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魔王様と幼なじみ
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シュトリがそれを見つけたのは実家の近くにあった神殿の奥深く。
何もない古いだけの建物に興味を抱く者は少なかったが、シュトリは神秘的な雰囲気を気に入り、そこにはよく通った。偶然見つけた仕掛けを起動させてしまい、宝物庫への道を開いてしまった。
古びた宝石箱の中で静かに眠っていた黄金の腕輪。指の爪程の大きさの水晶が一つはめられただけのシンプルなそれを、シュトリは一目で気に入った。
手に取り、己の手首へはめた瞬間、全身に漲る魔力に驚く。
言い知れぬ万能感に包まれたシュトリの背に声がかかった。幼なじみの声だ。
シュトリの姉に焦がれ、彼女達の頼みからシュトリの面倒を見ている美しい男。
そんな姑息な手を使わずとも彼女達に愛を乞えばいい。けれど近しい男は知っているのだ。彼女達の本当の愛は、乞うては得られるわけもない。
飽きて放られる奴隷の姿は山程見た。彼女達の寵愛はうつろいやすい。そんなものに成り下がるくらいなら、愚弟の親友面をして彼女達の目に留まり続けていたいのだろう。
「シュトリ? どうしたんです? これ。こんな道ありましたっけ」
「……セーレ」
シュトリの何倍も強い魔力を持った幼なじみに、本来ならシュトリの魅了は通じない。抵抗されて終わる。
けれど今のシュトリは魔力に満ちている。姉すら越えてしまう程。
神殿の奥深くに隠された小部屋は暗く、闇の中から現れたシュトリと目が合うと、セーレは訝しむ目を向けてきた。けれどそれも一瞬で、シュトリは歩みを止めずにセーレへ近付く。
「シュトリ?」
不思議そうな声で名前を呼ぶ男の目を見つめ、魅了する。抱き着き、顔を寄せるシュトリに目を見開き、セーレは頬を染めた。
幼なじみに突然抱き着かれて抵抗もせず受け入れている様子に、やはり魅了が効いているのだと理解する。シュトリの行動は大胆になっていった。
「セーレ、好き」
耳元で囁く。固まるセーレの唇に自分のものを重ねる。
セーレとキスするのは初めてではなかった。
淫魔に生まれたシュトリは他者から精気を奪わなければ死んでしまう。幼い頃は姉が奴隷のものを分け与えてくれていたが、それを知ったセーレが自ら捧げ出た。わかりやすいポイント稼ぎだ。
いつまでも姉のおこぼれにすがって生きていた。男一人満足に捕まえられない。弱くて使えない落ちこぼれ。
誰に言われるまでもなく、そんなのシュトリがよくわかっている。けれど、今この瞬間からそれは変わるのだと。身の内に宿った魔力が主張する。
今、まさしくこの瞬間。シュトリを踏み台にしてきた男は、シュトリの力で操られているのだから。
淫魔は他者との接触によって精気を奪う。それまでセーレからはキスによって精気を分け与えてもらっていた。体を繋げる必要はなかった。
セーレはシュトリに誘われるがまま、シュトリの孔に滾った肉棒を突っ込んでいた。盛りのついた犬のように腰を振って、シュトリの肉をかき分けて、快楽を追っている。
魅了された彼の目にはシュトリではない誰かが映っているのだろう。シュトリの名を呼んでいても、彼の中ではシュトリではない名前が叫ばれている。そう、気付くことも出来ないままに。
初めて男を受け入れているというのにシュトリの体は痛みもなく、ただただ喜んだ。自分の中で暴れ回る男を抱き締め包み込む。気持ちがいいと甘く鳴き、自身のものから体液を垂れ流す。
「はひっ♡ あへっ♡ ぎもぢぃっ♡♡ せーれっ♡ せーれしゅきぃぃい♡♡♡」
「シュトリ……あぁシュトリ……!」
悲しいけれど好きだった。下心があれど家族以外でシュトリに構ってくれたのはセーレくらいだった。
けれどシュトリでは紛い物にすらならない。
シュトリはただ――。
「シュトリ、起きろって」
「……んぇ」
体を軽く揺すられ、シュトリの意識は覚醒した。あたたかい体にもたれて眠り込んでいたらしい。そんなこと許してくれるのはセーレかヴィネか。
「シュトリ?」
けど声が違った。聞き馴染みはないのに、優しい声だ。
ゆっくりと瞼を開けると、金茶の髪と空色の瞳が見えた。寝惚けた頭がここは何処で彼が誰かを思い出す。
セーレもヴィネもいるわけがない。
「……れじー」
「起きたか。ジーンがシチュー作ってくれたから食べよう。……魔物も、飯食えるよな?」
大した栄養素にならないだけで食事は問題なく出来る。頷くと逞しい腕がシュトリの体を持ち上げた。運んでくれるらしい。
天幕の外はすっかり暗くなり、すぐそばに起こされた焚き火にかけられた鍋からはいい匂いが漂ってくる。
「口に合うかわからないけど」
