竜の王子と鬼の花嫁

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中

文字の大きさ
19 / 25

<19・映画。>

『わたくし、どうしても納得がいきませんの!』

 藍色の竜の体にしがみつき、金髪のヒロイン・エリザは涙を流した。

『何故、貴方がこの国を追い出されなければいけませんの?確かに、国の皆さまは、貴方の正体が竜だなんて知らなかった。異形の貴方を見て恐ろしいと思うのもわからないことではありません。ですが、貴方はずっと、この国を影で守り続けてきたではありませんか!恐ろしい外敵が襲い来るたび、たったひとりで、ずっと……!それなのに、ああ、それなのに!』

 さっきから、見ているエミルの目は涙でうるみっぱなしだった。あまりにも泣ける話だったからだ。
 その映画、『ドラゴンの聖域』は、森の中で迷子になっていた貴族の娘・エリザが、不思議なお屋敷で保護されるところから始まる物語である。
 その森には、恐ろしいモンスターがうようよしていた。エリザはモンスターに追われて逃げまどっていたところ、帰る道もわからず、モンスターに殺されそうになってしまうのである。
 そこに現れたのが、藍色の髪の美貌の青年、ルア。
 彼は泥まみれ、傷だらけのエリザを自らの屋敷に招き入れると、怪我が治るまでここにいていいと言ってくれるのだ。同時に、怪我が治ったら森の出口まで案内してくれるという。
 エリザが屋敷に滞在したのは、僅か一週間ばかり。それでもエリザが、ルアに好意を寄せるようになるには十分だった。エリザはルアと別れて家に帰ってからもルアの事が忘れられず、たびたびひそかに森の中のお屋敷を尋ねるようになるのである。今度はちゃんと、護身用の銃を持った上で。
 逢瀬は何度も続き、エリザはルアに告げる。貴方が町に住んでくれれば、もっと簡単に会いに行けるようになる。それなのに、どうしてこんな人里離れた森の奥に住んでいるのかと。
 ルアはその言葉に、首を横に振る。ルアには秘密があったのだ。彼は太古の昔に恐れられたドラゴンの末裔であった。海の向こうから来る恐ろしいモンスターたちから、ひそかにこの崖の上の森で国を守り続けてきたのである。彼の正体が知られれば、皆が自分を恐れるようになる。同時に、海の向こうの脅威から世界を守れなくなる。それだけは、避けなければいけないと。

――でも、エリザは……秘密を知っても、ドラゴンに変身するルアを知っても心を変えなかった。でも……。

 海の向こうの国は、ついに切り札を出してきた。海の魔物クラーケンを使って、大津波でエリザたちの故郷を洗い流してしまおうとしたのである。ルアはやむなくドラゴンの姿になって応戦し、ボロボロになりながらもクラーケンの撃退に成功した。しかし。

『貴方は、この国をクラーケンから守った英雄ではありませんか!それなのに、どうして国外追放なんてことになるのです?ドラゴンだから?人ではないから?それがなんだっていうのよ!』

 エリザは当然納得がいかない。ドラゴンだからというだけで、英雄である彼を差別し石を投げる民に、どうして理不尽を感じずにいられるだろう。
 しかし、ルアは自らの国外追放を受け入れた。
 自分を庇うことで、エリザに迷惑がかかることを知っていたからだ。エリザは名のある貴族の娘。近いうちお見合いも控えている。自分のことなど忘れて、エリザに幸せになってほしい、それが彼の願いだったのだ。――ルアもまた、エリザのことを心から愛するようになっていたがゆえに。

『確かに、理不尽に感じないわけではない』

 ドラゴンはそっと、鼻先をエリザの髪に寄せる。

『しかし、忘れてくれるな。私はけして不幸などではない。多くのドラゴンたちが孤独に、ただひたすら役目をはたしてきた中で私は……私だけは出会えたのだ。愛するべき人に。愛してくれる人に。認めあえる、最高のパートナーに。……エリザ、君に出会えた私のどこが不幸であるものか。本当にありがとう。君がいるから私は、大いなる海に旅立つことができる』
『わたくしの、ために?そんなっ……』
『さようなら、エリザ。君をずっと愛している。でも、君はどうか私のことなど忘れて幸せにおなり。……生まれ変わったら、今度は共に歩けることを』
『ま、待って!』

 エリザが必死で手を伸ばすものの、彼は崖の下へと落ちてしまう。大きな水飛沫が上がり、その雄大な姿が海の中を泳いで行く姿が見えた。

『いやあああああああああああああ!待って、待ってルア、ルア!わたくしを、わたくしを置いていかないで、ずっと一緒にいて、お願いっ!』

 少女の悲痛な声が、どこまでも木霊する。映画館の中は、あちこちからすすり泣く声が木霊したのだった。

『お願い、お願いよルア!貴方さえいればわたくしは何も要らない……何も要らないのに!!』

 壮大な音楽と共に、演出が涙を誘う。気づけばエミルも、ハンカチが手放せない状況になっていたのだった。
 しかし。




 ***



「あのラストはちょっとあんまりだと思いません!?」

 映画鑑賞後。レストランで、エミルは憤慨していた。
 予約したのはパスタ料理の店だ。エミルが「貴族の高級料理はちょっと屋敷で食べ飽きてるから、少し庶民的なお店でもいいですか?」と言ったところ、オスカーが心よくOKしてくれたのである。彼も彼で同じことを思っていたらしい。まあ、ドラゴニスト家のシェフに頼めば、ちょっと庶民的な料理もきっと作ってはくれるのだろうが。
 注文したところで、エミルはぽこぽこ怒り始める。原因はさっきの映画だ。

