ルナティック・パーティ

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<32・狂宴の終わり>

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『森におばあさんが住んでるんだよ。お前は会ったことがないだろうけれど』

 お母さんにそう言われ、赤ずきんが持たされたのはおばあさんへのお土産。中にはお酒が入っています。

『それを持って、森にお使いに行っておいで。悪い狼には気をつけるんだよ』

 赤ずきんはいつもの通り、目印の赤いずきんを被って森へと出かけていきました。お母さんが地図を描いてくれたので、道に迷う心配はありません。赤ずきんは言われるままバスケットを持って、おばあさんの赤い屋根のおうちを目指します。

『おばあさん、おばあさん。赤ずきんです。お母さんのお使いで、お見舞いにワインとパンを持ってきました』

 そして、ガチャリと開くドア。
 しかし待っていたものはおばあさんでもなければ――狼でもなかったのです。



 ***



「は、はは……やっと、やっと手に入ると思ったんだけどなあ……」

 赤ずきんは、闇の中に横たわったまま笑った。それをただ、凛音は傍で見下ろしている。彼女を倒した途端、周囲にあれだけ蠢いていた狼の集団は溶けるように消えていた。まるで、赤ずきんの心が折れたことを示すかのように。

「本当の赤ずきんの物語、教えてやろうか?そこのシンデレラに勝るとも劣らぬ、なかなか酷いものだぞ」
「……なんとなく、見えたさ。お前に撃たれた時、一緒にお前の記憶も流れ込んできたからな」

 凛音は静かに告げる。そう、あの攻撃を受けた時はただ、赤ずきんを牽制するのが最大の目的であったのだが。なんとなく、予感があったのも事実なのだ。あの攻撃には、彼女の“真実”が含まれている。それを受ければ、読み取る能力の低い自分にも見えるような気がしたのだ。
 赤ずきんという名の物語が。何故このような暴挙に出たのかという、真実が。

「そうか……ああ、じゃあお前にも少しは分かってもらえるかね」

 くつくつと、少女らしからぬ、どこか老獪でさえある笑いを浮かべる赤ずきん。

「赤ずきんの家は非常に貧乏でな。でもって、赤ずきんって少女は白雪姫やシンデレラほどでなくても、なかなか可愛い女の子ってやつだったのさ。……だから母親は、自分が食っていくために娘を売ったんだ。狼じゃない……狼よりもっと飢えたケダモノってやつにな。ちょいといいワインは、そいつらへの土産みたいなものだったのさ。酒とツマミは、どこにいっても不可欠なものだろう?」

 そうだ、と凛音は眼を伏せる。赤ずきんは、何も知らずにお使いのつもりで森にやられて――そのまま二度と、家に帰ってくることはなかったのだ。彼女はそのまま、猟師達――というより、あの様子だと山賊に近いものであったかもしれない――に売られて連れ込まれ、慰みものにされたのである。

「酒を飲みながら、繰り返し繰り返し……何日、何週間、何ヶ月?とにかく長いこと犯され続けた。まだ十歳かそこらのガキだったオレは、それがどういうことを意味しているかも理解していなかったていうのにさ。……ある時、酔っ払って猟師達が寝ている隙に、そいつらの猟銃を使って全員を皆殺しにして逃げ出した。……でかくなった腹を抱えて、一体どこに逃げようってんだか」

 ぼろぼろで、赤いずきん以外何も身にまとっていない少女は。やがて産気づいて子供を産み、そのまま力尽きた。虫の息であった少女の傍に寄って来たのは、血の臭いに誘われた狼である。
 まず最初に、産まれたばかりの赤ん坊が食われた。そして我が子が食われるのを見届けた後、赤ずきんも生きたまま狼に腹を裂かれ、腕を食いちぎられ、地獄の苦しみの中命を落とすことになるのである。
 そしてその時――最期に願っていたことが、そのまま彼女の後生に繋がる呪いになったのだ。



『お母さん、お母さん。お母さんは私のことが嫌いだったの?
 嫌いだったから、私をあんな怖いおじさん達のところにやったの?
 おじさん達は痛いことしかしなかった。
 狼さん達も酷いことしかしなかった。
 じゃあ私は、私は誰にも愛されなかったの。愛されては、いなかったの。
 お願い、誰か、誰か……私を、愛して』



「愛されたかった」

 ぽろり、と。愛らしい少女の瞳から、光が一粒溢れた。

「愛されたかった、ただそれだけだったんだ。なのに……生まれ変わっても、オレの運命はちっとも変わっちゃいなかったんだ。記憶は赤ん坊の時からあったよ。男に生まれ変わったから、もう孕まされることだけはないし、きっとそういう酷い目にも遭わないだろうと思っていたらさ……産まれた家の両親が、とんだロクデナシと来たもんだ。自分が愛されることしか気にしない母親と、変態の父親。運命は、何にも変わっちゃいなかった……」
「だから、魔女に縋ったのか。……魔女なら、愛されると思って」
「そうさ。もう、オレには他に何もなかった。教えて貰ったんだ。魔女なら……物語の書架を管理するあの魔女なら!オレがもっともっと素晴らしい物語を提供したら、きっと愛してくれるに違いないって、そう言われて……でも、はは。結局、それもうまくいかなかったわけか」
「え」

