魔王様の異世界逃亡生活

鳫葉あん

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魔王様拾われる

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 シュトリは人の世界に降りた。文字通り。
 よく晴れた青空。地上から遠く離れた空中に突如として現れた体は重力に従う。
 腕輪の酷使によって魔力を使い果たしたシュトリには、自分を助ける力すら残っていない。

「……私、結局死ぬのかぁ」
「キュー!!!」
「いいよ、いいよ。こんな高さじゃお前だって無事で済まない。胸元においで」

 可愛いエリザベスが死ぬのは可哀想だと、焦る小さな体を胸元へ寄せる。薄っぺらいシュトリの体でもクッションにはなるだろう。
 空から放り出されるままに落下するちっぽけな体は、本当なら地面に打ち付けられて終わっていた筈だった。


「おい、あれ!」
「えっ、人ぉ!?」
「ジーン!」

 誰かの声が聞こえたかと思えば、落ちていく体が優しい何かに包まれる。風の魔力を感じ取り、それによって落下速度を急激に落とされているのだと理解する。
 ゆっくりと降り立ち、魔力の主を探せば人間の姿があった。

「大丈夫か?」

 一番初めにシュトリに気付いて声を上げた青年が駆け寄ってくる。姉や伴侶だった者達によって目の肥えたシュトリからしても、端正な顔立ちだと見惚れるような男前だ。
 その後ろから青年より大柄な男と、美しい女性が向かってくる。女性の顔が険しい。

「えっと、あの……」
「貴方、魔物でしょう」

 女性が確信を持った様子で言うと、男が身構える。慌てて敵意がないことを表すように、シュトリは両手を上げた。

「魔物だけど人を襲うとかそういうつもりはないです!」
「……まぁそうでしょうね。魔物にしては魔力が……ホントにないわね。レジーよりマシな程度だわ」
「レジー?」
「ああ、俺だよ。俺の名前」

 傍観していた青年が己を指差す。

「こっちのデカいのはアーロン。君を助けた凄腕魔術師はジーン」

 大男と女性の名を明かしていく。反射的にシュトリも名乗ると、青年はシュトリに向き合った。

「シュトリはどうして空から落ちてきたんだ?」

 当然の疑問だ。偽る理由もないので答える。

「ええと、私は魔界に住んでいたんだけど、ちょっと調子に乗っちゃって、殺されそうになって……怖くて人間界に逃げたら、転移した場所があんな上空で……こうなりました」

 シュトリの言葉に三人は顔を曇らせる。

「魔界ってきっと恐ろしくて野蛮な所なんじゃない? この子、奴隷か何かで失敗でもして逃げたんじゃないの?」
「おお、ジーンもそう思うか」
「俺にも悪い奴に見えないし、仮に何か企んでいたとしても……」

 何やら好き勝手に言われている。レジーの最後の言葉は濁されていたが頭の良くないシュトリにだってわかる。

(……まぁそりゃあ、この人達ならすぐに殺せるよね)

 魔界で多くの戦士を見てきたシュトリにもわかる程の強者が二人。そして美しい魔術師の魔力は腕輪なしのシュトリでは敵いようもない。
 彼らが魔物であるシュトリを退治しようとすれば、一瞬で殺されるだろう。

「……私を殺すのか?」

 シュトリの問いに三人は首を振った。

「悪さをするつもりがないなら、そんなことしないわ」

 ジーンの言葉に頷く。ただ逃げたかっただけで企みはない。まともな考えすらないのだ。

「シュトリはこれからどうするんだ? 何かあてはあるのか?」

 レジーの問いに頭を振る。完全に思いつきの無計画でやって来た世界にあてなんかある筈もない。

「心配だし、俺と一緒に来ないか?」

 誘いに頷く。人間界はよくわからないし、彼らといれば避けられる危険もあるだろう。
 全ての人間が悪意のない魔物を放置するとは思えない。魔物であるというだけで殺される可能性はある。
 人間に管理されている――ように見えた方が、殺される可能性は下がるかもしれない。

「弱いなりに魔術は使えます。よろしくお願いします」
「キュッ」

 ぺこりと頭を下げたシュトリの頭の上に、いつの間にか這い上がっていたエリザベスが顔を見せる。

「キャッ! トカゲッ!」

 可愛らしい悲鳴を上げたのはアーロンだった。


 シュトリの落ちた場所は町と町を繋ぐ道だったらしく、レジー達の目指す町まで歩いて二日程の距離があるらしい。シュトリと共に歩みを進め、日が暮れる前に野営地を決めた彼らに従い、シュトリも働く。