「エリザとルアの感動的な別れ!そこで話終わりで良かったじゃないですか!あのあとのシーン蛇足ですよ蛇足!」
「まあ……」

 そんなエミルに、少女にしか見えない装いのオスカーは苦笑する。

「あの後のシーンがないと、“ルアが死んだ”って確実に視聴者に伝えられないから、じゃないですかねえ。……脚本家がやりたい“生まれ変わって二人が再会”にするためには、二人がどっかで死なないといけないでしょうし」

 そう。
 あの感動的な別れのあとに、余計なオマケがついていたのだ。嘆きながらルアを見送ったエリザ。それでもどうにか気持ちを持ち直して立ち上がった次の瞬間、砲撃の音が木霊するのである。
 そう、この国の軍隊が、ルアに向かって攻撃を仕掛けたのだ。
 国外追放というのは建前で、実際はルアを処刑するのが目的だった。海にドラゴンの姿で出たところで、軍は戦艦や砲台から一斉射撃を行ったのである。恐らく、ルアもわかってはいたのだろう。無抵抗のままハチの巣にされたドラゴンの血で、海は真っ赤に染まった。あたりには肉片と鱗が散らばり、恐ろしい有様となったのである。それを見てしまったエリザが何を思ったのか、説明するまでもあるまい。

『あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』

 彼女は発狂し、そのまま崖から身を投げて死んでしまった。
 二人は運命に引き裂かれ、どちらも命を落としてしまったのである。そして。

「確かに!最終的に二人とも近代的な世界に生まれ変わって結ばれるっていうのは素敵だと思います。思いますよ!?けど、わざわざ最後の最後であんなきっつい死に方させる必要ないじゃないですかあ!」

 納得いかぬ!とエミルは机を軽く叩いてしまう。

「ついでに、ルアの死に方エグすぎません!?砲撃と炎に巻かれて沈んでいくだけにすればいいところ、なんでバラバラの肉片とか内臓の欠片とか首だけになった姿とかばっちり画面に映すんですか!ドラゴンだったらグロ描いても全年齢で通るとでもおおおおおおお!うおおおおおお納得いかん!!」
「お、落ちついてください、エミルさん!」
「これが落ち着いてられますかあ!」

 人前なのでこれでも自重している方なのだ。それはそれとして、エミル自身は自分にも怒っているところなのである。
 召喚魔法のヒントになるかもしれないと思って、あの映画をチョイスしたのは自分だ。確かに、終盤まではまさに名作だったし、感動で涙をぼろぼろ流していたのは事実。でも。
 あのラストを知っていたら間違いなく、別の映画を選んでいたのに。

「……腹立たしいんです、私。ドラゴンなら傷つけてもいいみたいに、そう言われた気がして。ドラゴンだって生きてるし、彼は人間としても人生を全うしようとしていたのに……」

 ごめんなさい、とエミルは頭を下げた。

「オスカーも、嫌でしたよね、あんなの。申し訳ありません。もっと他の映画にしていれば……」
「とんでもない!ヒントになりましたし、とても面白かったですよ。確かにラストシーンに引っ掛からなかったと言えば嘘になりますが」

 それに、と彼は頬を染める。

「エミルがそんなに怒ってくれるの、わたくしのためですよね。わたくしがドラゴンの末裔だから、あのルアという青年に重ねてくださってるのですよね。……それが本当に嬉しいのです、と言ったら不謹慎かもしれませんが」
「も、もう……!」

――やばい、可愛すぎる。

 そんな風に言われたら、怒りもなんのその、吹っ飛んでしまうではないか。エミルはついもじもじと足を動かしてしまう。なんだろう。あんなにキレていたはずなのに、彼がそう言ってくれるならもうどうでもいいかなという気になってしまう。

――安いなあ、私。

 これが惚れた弱みというものなのか。彼の笑顔を見るだけで、自分はもう、それ以上のことは何も必要ないと思えてしまうのだ。
 たとえ。
 その幸せが今日、終わるかもしれないとわかっていても。
感想 0

あなたにおすすめの小説

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

小さくなった夫が可愛すぎて困ります

piyo
恋愛
夫が、ある日突然、幼児の姿になってしまった。 部下の開発中の魔法薬を浴びてしまい、そのとばっちりで若返ってしまったらしい。 いつも仏頂面な夫が、なんだかとっても可愛い――。 契約結婚で、一生愛とは無縁の生活を送ると思っていたノエルだったが、姿が変わってしまった夫を、つい猫可愛がりしてしまう。 「おい、撫でまわすな!」 「良いじゃありませんか。減るもんじゃないし」 これまで放置されていた妻と、不器用に愛を示す夫。 そんな二人が、じれじれ、じわじわとお互いの距離を詰めていく、甘くて切ない夫婦再生の物語 ※本編完結済(全26話+後日談1話)、小話追加中 ※一章ほのぼの、二章シリアスの二部構成です。 ※他サイトにも投稿

【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」 ⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