恋とオバケと梟と

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<17・袋小路>

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 それはまるで、突風に煽られたかのような勢いだった。力任せに内側から引っ張られ、到底英玲奈の力ではなすすべがなかったのである。抑えていたドアは、無情なほどあっさりと閉じられた。

「梟さん!梟さぁん!!」

 勢い任せに閉められた影響で勢いよく転んでしまったが、すぐに英玲奈は立ち上がってドアにすがり付いた。ドンドンとドアを叩き、ノブを回して開こうと画策する。しかし、いくらドアを叩いても引っ張っても、ドアはぴくりとも動かない。玄関の時と、全く同じ現象であるようだった。

――霊障って、言ってたっけ……梟さん。ほんとに、本当にこんなことが……!

 先ほどの力。そして、ぴったりとひっついたように動かないドア。到底人間業とは思えなかった。もしあの時無理にそれを阻止しようとして隙間に腕でも入れていようものなら、骨が折れるどころか切断されてしまっていたかもしれないと思うほどの勢いである。とっさにそんな判断ができる余裕もなかったとはいえ、もしもそういうことをしていたなら――考えるだけで背筋が凍る。
 否。こうしてドアが怪異の場所で閉まってしまった以上、ただ自分達が分断されて梟が閉じ込められただけでは終わらないはずだ。
 きっと梟は狭い倉庫の中で、怪異に襲われるはずである。あの恐ろしい七不思議の通り、右手を切断しようという悪霊に。

――どうしよう、どうしようどうしようどうしよう!

 こうなることが全く予想できなかったわけじゃない。それでも試すしかない状況だったのだ。とにかく、何がなんでもやれることをしなければ。いくら梟でも、闇の中で怪異を防ぎ続けるのは限界があるはずである。

――私が、私がなんとかしないと……!何か、何か使えるものとかないの!?

 ドアをこじ開けられるもの。あるいは、幽霊にダメージを与えられるようなもの。これが押して開けるような方向のドアならば何か叩きつけるようなものでもいいのかもしれないが、生憎ドアはこちらに開くタイプである。引いて開けなければいけないのに、ぐいぐい押しても意味がない。TRPGなどならバールが武器として最良!なんてことをふざけて言うクラスメイトもいたが、今だけはその言葉に心の底から賛同したい気持ちでいっぱいである。バールなら、隙間にねじこんでテコの原理で開くこともできそうなものだというのに。
 勿論、これが幽霊の仕業というのなら、そんな物理で頑張ってもどうにもならないのかもしれないが。生憎、英玲奈は霊感があるわけではないし(おばけに興味がないわけではなかったが、人生で今日まで一度もその類を見たことはなかったのである)、当然祓うような特別な力などあるわけではない。御札やら塩やらなんて便利なものが、そうそう手に入るはずがないのだ。



――何で……!何でこんな時、私は何の力もないの!



『……おれ、やっぱり泣かないようにしたい。男の子だから泣いちゃだめとかじゃなくて……泣いてたら、えれなちゃんみたいにできないから』



――燕君に、ああ言って貰えたのに……!



『してくれたよ。おれのこと、助けてくれた。すごくうれしかった。こまってる人がいた時、泣いてたら助けにいけないじゃん。ヒーローは、泣いたりしないだろ。むしろ泣いてる人を助けてくれるだろ。おれ、そっち側になりたい。えれなちゃんみたいな、かっこいいヒーローになりたい』



――私、ヒーローなんかじゃない。そんな強い子なんかじゃない。それでも嬉しかったの。私も……燕君のヒーローになれたかもしれないと思ったら、すごく嬉しくて。だから、約束したのに!



『おれ!おれが!えれなちゃんを守るヒーローになる!だから……そのために、転んでも泣かないつよい男になる!』



――燕君が私のヒーローになってくれるなら、私が燕君のヒーローになるって、そう決めたのに!

 それは、燕本人だけではない。燕の大切な人のことも守れる存在でありたいと思って言った言葉だった。
 燕自身は、優秀な兄に対して引け目を感じることが少なくないようだったが。それでも、梟はその嫉妬や劣等感をも含めて燕のことを愛していると知っている。まだまだ幼い弟を、自分にできる精一杯で守っていきたいと願っているということを。ならば、彼も当然のように、英玲奈にとって守りたい存在の一人なのだ。こんなところで死んでいい人ではない。彼がいなくなったら、悲しむ人間がどれだけいることか。

「うわああっ!」
「!」

 ドアの向こうで、梟の悲鳴とばたんばたんと暴れるような音が聞こえている。怪異に襲われているのは間違いないようだった。時間の猶予は一刻もない。
 階段の付近を探しても、めぼしい道具は何も見つからなかった。少し遠くの場所まで探しに行かなくてはダメだろうか。英玲奈が廊下へ飛び出し、近くの教室を探してみようと思ったその時である。

「!」

 自分達が今いる階段は、南校舎一階の西端に位置している。階段を背にして左手側には昇降口と同じく開く気配がない扉があり、右手側には長く廊下が続いているという寸法だ。
 音が聞こえたのは、右手の廊下からである。最初はそれが、何なのかわからなかった。どんどん日が落ちて暗くなる廊下は、既に奥まで見通せるような状況になかったからだ。
 だがその廊下の闇の中から、ぼんやりと白いものが浮き上がった時、背筋が冷たくなった。同時に理解したからだ。



