社員旅行は、秘密の恋が始まる

狭山雪菜

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兄と会う

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兄は探偵事務所の所長をやっている。


大学の卒業と同時に会社を立ち上げ、日々忙しそうにしている兄は、私と7歳も歳が離れ、今年37歳になる。幼い頃から探偵みたいに、私のあとを付けてはメモをして、私の付き合う人の素性や怪しい行動を教えてくれていた。
ーー最初はありがた迷惑だったけど、今は助かっているなぁ
変な人に引っかかる前に止められるのは、20代後半になって感謝しかない。

「よぉ、元気か?」
週末の金曜日。路地裏にある、薄汚れた立飲み居酒屋に呼ばれた私は、相変わらずくたびれたスーツを着ている兄の元へと行った。
使い古しヨレたスーツ姿の兄の立つカウンターの前には、おでんと日本酒が既に置いてあり、晩酌が始まっていた。
以前ちゃんとしたスーツを着なよって言ったら、それじゃあ目立つんだよ、とワザとその格好をしているみたいだった。
顔の造作は整っているのに、なんだが勿体ないなとは、思ったけど、兄は気にしていないみたいだ。
「兄ちゃん」
店員が注文にくると、兄が
「生で」
と私の代わりに注文した。

「珍しいね、呼び出すなんて…何かあったの?」
注文した生ビールが運ばれ、兄と乾杯してひと口飲んで、兄に呼び出された理由を問いかけた。
「いや、ただ久しぶりにどうかと…俺の仲介した仕事どうだ?」
「うん、すごい楽しい…その…そのおかげで彼氏も出来たんだ」
照れ臭くて、健吾さんのくだりは早口になってしまう。
「そうか…ならいいか」
「お兄ちゃん、本当にありがとう」

そう、今勤めている会社は、兄の仲介があって入社したのだ。
「俺は実際紹介しただけだし、就職出来たのは自分の実力だよ」
いつもそう言って私を励ましてくれる。
「…ところで、その彼氏を父さんたちに紹介したんだって?」
「…うん、お兄ちゃんよりも年上なのに…なんか受け入れてくれて…嬉しかった」
追加で注文した焼き鳥を食べながら、嬉しい時間を思い出した。

「…あの人なら上手くやるだろう」
ぼそりと喋る声は騒がしい店内でかき消された。




********************



兄と会った後に連絡が来たので、健吾さんと待ち合わせをして会うことになった。

「健吾さん」

駅からさほど離れていない、駅のロータリーで待っていた彼に近寄る。声を掛けると、私を見て優しく微笑む。
「瑠璃」
そのまま腕を絡めて歩き出した私達は、このまま家に帰り明日の朝早くに出かけ、一泊する事にした。

行き先は、
2人が付き合うきっかけになった、あの温泉街だ。


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