「シュトリはどんな暮らしをしてたんだ?」

 レジーの天幕張りを手伝っていると尋ねられる。シュトリの動向を訝しんでいるというよりは、単純な興味だろう。

「えっと、母さんと姉さんと……幼なじみと、一緒に過ごしてたんだけど……ある日、すごいお宝を見つけたんだ」
「お宝?」
「持ち主の魔力を増幅させる万能器。それのおかげで魔界を自由に旅出来て。私、魔王にまでなったんだよ。お飾りだったけど」
「……魔王? ふっ、くくっ……」

 嘘偽りも隠し事もない、ただの事実は冗談だと受け取られたらしい。無理もない。魔力もなく見るからに貧相な体の魔物が王を名乗って信じる方がおかしい。

「……少なくとも、奴隷だったわけじゃないよ。奴隷はたくさん見たけど」
「魔界には奴隷が多いのか」
「んー……何というか、姉さん達の奴隷。姉さん達、綺麗だから、奴隷になりたがる奴が多いんだ。魔物だけじゃなくて、私と違って人間界に行き来しては、気に入った男を持ち帰って奴隷にしてたし」
「それはすごいな」
「うん! 姉さん達はすごいんだ」

 話しているうちに天幕を張り終わる。並んだ二つのうち一つにレジーが入っていく。かと思えば手招きされ、シュトリも中へ入った。

「シュトリは俺と一緒に使おう。荷物あったら置いとけ……ってないか」
「私とレジーで、あっちはアーロンとジーン?」
「うん。夫婦だからな、あいつら」
「えっそうなんだ」
「今の旅の目的はあの二人の故郷に行くことなんだよ。俺とあいつらは都で知り合って、わりと長く旅をして……二人がくっついて。旅をやめて故郷に戻るっていうから、送り届けてるんだ」
「……そっか」
「眠い?」

 微睡む意識の中、話はきちんと聞いていた。頷いてレジーの体にもたれかかるシュトリの体が抱き止められる。

「ジーンが夕飯作ってくれてるから、ちょっと寝てろ。天幕張りで疲れたもんな」

 うん、と頷いたつもりだが声は出ないし頭も動かない。閉じた視界同様、思考も閉じていく。
 体を包んでくれるあたたかいものは変わらない。安心感からすり寄り、無意識に名前を呼んだ。



「行方不明?」

 威厳に満ちた声が確認するように問いかけると、セーレは黙って頷いた。それを見て声の主は頭を抱える。
 魔界の中心地たる魔王の城の中。会議に使われる部屋に集まった男達は魔王の失踪をセーレから知らされていた。

「何を考えてるんだあいつは。ああ本当に……ふふっ」
「……阻害魔術でも使っているのでしょうか。魔界にシュトリの力を感じられませんね」

 理知的な声が不思議そうにしている。

「探せないのか」
「探知出来ないのなら本物の目で探すしかないでしょうね。出てこい、我が眷属達よ」

 理知的な声の呼びかけに応えるように、突如としてその場に数頭の小さな獅子が現れた。大人しく指示を待つそれらに、召喚主は仕事を教える。

「深海の底から竜の塒たる岩山の頂きまで。魔界の全てを駆け、僕のシュトリを探しておいで」

 命令の後に窓を開け放つと、獅子達は我先にと外へ駆け出していく。

「お前の猫ちゃん達が戻るまでは様子を見るか」
「猫じゃありません。獅子です。僕と同じ獅子です!」

 憤慨する理知的な声の持ち主は、確かに獅子の体を持っていた。

「怒るなよヴィネ。俺からしたら猫も獅子も可愛いものだ」
「だとしても! 言葉には気を付けることですね。そんなだから貴方はシュトリに嫌われるんですよ、バアル」
「俺は嫌われていない」
「嫌われてますよ。ねぇ? セーレ」

 話を振られてもセーレはすぐに反応出来ない。心がその場にないのだから。

「……大好きな魔王様がいないとこれか」

 はぁ、とわざとらしく大きなため息をつき、バアルは空席に目をやる。本来なら魔王が、バアルの伴侶が座っている筈のそこには誰もいない。

「そういえばベリアルはどうした?」
「召集はしましたが、来てませんね。まぁ彼がいてもまともな知恵は出さないでしょう」

 難儀なものだと思いながら、時間だけは過ぎていく。ひとまず様子見、魔王の失踪は伏せ、可能な範囲で捜索する。

「セーレ。お前もシュトリから賜った領地があることを忘れるなよ」
「……それは、忘れてなんて……おりません」

 すぐにでもシュトリを捜索したいだろうセーレに釘を刺し、彼らの議会は終わった。
 誰一人、シュトリへの憎悪を滾らせる者はいなかった。
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