チート勇者が転生してきたので、魔王と共に知恵と努力で撃退します。

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<1・呼び出し失敗>

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 魔王と表現した時、現代人ならば大抵どんなビジュアルを思い浮かべることだろうか。
 角の生えた巨漢の鬼?あるいは長髪で偉そうな俺様系美青年?大体そのどちらかであるのは恐らく、日本で流行した数々のゲームやライトノベルの影響が過分にあるものと考えられる。最近はエロゲー仕様で妙にエッチでボインな女魔王というのもいるようだが。エロゲや男性向け小説でないのなら、多分前者二つを思い浮かべる人の方が多いのではなかろうか。
 さて。自分、日高紫苑ひだかしおんの目の前には、その魔王を名乗る人物がいる。放課後、いつもものごとく本屋で文庫本をしこたま買い込んで学校から帰るその道の途中でのこと。突然目の前が真っ暗になったら、目の前に玉座がある不思議なお城っぽい場所にいたという展開だった。事故に遭っていきなり死んで転生しました、なら完全にテンプレだったが微妙に違うと言えば違う。なんせ、その予兆らしきものが全くなかったものだから。
 大きなシャンデリアがかかり、真っ赤な絨毯がしかれ、磨き上げられた大理石の壁が光るそれはそれはいかにもな“西洋のお城”の一室。ずらり、と並んだ兵隊達。制服姿の女子中学生が存在するにはさぞかし場違いもいいところだろう。
 ついでに言うと。目の前の“魔王”を名乗った金髪の青年は――ただ今、見事に紫苑の前で土下座をかましているわけで。手を合わせて“ごめん!”と既に三回以上は繰り返されているところだ。

「あの、すみません。謝られても、状況が理解できなければ受け取りようがないんですけど」

 セーラー服のスカートをひっぱり、紫苑は魔王に視線をあわせる形でしゃがみこむ。可愛いヒヨコみたいな金髪の頭がなんだか可愛らしい魔王様だ。いきなり謝られたこともあって、なんだか憎める気がしない。

「僕、現状ではあなたが魔王ということしかわからないんですよね。あ、先に名乗った方が筋でしょうか。僕は日高紫苑ひだかしおんといいます。一応は、現代日本での女子中学生というやつなんですけど」
「ううう、本当にごめん。ごめんよ。ただの子供を巻き込むつもりなんかこれっぽっちもなかったんだ……。むしろ異世界転移なんて迷惑極まりないことやるつもりなかったんだよ、そっちの世界の本は私もいっぱい読んでるからなんとなく想像はつくんだけど!」
「……なんというか、話が早そうでそこは助かりますけど」

 どうやらこの魔王様とやらは、自力で何度も現代日本に遊びに来たことがある人物であったらしい。しかもライトノベル系をがっつり読んでいると来た。
 ああいうものを読んで、自分も試してみよう!ではなく。自分はああいうことはしないようにしよう、と思うあたりがなんとなく好感を持ってしまう。いや、別に異世界転生系の物語を否定するわけではないのだが、あれは物語だからこそ許されるものであり、現実で起きたらたまったものではないわけで。
 よほど現実が嫌いであったり地獄であったりでもしなければ――理屈が通用しない異世界なんぞ、行きたいとは思わないに決まっているのである。それも片道切符なら尚更、モンスターがうようよしてて携帯電話も通じないような世界なら余計に、だ。

「……この世界……君たちでいうところの異世界ってやつなんだろうけれど。リア・ユートピアって呼ばれてるこの世界には、隣接して魔界と呼ばれる場所があってね。そこから、悪魔やら堕天使やらを呼び出して、使役することができる召喚魔法があるんだ。私が、呼び出そうとしたのはそっちの世界のモンスターだったんだけど……直前にその、ちょっといろいろあって動揺しちゃって。それが魔力に出てしまったみたいで」

 しょんぼりした様子で、ゆっくりと頭を上げる魔王。男性にしては少し長めの金髪に、キラキラとした大きな青い眼が印象的な青年だった。案外年は離れていないのかもしれない。身長はそれなりに高そうだが、顔立ちは随分幼い印象を受ける。

「そうしたら、座標がズレて……君が呼ばれてしまったみたいで。ごめんよ、ちょっと準備に手間がかかるけど、すぐに元の世界に戻すようにするから。……あ、一応名乗っておくと私の名前は“アーリア・ランネル”。アーリアでいいからね」
「はあ。……それで、確かに派手な貴族風のマント着てたりとかはして服装だけは魔王っぽいですけども。……どうして、それで魔王なんです?貴方は普通に、人間と同じ見た目に見えますけど」
「えっとそれは……って、興味持ってくれるのかい?怒ってないの?突然召喚されて巻き込まれたのに」
「だってあなた、ちゃんと謝ってくれましたし」

