恋とオバケと梟と

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<26・君よ、勇敢であれ>

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 気がついた時、燕の傍に人形はいなくなっていた。
 梟の話が本当であるのならば、自分が見た人形は“人形”であって“人形”ではない存在なのかもしれない。自分は条件を満たしたわけではないので、本来ならば本当の人形の居場所がわかるはずがないからだ。
 それでも自分を導くように、人形が現れたのは――それが人形の意思だったということなのだろうか。
 梟の話をひとしきり聞くと、燕の方も自分が見たことを全て話した。彼の話を聞いている間にだいぶ落ち着けてきたので、最初にマシンガンのごとく吐き散らした時と比較すれば随分まともな説明ができていたと思う。
 そこに英玲奈がいるから恋のおまじないをしたことを隠しておく――なんてことを言っている場合ではないことくらい自分でもわかった。さすがに、好きな子の名前だけはギリギリ伏せたけれど。
 首吊りのマリコさん、のおまじないを試したら、鏡の中に吸い込まれてしまったこと。
 赤い服の人形が歩いて行くのを見かけて、それを慌てて追いかけてみたこと。
 その先で、妙に古めかしい美術室に違和感を感じ、さらに“ユリさんは暗闇の中”に遭遇したこと。
 そこから逃げて、今度は“ルリコ先生の保健室”に到達したこと。
 七不思議の鍵は、自分を導くように姿を現す人形にあるのではないかと感じ始めていたこと。
 段々とおかしくなっていく校舎の風景に、恐怖を感じつつあったということ――。

『よく、話してくれた。ありがとな、流石俺の弟だ。よく頑張った』

 兄は壁の向こうで、力強くそう言ってくれた。いつもそうだ。パニックになったり、転んだり、失敗したり。そういう時であっても兄はまず、自分のことを褒めてくれる。“よく勇気を出して話してくれたな”とか。“よくここまで頑張ってくれたな”とか。だから、昔から燕は、梟相手ならば何でも話したし、話したいと思うようになったのである。
 彼はけして、自分を否定しない。どんなに情けなくても受け止めてくれるから。
 だからこそなのだろう。そんな兄に、いつしか引け目のようなものを感じるようになったのは。いつも守られてばかりいるような気がして、頼ってばかりいるように感じて、それでいいのかと自問自答するようになったのは。
 比べられて嫌だと思うようになったのは全部、兄が人として非常に優れた存在であると知っていたから。
 そしてそんな兄を――いつか乗り越えたいと、強く願っていたからだ。

『お前がずっと蹲って泣いてるだけだったら、今の状況はなかった。確かにタイムリミットは迫ってるんだろうし、俺達は以前校舎に閉じ込められちゃいるが……最悪の状況じゃねぇ。まずはそれをしっかり受け止めて冷静になれ。いいか、最悪ってのは、俺達がみんな死んで、既に封印が完全に解けて、あのくそったれな“鬼”どもが学校の外まで溢れてる状態だ。少なくとも今そうなってねえ。俺らはみんな生きてるし、鬼もおそらく今はまだ学校の外には出られない状態だ』
「人形の封印は解けちゃったのに、まだ出られないのはどうしてなんだろう」
『多分、封印と結界は別モンなんだろうさ。奴らは七不思議を元の姿には戻したが、まだ七不思議の姿には因われてるだろ?お前が遭遇した“ユリさん”も“ルリコ先生”も、七不思議通りの姿だったはずだ。あいつらはまだ、元の姿を完全に取り戻せる段階にはない。長年、このガッコの奴らが組み上げた呪縛を解くのは並大抵のことじゃないってことだ。多分、もう少し時間がかかるんだろう』

 それも時間の問題だろうけどな、と梟は続ける。

『そして、状況は最悪だが、その中において俺らは最善の行動をしている。俺達はどちらも“首吊りのマリコさん”に遭遇した。お前は単独で“ルリコ先生の保健室”と“ユリさんは暗闇の中”を見ている。俺らは“階段下の右手”と“幸運を呼ぶ双子の鏡”だ。つまり、七不思議のうち最後の人形以外で残ってるのはもう、三階東端音楽室の、“アキさんのピアノ”だけなんだ』

