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07 封印の記憶
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「わかってくれ。ベル」
悲痛な面持ちでベルを窘めるゼノを困らせたくはない。けれどすんなりと頷くことも出来ない。
「いや……いやよ。どうしてわかると言えるの……」
「それがプレガーレを……この国に生きる人を…………私の大切な家族を救うからだ」
魔術兵の制服を纏い、残酷な終わりを迎えようとしている唯一の家族。大切な兄の胸に、ベルは泣いて縋った。か細い背中をゼノの手が慰めるように撫でてくれる。
「……きみに、救いがありますように。きみが恙無く生きられますように。私はそれを願っているよ」
優しい兄がこれから国の為に死ぬのだと聞かされて、わかりましたと返せる筈がない。けれど変わらない覚悟を察し、止められないベルはゼノが家から出ていく背中を見送った。
(これは……)
脳裏に浮かぶ鮮明な光景。唯一ぼやけているのはベルの顔だった。美しい金髪も、質素な服もきちんと見えるのに、その顔だけが見えない。
(でもきっと。これは)
繋がりがあるのだと考え、それが何かを推察する。見ていることもきっと現実だったのだ。
(兄さん。ゼノ。私。私の……)
場面は急に切り替わる。『ベル』が佇む、見覚えのある気のする民家の中から、窓と椅子のある何処かへ。窓の外の景色が次々と変わり、振動の伝わる様子から馬車の中だと思った。
「もうすぐレニーニの神殿に着くわ」
「レニーニ……宿場町があるんだったか。外に出ないからあんまり覚えてないんだよな」
「そうよ。レニーニは東のバルトリ王国との関所が近いから巡礼以外にも行商人や観光客がやって来る。賑わっているのよ」
椅子に腰掛けるのはベルの兄。突然姿を消してしまったゼノだ。そしてその横にはゼノを攫った憎い女がいて、二人は親しげに言葉を交わしている。
ベルは怒りのあまり目が覚めた。そこは美しい調度品に囲まれた客室で、ベルの横たわるベッドも柔らかくて寝心地の良い物だった。
魔王の封印を守る為に巡礼の旅を行うことになったベルは、早速一つ目の神殿へ着いた。
聖女の訪れに喜ぶ神殿の神官達はベルを封印の安置された部屋へ通して驚愕する。魔王を封印している水晶玉に宿っていた黄金の光が、いつの間に失われていたのだと。プレガーレの大聖堂と同じだった。
ベルが水晶に祈っても光は戻らず、それでも聖女の巡礼は一つこなされた。神官もベルも釈然としないものの、慣れない旅で疲れた体を休められるようにと神殿の客室へ通され、ベルはすぐに寝入ってしまった。
そして見た夢はゼノのことだった。かつての兄だろうゼノと、現在のベルが探し求めているゼノの夢。
「レニーニに行かないと」
窓の外はまだまだ暗い。夜明けが遠くともベルは寝ていられなかった。兄に追い付きたい。会って話をして、あの女から引き離さねばならない。
頭の奥で誰かがそう、囁いている気がした。
「もうすぐレニーニの神殿に着くわ」
「レニーニ……宿場町があるんだったか。外に出ないからあんまり覚えてないんだよな」
「そうよ。レニーニは東のバルトリ王国との関所が近いから巡礼以外にも行商人や観光客がやって来る。賑わっているのよ」
現在のプレガーレは大きく開かれている。関所を越える旅券は必要だが、手続きさえきちんと踏めば他国からの客を招き、行商も歓迎する。他の国もそうだ。
「時代は変わったんだな」
ぽそりとした呟きはゼノらしくない。けれどそう、自然と思ってしまった。
「ジジ臭いわよ」
「…………うん。そうだね。変だな、俺」
辻馬車の外は日が高く昇っている。初めに乗り込んだ神殿を発ってから、いくつか農村などを経由して休息を取りつつ新しい乗客を拾い、車内に設けられた椅子はすっかり埋まっていた。
レニーニはプレガーレ程ではないが、賑わいの大きな町だった。宿場町だけあり宿の数も多い。大通りには様々な店が建ち並び、どこも繁盛している様子だ。
