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5 薫の後悔
しおりを挟む――くそっ、失敗したっ
この世に漫画の中の世界みたいに、一目惚れなんて本当にあるんだと知った。社会人として会社に勤め始めてもう10年以上経った。20代前半は結婚するとぼんやりと思っていたのに、気がついたらあと2ヶ月で35歳の独身になる。
よく目つきが悪いとか、怖いとか言われていたが、こうも彼女が出来ないのかと、落ち込むこともあった。大卒後に入社した会社で、それなりの地位に就いたものの、一向に俺に春はやってこなかった。
そんな会社終わりに、寄り道をする場所を開拓するのが好きになり、色々な店にも詳しくなった。
そして、ある日何となくいつも行くスポーツBARに行くと、テーブル席に数人、一組のカップルがすでにカウンターにいた。他のテーブル席の人が霞むレベルの美男美女のカップル。一人は最近の新入社員みたいに、ひょろっとした今どきの顔も整った男。その男の彼女らしき女性に目を奪われた。玉子のようにつるんとした肌、髪の先から爪の先まで手入れされているのか、おしゃれな女性。背中まで伸びた髪と、真っ白なネックのあるセーターの裾を濃い深みのある赤い色のロングスカートの中に入れているから、彼女のほっそい腰が強調されている。俺の手に収まるくらい小さなお尻、セーターの膨らみでわかるバストの大きさ、そして彼氏と話す時の笑顔が可愛らしくて、彼女が視界に入った途端に目が離せなくなっていた。彼女を見ていたいと、二人が座るカウンターの後ろのテーブル席に荷物を置いて、俺の中の定番の生ビールと枝豆、軟骨の唐揚げを頼んだ。
しばらくすると、二人の友達なのか、また美人の部類に入る女が来たかと思うと、カップルが座るカウンターに行き、あろうことか男の横に座った。彼氏を挟んで女二人に囲まれ、いつのまにかバスケの試合が始まると、男は後からきた女性にばかり話しかけていて、彼女はテレビを見たり店内を見たりと明らかにつまらなそうだった。
――俺だったら、彼女を優先するのに…これだから顔のいい男はっ
沸々と怒りが込み上げてきたが、いきなり知らない人から『彼女を大切にしろよっ』と喝を入れられたら、誰だって頭のおかしいヤツだと思うだろうから、ムカムカとしながらもビールを飲んでいた。
カウンターの上のテレビから流れる試合よりも彼女を見る時間が増えると、自分の頭を冷やすためにトイレへと行く事にした。
そして、彼女――マシロと言葉を交わすようになったのだが……
マシロとは色々話したが、主に俺の事を知ってもらいたくて、一生懸命話したが、イマイチ伝わっていなく…例えば彼女と連絡先を交換したいから、テレビに映った選手の名前をスマホで検索して彼女に見せては、その流れで「じゃあ、番号交換しない?」というつもりが、彼女は荷物を彼氏の隣の席に置いたのか出してくれなかった。あとはいつもなら頼まない小洒落たおつまみを注文しても彼女は何にも言わず――ここで俺が注文するのは定番のおつまみかと思ったとか言われていたら、もっと上手く話せたかな、と自分のトークレベルの低さに絶望した。
結局は一緒にいた男は彼氏でも何でもなく、後から合流した女が彼女だと聞いて納得した。
――そうだよな、普通は横にいるマシロをほっといて他の女とばかり話さないもんな
それならと、男友達の所へ帰ろうとするマシロの手を取って、違う場所へと移動する事にした。
――腹は減ってないけど、もう少し静かな環境で、マシロを誰にも見られない場所で二人きりで話したい…なら、個室のあるあの居酒屋か?
会計待ちの時にも、いろんな特色のあるとお店の候補を頭の中では浮かべて消していく。個室のある居酒屋を決めると、マシロと並んで歩く。何年も彼女がいなかった俺は、会社の部下以外で――会社の部下も俺の斜め後ろで歩くからちょっとは違うが――まるでこの俺の彼女になったようで胸が高揚する。ころころと笑う彼女は酔っているのか、俺の話を楽しそうに聞いて、すれ違っていく男共は彼女を見て見惚れ、隣にいる俺の顔を見て、さっと顔を背けていた。
――今日は俺の一生の運を使い果たしたのかもしれない
俺の家は遠いし、綺麗とはいい難い。かといってマシロとの初めては、ヤルだけの目的のラブホではなく夜景の見えるちゃんとしたホテルが良かった。
駅の近くにあるビジネスホテルに入った俺達は――いや、俺はすでに彼女に触れたくてしょうがなかった。濡れた瞳で見上げられ、堕ちない男なんているのだろうか。お風呂に入りたいと言った彼女を、俺はもう少しだけ待ってと言いつつ、彼女と一つになった。本当ならもっと身体中を舐め回したかったが、それは明確に拒否されたので愛撫だけで我慢した。おぼつかない足取りでお風呂に入って行った彼女を見送って、すぐに着替えて近くのコンビニへとコンドームを買いに行く。
彼女の"か"の字もない男が、常日頃からゴムを持っていると思っている方がおかしい。何度も彼女の中へ留まりたいのをグッと堪えた俺は偉すぎる。急いでホテルへ戻ると、彼女はまだお風呂に入っていて、床に散らばった荷物を拾って部屋に備え付けられているソファーへと置いた。
彼女がお風呂から出る気配がないから、俺も服を脱ぎ彼女のいるお風呂場へと向かった。
その後はやっと満足出来た俺は彼女を腕の中へ閉じ込めて眠り、次の日――厳密には今日は仕事だったが、彼女とこの関係をはっきりとさせたくて会社に休む旨とホテルの冷蔵庫の飲み物を空にしてしまったので、水分を買いに部屋を出た。
俺が突発的に休むのが珍しいのか、少しだけ引き継ぎなどで時間を取られてしまったが、無事に休む事が出来たのでミネラルウォーターとブラックコーヒー、彼女の好きな食べ物はまだ知らないから飲み物だけにした。朝ごはんを一緒に食べる気だった俺は部屋に戻って、もぬけの殻になっていた部屋を見て、何で俺は出かけたんだ、と死ぬほど後悔したのだった。
なぜ、彼女が起きるのを待たなかったのか、
なぜ、ルームサービスの考えが及ばなかったのかと。
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