隣の政宗くん

鳫葉あん

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芽生え

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 中学生になっても丁は相変わらず絵を描くのが好きだった。
 美術部に入ったのもその延長のつもりだった。キャンバスとまではいかなくともスケッチブックに石膏像のデッサンをするとか、校庭で写生だとか、そういう部活動だと思っていたら実際は漫画を描いたり買った漫画や小説の感想を言い合ったりしていた。
 部員の割合は女子が多いが趣味が似ているからか性別による会話の垣根はない。秘密の話がしたい場合は広い美術室の隅に寄り合い、何やらこそこそ話しているかと思えばきゃあきゃあ奇声を発している。
 何の話なのかと聞くと「言えなぁい」「ひみつひみつ」と濁される。多分ろくなものではない。
 顧問は殆ど部活に顔を出さず、部長が仕切る……というか帰宅時間が近付いたら声をかけて帰りを促し、美術室を施錠する。秋の文化祭で展示する作品を用意しておけばいいと言われ、そのうち風景画でも描いてみればいいかと思っている。
 机の上に広げた安くて分厚いクロッキー帳に、シャープペンシルで描いていく。モノクロではわからないけれど丁の頭の中では鮮やかに色付けられたキャラクター。構想する漫画の主人公だ。

「……ふーん? かっこいいじゃん」

 突然背後から聞こえた聞き慣れたイケボに驚く。振り向くとそこには政宗が立っていた。
 政宗は恵まれた体躯に目を付けられ、運動部からの勧誘が殺到した。身長が大きく関わるバレーボール部とバスケットボール部は特に熱心に話をし、心打たれた政宗はバスケを選んだ。
 否、バスケ漫画にハマって中学はとりあえずバスケを選んだだけだった。

「えっ何でいるの……」
「今日は体育館使えないんだと。グラウンドで走り込みするにしてもサッカー部とかの邪魔になるから休みになった。で、それ何?」

 それ、と指差すのはクロッキー帳に描かれた少年である。整った顔立ちはどこか。

「まっ……漫画のキャラクター……」
「何の漫画?」
「僕の……考えてる漫画」
「やっと漫画描くのか!? はやく描いて見せろよー」
「……いつか描き上がったらね」

 美術部は部外者の立ち入りは特に禁止しておらず、趣味の合う人なら歓迎していた。政宗は最初こそ目を惹くが、いても丁と話をするくらいなので実質無害だった。
 二人の世界を作り出し、そのまま会話を続ける丁達は部員の視線に全く気付かない。気にしていない。

「……陽キャ×陰キャ最高か」
「幼馴染み属性もあるよ」
「美形×平凡しか勝たん」

 室内の隅で繰り広げられる談義など露程も知らず。


 丁にはぼんやりとしたした夢があった。小さな頃からお絵かきが好きで、漫画も好きで、そうなると漫画家になりたいと思い描く。さらにそこにもう一味。
 大好きな幼馴染みをモデルにしたキャラクターを魅力的に見せられる漫画を描きたい。擬似的にでも彼をたくさんの人に知ってほしい。いつしかそう思うようになっていた。
 ハーフのイケメンで優しくて格好良くて強い。かなり盛られた設定だが、少年漫画では没個性だ。埋もれてしまう。

「……少女漫画!」

 天啓だった。少女漫画に明るくはないが、とにもかくにも格好いいイケメンが必須だろう。設定なんてどちゃくそに盛って盛りまくるものな筈。
 自室で落書きをしていた丁は慌てて妹の部屋へ向かった。五つ年の離れた可愛い妹の菜穂は丁の妹らしく漫画もアニメもゲームも大好きだ。
 少女漫画を見たいと頼むと、にこにこしながら渡してくれた。

「これとこれならこっちのほうがなほはすき」
「そっか。すぐ返すから、ありがとうね」
「なほ、なんかいもよんでるからいいよ。ゆっくりよんでね」

 丁の少女漫画研究が始まった。当初は心配していたが予想以上にハマった。
 イケメンヒーローの行動に感心したりヒロインとのすれ違いにやきもきしたり。横恋慕するライバル役に掻き回されれば展開にハラハラし、いざ結ばれれば良かったと胸を撫で下ろす。
 菜穂から数冊借りた物だけでも少女漫画のお約束的なものは掴めた。理想のヒーロー像もわかった。
 机の中から取り出した一冊のノート。表紙の少し傷んだそれは丁の思い付いたアイディアが事細かに記し残されている。ページをめくり新たに生まれた構想を書き込んでいく。
 いつになるかわからない。けれどいつか必ず書き上げられるように、思い付いた物を寸分も漏らさないように。


 丁が中学生らしい若さに満ちた夢を持つように、政宗にも夢がある。それも複数。一つはほぼ確実に実現させる夢だけど、もう一つは自分の将来なりたいものだ。

「オレ声優になる」

 中学三年の夏、政宗が丁の部屋に遊びに来た。いつものように勉強しながら雑談をしていると、何かの拍子にそう言われた。
 一瞬きょとんとしたものの、すぐに「いいんじゃない」と返す。とっくに声変わりを迎えた政宗は確かに声優になったらウケそうな美声の持ち主だ。歌も上手いし演技も出来る。

「でも大学は行きなよ。政宗は色々恵まれてるけど、それでも声優になれるのなんて一握りなんだから」
「それはわかってる。父さんにも言われた」
「……僕は漫画家になりたい。あの、その……政宗みたいな奴が活躍する漫画、描きたいんだ」

 思わず自分のことも話す。ちらりと見上げた幼馴染みの顔は何だかにやついていた。

「何だよ」
「いや? 別に。はやく漫画描けよ。それでデビューして、アニメ化するくらい人気になれよ」

 そうしたらオレが主役を演じてやる。
 不遜なようで、丁の希望を完全に叶える夢だった。そうなればいいのに、と。
 そうなった。


 丁と政宗は家から電車で三駅の所にある進学校に揃って入学した。丁の頭では若干厳しく思えたが、丁より必死な様子の政宗に扱かれまくって受験勉強に励んだ結果無事に合格出来ていた。
 高校、大学共に政宗と同じ道を進み、勉学の傍ら漫画の構想を練り続けた。政宗も高校時代は演劇部に入ったり大学生になるとボイストレーニングに通ったりと、彼なりに将来を見据えているようだった。

 大学一年の冬。菜穂と一緒になって読んでいる雑誌の一ページを見て、丁は奇声を上げた。

「兄ちゃんの漫画、デビュー賞取ってるね」
「ほぁっ!!!」

 定期的に行われる応募漫画の批評ページだった。主人公らしき可愛らしい女の子達の絵とそれら作品への批評の中、丁の描いた少年もでかでかと載っている。丁の漫画への評価は「全体的に完成度は高いがストーリーがやや陳腐。ヒーローの魅力が大変伝わってくる」だった。満足だった。

 こうして丁は夢を叶え、そこから新しい夢が生まれていく。デビュー作は読み切りで終わり、大学に通いながら新しい漫画を構想する。勿論ヒーローのモデルは政宗だ。
 丁の漫画家デビューを知らされ、政宗はとても喜んでくれた。
 応募する前に、一番初めに読んでもらったのは彼だった。ジャンルが少女漫画であることは少し驚いていたが、文句を言わずに読んでくれた。

「お前ほんとにオレのこと好きだよね」

 それは肯定するしかない。丁の人生は常に光り輝く男と共にあるのだから。
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