 ギイ、キィ……。



 響き始めたその音が、首吊りの縄を軋ませる音であるということに。

「ま、マリコ、さん……」

 最悪だ。最悪のタイミングで、追いついてきたのだ――あの怪異は。
 真っ白なワンピースの女性は、明らかにつま先が地面から浮いていた。一体どういう仕組みになっているのだろう。首吊りの縄を首にかけたまま、きぃきぃと揺れながら確実に近づいてきている。まるで振り子でも見ているかのよう。だが、その姿は職員室で見た“マリコ”とは既に違ったものになっていた。自分達が二階で見た時の彼女はまだ、不気味ではあるものの普通の人間に近い姿をしていたというのに。
 近づいてくる彼女は、体のみならず不自然に首を左右に振っているのだ。ぶらん、ぶらん、なんて生易しいものではない。首が振られるたび、まるで骨が砕けるようなごきり、ごきりという鈍い音が断続的に響くのだ。縄の音と合わせて、それは闇の中に吐き気を齎すほどおぞましい不協和音と化していた。

「ひっ……ひぃ……!」

 やがて首は左右のみならず、上下にも振られ始める。だが、今度は先ほどよりもさらに奇怪な動きだった。なんせ、人間の首の可動域には限界があるのだ。左右にも前後にも、そこまで大きく動くように骨ができているわけではない。それなのに彼女は首が落ちそうなほど――そう、既に脛骨が失われ、首が皮一枚で繋がっているのではないかと思わせるほど、大きく前後左右に首を降っているのである。
 彼女が大きく首を後ろにのけぞらせると、その頭は顎さえも背中の方にぐるんとひっくり返って消失した。
 がくん、と前に首が振れると今度は、その頭が胸のあたりまで不自然に落ちてくるのである。彼女の胴体の高さは、ほとんど変わらないというのに。

――気持ち悪い……気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!なんで、さっきより酷くなってるの……!?

 恨みを晴らすことができず、獲物に逃げられ続けているからだろうか。
 ぐるん、と一瞬こちらを見た彼女の目は、憎悪に近い感情で血走っていた。頭の中に、声が響く。



『許セナイ……』



『許セナイワ……』



『私ハアノ人ト結バレナカッタノニ……何デ、オ前タチニハ許サレルノ……?』



『アアアアア、妬マシイ、妬マシイ、妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ妬マシイ……!』



『引キ裂イテヤルワ、今度コソ……!』



「梟さん!」

 金縛りにあったような恐怖からギリギリのところで解き放たれ、英玲奈は再び階段のドアに縋りついた。
 この場所はまずい。今ならまだ上の階に逃げることもできるが、このまま階段下のスペースで追い詰められたら完全に袋の鼠だ。逃げ場がない。二人とも、今度こそ首吊りの縄をかけられて絞め殺されてしまうか、神隠しに遭うかの二つに一つしかないのだろう。あるいは、もっと悲惨な結末が待っている可能性もあるのだろうか。どちらにしてもごめんだ。
 一刻も早く逃げなければ。英玲奈は再度ドアノブに手をかけて――なんと、今度はあっさりとノブが回り、動いた。

「うわぁ!」

 勢い余ったように、倉庫の中から梟が転がり出てくる。背中を強かに打ち付けて呻く彼は、あれ?と頭上にクエスチョンマークを浮かべて周囲をきょろきょろと見回していた。

「あれ?何で、出られ……英玲奈ちゃん?出してくれたの?」

 どうやら、梟が何かをしたわけではないらしい。どういうことだ、と疑問が湧き上がったのは英玲奈も同じだったが――今はそれを追求している場合ではないようだった。

「梟さん、急いで立ち上がって!マリコさんが来てます、廊下から!」
「ええ!?ちょ、マジかよ!?」
「上の階に逃げましょう、早く、早くっ!」

 英玲奈の様子から、切羽詰った状況を感じ取ったのだろう。休む暇もナシかよクソ!と悪態をつきながらも彼は英玲奈の手を借りて立ち上がると、その手を握って走り始める。
 その時にはもう、マリコはすぐそこまで迫っていた。彼女が追ってくる速度そのものがさほど早くなかったのが唯一の幸いだろうか。マジかよ!ともう一度叫ぶと、彼は英玲奈と共に二階へと階段を駆け上がり始める。何故かマリコの手を握っていない反対の手には、何故か金属製の盥を握りしめた状態で。

「これでも食らえ!」

 その盥を、追ってくるマリコに投げつける梟。ドカッ!と半透明のはずの幽霊に派手にヒットする音がした。何でだろう、と英玲奈は思う。そういえば最初に助けてくれた時も、彼が投擲した武器は何故かマリコにダメージを与えていた。何か理由があるのだろうか。普通、あんなスケスケの幽霊に物理攻撃が効くとは思えないのに。
 とにかく、今がチャンスであるのは間違いない。疑問は一端封じて、二人は階段を数段飛ばしで駆け上がったのだった。
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