竜の王子と鬼の花嫁

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<24・決戦。>

 来て欲しくない時が、ついに来てしまった。
 屋敷の裏手の森、海に面した小高い崖の上で魔法陣の準備を手伝いながら、エミルは思う。

――今日、全てが……終わってしまうかもしれない。

 北の大国がどのように攻めてくるのかについて、有力な情報が入っていた。
 本来、彼等が勝負をかけるなら、陸路でそのまま南の国に戦車を走らせた方が早い。同時に、ドラゴニスト王国の方が高い魔術の力を持っていて危険視されているだろうから、ドラゴニストとオーガストのうち先に潰しにかかるのはドラゴニストの方だとも考えられていた。
 しかし、ドラゴニスト王国にそのまま陸路で攻め入るためには、間にあるフェアリスト共和国の国土(占領されてしまったが)を抜ける必要がある。そして、フェアリスト共和国とドラゴニスト王国の間には険しい山があり、冬ともなれば大雪や雪崩が珍しくないハードな場所であることも知られていた。標高七千八百メートルの、世界八大難山に数えられる難所の一つ。一月にこの山を越えるのは寒い国であるガンブレイズ帝国の兵士といえど至難の業といえる。むしろ、北国の人間だからこそその脅威を熟知していることだろう。
 そこで、連中がまず最初にしてくるだろうことは別にある。大きく海を迂回して、南側の海から攻撃を仕掛けることだ。ドラゴニスト家の屋敷が、国土の南端の海沿いにあることは有名な話。戦艦でそこを砲撃して、屋敷ごとドラゴニスト家をまず壊滅させてしまう。そうすれば、面倒な王家直属最大の魔術師一家がいなくなる。ドラゴニスト王国の戦力は半減に等しい。そうなれば、制圧は叶ったも同然だ。
 実際、オスカーの父であるバイロンによれば、既に北の大国の大艦隊が海を渡って進撃を開始しているという。彼等は近いうちに、海から攻めてくる。既に宣戦布告はされた。もはや、実際の戦闘が始まるまで秒読み段階なのだ。

――この日が来なければ。一日でも遅ければ。そう思っていた。でも……でも、それが叶わないのなら、私は……!

 オスカーが言っていたことは、正しかったのだ。
 敵の攻撃が始まってしまえば、真っ先にドラゴニスト家が潰される。そうなればどっちみち、オスカーも、そしてエミルも生き残ることはできない。ゆえに、たとえ命を失う可能性が高いとしても、オスカーがドラゴンを究極召喚で呼び出して敵艦隊を殲滅させるしかないのだと。
 元々、北の大国は陸より空より圧倒的に海戦が得意な軍隊だ。フェアリスト共和国相手に少し手間取ったのは、あまり得意ではない陸メインの戦いを強いられたからに他ならない。海に面したドラゴニストとオーガスト相手ならば海の戦いに持ち込める。場合によっては、フェアリストより早く落とされる可能性があるだろう。
 だからこそ、チャンスでもあるという。この大艦隊を魔法で潰せれば、大国の戦力は半分以下となる。士気も駄々下がりになるし、ついでに言うなら大国の海軍に所属する艦上爆撃機などのパイロットの多くは空軍も兼任しているのだ。海軍ともども潰れれば航空戦力も激減する。そうなれば、残る陸軍をドラゴニストとオーガストの同盟軍で一気に押し返し、戦局を優位に進めての勝利、もしくは早期講和も可能というわけだ。
 どちらにせよ、莫大な犠牲は出る。本来ならばそんな作戦、オスカーとて取りたくはなかったはず。だが。

――彼は決意していた……最初から。そうしなければ家族の命を守れないから。何より……今は、私の命を守るために、彼は。

 正式に究極召喚を行うためには、崖の上の広場にとびきり大きな魔法陣を描かなければいけない。指示された通り、設置された石の祭壇場の上に青いペンキで魔法陣を描いていく。複雑な魔法陣だ。とはいえけして、間違えるわけにはいかない。
 エミルのみならず、父親のバイロン、執事のドリトン、メイドのビヴァリーに複数のメイド執事たち。そしてオスカーの弟と妹も協力してくれている。

「エミルさん、この次どうすれば!?」
「そこには星のマークです!目印の木から、丁度三十センチの位置でお願いします!」
「エミル、蛇の紋章を書き終えたぞ、次の指示を!」
「ありがとうございます、お義父様!ヘビの紋章から時計回りに渦巻を描きます。少し隙間が詰まっているので細めに……!」

 皆の協力で、魔法陣が描き上がっていく。怖い、悲しい、苦しい、辛い。そんな気持ちを誰もが押し殺し、国を守るために一致団結していく。そんな中、当のオスカーは絵画の調整に入っていた。
 ドラゴンの召喚を行うため、少しでも綿密に、美しい絵を描かなければいけない。完成していたものの、最後の微調整を行っているという。その時の天気、魔力の流れなどで多少違いが出るらしい。
 自分達にとって僥倖だったのは、今日が晴天だったということだろう。もし雨だったなら、魔法の結界で祭壇そのものを覆って作業をしなければならなかったところだ。