そう言って皿によそわれたシチューはとても美味しかった。素直にそう言うとジーンが笑う。その隣のアーロンはもっと嬉しそうに笑った。奥さんの料理を喜ばれて嬉しかったのだろうか。
微笑ましい光景だと思った。
食事を済ませ片付けも終われば、後は夜を明かすだけになる。夜間の見張りはレジーとアーロンが交代で行っているらしい。焚き火の側に座るレジーの横に、シュトリも何となくくっついていた。
「ずいぶん懐いたな。俺が気に入った?」
軽く笑われながら問われ、その通りなので頷く。
レジーもアーロンもジーンも、シュトリに優しく接してくれる。何も持たず何も出来ない、『魔王』ですらないシュトリを。
貧相で身寄りのない弱者への同情や憐憫だとはわかっていても、優しくされれば嬉しい。腕輪をなくしてからというもの、以前の卑屈な思考が戻ってきているが、それが現実だから仕方ない。
「……あと三つほど町を過ぎたら、あいつらの故郷に辿り着く。山奥の田舎だそうだ」
ぽつぽつとレジーが語り始める。焚き火を眺めながら、シュトリは黙って聞いていた。
「彼らを送り届けたら、俺は……俺もあてがなくなる。特に目的もない。ああ、まぁ金は稼ぐかな。それ以外は足の向くままに旅をする」
一緒に来るかと尋ねられ、頷いた。
「拾ったら、まぁ、最後まで面倒見ないとな」
正義感でも責任感でも、何でも良かった。
考えなしに飛び込んだ見知らぬ世界で一人になるより、誰かに傍にいてほしかった。
この世界に来る前から。もっとずっと前から。ただそれだけだった。
「なんで人間界なんかにいるんだ?」
純粋な疑問。そういったニュアンスの呟きだった。
「……腕輪を壊してまで人間界に行きたかった? 帰れやしないのに? 何かあるのか? うん、シュトリはわかんねぇなぁ」
わからないならシュトリに聞いてみたらいい。シュトリが人間界にいるのなら、自分が会いに行けばいい。
『シュトリから賜った領地』は元々部下に任せっきりだが、有能な彼らは問題なく管理している。主の力を知る彼らが謀反を起こすこともなく、起こしたとしても瞬く間に奪い返せばいいだけだ。
「うん。シュトリに会いに行こ。最近セーレが引っ付いてばっかでつまんなかったし」
幼なじみだからといって調子に乗っている男。けれどいさかいを起こせばシュトリの不興を買う。思考だけで頬を膨らませる男は、大きな鏡を見ていた。
鏡にうつるのは男の端正な美貌ではなく、夜闇の中で火に照らされ、見知らぬ人間と睦まじく何かを語る伴侶の姿だった。
何もない古いだけの建物に興味を抱く者は少なかったが、シュトリは神秘的な雰囲気を気に入り、そこにはよく通った。偶然見つけた仕掛けを起動させてしまい、宝物庫への道を開いてしまった。
古びた宝石箱の中で静かに眠っていた黄金の腕輪。指の爪程の大きさの水晶が一つはめられただけのシンプルなそれを、シュトリは一目で気に入った。
手に取り、己の手首へはめた瞬間、全身に漲る魔力に驚く。
言い知れぬ万能感に包まれたシュトリの背に声がかかった。幼なじみの声だ。
シュトリの姉に焦がれ、彼女達の頼みからシュトリの面倒を見ている美しい男。
そんな姑息な手を使わずとも彼女達に愛を乞えばいい。けれど近しい男は知っているのだ。彼女達の本当の愛は、乞うては得られるわけもない。
飽きて放られる奴隷の姿は山程見た。彼女達の寵愛はうつろいやすい。そんなものに成り下がるくらいなら、愚弟の親友面をして彼女達の目に留まり続けていたいのだろう。
「シュトリ? どうしたんです? これ。こんな道ありましたっけ」
「……セーレ」
シュトリの何倍も強い魔力を持った幼なじみに、本来ならシュトリの魅了は通じない。抵抗されて終わる。
けれど今のシュトリは魔力に満ちている。姉すら越えてしまう程。
神殿の奥深くに隠された小部屋は暗く、闇の中から現れたシュトリと目が合うと、セーレは訝しむ目を向けてきた。けれどそれも一瞬で、シュトリは歩みを止めずにセーレへ近付く。
「シュトリ?」
不思議そうな声で名前を呼ぶ男の目を見つめ、魅了する。抱き着き、顔を寄せるシュトリに目を見開き、セーレは頬を染めた。
幼なじみに突然抱き着かれて抵抗もせず受け入れている様子に、やはり魅了が効いているのだと理解する。シュトリの行動は大胆になっていった。
「セーレ、好き」
耳元で囁く。固まるセーレの唇に自分のものを重ねる。
セーレとキスするのは初めてではなかった。
淫魔に生まれたシュトリは他者から精気を奪わなければ死んでしまう。幼い頃は姉が奴隷のものを分け与えてくれていたが、それを知ったセーレが自ら捧げ出た。わかりやすいポイント稼ぎだ。
いつまでも姉のおこぼれにすがって生きていた。男一人満足に捕まえられない。弱くて使えない落ちこぼれ。
