竜の王子と鬼の花嫁

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<25・幸福。>

 だだだだだだだ、と連続した音とともに地面にミシン目のような穴があいていく。どうやら左手の銃はマシンガンのようなものらしい。シンプルで、人間にでも扱えて、それでいて簡単に人を殺せてしまう恐ろしい武器だ。
 本来ならば戦車なんかでも壊せてしまうほどのものなのだろう。マシンガン一発一発の威力が馬鹿にならない。エミルがしゃがんだ直後、頭上を通過する弾幕。ヒットした木がみしみしと音を立てて軋むのが聞こえた。数発でもくらえば大木をなぎ倒すことも可能ではなかろうか。
 当然だが、人体が喰らえばあっという間に致命傷。鬼の先祖返りのエミルでもただでは済まない。ただ。

――私達に集中している間、奴らは結界を攻撃できないはずだ。

 自分達の目的はロボットを倒すことではなく、ロボット相手に時間を稼ぐことである。相手が祭壇と、祭壇で魔法を詠唱するオスカーたちを攻撃できないようにすればそれでいい。
 成功すれば、ドラゴンが全てを消し飛ばすだろう。自分達でトドメを刺す必要はまったくない。

――とはいえ。私はともかく、ドリトンとビヴァリーたちがいつまでももつか怪しい。武器はあるけど、人間は疲労するものだし。……できれば、こいつ一体だけでも倒してどっちかに加勢したい!

 かしゅん、と音がした。マシンガンの弾が切れたのだ。ロボットにカートリッジ交換ができるかどうか、そもそもカートリッジを装備しているかはわからない。しかし装備していて交換可能だったとて、しばし隙はあるはずだ。
 つまり、今こそ距離を詰めるチャンス。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 エミルは咆哮とともに飛び出した。
 ロボットの装甲は固い。しかし、自由に腕を振り回し、銃の引き金を引けるのは“関節”があるからに他ならないのだ。全身を堅い装甲で覆っていては、あんなに自由に腕を使って攻撃なんてできないのだから。ならば。

「ここっ!」

 まずは、厄介なマシンガンを封じる。エミルは弾が切れた左腕にジャンプして飛びつくと、その肩口に剣を差し込んだ。
 ドラゴニスト家が生成した魔石で作った、特別製の剣だ。超合金ミスリルは、多少の衝撃で折れるようなことはない。それこそ、エミルの怪力で強引に押し込んだとしても、だ。
 ぶち、と手ごたえがあった。ロボットの腕を連結するゴム部分に、刃が通った音だ。ぶちぶちぶち、とゴムが断裂し、配線が丸見えになる。エミルは暴れるロボットにしがみつきながらもその配線ごと断ち切った。

 ぶちぶちぶちぶち、ゴトン!

 ショートし、火花を散らせながら落下するロボットの左腕。これでもう、マシンガンは使えない。そしてそれだけではない。

「ゴオオオオオオオオオ!」

 低い唸りを上げてよろめくロボット。そう、当然だがこの手の機械の総重量はかなりのもの。恐らく遠隔操作で動かしているのだろうが、だからこそ細かな調整などそうそうできるものではない。
 人間の腕も、実は全体の総重量からみるとかなりの重さを担っているのである。ロボットの腕ならばさらに比重が重いハズ―ーましてや、マシンガンを装備していたのだから尚更に。そして、バランスは“両腕が揃っていて、それぞれ武器を持っている状態”で保たれるように計算されて設計してあるはずなのだ。
 ようするに。
 片腕を失って、バランスを取ることは難しい。エミルの目の前で、ロボットが大きく揺れ、そして耐え切れず右側に倒れていった。ガッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアン!と大きな音がする。