 きょとん、とした顔の魔王アーリアに、紫苑は苦笑して返した。
 確かにいきなりすぎて驚いたのは事実だ。けれどざっと見たところ持ってきた荷物がなくなっている様子もないし、自分は怪我もしていない。向こうも謝罪して状況説明してくれたし、すぐに返してくれるとも約束してくれている。自分も自分で、急いでいた用事があったわけでもない。どうせただでさえ放任主義の親は長期出張で家をあけている。家事が滞る以外に特に問題はないのだ。
 ここまでいろいろ揃っていて、どうして目の前の彼を過剰に責め立てる理由になるだろう。――まあ、本当に魔王なんてものが存在するのか?という疑問がないと言えば嘘にはなるが。彼がコスプレだろうと本物だろうと、悪い人間でなさそうならばそれでいいのだ。
 人間、大事なことは本質である。何かに一生懸命になれる奴に、きっと悪い奴はいない。紫苑は今までの人生でなんとなくそれを学んできている。大して長くも生きてはいないが。

「準備に時間がかかるんでしたら、その間にあなたとこの世界のお話を聞かせてくださいよ。僕も本はたくさん読むので、自分が知らない知識には非常に興味があります。今日もたくさん本を買って帰る予定だったんですよ」

 ほら、とちらりと彼に手提げ袋の中身を見せる。そこに多く詰まったカラフルな文庫本の背表紙を見て、おお!とアーリアは眼を輝かせた。

「あ、ほんとだいっぱい入ってる!ていうか三十二国旗の続き出たの!?マジで!?」
「ええ、先日発売されたんですけど、全然重版間に合わなかったみたいで……って、あなた本当に通なんですね。このシリーズ、人気はあるけど文字数も多いし初心者向けではないことで評判なんですが」
「この先生の話は読めば読むほど味が出るタイプだからねえ。日本とリア・ユートピアの両方に共用アンテナこっそり立ててるから、向こうに派遣した現地調査員といつでも情報交換できるんだよ。新刊出るって聞くたびに、こっそりお仕事中にそっちの世界に侵入して本買いに行ってたっけ」
「いいんですか魔王がそんな簡単に仕事サボってて……」
「いいの!……あ、みんなごめん、隣の部屋に魔法陣の準備しておいて。この子を返さないといけないから」

 後者は、アーリアが部下達に指示を出したものである。
 さて、ここまで聴いて紫苑は、ん?と首を傾げることとなった。西洋のお城っぽい雰囲気であるため、ここもよく使い古されたテンプレートな“中世の西洋風異世界”であるのかと思っていたが。実際は違うのだろうか。彼の物言いだと、まるでこの世界に携帯電話が存在するような口ぶりであるのだが。

――まあ、よくよく考えたら、異世界が中世風でなければいけない理由なんてないですしねえ。昔発売された人気ゲームの影響なんでしょうけど。

 そして、この人物はしょっちゅう現代日本に行っては、そういうサブカルチャーに触れて戻ってくるくらい現世のことを気に入ってくれているらしい。元の世界に帰ることができないのは困るが、時間があるならライトノベル談義などできそうな気がしないでもない。
 特に三十二国旗の話ができそうなのはポイントが高い。あのシリーズは絶大な人気を誇る反面、長きに渡る超長編ということもあって好む世代がわりと二十代、三十代に偏っている傾向にあるのだ。元々社交的ではない紫苑には友達が少ないが、そうでなくてもクラスであの本について話題に出している者は多くはない。発売されたらしい、と聴いても“ふーん、それ面白いの?”くらいな反応だ。長すぎて新参者がなかなか手を出しにくいという問題もあるのだろうが。

「あっと、ごめんね。話が逸れちゃった」

 ぱっと顔を上げて謝ってくる、魔王。――だんだんと、脳内でさえそう呼ぶのに違和感を覚えるようになってくる。
 自分達が想像する、頻出する魔王とはあまりにも印象が違う。どちらかといえば、勇者と言われた方がしっくりきそうな気がしてならない。

「君が想像している通り、私は人間だよ。まあ、俺は個人的には、妖精の血が入っていようがモンスターとのハーフだろうが、本人が人間だと思っていればみんな平等に人間だと考えるけどね。……魔王なんてものをやってるのはそうだなあ、平たく言えば私が“世界征服”を目論んでるってことになるからかな!」
「はあ」
「正確に言うと……“勇者”を倒さないといけない立場だから、魔王を名乗っているって言った方が正しいんだけど……」

 彼がここまで語った、まさにその時である。バタン!といきなり背後の大扉が開いた。はっとして振り返ればそこには、真っ青な顔をした眼鏡の兵士の姿がある。その右腕はだらりと下がり、真っ赤な雫が伝っていた。思わず息を呑む、紫苑。

「リョウスケ、どうした!?」

 先程まで笑っていたアーリアの顔から笑顔が消えた。ふらつきながら入って来た兵士に、他の部下達よりも早く駆け寄っていく。

「す、すみませんアーリア様。……失敗しました」
「報告は後でいい、怪我の治療を……!」
「このままで、は、西の国は滅んでしまう……」

 彼はアーリアの腕に縋りつき、かすれた声で告げた。早くなんとかしなければ、このままでは、そう繰り返しながら。

「勇者・マサユキは……自分がどれほど恐ろしいことをしているか、全く理解していないのです……!」
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