竜の王子と鬼の花嫁

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中

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<18・困惑。>

「え、え?ちょっと待ってください」

 エミルの部屋にて。
 その話をエミルが持ちかけると、オスカーはわかりやすく戸惑った。

「その、今のこの国……北の大国を巡る情勢は、エミルにもわかっていますよね?わたくしは一刻も早く、ドラゴンの魔法を完成させなければいけない身です。呑気に外で遊んでいる場合では……」
「だーめです」

 わたわたするオスカーの額に、エミルはでこぴんをかまして言った。自分がどうしてこういうことを言いだしたのか、この人はわかっていないのだろうか。

「最近、自分がどういう顔されているか、鏡見てないんですか?夜もろくに眠れていないのでは?いくら召喚魔法の研究がスランプ気味だからって、コンを詰めすぎて貴方が倒れたら本末転倒でしょ!物事はほどほど、がいいんです、ほどほど、が!」
「そ、そうですけど、わたくしは……」
「なんですかオスカー。気晴らしに、私と町に出かけるという提案がそんなにもお嫌ですか?たった一日リフレッシュするだけだと言っているのに」
「そ、そういうわけでは!」

 わざと頬を膨らませて怒ってみるとオスカーはうわあああ!と慌てて両手を滅茶苦茶に振り回す。なんだか漫画みたいな反応だが、彼の場合珍しくないのだ。
 ここ数か月の間一緒に暮らしてきて、エミルははっきりとわかったことがあるのである。
 この人は本当に本当に、自分にべた惚れである。溺愛と言っても過言ではないほどに。
 そしてエミルの怒りや涙に非常に弱い。ウソ泣きしてお願いしたことが通らなかったことはないほどに。ちょっと心配になってしまうほど、弱いのである。

「本当は、もっと早くデートしたかったんです。研究のためにも、町に出て様々な出来事を体験し、インプットするという作業は必要ですからね」

 はあ、とため息をつくエミル。

「ところが、バタバタしていて流れに流れて……このままじゃ初デートがいつできるのかわかったもんじゃありません。私は貴方と行きたいところがたくさんあるのに。妻と二人きりのデートがそんなに嫌ですか、そーですか」
「ち、違いますってばあ!」
「じゃあ決まり。というか、このままインプットもリフレッシュもしなかったら、スランプから脱出できるとはとても思えません。ここ連日で召喚に失敗しているし、なんなら私が寝たあともひっそり実験室に籠ってること、私は知ってるんですからね」
「う、うう……っ」

 オスカーは困ったように視線を逸らして、ぼそりと呟いた。

「貴女の気持ちは嬉しいのです、エミル。わたくしだって一緒に行きたい。ですが……王政府は、わたくしの究極召喚が完成する日を、今か今かと待っているのです。ドラゴニスト、オーガスト、両国の民もです。それなのにわたくしが呑気に遊び歩くなんて、そのようなことが許されるのでしょうか」

 それに、と。
 彼は申し訳なさそうにエミルを見る。

「前にも申し上げましたよね?わたくしたちドラゴニスト家は恐れられている、と。不気味に思う者もいれば、外見や王政府の支援に嫉妬する者もございます。ここ数年降りていないとはいえ、まだわたくしの顔を覚えている方がいないとは限りません。万が一そのような方々に見つかってしまったら……一緒にいるエミル様も嫌な思いをさせてしまいます」

 彼が数年間、町に出ることを避けていた最大の理由がそれである。わかっているのだ、エミルにも。
 よってずっと考えていたのである。どうすれば彼に気兼ねなく、デートを楽しんで貰えるのかどうか。
 自分はまだ公務で表に出たこともないし、己の外見を不思議に思うような者もそういないだろう(ドラゴニストの民の方が、オーガストより大柄な人間が多いというのもある)。ならば、オスカーの方だけなんとかすれば問題は解決だ。

「というわけで、オスカー様」
「え」

 ひょい、とオスカーは後ろから抱え上げられていた。――協力者である、ビヴァリーの手によって。

「それを避けるべく、変装しましょうそうしましょう!うふふふふ、私、エミル様からこの計画聞いて以来ずーっと楽しみにしてたんですよ、この日が来るのを!」
「え、え」
「さあさあさあさあ、やりましょうやりましょう!すっばらしく仕上げてあげますからね!」
「ちょ、ビヴァリーさん下ろして!?な、何がなんだかさっぱりわかんないんですけどおおおお!?」
「はいはいはいはい。見ればわかりますからねー」

 そのまま、ドラゴニスト家の長男はあっさりビヴァリーに連行されていく。オスカーが非常に小柄とはいえ、ビヴァリーもけして長身ではないのに結構な力だ。がんばってー、とエミルはひらひらと手を振る。
 さてさて、自分もお出かけの準備をしなければ。