誰に言われるまでもなく、そんなのシュトリがよくわかっている。けれど、今この瞬間からそれは変わるのだと。身の内に宿った魔力が主張する。
今、まさしくこの瞬間。シュトリを踏み台にしてきた男は、シュトリの力で操られているのだから。
淫魔は他者との接触によって精気を奪う。それまでセーレからはキスによって精気を分け与えてもらっていた。体を繋げる必要はなかった。
セーレはシュトリに誘われるがまま、シュトリの孔に滾った肉棒を突っ込んでいた。盛りのついた犬のように腰を振って、シュトリの肉をかき分けて、快楽を追っている。
魅了された彼の目にはシュトリではない誰かが映っているのだろう。シュトリの名を呼んでいても、彼の中ではシュトリではない名前が叫ばれている。そう、気付くことも出来ないままに。
初めて男を受け入れているというのにシュトリの体は痛みもなく、ただただ喜んだ。自分の中で暴れ回る男を抱き締め包み込む。気持ちがいいと甘く鳴き、自身のものから体液を垂れ流す。
「はひっ♡ あへっ♡ ぎもぢぃっ♡♡ せーれっ♡ せーれしゅきぃぃい♡♡♡」
「シュトリ……あぁシュトリ……!」
悲しいけれど好きだった。下心があれど家族以外でシュトリに構ってくれたのはセーレくらいだった。
けれどシュトリでは紛い物にすらならない。
シュトリはただ――。
「シュトリ、起きろって」
「……んぇ」
体を軽く揺すられ、シュトリの意識は覚醒した。あたたかい体にもたれて眠り込んでいたらしい。そんなこと許してくれるのはセーレかヴィネか。
「シュトリ?」
けど声が違った。聞き馴染みはないのに、優しい声だ。
ゆっくりと瞼を開けると、金茶の髪と空色の瞳が見えた。寝惚けた頭がここは何処で彼が誰かを思い出す。
セーレもヴィネもいるわけがない。
「……れじー」
「起きたか。ジーンがシチュー作ってくれたから食べよう。……魔物も、飯食えるよな?」
大した栄養素にならないだけで食事は問題なく出来る。頷くと逞しい腕がシュトリの体を持ち上げた。運んでくれるらしい。
天幕の外はすっかり暗くなり、すぐそばに起こされた焚き火にかけられた鍋からはいい匂いが漂ってくる。
「口に合うかわからないけど」
そう言って皿によそわれたシチューはとても美味しかった。素直にそう言うとジーンが笑う。その隣のアーロンはもっと嬉しそうに笑った。奥さんの料理を喜ばれて嬉しかったのだろうか。
微笑ましい光景だと思った。
食事を済ませ片付けも終われば、後は夜を明かすだけになる。夜間の見張りはレジーとアーロンが交代で行っているらしい。焚き火の側に座るレジーの横に、シュトリも何となくくっついていた。
「ずいぶん懐いたな。俺が気に入った?」
軽く笑われながら問われ、その通りなので頷く。
レジーもアーロンもジーンも、シュトリに優しく接してくれる。何も持たず何も出来ない、『魔王』ですらないシュトリを。
貧相で身寄りのない弱者への同情や憐憫だとはわかっていても、優しくされれば嬉しい。腕輪をなくしてからというもの、以前の卑屈な思考が戻ってきているが、それが現実だから仕方ない。
「……あと三つほど町を過ぎたら、あいつらの故郷に辿り着く。山奥の田舎だそうだ」
ぽつぽつとレジーが語り始める。焚き火を眺めながら、シュトリは黙って聞いていた。
「彼らを送り届けたら、俺は……俺もあてがなくなる。特に目的もない。ああ、まぁ金は稼ぐかな。それ以外は足の向くままに旅をする」
一緒に来るかと尋ねられ、頷いた。
「拾ったら、まぁ、最後まで面倒見ないとな」
正義感でも責任感でも、何でも良かった。
考えなしに飛び込んだ見知らぬ世界で一人になるより、誰かに傍にいてほしかった。
この世界に来る前から。もっとずっと前から。ただそれだけだった。
「なんで人間界なんかにいるんだ?」
純粋な疑問。そういったニュアンスの呟きだった。
「……腕輪を壊してまで人間界に行きたかった? 帰れやしないのに? 何かあるのか? うん、シュトリはわかんねぇなぁ」
わからないならシュトリに聞いてみたらいい。シュトリが人間界にいるのなら、自分が会いに行けばいい。
『シュトリから賜った領地』は元々部下に任せっきりだが、有能な彼らは問題なく管理している。主の力を知る彼らが謀反を起こすこともなく、起こしたとしても瞬く間に奪い返せばいいだけだ。
「うん。シュトリに会いに行こ。最近セーレが引っ付いてばっかでつまんなかったし」
幼なじみだからといって調子に乗っている男。けれどいさかいを起こせばシュトリの不興を買う。思考だけで頬を膨らませる男は、大きな鏡を見ていた。
鏡にうつるのは男の端正な美貌ではなく、夜闇の中で火に照らされ、見知らぬ人間と睦まじく何かを語る伴侶の姿だった。
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