「宿を取って休みましょうか。馬車に乗ってばかりで疲れが取れてないでしょう」
ラウラの提案に頷き、ゼノが部屋を取ったのは大通りから少し外れた宿だった。
二部屋取るのかと思えば「影に隠れるから私の分はいらないわ」と言われ、人型を失ったラウラはゼノの影に溶けた。
「旅費の節約?」
「それもあるけど、私は目立つから。こういう場所ではあまり人の記憶に残りたくないのよ」
ゼノのように外見的な特徴のない若い男が一人で旅をしていても、特に悪目立ちはしない。そんな男はそこら辺に山といる。
対してラウラは白い髪に赤い瞳の美しい女の姿をしている。自然と人の目にとまるだろう。
旅する若い男女二人組というのも他とは少し違って見える。その少しの違いが人の記憶に残るのだ。
宿が取れたゼノは早速部屋に向かう。窓の外は赤らみ始め、もうじき夜を迎える。
「神殿へ行くのは明日にして、今日はゆっくり休みなさい」
影に隠れたままのラウラからそう言われ、寝支度を整えていくゼノは翌日に待ち受ける再会も知らず、穏やかな眠りにつく。夢は見なかった。
迎えた翌日。ゼノは宿を出ると早速神殿へ向かった。往来には何かあったのか楽しげに話し込んでいる人々が多い。
「神殿の中にさ、転移して入り込んだらいいんじゃないか?」
人々の噂話に掻き消されるように、ゼノは隣を歩くラウラへ提案した。
「やってみなさいな」
レニーニの町は神殿を中心に発展していった。町の何処にいてもその姿を見つけられる神殿、その奥へ入り込もうと魔力を集中させる。ラウラを伴ってゼノの姿は瞬く間にその場から消えるが、移動した先は神殿の奥ではなく、中ですらない。神殿の目の前に広がる舗装された道の端だった。
あまり遠くには飛べないからかと思い、もう一度転移を試みるが今度はそこから動かない。首を傾げるゼノに、ラウラは「認知出来てる範囲までしか転移出来ないのよ」と教えた。
「知ってる場所までってこと?」
「そう。魔術の才能があろうとも知らない場所へは行けないわ。わからないでしょう? 神殿の中がどうなってるのか。何処へ行けばいいのか」
昨日泊まった宿の部屋は二階で、窓から神殿の入口付近が見渡せた。今居る場所も自然と目に入り、知っていたから転移出来たのだろう。
「楽は出来ないってことよ。行きましょうか」
ラウラの赤い瞳が輝く。前を進み始めた背を追うゼノには町民達の噂話は聞こえていなかった。
「……聖女様がレニーニに向かってるらしいな」
「ひどく急いでるらしい。馬車を降りて数名の護衛だけ連れると、騎馬に相乗りしてここへ向かってるそうだ。相当鞭打ってるのかいつ着いてもおかしくないらしいぞ」
「何かあるのか? 魔王が復活でもするというのか……?」
ひそひそと囁かれるそれを肯定するように、レニーニの町には蹄の起こす地鳴りが迫っていた。
レニーニの神殿は観光資源の一つとして広く開放されている。門を潜れば美しく整えられた庭園に迎え入れられ、辺りを飾る花々が目と心を癒す。
神殿の中へ入ると広間の奥に、神へ祈りを捧げる祭壇が用意されている。祭壇には巨大な女神像が微笑み、その背後に控えるステンドグラスが神秘性を高めている。信仰に疑問を持ち始めたゼノですら、神々しさを感じた。
信徒達は祭壇の手前へ並ぶように立ち、一心に祈りを捧げている。前を行くラウラはその中へ入ることはなく、広間の脇にある扉へ足を進めた。
扉の先は通路が続き、警備の神官はラウラによって無力化される。角を曲がった先には地下へ繋がる階段があり、ラウラは迷いなく降りていく。黙って後へ続くゼノだが、胸騒ぎのような、何とも言えない予感を覚えた。
地下の回廊を進むと大きな扉が見えてくる。縦に長い両開きの扉の鍵穴へ、影になったラウラが潜り込むとカチリと音が鳴った。鍵を開けたのだ。
扉を開くと上層階と同じような、女神像を祀る祭壇のある広間になっていた。人気の全くない祈りの間は静寂に包まれ、より厳かな雰囲気を醸し出している気がした。
「ゼノ」
ラウラに呼ばれ、何かと目で尋ねると白い手が伸ばされ、広間の隅の扉を指す。