 ***



『拝啓、御父様、お母様、カミル様。

 私の罪を懺悔します。
 本日私は、愛しの夫に女装をさせました。そしてメイドの友達と一緒に、親指突き上げながら萌え狂ってしまいました。

 はい、罪深き私をお許しください。いや、ほんとに』



 ***



 似合うだろうなとは思っていたのだ。
 なんせオスカーと来たら、体型も小柄で華奢。十歳で成長が止まったこともあって声変わりも来ていない。少し小さすぎる気がしないでもないが、それでもドレスを着て髪をアップにして薄く化粧をすれば、立派な名家の御令嬢になれるのだ。
 はいどうぞ、とビヴァリーに公開してもらった瞬間、エミルは思わず「ぐっじょおおおおおおおおおおぶ!」と親指を突き上げて叫んでいたのだった。
 さらさらの黒髪、青い宝石のような瞳。それを彩るのはうっすら塗られた青いアイシャドーと、桃色のチーク、主張しすぎない色の口紅。元々色白の彼相手に、大した工作は必要ない。これで、男だなんて一体誰がバレるだろうか。

「うっかり男子トイレ使ったりしなければ、これはバレませんね!というわけで今日一日多目的トイレ使ってくださいねー“オスカー”お嬢様!」
「う、うう……」

 好き勝手塗りたくられたオスカーは、真っ赤な顔で俯いている。

「は、恥ずかしいです。おかしくないですか?いくら外見年齢十歳とはいえ、わたくしは男ですし、体型も骨ばってますし、声だって声変わりしていないとはいえ少年の声ではないですか……」
「それ、私に言います?その気になれば私の方が低い声出せますよ?オスカーより」
「それはありがとうと言うべきなのか、悲しむべきか、どっちですかエミル……」

 喋っても違和感がない。そもそも彼は常に丁寧語で、一人称も“わたくし”なのだ。それこそどこぞで襲われでもしない限り、バレるような心配はないだろう。
 彼がドラゴニスト家の長男だとバレなければ、きっと問題はないのだ。どこぞの遠い貴族の家のお嬢様、ということにでもしておけばいい。外では一応偽名を名乗った方がいいだろう。エミルはそのままでいいとして――そう、“彼女”の名前は。

「よし、じゃあオスカー。貴女はオリーヴと名乗ってくださいね、デート中は!よし解決」

 オスカーではバレバレだ。名前自体は珍しいものではないが露骨な男性名である。ここは女性らしい偽名がいいだろう。

「万が一の時は、私が護衛の役目も果たします。場合によっては遠巻きに……護衛兵の人についてきてもらうことにはなりますが、出来る限り二人きりのデートを実現しましょう。大丈夫、オスカーは私が守りますから!」

 ぐっと拳を突き上げて主張するオスカー。エミルの戦闘能力の高さはお墨付きだ。召喚魔法に失敗して暴走した召喚獣たちを叩きのめす、のも最近のエミルの仕事となっていたのだから、そこに異論はあるまい。

「……はあ」

 ここまでされてしまっては、もう嫌だとは言えない。どうにかその気配を察したらしいオスカーが、深く深くため息をついて言ったのだった。

「わかりました……行きます。研究の助けにもなるようですし……リフレッシュは必要かもしれません。しかし、わたくしは運動神経などは良くないのですけど……一体どこに行かれるつもりで?」
「そりゃあ決まってます」

 エミルはぴぴっ!と机の中からチケットを二枚取り出して言ったのだった。

「デートの王道!映画です!!」



 ***



『拝啓、お父様、お母様、カミル。

 先日は何やらトチ狂った手紙を送ってしまってすみません。あちこち鼻血がついていないか心配です……思い出したらそう、だいぶ頭が煮えてしまったもので。
 そんなわけで、私は愛する夫と初めてのデートをしにいくことにしました。
 確かにオスカーは運動神経があまりよくはないですし、そもそもドレス姿で飛んだり跳ねたりできるわけもありません。
 ならば大人しく座って見られる映画と食事くらいがベターでしょう。時間があったらショッピングなどもしたいと思っていますが。ああ、一番近い町には、とても大きなショッピングモールがあるんですよ!中流階級の方が来ることが多いのですが、貴族の人も出歩いていることが珍しくありません。
 見る映画は何かって?実はチケット取るまでものすごーく悩んでいたんですよね。研究のために役立つかどうか、で最終的にはファンタジーにしたのですけど。それも、ドラゴンが出てくる作品なので、きっと彼にも良いインプットとなるでしょう。

 今までバタバタしていて、どうしても行けなかったデート。本当の本当に楽しみで仕方ありません。
 そして。

 いい加減、私は秘密を明かさなければいけない時が来ていると思っています。長らくずるずると隠し通してきてしまったけれど、こんなに優しくしてもらったけど……これ以上は、ドラゴニスト家を裏切ることになってしまいかねない。
 愛するからこそ。もしそれで、離縁されたら潔く受け入れなければいけないなと思っています。

 そうならないことを、切に祈ります、なんて。
 自分でも我儘なのは百も承知しておりますが。』
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