 自分達は幸運にも、意図せずしてそれぞれが別々の七不思議をクリアしていたということらしい。そして、双子の証言が正しいのなら、自分たちのクリア状況は三人まとめて合算されているようだ。今回の状況の場合は、一人の人間が全ての七不思議を回る必要はないらしい。残る“アキさんのピアノ”をクリアすれば、人形の場所を見つけることができる可能性が高いのだという。
 アキさん、の話については燕も聞いた覚えがなかった。七不思議の中でもあまり有名なほうではなかったらしい。安斎もちらっと話してくれたが、おまじないの効果は知っていても七不思議としての詳細を知っているわけではないようだった。あまり試す人物も多くない七不思議であったのだろう。
 梟は燕に、アキさんのピアノに関する話を分かっている限りで教えてくれた。燕は一言一句聞き漏らさないように、必死で耳をそば立てる。兄が何を言いたいのか、わからないほど馬鹿ではないつもりだった。
 アキさんのピアノがあるのは、三階だ。
 四階と五階に閉じ込められている梟達は、三階から下には行けない。アキさんには、燕が一人で会いに行かなければいけないのだ。

『そして、人形の“本来の”置き場所には見当がついてる』
「ほ、ほんと!?兄ちゃん」
『ああ。七不思議の名前と場所を一覧にすればわかりやすいだろ』



 ①、階段下の右手。(南校舎一階西端、階段下倉庫)
 ②、ルリコ先生の保健室。(南校舎一階東端、保健室)
 ③、首吊りのマリコさん。(南校舎三階西端、教室)
 ④、アキさんのピアノ。(南校舎三階東端、音楽室)
 ⑤、幸運を呼ぶ双子の鏡。(南校舎五階西端、女子トイレ)
 ⑥、ユリさんは暗闇の中。(南校舎五階東端、旧美術室)
 ⑦、災厄を招く青い服のお人形。(?)



 頭の中で、燕は七不思議の内容と場所をずらずらと並べてみた。やっぱりメモがあった方がいいかな、とランドセルの中からノートを取り出して、兄が言う通り書き連ねてみる。
 こうして考えると、人形以外の七不思議の場所は随分と偏っているようだ。一階の東西両端、三階の両端、五階の両端。――これはどういうことなのだろう。

――何故か、二階四階には七不思議がない。……理科室みたいに、いかにもなホラースポットにも七不思議がないの、ちょっと不思議ではある……。

『その七不思議の配置に、きっと意味があったんだろう。六つの怪談で、オニを分散させ、バランスを取っていたんだと思う。この六つが、結界を支える柱のようなもんだったと俺は考えてる』

 つまりな、と梟は声をひそめた。

『七つ目のお人形は、その中心に配備するのが妥当だと思わないか?』
「あ!ってことは……」
『三階の中央部分って何があったか覚えてるか?その付近の廊下か、あるいは部屋の中のどっちかだ。そのへんのどこかに人形を持っていけば、この馬鹿げたゲームはクリアになる可能性が高い』

 三階の中央。燕は目を見開いた。確か。

「……うちのクラスの、教室の前とか、そのへんだった気がする」

 そうだ、思えば自分はマリコさんに攫われて目覚めた時、最初にいたのが何故だったか自分のクラスの教室で。
 その教室を出たところで、人形を見つけて追いかけたという流れだった。今考えてみれば、偶然だったとは思えない。

『……人形には、鬼を封印するための善霊が封じ込められてるらしいって話だ。その人形が、次々とピンポイントでお前を七不思議の場所に、そして今俺らのところに導いた。これは偶然じゃないだろう。お前のクラスの教室の中か前。そこが人形の本来の場所であった可能性は高いはずだ』
「でも、あんな人形見たことないよ、俺。今までどこにあったってのさ」
『見えない場所に隠されていたか、あるいは……みんなが見ることもないような場所にあったか、だ。そう考えると、廊下の方が可能性が高いな。何故なら』
「何故なら?」
『廊下で、天井見上げて観察するようなことするか?普通』
「!」

 天井。
 完全に盲点だった。そういえば、この学校の学校は随分天井が高い。まさかそこに、人形が貼り付けてあったとでもいうのか。
 確かにそう考えると筋は通るのかもしれない。結界が弱まったり、あるいは物理的に接着力が弱くなったことで人形が廊下に落下して、千代田真姫に拾われてしまったのだとしたら。

――そこまで人形を持っていけば、封印は元通りになるってことか……!