「よしっ……!」

 どうにか魔法陣が完成した。同時に、オスカーが絵を持って、近くに仮説された小屋から飛び出してくる。彼も彼で、絵の調整が終わったということらしい。

「これで大丈夫です。あとは、魔法を発動させるだけ……」

 そう言いかけたオスカーの顔が、強張った。何事かと思ったその時、同じく険しい顔をしたドリトンが叫ぶ。

「オスカー、予が祭壇場全体にバリアを張る!ケイン、エレナの二人は予の補佐をしてバリアを強化せよ!オスカーはバリアの中で詠唱を始めるのだ!」
「わ、わかりました、父上!」
「わかりましたわ、お父様!」
「それ以外の者は、すまぬが……戦闘準備を!祭壇と魔法陣とオスカーを守り、時間を稼ぐのだ!」

 ケイン、エレナというのはオスカーの弟と妹の名前である。オスカーよりずっと年上の外見をした二人の青年と女性は、てきぱきとバイロンの指示に従って祭壇の上に上がった。
 一体何事か、とエミルは困惑する。明らかに、何か異常事態が起きているようだ。万が一のためにと準備した剣を抜いたところで、ビヴァリーに声をかけられた。

「エミル様、どうやら敵に一手先んじられたようです。あれ、見てください!」
「!!」

 彼女が指さす先をエミルが見るのと、微かなプロペラ音のようなものを聞き取るのは同時だった。
 何もないように見える空から、何かが確実に近づいてくる。目を凝らすと、微かに大きな物体が光を反射しているのがわかった。あれは――ロボット?

――そ、そういえば聞いたことがある。北の大国の、決戦兵器……!ステルス迷彩と消音機能を使って、敵に気付かれないように接近することができるって……!まだ実験中の兵器だって話だったけど、まさか使ってくるなんて!

 ミサイルの類が飛んでくれば、遅かれ早かれこちらは気づく。そもそも、いくら北の大国の戦艦が優秀とはいえ、ミサイルが当てられる距離まで近づけばドラゴニスト王国の海軍のレーダーに引っ掛かってくるというもの。なんせ、こちらの海軍も海から攻められることをわかった上で網を張っているのだから。
 ゆえに、連中はミサイルではなく、少し時間がかかっても先んじてステルス迷彩を施した空飛ぶロボットを飛ばして、先にドラゴニスト家と究極魔法を潰す選択をした、ということらしかった。

「撃て、ドリトン!」
「承知!」

 ドリトンが、準備していたロケットランチャーを標的に向け、引き金を引いた。魔力で探知できるオスカーたちの能力がなければ、空を飛んでいる段階で気づくことはできなかったかもしれない。
 バイロンの指示する方向へ、ドリトンが放った砲撃は――明らかに手ごたえがあった。一体、二体、三体。
 三体のロボットがよろめきながら、広場の近くに不時着する。攻撃された衝撃でステルス迷彩が一部剥がれたらしく、朧気ながらもエミルの目にその姿が見えるようになっていた。
 紫色のロボットだ。隊長は、それぞれ五メートルほどになるだろうか。以前エミルが戦った怪獣モンスターよりはずっと小さい。しかし。

――すべて、右手に剣を、左手に重火器を装備している……!

 多少駆動系にダメージを与えたようだが、まだ足らない。ロボットたちは空を飛ぶ力は失われたものの、しっかりと地面に着地して、ローラーのような足で滑るようにしながら接近してくる。
 あれらの武器で結界を攻撃されたら、いくらバイロンたちが頑張っても長くはもたないだろう。ならば。

「総員、聞け!」

 エミルは声を張り上げた。

「我々であのロボットを討ち取るぞ!必ず……オスカーを、究極召喚を、そしてこの国の未来を守るんだ!いいな!」
「イエス、サー!」

 エミルと、使用人たちの気持ちは一つとなっていた。エミルだけではない。使用人たちもまた、ドラゴニスト家に恩がある者ばかり。今こそ、命を賭けてその恩を返すべき時だと考えているのだろう。
 結界の中では、オスカーが詠唱を始めている。

「ルリハラソロ、スカイライ、エメラルダ、カスタロート。シロ、エル、スイ、アラ、フラウ。リアリズムタリズムスルラ。ルリハラソロ、スカイライ、エメラルダ、カスタロート。シロ、エル、スイ、アラ、フラウ。リアリズムタリズムスルラ。ルリハラソロ、スカイライ、エメラルダ、カスタロート。シロ、エル、スイ、アラ、フラウ。リアリズムタリズムスルラ。ルリハラソロ、スカイライ、エメラルダ、カスタロート。シロ、エル、スイ、アラ、フラウ。リアリズムタリズムスルラ……」

 先日テスト召喚した時よりも呪文が追加されている。恐らくは、それが本来必要な、究極召喚の魔法ということなのだろう。祭壇の中心に、絵を抱えて立ったオスカーの全身を青い光が包んでいく。今まで見たことがないほど、巨大な魔力の本流。魔法に疎いエミルさえ、肌がびりびりと震えるほど。
 この魔法が成功すれば、オスカーとの別れの時かもしれない。しかし成功しなければ、ここにいる全員に――未来がない。
 今は祈る前に、体を動かす時だ。

「右のロボットはドリトン、左のロボットはビヴァリーの隊に任せる!正面のロボットは……私がやる!」

 エミルは剣を振り上げて、走り出した。
 今こそ、自分の命が、魂が――愛する人のため真に役立つ時なのだから。
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