先生と私。

狭山雪菜

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修学旅行前に

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修学旅行前に、一度会う事になった。
それは、付き合って初めての休みの日。
SNSアプリに送られた彼の住所を頼りに、顔の隠れるツバの大きい帽子と黒のロングワンピースとカゴバックを持って彼の家に向かった。
4階建ての細長いマンションは、茶色のレンガ調の壁面と"TAKARA メゾン"と書かれたアーチの門をくぐり、3階の一番端の部屋番号"3012"へと続く長い通路を歩く。
3012と表記された下のプレートは空白で、間違えたかな、と思ったが一応チャイムを押すと、待たされる事なくグレーの鉄の扉が開き、中から手が飛び出し私の手首を掴む。玄関に力一杯引かれた身体を抱きしめられ、警戒心で身体が強張る。しかし、すぐに彼の匂いとつい先日の彼の感触に包まれたと感じた私は、ホッと力が抜け彼の背に腕を回した。

「いらっしゃい」
「うん」
しばらく抱き合っていた私達。彼が一度深く息を吐くと、身体が私から離れ、肩に手を置きながら歓迎してくれる。初めて見る彼のラフな格好に、頬が赤くなるのが分かる。照れてしまって、素っ気ない返事しかしない私を気にする事なく彼は私の手を引き、おいで、と中へと誘う。
サンダルを脱ぎ、廊下を歩くと2つの扉を過ぎ、突き当たりの扉が開いている部屋へと入った。
暑くなっている外とは違い、エアコンの空調が効いた部屋は気持ちよく、汗が消えていく。
12帖ほどの長方形の部屋には、対面キッチン、大画面のテレビとテレビ台、黒の皮張りのソファーとガラスのローテーブルには書類と彼の携帯電話。対面キッチンと正反対側にある一番端の窓は黒いカーテンとパイプベッド。ベッドの向かいにはクローゼットで、両開きの扉が閉まっていた。
全体的に黒色で統一されている部屋は綺麗で、モノが少ない気もする。
「…あんまジロジロみないで、汚いから」
「ごめん…なさい、結構綺麗だね」
急いで片付けた、と白状して苦笑する顔が可愛くて、ぽぅっと見惚れてしまう。そんな私と向かい合って見下ろし、
「…敬語」
口を尖らせ不満を口にする先生は、学校の時とは違うリラックスしているみたいだ。
「ごめん…好き」
そう言って彼に抱きつくと、すぐに抱きしめ返してくれる。
「迷子にならなかった?」
「うん、ナビ付けながら来たよ」
そう他愛のない話をしながらソファーへと並んで座り、やはり彼に身を寄せる。被っていた帽子を取り横へと置くと、肩を抱かれたので彼の肩に頭を乗せた。
私の左手を取った先生は、足を組んだ彼の足の上に乗せられ指が絡まる。身体をズラし彼の方へと身体を向けた私は、先生を見上げるとお互いの視線が絡み、彼の顔がゆっくりと近づく。あと少しで鼻がくっつきそうになるところで、瞼を閉じると唇をパクリと喰まれた。遊ぶように喰む、喰むと甘噛みされ、可笑しくて笑いそうになる。
我慢出来なくなって、ふっと息が漏れると、私の開いた口の隙間から彼の舌が入り込み、口内を押し広げていく。
「んっ、っ」
初めて感じる口内へのヌルッとした生温かい他人の舌に、身体が強張る。ゆっくり私の左肩を撫でる彼の手が、大丈夫と言っているみたいに宥める。
くちゅっくちゅっと上顎や歯列、内頬を彼の舌が辿り、舌を這わしている。
どのくらい経ったのか、ちゅうっと最後に私の上唇を吸い付き離れると、先生がフッと笑う。
「…息しないと死んじゃうよ…?」
「っ、…ん」
瞼を開けると、とろんとした顔の私の顔が彼のメガネに映る。彼の手から指を解き、彼のメガネを両手で取ると、そのまま手首を掴まれ、彼の首の後ろへと回された。顔がまた近寄り顔の角度を変えた彼の口が薄く開く。
「…鼻で、息してね」
そう囁いたあと、私の返事を待たずに口を塞がれ、先程と同じ口内へと入る彼の舌を感じた。