「あの扉の先に封印がある。鍵は掛かっていない筈よ。行きなさい」
「ラウラは?」
「私はここで待つわ。気にしないで」
何故とは聞かず、ゼノは言われた通りに一人で扉へ向かった。そこにどんな理由があろうと、ラウラの考えなのだと納得していた。信用、信頼の表れだった。
広間とは一変、扉を開けると狭い小部屋になっていた。石彫りの台座の上には黄金に輝く水晶が安置され、ゼノが手で触れる。
瞬間的に膝が崩れ、意識を失い倒れる体を大きな手が支える。その異変に気付くことなく、ゼノは夢を見ていた。
国王陛下の御座す謁見の間。玉座を前にゼノは対峙していた。
黒く長い髪を魔力を帯びた風に靡かせ、血のように赤い瞳で自分を見つめる男。ゼノの喚び出した救世の悪魔。
「気紛れに人を助けてみたが……つまらん。やはり俺が求めるのは甘ったるい愛だの恋だの、そんなものではなかったようだ。死ぬがいい。悪魔を下したと思い上がる愚か者どもめが」
関心が消えた様子で吐き捨てる悪魔を、ゼノは曇った表情で見つめる。
「何を……」
「人の王よ。悪魔を侮った罪を知り、罰を受けるといい」
そう言い終わるや、謁見の間に影が生まれた。黒く蠢く異形の影は悲鳴を上げる国王へ襲い掛かるが、警備の騎士が立ち塞がり応戦し始める。
「ハウレス、貴方は……!」
「気安く呼ぶな。木っ端魔術師ごときめが」
いつもなら熱情たっぷりに自分を見つめた赤い瞳は氷のように冷たく、鋭利に突き刺さる。それでも逃げるわけにはいかない。
「この命に変えようと、プレガーレは守ってみせる」
ハウレスを睨むゼノは言葉通り命を炉にくべてでも、ハウレスと戦った。永い眠りを代償に、悪魔も眠りにつかせたのだ。
「……封印は、ゼノがした……」
夢から覚めて溢れ出た呟きに返事があった。
「そうだとも」
「え」
聞き覚えのある、聞き慣れた、いつからか常に隣にあった声だった。ようやく意識が浮上し、ゼノの体を抱える誰かの存在に気付く。
閉ざされた瞼を開けると彼がいた。長い黒髪は夜闇のように艶やかで、血のように赤い瞳は一心にゼノを見つめている。
「ハウレス」
名前を呼ばれた悪魔は薄く微笑み、自分を呼んだ可愛らしい唇へ答えるように口付けた。
悲痛な面持ちでベルを窘めるゼノを困らせたくはない。けれどすんなりと頷くことも出来ない。
「いや……いやよ。どうしてわかると言えるの……」
「それがプレガーレを……この国に生きる人を…………私の大切な家族を救うからだ」
魔術兵の制服を纏い、残酷な終わりを迎えようとしている唯一の家族。大切な兄の胸に、ベルは泣いて縋った。か細い背中をゼノの手が慰めるように撫でてくれる。
「……きみに、救いがありますように。きみが恙無く生きられますように。私はそれを願っているよ」
優しい兄がこれから国の為に死ぬのだと聞かされて、わかりましたと返せる筈がない。けれど変わらない覚悟を察し、止められないベルはゼノが家から出ていく背中を見送った。
(これは……)
脳裏に浮かぶ鮮明な光景。唯一ぼやけているのはベルの顔だった。美しい金髪も、質素な服もきちんと見えるのに、その顔だけが見えない。
(でもきっと。これは)
繋がりがあるのだと考え、それが何かを推察する。見ていることもきっと現実だったのだ。
(兄さん。ゼノ。私。私の……)
場面は急に切り替わる。『ベル』が佇む、見覚えのある気のする民家の中から、窓と椅子のある何処かへ。窓の外の景色が次々と変わり、振動の伝わる様子から馬車の中だと思った。
「もうすぐレニーニの神殿に着くわ」
「レニーニ……宿場町があるんだったか。外に出ないからあんまり覚えてないんだよな」
「そうよ。レニーニは東のバルトリ王国との関所が近いから巡礼以外にも行商人や観光客がやって来る。賑わっているのよ」
椅子に腰掛けるのはベルの兄。突然姿を消してしまったゼノだ。そしてその横にはゼノを攫った憎い女がいて、二人は親しげに言葉を交わしている。
ベルは怒りのあまり目が覚めた。そこは美しい調度品に囲まれた客室で、ベルの横たわるベッドも柔らかくて寝心地の良い物だった。
