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第1話 人の心

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「アーカンソー! お前をパーティから追放する!」

 冒険者パーティ『はじまりの旅団』リーダーである戦士カルンが、俺に向かって人差し指を突きつけてきた。

「えっ。どうしてだ?」
「自分の胸に聞いてみろ!」

 言われたとおり自分の胸に手を当てて考えてみるが……。

「まったく心当たりがない」
「なんですってぇ!?」
「あなたという人は……!」

 魔法使いシエリと神官セイエレムのふたりが非難がましくにらみつけてきた。
 追放の話はどうやらカルンだけでなく、パーティ全員の総意ということらしい。
 もちろん、俺を除いてだが。

「ふーむ」

 もう一度よく考えてみよう。
 まず、俺の冒険者クラスは賢者だ。
 魔法使いと神官の魔法が両方使えて、前衛としての戦闘もそこそここなせる。
 その代わりに成長スピードが遅いという欠点があるわけだが、そんなことはみんなも承知しているはず。
 つまり、クラスとは無関係の問題があるということになる。

 ……いや、待てよ。

「確かに言われてみれば、君たちに謝らなければならないことがなくもない」
「ようやく気が付いてくれたか……」

 カルンが肩の荷が下りたといわんばかりに嘆息する。
 シエリとセイエレムの表情にも、ほんの少しだけ笑みが浮かぶ。
 どうやら謝罪を聞き入れてもらえそうだ。

「ああ、すまなかった。これからはちゃんと手抜きをせず、本気で戦うことを誓おう」
「「「は……?」」」

 三人が唖然あぜんとした。
 いったいどうしたのだろう?

「本気じゃ……なかったのか? 今までずっと……」
「そうだが……むむ? 理由はソレじゃなかったのか?」

 カルンが信じられないといわんばかりの顔で俺の目を覗き込んでくる。

「俺が苦戦してたボスモンスターを手刀で両断したときも……?」
「あの敵なら剣を使うまでもないと思ってしまったんだ。カルン……本当に申し訳ない」
「あたしが詠唱を終わらせるよりも早く大魔法を発動させてモンスターの群れを一掃したときも……?」
「もう少しちゃんと集中していれば無詠唱でいけた。そうすればシエリ……君に無駄な魔力を浪費させずに済んだ。本当に申し訳ない」
「まさか、僕に解けなかった呪いの負傷を完全回復させたときも……?」
「ああ、本気じゃなかった。あの程度の呪いなら初級魔法で充分だからな。セイエレム……本当に申し訳ない」

 全員にきちんと頭を下げた。
 これで俺の誠意が少しでも伝わっただろうか?

 だが、どうも様子がおかしい。
 三人とも、わなわなと肩を震わせている。

「う、ううっ……あたし、あたし……!」

 遂にシエリが泣きだした。

「シエリ!? 大丈夫か!」
「気持ちはわかりますシエリ! どうか気を確かにもってください!」

 カルンとセイエレムがすかさずフォローに入る。
 だけど俺はショックのあまり動けなかった。

 師匠のひとりがこう言っていたのだ。
 女が泣いたら100%自分が悪いと思え、と。

 たしかに俺の罪は重い。
 戦闘中に手を抜いていただなんて、一歩間違えばパーティ全員を危機に陥れかねない失態だ。
 そんなことにも気づかず「心当たりがない」などと言えば、シエリが傷つくのも当たり前だろう。

「アーカンソー……」

 カルンがぎろりと俺を睨みつけてくる。

「お前には……お前には人の心ってものがないのか!?」
「人の心……?」

 何故だか満天の空を幻視した。
 俺には人の心が、ない……?

「いや、そんなことはない。人間には心がある。人の心とは人間の心のこと。そして俺は人間。だから俺には人の心がある」

 そう断言すると、今度はシエリとセイエレムがこれまでで一番大きな声を張りあげた。

「お願いだから今すぐ出ていって! もう顔も見たくない!」
「これ以上、僕たちのことを侮辱しないでください!」
「わ、わかった……俺はパーティを抜ける」

 心に少なからぬ傷を負いながら、俺はパーティの拠点だった宿屋を出た。


 ◇ ◇ ◇


「どういうことなんだ。俺のクラスは賢者。剣でも魔法でもパーティにそこそこ貢献できていたはず……いや、思い違いだったのか? 俺は役に立っていなかった?」

 手抜きが原因でないなら本当に理由がわからない。
 いったい、何がまずかったんだ?

『お前には人の心ってものがないのか!?』

 カルンの言葉が頭の中で何度も何度も繰り返される。

「人の心……」

 人としていだくであろう当然の想い?

「人の心とは、なんだ?」

 人であれば誰もが持っているであろう良心?

「人間でありながら人の心がないなんてことが有り得るのか? 人の心とはいったい……」
「おい、ちょっとアンタ!」

 考え事をしながら歩いていたら、王都の番兵が声をかけてきた。

「なんだろうか」
「なんだろうか、じゃない! 街中でポンポン魔法を使うんじゃない!」
「うん? ああ……確かに子供が馬車に轢かれそうになっていたので子供の位置を変えるために転移魔法を。荷物が重そうなおばあさんには負担をなくすために軽量化の魔法を使った。だが、それの何がまずかったというんだ? 人助けのつもりだったんだが」
「そ、そいつはもちろんいい心がけなんだが……こう、なんかな。わかるだろう?」
「いや、まったくもってわからない。詳しく説明してもらえないか? 何故、どうして、魔法を使ってはいけなかったのかを」
「う、うるさい! とにかくみだりに魔法を使わないように!」

 番兵がばつの悪そうな顔をしながら去っていく。
 そこで、ふと気づいた。
 俺と番兵の様子を見ていた人たちがクスクスと笑っているではないか。

「……えっ。他の人には、理由がわかるのか?」

 他の人にはみんなわかって、俺だけにわからない。
 ひょっとして俺には本当に人の心がないのか……!?
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