隣の政宗くん

鳫葉あん

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出会い

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  月波丁つきなみ あたるは齢三歳にして天使に出会った。勿論比喩である。
 丁の生まれた家は父方祖父母の暮らす二階建ての一軒家。祖父母と両親、五歳になるまでは子供は丁一人の五人家族で、その後妹が生まれた。隣の敷地には綺麗な一戸建ての家があるが、人の出入りはなかった。三歳の春を迎えるまでは。

 忘れもしないその日。丁の家のチャイムが鳴った。画用紙に絵を描きながら、インターホンに出る母の声を聞く。何やら相槌を打って、それはどうも、とインターホンを切った母が玄関に向かうのを見て、丁も付いていった。

「初めまして。お隣に越してきた日下部と申します」

 扉を開けると、純日本人らしい色彩の丁の家族と違い、金髪碧眼の綺麗な女の人が笑顔を浮かべて流暢な日本語でそう挨拶した。母も丁寧にお辞儀をして挨拶を返す。
 そのまま話を始めた二人の足元で、その子と丁も目を合わせた。母親だろう女性と同じ、眩しい金髪と澄んだ海のように綺麗な目をした幼い子供はまさに天使のように愛らしく、丁は一目で好きになった。

「あの、ぼく、つきなみあたる」
「…………べ……ね」

 丁の拙い自己紹介に天使は何か言葉を返してくれたけれど、声が小さくて聞き取れなかった。もう一度言ってくれと頼むと、天使の頬が赤く染まる。

「くさかべっ! まさむねっ!」

 目一杯大きな声で名前を教えてくれた天使が男の子だとわかっても丁に落胆はなく、同性同年代の友達が増えたと喜んだ。

「まさむねくん、あそぼう」
「丁、急に悪いわよ。日下部さんにも都合があるわ」
「そうね。また今度政宗と遊んでくれる?」

 宥める大人に頷いてその日は諦める。残念に思う丁と同じ顔をした政宗と目が合って、嬉しくなった。
 近所への挨拶回りへ戻っていく親子を見送り、丁は政宗へ精一杯手を振った。政宗も短い手を思いきり振って返してくれる。

「随分とあの子が気に入ったのねぇ」
「うん! あんなきれいなこ、てれびいがいでみたのはじめて!」
「そうねぇ。アンジェリカさんも凄く綺麗だしねぇ。日本語もあたしより上手いんじゃないかしら」

 アンジェリカさんは政宗のお母さんで、生まれも育ちもアメリカらしい。政宗のお父さんが仕事でアメリカに赴任し、現地で知り合い結婚し、赴任期間が終わったので日本で暮らすことになったそうだ。小さな頃に母から聞いた。
 大手企業に勤める商社マンと美しい妻、愛らしい子供の一家は良くも悪くも注目され、話題になった。今思えば外国人というだけで物珍しさから遠目で見られたり、何か噂を立てられていたのかもしれない。
 能天気な丁と母はそんなことよくわからず、会えば挨拶や世間話をするし、子供同士の交流からアンジェリカが月波家に遊びに来るのが増えていった。嫁と良好な関係の祖父母もアンジェリカと政宗を気に入り、家族ぐるみの付き合いになった。
 月波一家とアンジェリカの人柄もあるが、丁と政宗がとんでもなく仲良しになったのが大きかっただろう。

 丁は外で走り回ったりボール遊びをするよりも、家の中でお絵かきをしている方が好きだった。画用紙にクレヨンでお気に入りのキャラクターを描いていく。

「まんじゅうマンだ」
「まさむねくんもまんじゅうマンみるの?」

 まんじゅうマンとは全身が饅頭で出来たアニメキャラクターで、サイキンマンという全身が細菌で出来た、人を困らせることが大好きな困ったキャラクターの悪戯から町の皆を守る正義のヒーローだ。という子供向けアニメの主人公である。

「うん。アメリカでおとうさんがみせてくれた。おれ、アニメとマンガでにほんごおぼえたから」

 丁と一緒で政宗は同い年で、趣味が合った。二人共室内遊びの方が好きだった。大きくなると遊び道具にゲームが増え、読む漫画も増えていく。

 政宗と丁は同じ幼稚園に入った。お揃いの制服を着て、お隣だから送り迎えのバスも一緒に乗る。いつだって、どこに行くにも二人は一緒だった。
 丁は特に目立つものはないけれど政宗は周りの子供には奇異に映った。髪と目の色が明らかに違うということは、小さい彼らには異常でしかなかった。
 いじめとまではいかないが遠目に見られたり、からかわれることはあったらしい。政宗は小柄で女の子のように可愛らしいけれど、中身は元気な男の子だ。からかわれても泣いたりしない。むしろ蹴飛ばしに行く。
 何か言ってきた男の子のお尻を蹴り、次の日にその子の母親が園まで文句を言いに来た上にアンジェリカまで呼び出しを食らい、口でからかっただけの相手に手を出した政宗は母と共に謝ることになった。
 話を聞いた丁は先に仕掛けた方が悪いと怒ったけれど、政宗はちょっと落ち込んだ顔で首を振った。