 凛音は眼を見開く。教えてもらった、と今彼女は言った。つまり、この赤ずきんに、魔王に――魔女の存在を教え、“新たな伝説を作れば愛される”と吹き込んだ何者かがいるといことである。
 まさか、彼女は全ての元凶ではなかったというのか。驚く凛音は、ここでやっと気付く。赤ずきんの長いフードと袖で隠れて見えなかったが。
 彼女も、右腕にブレスレットがある。
 それは誰かに――意思を縛られた者の、証。

「愛されたかったなあ……」

 しかし、今。心も体もぼろぼろな赤ずきんに、その真実を問いただすことは凛音にはできなかった。戦士としては失格なのかもしれない。それこそここまで面倒をかけてくれた分、相手が幼い少女の姿をしていようがしっかり尋問し、あるいは拷問してでも情報を聞き出すのが筋であるのかもしれなかった。実際この魔王がしたことで、多くの物語が傷つき、時には無関係の人間さえも巻き込まれて犠牲になっているのだから。
 それでも、凛音は今――自分の心に従って、少女の傍に膝をつくのである。自分にしかできないことがあると、そう信じて。

「私は、現実のあんたが今、どういう状況にあるかなんて知らない。だから、安易な慰めなんか本当は言っちゃいけないのかもしれないけど」

 そっと、少女の左手を握る。驚き、目を見開く彼女に語りかける凛音。

「愛を知りたいなら……私達のところに、逃げて来いよ。そうしたら、教えてやる。愛がわからなきゃ、罪の償い方もわからないだろ。だから、私が教えてやる。私が……私達が。あんたに、その勇気があるなら」

 まだ、ハッピーエンドは見えないのかもしれない。実際、彼女の物語だって自分達の物語だって、実際はそうそう奇跡なんて起こせるものではないのだ。現実は、アニメやゲームのようにそうそううまくいくものではない。ご都合展開で突然救世主が来るなんてこともなく、好きになったあの子が向こうから告白してくれるなんてこともなく、拾った宝くじが偶然当選するなんてこともまず有り得ない。
 それでもだ。その、あまりにも手厳しい現実の中で、自分達は生きていくしかないから。生きていくためにきっと愛は必要で、その愛で自分達は次の未来を繋いでいくのである。子供を作るとか、そういうことだけではない。誰かに意思を託し、技術を繋ぐこともまた同じ。
 そうやって努力して努力して頑張って頑張って、始めてサクセスストーリーは成り立つのだ。
 ハッピーエンドは何処にもない。だから、自分達の力で作っていくのだ。多くの汗と涙と血と心を積み重ねながら。

「……馬鹿だな、あんたも」

 赤ずきんは、目を閉じて――ふっと、笑みを浮かべた。先ほどとは違う、あどけない顔で。

「ありがとう」

 パキリ、と。音を立てて彼女のブレスレットが砕け散る。そこから溢れた闇の力を切り裂き、凛音はゆっくりと立ち上がった。
 魔王は、もしかしたら一人ではないのかもしれない。
 いや、きっとこれからも何人も現れ続けるのだろう。愛されたいと願う者がいる限り。そこに付け込む者がいる限り。

「凛音さん!」

 そして、涼貴が、莉緒が、瑠衣が、リーナが駆け寄ってくるのを見ながら凛音は思うのだ。
 自分達の戦いが、本当の意味で終わる日はいつになるのかわからないけれど。彼らが一緒にいるのなら、きっと何度でも壁を超えていくことはできるのだろう、と。
 独りぼっちでない世界は、確かに此処にあるのだから。



 ***



「なかなか面白い素材ではあったが」

 パタン、と。グレーテルは分厚い本を閉じた。そこに記された名前が消えたのを確認したためだ。

「赤ずきんの物語は、ここで終わりか。なかなか、現世の人格が強靭でないと長続きしないものだな」

 とある場所。とある森の崖の上。双子の兄妹は風に吹かれて座っている。広がる森林の奥には町が見える。人々の営みの、象徴。それを遠目で見ながら、彼らはゆっくりと立ち上がった。
 彼らが求めるものは、史上の暇つぶし。
 そして最強にして最悪の、新たな物語の誕生。
 次の種は既に撒かれている。物語はまだまだ数多く転生しているのだ。しばらくの遊びに飽きることはないだろう。
 あの街にも、存在している。前世に苦しみ、現世に不満を抱き、その痛みを燻らせて時を待っている物語が。

「行くぞ、ヘンゼル。次の退屈しのぎに」
「ああ、そうだなグレーテル。行こう」

 そして、少年少女の姿は煙のように消え失せる。
 彼らの不穏な会話は、その場を吹きすさぶ風だけが聞いていた。
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