかない弟が可愛いあの子にさくっと告白できるとは思っていない。
というわけで、今日は思い切って秘策を伝授しようと決めていた。おまじない、なんて女の子っぽいと彼は嫌がるかもしれないが。
「恋愛成就のおまじないを教えてやるから、実行しろよ。南校舎の端っこの空き教室でな、“一つ結んで、マリコさん。二つ結んで、マリコさん……”ってかんじでおまじない唱えるんだ。五回、誰にも見つからずに唱えることができたなら、恋愛のお願いを言って手を叩いて終了!それで、どんな恋愛も成就するらしいぞ!」
ん?と訝しげに顔を上げたのは、黙々とご飯を口に運んでいた父である。
「梟。ひょっとしてそれ、七不思議の一つか?首吊りのマリコさん」
「え、そうだけど知ってるのかよ父さん」
「まあ」
学園の七不思議、なんて使い古されたネタではあるが。どうやら、七不思議の内容も過去から脈々と受け継がれたものであったらしい。父も梟が卒業し、現在燕が在籍している小学校にかつて在籍していた生徒であったのだ。藤根宮小学校。戦前からあるとかないとか言われるくらい古い学校なので、それこそ祖父母の代から同じ学校に通っていましたという地元の人間も少なくない。
「すごいなあ、俺の頃から変わってないのか。首吊りのマリコさんは、俺の頃からある七不思議だぞ。子供の頃はオカルト関係が大好きで、校内新聞でもそのネタで取材したりしてたんだよ」
実はまだ家の棚の中に、その時の取材ファイル残してあるんだよ、と父。実はこの家には、元々祖父母と一緒に暮らしていたのである。つまり、父の子供の頃のアイテムも、捨てていない物ならあちこちに残っていたりするというわけだ。父方の祖父母が相次いで亡くなってしまってからは、今は自分達四人家族とリーコだけで暮らしているわけであったが。
「でも、マリコさんそんな明るい内容の話じゃなかった気がするなあ。もっと暗い話っていうか、もっと七不思議らしくホラー入ってた気がする。名前だけ残って、噂の内容は変わっちまったのかな?」
「まあ、父さんが卒業してから滅茶苦茶過ぎてるしな。変わっててもおかしくないだろ。今の七不思議はほとんど可愛いおまじないみたいな内容だけど、昔はもっと怖かったらしいって話、俺も聞いたことあるし」
「あ、やっぱり?そうだよな」
そんな話を聞きながら、ぼそっと燕が“俺、怖い七不思議の時代じゃなくてよかった”と呟いていた。首吊りのマリコさん、なんて名前はついているが、今の藤根宮小学校の七不思議はみんなホラー要素がほとんどないものになっている。やばい七不思議があるなんて聞いてしまったら、怖がりな燕は本気で南校舎に入れなくなってしまっていたかもしれない。
――そういえば、北校舎と南校舎ってあるのに、何でだか七不思議があるの全部南校舎だな。なんか理由があんのか?
ふと、小さな疑問が湧いた。北校舎と南校舎は、実は南校舎の方がずっと新しい。新しい校舎にだけ七不思議があるというのも不思議な話だ。それも、建て替え前の七不思議から大幅リニューアルした形で。
そう、南校舎が新しい理由は、かつて南校舎の場所には木造のボロボロの旧校舎が建っていたからなのである。老朽化が進んで、やむを得ず建て替えたということらしい。当然、父の言う“怖い七不思議”があったのは、その建て替え前のボロボロの木造校舎時代のものであったということだろう。
もしかしたら七不思議も、建て替えと一緒に可愛らしいものに変更されたのかもしれなかった。現代にあわせて、ホラーではなくおまじないちっくのものに。そう考えると、なんだか少し興味が湧いてしまう。怖がりな燕と違って、梟は怖い話が嫌いではないのだ。
「まあ、そんなわけだから、自信がないならおまじない試してみろって。きっと奥手な燕クンの背中を押してくれますよーっと」
「ええ……なんか、女の子みたいで気が進まないんだけど……」
ぶつぶつと言う燕だが、まんざらでもないことを梟は知っている。可愛い英玲奈と両思いになれたら、と誰より妄想しているのは彼に決まっているのだから。
――今年中にくっついてくれねーかな、この二人。そうしたら盛大にお祝いしてやるのになー。
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