「ルリハラソロ、スカイライ、エメラルダ、カスタロート。シロ、エル、スイ、アラ、フラウ。リアリズムタリズムスルラ。ルリハラソロ、スカイライ、エメラルダ、カスタロート。シロ、エル、スイ、アラ、フラウ。リアリズムタリズムスルラ。ルリハラソロ、スカイライ、エメラルダ、カスタロート。シロ、エル、スイ、アラ、フラウ。リアリズムタリズムスルラ。ルリハラソロ、スカイライ、エメラルダ、カスタロート。シロ、エル、スイ、アラ、フラウ。リアリズムタリズムスルラ……」

 後ろで、呪文の詠唱が聞こえる。振り向けないのでどこまで進行しているかわからないが、なんとかまだオスカーは無事であるようだ。
 エミルはすかさずロボットに駆け寄った。下敷きになった右腕を動かして、なんとか蠅を振り払うようにエミルを振り落とし、切り刻もうとするロボット。抵抗をやめないその有様は、機械とて痛々しいものである。
 ひょっとしたら、機械にも心はあるのかもしれない、とちらりと思った。
 帝国への恭順の心を植え付けられ、何がなんでも敵を滅ぼすようにと命じられ、それが正しいと信じてこんな姿になっても戦おうとするロボット。――まるで、洗脳教育そのものの姿のようで、あまりにも辛い。
 洗脳される人々にもまた、本来罪はないはずであるのに。

「……ごめんなさいね」

 エミルは小さく呟き、剣を振り上げた。

「貴方に恨みはないけれど。私達は……私は、あの人のために戦わないといけないから」

 刃は、ロボットの首の連結部にねじ込まれた。ぶつん、と再び、接続部分を断ち切る鈍い音がしたのである。
 血など出なくても、悲鳴もなくても。きっとこれもひとつの死なのだろう。
 どんな兵器とて、兵器として生まれてきたことに罪があるわけではないのだから。



 ***



 さすが執事頭というべきか、ドリトンは自力でロボットを行動不能にしていた。エミルのように完全に機能停止にはできなかったようだが、武器を潰せたのだからもう問題はないだろう。ビヴァリーの方は少し苦労していた様子だったのでエミルが助太刀したが。
 次のロボットの援軍が来るまでに、間に合うかどうか。心配はそこだったが、どうやら杞憂だったらしい。

「ルリハラソロ、スカイライ、エメラルダ、カスタロート。シロ、エル、スイ、アラ、フラウ。リアリズムタリズムスルラ。ルリハラソロ、スカイライ、エメラルダ、カスタロート。シロ、エル、スイ、アラ、フラウ。リアリズムタリズムスルラ。ルリハラソロ、スカイライ、エメラルダ、カスタロート。シロ、エル、スイ、アラ、フラウ。リアリズムタリズムスルラ。ルリハラソロ、スカイライ、エメラルダ、カスタロート。シロ、エル、スイ、アラ、フラウ。リアリズムタリズムスルラ……」

 ああ、とエミルは声を上げていた。
 バイロンたちが作った結界が解かれていく。その中心、魔法陣の中央に佇むのは、見慣れた少年の姿ではなかった。
 蒼い鱗。
 藍色の鬣。
 空を思わせる青い瞳に、長い体をくねらせた竜。
 誰に言われるまでもなくわかった。あれが、オスカーの竜としての真の姿なのだと。そして。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 オスカーが咆哮すると同時に、その腕に抱えられた絵がふわりと浮かび上がった。そして、くるくると宙で舞うと、次の瞬間――オスカー自身より遥かに大きな、そう、体長百メートルほどはありそうな巨大な竜が空に舞い上がっていたのである。
 完成した究極召喚の竜は、テスト召喚の時とはやや姿が異なっていた。
 鱗の色は、キラキラと太陽の光を浴びて輝く銀色。海のように深いコバルトブルーの瞳に、それよりも深い藍色の髭と鬣。そして、大きな大きな、虹色に輝く翼を持っている。
 オスカーの咆哮に呼応するように、ドラゴンは胸を逸らせ、そして。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 地響きが起きた。大きく、低く、唸るような力強い声。びりびりと崖を震わし、大きな波を起こし、近隣の海にいくつもの竜巻のようなものを吹き荒れさせる。
 エミルは、ようやく理解していた。何故、究極召喚でなければいけないのか。ドラゴンでなければならなかったのか。
 それは、この存在、この力こそが――真の、封印されし、銀河の覇者であるがゆえ。その気になれば北の大国どころか、この惑星全てを滅ぼせてしまえるほどの。