「修学旅行は来週の土曜日からだけど、準備終わった?」
「っ、ンッ、終わっ…てなっ、ぁ」
私の耳朶を甘噛みしながら、私の左頬を彼の指が撫でる。
「ここ、弱いんだ…?」
クスクス笑いながらも、耳朶を甘噛みするのを止めない先生。彼が私の頬を掴む手首を私は両手で掴むと、耳朶から彼の口が離れた。
お互いの額が合わさって、彼の吐息が私の口元に当たる。
「あとは、ショルダーバッグを買おうかと思ってるの…どうせなら可愛いの…って」
「ショルダーバッグ…?ああ、手提げか」
そう言った先生は、ローテーブルにある自分の携帯を取ると買い物アプリを開いた。
「俺が買うよ…彼女へのお付き合い記念のプレゼントに」
「そっ、そんなのっ」
「いいから、贈らせて?…どんなのがいい?」
と私の目の前に、彼の携帯画面を見せられ"ショルダーバッグ""レディース"と検索された関連商品がズラッと並んでいる。
「…本当にいいの…?」
「ああ、最初のプレゼント…買ったら絶対に持ってきてよ」
一応再度確認したら購入すると言ったので、元々買おうと思っていた5千円ほどのダークピンク色のショルダーバッグに決めたのだった。


「ね、この際だからSNSアプリのトークルーム名前変えてもいい?」
シンプルなメッセージのやり取りしかしていなかった私は物足りなくて、トークルームの名前変更と恋人同士の会話をしたいと、プレゼントを買ってくれた彼にお願いをした。
顔をコテンと横に倒すと彼が、おう、と頬が赤くなっている気がするが、すぐに元の顔になった彼が私に携帯電話を渡す。
「俺じゃよく分かんないから」
と渡された彼の携帯を、慣れた手つきでアイコンから変更する事にした。
「へ~慣れてるな」
私の手元を覗き込みながら感心する彼。
「うん、同じ会社のスマホだから…かな?…アイコンどうしようツーショットじゃダメだよね…?」
「そうだな、職場の人ともこのアプリ使ってるしなぁ…じゃあこれ」
そう言った彼は、私と指を絡ませ上から写真を撮るように言う。
カシャッと撮った手を繋いだ写真を、中央にくるように編集してアイコンを保存した。
「じゃあ、私もこのアイコンにする!」
「大丈夫かぁ?」
「うん、先生以外の人と、SNSアプリ交換してないしっ」
「…うーん、俺も生徒とは交換してないから…大丈夫か…?……って2人の時は先生やめて」
アイコンの件は許可を貰ったので、私のもSNSアプリのアプリを開いてアイコン用の写真を撮っていたら、背後から抱きしめられ、肩に彼の顎が乗る。
「…先生…いや?」
「うん…いや、まぁいいけど、なんかなー」
「…ならしんちゃんって呼んでいい?」
「しんちゃん?随分可愛いな」
「うん、急に信太郎さんはおかしいもん」
「そうだな…うん、堅苦しいな」
私の肩の上でクスクス笑う彼の頭が揺れて、髪が首筋に当たりくすぐったい。
彼の携帯電話をまた取り出して、プロフィールの写真を更新して、トークルームの名前を変更した。
私の携帯電話と彼の携帯電話をローテーブルに置いて、背後を振り向くと、チュッと軽く口づけをした。
彼の首に腕を回しながら、お互い抱きしめ合う。
「…修学旅行2人で会える…かな…?」
「う…ん、どうだろ、少し作りたいけど…期待するなよ」
何度か啄むキスをしていたが、本格的なキスに移行する前に携帯電話のアラームが鳴り、帰る時間が来たことを知らせる。
「…また会ってね、好きだよ、しんちゃん」
「もちろん、時間作る…結菜」
そう言って10分後のスヌーズがなるまでお互いの戯れ合いながら口づけをしていたのだった。
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