社員旅行は、秘密の恋が始まる

狭山雪菜

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「今日はお日柄もよく、社員旅行日和ですね!本日…」


バスガイドさんが出発の挨拶を始める。そんなバスガイドさんを見ていたら、
「今日はよろしくね、沖田さん」
低い声が隣から聞こえた。数十列ある座席の運転席側の前から3番目に通路側に座る私とーー
「今日はよろしくお願いします、部長」
私の隣の座席窓側に座る。この営業2課の専用バスで、1号車に1課、2号車に2課、3号車に3課がそれぞれ乗っていて各バスに社長や、副社長が乗っている。
芝田部長はロマンスグレーの40代の働き盛りの独身で、普段スーツを着こなす姿はとってもスタイリッシュで、バリバリ仕事をこなす部長は男性社員の憧れの的だ。

私、沖田瑠璃は転職活動の末、この会社に勤め始めてもうすぐ1年になる29歳だ。去年は勤め始めたばかりと言う事で、参加は出来なかったので、この社員旅行で初参加だ。
バス乗車前のくじ引きでひいた座席番号が、部長の隣だったのにも驚いたが、あまり接点のない私の名前を知っていた事に驚いた。
10月中旬の木金土の期間毎年恒例の2泊3日の社員旅行、みんなが座ったのを確認して出発したバスの向かう先は温泉街が有名な所で、お昼前に現地に到着して、お昼を食べてから観光、そのあとホテルへと向かうらしい。
「初めての参加だよね?」
「はい、すごく楽しみです」
座席の肘掛けに手をつけ、声を潜めて話す部長の声が腰にくるくらい艶があり低音が心地よい。

ーーそれにすごくいい匂い…なんの香水つけているんだろう

近寄った身体からふんかと香る香水が、キツくなくてドキドキとしてしまう。ひと言ふた言話しては窓の外を眺めてまた話す、バスに揺られ最初の目的地へと着いた。
バスから降りるために立ち上がろうとして、急に腕を引かれバランスを崩して後ろへと倒れた私を抱き止める部長。
「あっごめんなさいね~」
と営業部のお局様が通路を我先にと早足で歩いていた。
ーーあっぶな…もしこのまま通路に出てたら、ぶつかっていたよ
肩に置かれた手の存在を感じ、振り返ると部長が心配そうに私を見下ろしていた。
「大丈夫か?」
「あっ…はい、ありがとうございます、ぶつかる所でした」
部長にもたれていた身体を起こし、ハンドバックを持って、バスを降りた。
キャリーケースもバスに預けていたが、それは宿まで出さないとの事だったので、ゆっくり観光出来そうだ、と思っていたら
「災難だったね、あのお局本当周り見ないんだから」
そう私に声をかけてくれたのは、同じ課で親しくしている桜木ほのかだ。
「うん、でも部長が助けてくれたから大事にならなかったよ」
茶色のセミロングの髪に眼鏡をかけたほのかは私と同い年だが、この会社では私よりも3年先輩だ。最初は敬語を使っていたのだが、
『同い年だから敬語で話されると変な気持ちになるからタメ口で!』
と働き始めて半年で、何でも話せる友人のような関係性になった。
「あんたも可愛いんだから、目つけられてるよ?」
最近お局様の当たりがキツく感じる事はあったのだが、特に気にしていなかった。
ほのかのいつも言うこの言葉に、はいはい、と軽く流しお昼を食べる会場へとほのかと向かった。



******************


お昼を食べてほのかとのんびり観光していると、ほのかが、
「ごめん、ちょっと旦那から電話あったからかけ直すね」
と私に断りを入れ別行動となった。
色々なお店に入っては、お土産を見て購入するか悩み買わないことの方が多いけど、楽しい。
そろそろお店見学も飽きたので、集合時間まで近くのカフェに入ろうかなと思っていたら、うしろから声をかけられた。
「あれ?桜木さんは?」
振り返ると、部長が居てお土産袋を持っていた。
「あ、なんか旦那さんから電話あったみたいで」
確か結婚してたよね、と呟く部長。
「あ~そうか、沖田さん1人なの?」
「はい、もうお店回るの飽きたのでカフェに行こうかなと思いまして」
お店以外見るものないって言っているようなものだ、余計な事言ったなと思ったけど、言ってしまったものはしょうがないと諦めた。
「くくっ…そうか、なら私も一緒にカフェとやらに付いて行ってもいいかな、老体には歩くのがキツくて」
素直に言った私の言葉に笑いを堪え、自分を茶化している部長に私も自然と笑みが零れた。
「またまた…近くの目に入ったカフェとかでもいいですか?」
「どこでも」
そう言った部長と歩き出し、入ったカフェは木のテーブルと椅子が並び和のテイストのお店だった。インスタにも載っていた映えるカフェで、器から大きく盛り付けられているかき氷の上に餡子と白玉、抹茶シロップが掛かったコーヒーセットがお得なお店だった。
私はその大きなかき氷とコーヒーセットと、部長はコーヒーだけを頼んだ。
「お待たせいたしました」
と向かい合わせに座った私達の前に並ぶ注文された品。
「おお、大きいですね」
とパシャパシャ写真を撮る私を、眺める部長は、
「食べられるのすごいな」
と感心していた。ははは、と笑い私は食べ始めた。


「そろそろ行こうか」
部長が立ち上がり、伝票を持つとレジへと歩き出してしまい、私もあとに続いた。
「一緒で」
レジのお兄さんに言ってお会計を済ませた部長は、お財布から千円を出す私の手を止めた。
「付き添いを許可してくれたお礼」
そう言って私のお金を受け取ってはくれなかった。



2人で並んで集合場所に着くと、すでにバスに乗り込む社員達。その中に私を見て近寄る人を感じたので視線を向けると、ほのかで
「…ごめん、旦那が入院する事になって帰る事になっちゃった、みんなには連絡したから私電車で帰るね」
「えっ?旦那さん大丈夫なの?」
突然の報告で驚く。
「うん…事故に遭って命には別状ないから…大丈夫だと思うけど、心配だからさ」
旦那の事を思ったのか少し赤くなるほのかに、微笑ましい気持ちになる。
「そうか、気をつけてね、旦那さんによろしくね」
「うん…ありがと、同室だったのにごめんね」
「そんな事気にしないで、なんとかなるよ」
「桜木くん、旦那さんにお大事にって言っといてくれ」
今まで黙っていた部長が、ほのかに話しかける。
「はい、ありがとうございます!では、失礼します」
部長に頭を下げて、私に手を振るほのかに、にっこり笑って私はほのかを送り出した。


「大変ですね」
ぽつりと呟いたひと言に
「そうだね」
と部長が返してくれた。

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