――ああ、オスカー……貴方も、覚悟を決めたのか。

 光が、水平線を走った。見えたのはただそれだけだ。しかし、遠くでいくつも大きな爆発音が響き、小さく火柱が上がるのを見て確信したのである。
 今の一瞬で、大国の艦隊が全滅したことを。否、下手をすれば、艦隊のみならず――。

「オスカー!」
「ああ、オスカー、オスカー!」

 再び静寂が戻ってきた時、全ては終わっていたのだった。魔法陣の上、小さな少年の姿の青年は、人の身で倒れていたのだから。



 ***



 北の大国と、ドラゴニスト王国及びオーガスト聖国。双方の国の間で停戦協定が結ばれたのは、二月の頭になってのことだった。
 停戦という形にはなったが、事実上ガンブレイズ帝国の敗戦である。オスカーが呼び出した究極魔法のドラゴンは、帝国の大艦隊を全滅させたばかりか、陸地の方の軍隊もほぼ壊滅状態に陥らせていたのだから。
 多数の死傷者が出たのは間違いない。
 いくら侵略されていたとはいえ、魔法によって一瞬で焼き払うような所業が正しかったのかと、ドラゴニスト王国は未だに国際社会から批判を受けている。彼等の言い分もわからないではない。ただ、何もできず、指をくわえて見ていることしかできなかった人間が何かを言ったところで説得力はないのだ。他に手段はなかった。そして、そうしなければドラゴニスト王国とオーガスト聖国の民に、どれほどの犠牲が出ていたかわからなかったのも事実なのだから。
 何が罪で、何が罰なのか。恐らくそれは、何度問い返したところで答えが出ることではないのだろう。
 戦争はたくさんの人の幸せを奪い、苦しみを与える。それでも時に、戦争をすることでしか何かを守れないと思ってしまう人もいるのは事実である。
 大切なことはきっと。絶対的な正義などどこにもないと認めること。己の正義を妄信しないことに尽きるのだろう。
 それから。
 今隣にいてくれる人の、愛を忘れないことなのだと。

「……生きることの方が、死ぬことよりも辛い時もある。……ならばこれは、結果としてたくさんの人の命を奪った貴方への罰なのでしょうか。あるいは……それを止めなかった私への」

 あれから、六か月後。
 エミルは眠り続けるオスカーの隣にいた。
 オスカーはあの日、全ての魔力を使いつくして倒れ――心肺停止状態に陥った。そのまますぐに処置が行われて辛うじて息を吹き返したものの、意識は戻らず、こうしてベッドに眠り続ける状態となってしまったのである。
 生き残っただけ、奇跡だと思うべきなのだろう。しかし同時に、これはむしろ死よりも重たい罰なのかもしれないともエミルは思うのである。おかしな話だ。彼はただ、国と世界を守るために命を賭けただけなのに。彼一人で罰を背負わなければいけない道理などないというのに。

「……いいえ。神様がもし、そう思ったとしても。私はけして、その理不尽に屈しはしません」

 エミルは眠り続けるオスカーの左手を取って、そこにキスを落とした。そして、枕元にプレゼントを置く。八月三日。オスカーの誕生日。本当は二人で美味しいものでも食べてお祝いしたかったのだけれど。

「いつまでも、いつまでも……私は貴方を待ち続けます。だって、そうでしょう?」



『……じゃあ、約束してください。最後まで……生きることを、諦めないと。どうか……それだけはどうか、お願いします』
『……ええ、もちろん。約束します』



「貴方は私に、約束したのですから。生きると。……そして共に、幸せになるのだと」

 未来の可能性はまだ、潰えていない。
 自分の幸福はいつだって、愛する人と共にあるのだから。
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