魔王の封印を守る為に巡礼の旅を行うことになったベルは、早速一つ目の神殿へ着いた。
聖女の訪れに喜ぶ神殿の神官達はベルを封印の安置された部屋へ通して驚愕する。魔王を封印している水晶玉に宿っていた黄金の光が、いつの間に失われていたのだと。プレガーレの大聖堂と同じだった。
ベルが水晶に祈っても光は戻らず、それでも聖女の巡礼は一つこなされた。神官もベルも釈然としないものの、慣れない旅で疲れた体を休められるようにと神殿の客室へ通され、ベルはすぐに寝入ってしまった。
そして見た夢はゼノのことだった。かつての兄だろうゼノと、現在のベルが探し求めているゼノの夢。
「レニーニに行かないと」
窓の外はまだまだ暗い。夜明けが遠くともベルは寝ていられなかった。兄に追い付きたい。会って話をして、あの女から引き離さねばならない。
頭の奥で誰かがそう、囁いている気がした。
「もうすぐレニーニの神殿に着くわ」
「レニーニ……宿場町があるんだったか。外に出ないからあんまり覚えてないんだよな」
「そうよ。レニーニは東のバルトリ王国との関所が近いから巡礼以外にも行商人や観光客がやって来る。賑わっているのよ」
現在のプレガーレは大きく開かれている。関所を越える旅券は必要だが、手続きさえきちんと踏めば他国からの客を招き、行商も歓迎する。他の国もそうだ。
「時代は変わったんだな」
ぽそりとした呟きはゼノらしくない。けれどそう、自然と思ってしまった。
「ジジ臭いわよ」
「…………うん。そうだね。変だな、俺」
辻馬車の外は日が高く昇っている。初めに乗り込んだ神殿を発ってから、いくつか農村などを経由して休息を取りつつ新しい乗客を拾い、車内に設けられた椅子はすっかり埋まっていた。
レニーニはプレガーレ程ではないが、賑わいの大きな町だった。宿場町だけあり宿の数も多い。大通りには様々な店が建ち並び、どこも繁盛している様子だ。
「宿を取って休みましょうか。馬車に乗ってばかりで疲れが取れてないでしょう」
ラウラの提案に頷き、ゼノが部屋を取ったのは大通りから少し外れた宿だった。
二部屋取るのかと思えば「影に隠れるから私の分はいらないわ」と言われ、人型を失ったラウラはゼノの影に溶けた。
「旅費の節約?」
「それもあるけど、私は目立つから。こういう場所ではあまり人の記憶に残りたくないのよ」
ゼノのように外見的な特徴のない若い男が一人で旅をしていても、特に悪目立ちはしない。そんな男はそこら辺に山といる。
対してラウラは白い髪に赤い瞳の美しい女の姿をしている。自然と人の目にとまるだろう。
旅する若い男女二人組というのも他とは少し違って見える。その少しの違いが人の記憶に残るのだ。
宿が取れたゼノは早速部屋に向かう。窓の外は赤らみ始め、もうじき夜を迎える。
「神殿へ行くのは明日にして、今日はゆっくり休みなさい」
影に隠れたままのラウラからそう言われ、寝支度を整えていくゼノは翌日に待ち受ける再会も知らず、穏やかな眠りにつく。夢は見なかった。
迎えた翌日。ゼノは宿を出ると早速神殿へ向かった。往来には何かあったのか楽しげに話し込んでいる人々が多い。
「神殿の中にさ、転移して入り込んだらいいんじゃないか?」
人々の噂話に掻き消されるように、ゼノは隣を歩くラウラへ提案した。
「やってみなさいな」
レニーニの町は神殿を中心に発展していった。町の何処にいてもその姿を見つけられる神殿、その奥へ入り込もうと魔力を集中させる。ラウラを伴ってゼノの姿は瞬く間にその場から消えるが、移動した先は神殿の奥ではなく、中ですらない。神殿の目の前に広がる舗装された道の端だった。
あまり遠くには飛べないからかと思い、もう一度転移を試みるが今度はそこから動かない。首を傾げるゼノに、ラウラは「認知出来てる範囲までしか転移出来ないのよ」と教えた。
「知ってる場所までってこと?」
「そう。魔術の才能があろうとも知らない場所へは行けないわ。わからないでしょう? 神殿の中がどうなってるのか。何処へ行けばいいのか」
昨日泊まった宿の部屋は二階で、窓から神殿の入口付近が見渡せた。今居る場所も自然と目に入り、知っていたから転移出来たのだろう。