『この校舎は、どんどん木造の旧校舎に“戻る”のみならず、空間が捻じ曲がったようにおかしくなりつつある。ただ、今までの法則を考えるなら、七不思議の関わる場所だけは多少原型を留めて残ってるんじゃないかと俺は踏んでる。教室とその廊下付近はまともな形で残ってるなら、むしろ探すための目印になるはずだ。ただ……』

 兄達が見た双子のいる女子トイレも、ぐちゃぐちゃになった空間の中で綺麗に原型を留めていたという。その予想は限りなく正解だろう。問題は。

「マリコさん、だよね?」
『そうだ。……お前がこれから行く“アキさん”も不安だが。マリコさん、が今何処にいるのか全くわからないのが辛いんだよな。あの幽霊、どんどん凶悪な姿にグレードアップして追いかけてきてる。七不思議通りなら狙いは俺達だ、俺達を追いかけて四階五階をうろうろしてるならそれはそれでいい。問題は、元々はマリコさんは“三階の空き教室”がテリトリーだってことだ。つまり、お前が今いる三階だな。……鬼達全体で、七不思議に再び封印されるのを恐れている様子でもあるし、マリコさんが標的をお前に変えてくる可能性もある。そうなったら、とにかく逃げ回るしか方法がない』
「すごくしつこいんでしょ」
『そうだ。ただ、他の七不思議のテリトリーに踏み込んでこない傾向にある。一階の階段下倉庫……はお前には危険だな。あそこ以外の七不思議。一階保健室か、三階音楽室のどっちかに逃げ込め。そこをテリトリーとする他の七不思議に襲われる可能性はあるが、それでも一時逃げ切るのが優先ならその方がマシかもしれない』
「……わかった、マリコさんが来る前に頑張って音楽室に辿り着くよ……」

 保健室はもう行きたくない。言外にそう伝えると、兄が壁の向こうで小さく笑ったのがわかった。人ごとだと思って!と梟はムクれたくなる。
 だが、わかっているのだ。明るく冷静に振舞っているが、実際は兄とて不安でたまらないということを。年下の少年少女の手前、気丈に振舞っているだけなのだ。彼もまだ、十三歳の少年に過ぎないのだから。

『燕君……』
「!」

 唐突に、可愛らしい少女の声がした。英玲奈が声をかけてきたのだ。

『あのね。……私、うまく言えないんだけどね……』

 いつもはっきりものを言う彼女らしからぬ、口ごもるような話し方だった。なぁに?と燕は急かすでもなく、優しく続きを促す。
 ほんの数秒程度の、沈黙の後。

『あの……その、ね。……私、燕君を信じてる。すっごく怖いし、大変な役目を任せちゃって申し訳ないと思ってるけど、でも。……燕君なら、安心できるって思うから。だって』
「うん」
『だって。……燕君は、私のヒーロー、なんでしょう?本当に大変な時、誰より燕君が勇敢だってこと、私知ってるよ。……大丈夫、自分を信じて。燕君を信じてる、私と梟さんを信じて。きっと、燕君ならできるよ』

 ああ、自分は安いなと思う。
 でも、男はみんなそういうものではないか。大好きな子に“信じてるよ”なんて優しく言われて、力が沸かない奴がどこにいるだろう。

「……おっけ!俺、頑張る!必ず英玲奈ちゃんと、ついでに兄ちゃんも助けるからな!」
『このやろ、俺をついで扱いすんじゃねー!もっと兄を敬えコラー!』
『あははっ』
『英玲奈ちゃん!?なんで笑ってらっしゃるんですかね!?』

 少しだけ和んだ空気のなか、燕はトン!と一発だけ強く壁を叩いた。そして、自分を鼓舞するように、二人を元気づけるように言ったのだ。

「よし!行ってきます!」
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