「ぼうりょくはだめだな。げんごろうもせいとうぼうえいになるようにうごけっていってた」

 少年漫画の師匠キャラクターの名言だった。
 政宗はこの頃から既に幼いながらも漫画を理解し、感化されていた。


「やっぱ健太郎はかっこいいよなぁ!」

 青い瞳を輝かせて異能力バトル漫画の単行本を読みながら同意を求めてくる幼馴染みに、丁は頷きを返した。
 小学校の高学年になると政宗は遺伝子的なものなのか、手足が伸びた。平均身長をキープするのに必死な丁と頭一つ分以上も違う。背の順整列は常に一番後ろだ。
 中学年辺りまではここまで大きな違いはなかった。綺麗な顔立ちは相変わらずで、今までは美少女のような美少年だったが、今は少女らしさはなくなった。はっきりと男だとわかる美しさを持っていた。
 丁と政宗の関係はあまり変わらないけれど、学友達の政宗への対応は年を重ねるにつれ変わっていった。
 幼い頃は奇異な存在である政宗に対し、男女共に子供の純粋さで悪意のない嫌がらせをすることが多かった。当の本人は何かするなら丁と一緒で、周りを見ていなかった。
 中学年になると女子は色めき立った視線を向ける者が現れ始め、男子は妬むか、奇異を奇異と思わなくなる。政宗に友達面をして話しかけるようになった。
 そしてゆっくりと変貌した高学年。一人の女子が政宗に告白すると、他の女子も列を成した。少しずつ、でも確実に情緒が育まれ、幼いながらにしっかりと恋を抱き始めていた。

「オレ、優しくて可愛くて人のこと傷付けたりしない、オレのことを誰よりもわかってくれる子しか無理だから」

 政宗は全員にそう言って断る。食い下がる相手には「オレのことわかってないじゃん」と突き放す。

「何の漫画のヒロイン?」
「…………教えない」

 優しくて可愛くて平和主義なヒロインは結構メジャーでベターな設定なので数が多い。誰のことかと尋ねる丁に、政宗はぶすくれた表情を見せた。


 中学生になるとスクールカーストが生まれる。パリピは最上位で王様女王様面して、陰キャは底辺で目立ないようひっそり暮らすのだ。偏見である。
 丁はどちらかと言わずとも後者だった。ゲームのし過ぎで落ちた視力を補う眼鏡、部活は美術部という名の二次元愛好部。ルックスは痩せ型のおかげで悪目立ちしないのだが、隣には常に光り輝く最強の陽キャ(外見)がいる。政宗である。
 中学入学当時から政宗は色んな人に目を付けられた。まず目を惹く金髪で一部の上級生には生意気な後輩認定、生徒指導役を務めるガタイのいい体育教師に一目見られただけで「入学初日から染めてくるとはどういうつもりだ!」と耳を引っ張られ怒鳴られていた。
 日下部政宗という日本人らしい本名とハーフの美少年が初見でイコールになることの方が珍しい。傍にいた丁が懸命に地毛であることを証言し、事情を知らされている政宗の担任もハーフであることを話し、体育教師は納得した。
 だが先輩達にはそんなこと関係なかった。金髪で顔がいい粋がっている後輩と認識し、入学早々体育館裏へ呼び出された政宗は――それはもう、楽しそうというか楽しみだといった様子で笑っていた。
 政宗は幼稚園に入ったあたりから、父の勧めで護身術を習い始めた。目立つ外見の息子に不審者が近付いても自分を守れるように、という親心であった。

「メンマのしゅぎょうみたいでたのしい」

 人気の格闘漫画がよく行う修行回に憧れていた政宗は護身術教室に根気よく通い、小学校に上がると空手教室に通い出した。
 不良ではないし理不尽な暴力は忌避するが、自分の身に付いた力を試したい――つまり、正当防衛の機会を狙っていた。が、自分を過信せず丁という保険もかける。
 机に残された置き手紙で上級生からの呼び出しと政宗の企みを知った丁は職員室へ走った。件の体育教師を含めた若い教師数人を連れて体育館裏へ走る。もし政宗がボコボコにされているとしたら、一刻も早く助けなければならない。
 向かった先には十数人の生徒が倒れる中、一人佇む政宗の姿だった。体育教師の姿を見た政宗が叫ぶ。

「正当防衛です!」

 お咎めは説教三十分で済んだ。先輩達は一時間だったらしい。
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