「楽は出来ないってことよ。行きましょうか」
ラウラの赤い瞳が輝く。前を進み始めた背を追うゼノには町民達の噂話は聞こえていなかった。
「……聖女様がレニーニに向かってるらしいな」
「ひどく急いでるらしい。馬車を降りて数名の護衛だけ連れると、騎馬に相乗りしてここへ向かってるそうだ。相当鞭打ってるのかいつ着いてもおかしくないらしいぞ」
「何かあるのか? 魔王が復活でもするというのか……?」
ひそひそと囁かれるそれを肯定するように、レニーニの町には蹄の起こす地鳴りが迫っていた。
レニーニの神殿は観光資源の一つとして広く開放されている。門を潜れば美しく整えられた庭園に迎え入れられ、辺りを飾る花々が目と心を癒す。
神殿の中へ入ると広間の奥に、神へ祈りを捧げる祭壇が用意されている。祭壇には巨大な女神像が微笑み、その背後に控えるステンドグラスが神秘性を高めている。信仰に疑問を持ち始めたゼノですら、神々しさを感じた。
信徒達は祭壇の手前へ並ぶように立ち、一心に祈りを捧げている。前を行くラウラはその中へ入ることはなく、広間の脇にある扉へ足を進めた。
扉の先は通路が続き、警備の神官はラウラによって無力化される。角を曲がった先には地下へ繋がる階段があり、ラウラは迷いなく降りていく。黙って後へ続くゼノだが、胸騒ぎのような、何とも言えない予感を覚えた。
地下の回廊を進むと大きな扉が見えてくる。縦に長い両開きの扉の鍵穴へ、影になったラウラが潜り込むとカチリと音が鳴った。鍵を開けたのだ。
扉を開くと上層階と同じような、女神像を祀る祭壇のある広間になっていた。人気の全くない祈りの間は静寂に包まれ、より厳かな雰囲気を醸し出している気がした。
「ゼノ」
ラウラに呼ばれ、何かと目で尋ねると白い手が伸ばされ、広間の隅の扉を指す。
「あの扉の先に封印がある。鍵は掛かっていない筈よ。行きなさい」
「ラウラは?」
「私はここで待つわ。気にしないで」
何故とは聞かず、ゼノは言われた通りに一人で扉へ向かった。そこにどんな理由があろうと、ラウラの考えなのだと納得していた。信用、信頼の表れだった。
広間とは一変、扉を開けると狭い小部屋になっていた。石彫りの台座の上には黄金に輝く水晶が安置され、ゼノが手で触れる。
瞬間的に膝が崩れ、意識を失い倒れる体を大きな手が支える。その異変に気付くことなく、ゼノは夢を見ていた。
国王陛下の御座す謁見の間。玉座を前にゼノは対峙していた。
黒く長い髪を魔力を帯びた風に靡かせ、血のように赤い瞳で自分を見つめる男。ゼノの喚び出した救世の悪魔。
「気紛れに人を助けてみたが……つまらん。やはり俺が求めるのは甘ったるい愛だの恋だの、そんなものではなかったようだ。死ぬがいい。悪魔を下したと思い上がる愚か者どもめが」
関心が消えた様子で吐き捨てる悪魔を、ゼノは曇った表情で見つめる。
「何を……」
「人の王よ。悪魔を侮った罪を知り、罰を受けるといい」
そう言い終わるや、謁見の間に影が生まれた。黒く蠢く異形の影は悲鳴を上げる国王へ襲い掛かるが、警備の騎士が立ち塞がり応戦し始める。
「ハウレス、貴方は……!」
「気安く呼ぶな。木っ端魔術師ごときめが」
いつもなら熱情たっぷりに自分を見つめた赤い瞳は氷のように冷たく、鋭利に突き刺さる。それでも逃げるわけにはいかない。
「この命に変えようと、プレガーレは守ってみせる」
ハウレスを睨むゼノは言葉通り命を炉にくべてでも、ハウレスと戦った。永い眠りを代償に、悪魔も眠りにつかせたのだ。
「……封印は、ゼノがした……」
夢から覚めて溢れ出た呟きに返事があった。
「そうだとも」
「え」
聞き覚えのある、聞き慣れた、いつからか常に隣にあった声だった。ようやく意識が浮上し、ゼノの体を抱える誰かの存在に気付く。
閉ざされた瞼を開けると彼がいた。長い黒髪は夜闇のように艶やかで、血のように赤い瞳は一心にゼノを見つめている。
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