隣の政宗くん

鳫葉あん

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転機

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 大学卒業から二年が過ぎた。在学中に少女漫画デビューを果たした丁は勉強の傍ら、ひたすら漫画を描いた。
 丁の高い画力とインパクトの強い魅力的なヒーローを担当編集のアドバイスをもとに修正しながら描いた結果、一定のファンがついた。

「月波くんの描く男の子ってみんなヒロインのこと大好きだからウケがいいんじゃないかな。今ってそういう一途なのが人気だし。男の子は似たようなかんじなのにヒロインはいつも何かとクセがあるね」

 担当の冷静な分析に苦笑いする。ヒーロー役はほぼ固定、というか『政宗』の設定から切り貼りして作ったキャラクターなので似かよるのは仕方ない。代わりにヒーローが恋することになるヒロインは色々思案し、いじくり回している。
 主人公であるヒロインは読者が感情移入や投影をすることが多いのであまり個性が強すぎると煙たがられるが、丁の生み出すヒロインは幸運にも受け入れられることが多かった。

「じゃ、今月のネームの修正点はこのくらいで。これから忙しくなるから体調には気を付けてね」
「はい。ありがとうございました」

 近場の喫茶店で行われた打ち合わせが終わり、担当へ礼を言って店を出る。早速仕上げに取りかかろうとそのまま帰路についた丁が入って行くのは住み慣れた実家ではなく、都内郊外に建てられた特別新しくもないが古すぎもしない、手頃な賃貸マンションの一室だ。
 丁は大学卒業を機に家を出た。大学卒業後、声優養成所に入った政宗と共に。


 丁が自室で漫画を描いていると鍵を開ける音がする。鍵のかかる部屋はユニットバスと玄関扉くらいなので、同居人が帰って来たのだろう。
 一緒に暮らしている政宗は養成所のカリキュラムに励んだ結果、つい先日養成所と提携している事務所に所属し、名前のないモブ役ながらアニメデビューを果たした。モブを脱する為にトレーニングを続け、オーディションがあれば応募し、空いた時間はアルバイトもしている。
 制作作業がすっかりデジタルに移行してしまった丁はデータを保存してから部屋を出る。出迎えと、報告があった。

「ただいま。今日の夕飯はさぁ」
「政宗、聞いて! ついにアニメ化来たよ!」

 話を遮る丁の報告に政宗は呆けた顔をして、みるみるうちに笑みが滲んでいく。

「マジかよ!」
「うん、マジ」

 丁が現在連載中の漫画は一年半程続いており、二次元に恋するヒロインと二次元が好きなイケメンヒーローがひょんなことから話をする仲になり、ヒーローがヒロインを振り向かせようと躍起になっている学園ラブコメである。政宗要素をこれでもかと盛りまくった結果安定した人気が続いており、遂にはアニメ化の打診が来た。

「三成役のオーディション絶対受けるから!」
「うん。頑張ってね」

 三成というのがヒーローキャラクターの名前だ。政宗をモデルにしているので声優に政宗が選ばれたら完璧最高言うことなしなのだが、そうそう上手くいくとは思っていなかった。
 政宗は若手声優の中でもトップクラスの美貌と、発声トレーニングでさらに磨かれた上質な声、指導を受けて上達した演技力など声優としての技能は悪くないと思っている。だが政宗と同レベルの若手はいるし、先輩声優達はさらに技量があり場数も違う。
 無名の新人が主役に抜擢されるとは思えなかった。
 けれど政宗は持っているのだ。技量のように磨けない、人それぞれ天性のものを。
 幸運を。


 しばらくしてキャストが決まったと担当から連絡が来た丁は見せられた資料を見てただただ驚いた。ヒーロー役のとなりには日下部政宗の名前が記されている。

「あ、三成役は新人らしいんだけど演技力は問題ないって言われてるから」

 丁がヒーローに対して拘りがあると認識している担当が無名声優の起用にフォローを入れるが、充分わかっているので大丈夫だと頷く。それしか出来ない。
 政宗が本当に丁の作品のアニメに出演する。それも端役でなく主役。彼を通して作られたヒーロー役。
 感動やら喜びやら驚きやら、沸き立つ感情で上手く頭が働かない。言葉なんて出てくる筈がなかった。


 その日は政宗がバイトから帰ると満面の笑みを浮かべた丁に出迎えられた。珍しい、と驚く政宗にお祝いを言って、感謝を伝えて、たまには贅沢をしようと出前の寿司を取った。
 常とは別人のように浮かれている。丁にも自覚はあったが、それだけ嬉しくて仕方がなかった。

「……丁は、本当にオレが好きだよね」
「そりゃ、好きじゃなきゃ大人になってまで一緒にいないよ。政宗は特別だから」

 何か話しながら食べていた寿司が片付き、箸を置いた政宗が呟く。からかいの色はなく、感慨にひたった様子だった。つられるように、丁も昔を掘り起こしていく。
 三歳の丁の前に舞い降りた天使はいつだって可愛かった。大きくなると可愛さは内面に溶け、かっこいい少年に変貌したがそれでも政宗に変わりはない。

「政宗だって僕のこと好きじゃん。いっつも隣に引っ付いてきてさ」

 丁と政宗がいつも一緒にいたのに違いはないが、周囲からは政宗に丁がくっついていくのだと認識されていた。中学以降は面と向かって政宗に近付くなと言ってきた女生徒は多かった。

「そうだよ。近付いてるのは政宗なのにさぁ」
「仕方ないだろ。お前がいなきゃオレは声優になんてならなかったし」

 ぐっ、と腰を掴まれる。ソファーに並んで座っていた丁の体が政宗に寄りかかった。

「日本にもいないよ」

 表情をなくした政宗の顔が、じっと丁を見つめてくる。見つめ返す丁に微笑を浮かべた政宗の顔が近付く。
 極自然と。驚きも戸惑いもなく、丁は受け入れた。政宗から唇にキスをされても嫌悪感はなかった。

「好きなの?」
「うん。すっごく。抱きたい」
「うーーん。今日原稿サボったから、明日から頑張らないとだから……」
「原稿手伝う」

 じゃあいいか、と。あっさりと。男同士だとか幼馴染みだとか何だとか、問題視すべきものは丁の中に何も思い浮かばなかった。
 長すぎる年月抱き続けたものが恋かどうかはわからないけれど、間違いなく愛だった。政宗になら何をされてもいい。

「好きだよ、政宗くん」

 すっかり逞しくなった体に抱き着くと力強い抱擁が返ってくる。言葉にされなくても政宗の心がわかった気がした。
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