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第10話 第十三支部
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「「「かんぱーい!」」」
ギルド支部の酒場でさっきの三人組がジョッキを酌み交わした。
「いやあ、アンタも人が悪いぜぇ!」
「まさか貴殿の正体が賢者アーカンソーとはの……」
「オレたちなんかじゃ勝てるわけないんだぜ」
俺とウィスリーは三人組の奢りで飲み食いしている。
最初は断ったのだが、互いに遺恨を残さないためだと言うので御相伴に預かった。
まあ、どっちみちそろそろ晩飯の時間だったしちょうどよかったが。
三人組とは改めてお互いに自己紹介をした。
軽薄そうな盗賊男がイッチー。中年のヒゲを生やした戦士がニーレン。背の高い重戦士がサンゲルというらしい。
そうそう名前といえば……。
「俺の名前は、そんなに有名なのか?」
受付嬢のときから気になっていたことを改めて聞いてみることにした。
「オイオイオイオイ! アンタがそれを言っちゃぁ、さすがに嫌味だぞ!?」
「『はじまりの旅団』といえば、ワシらの間じゃ語り草だからの」
「オレたち冒険者にとって憧れのパーティなんだぜ」
三人組は自分たちのことのように嬉しそうだ。
そしてイッチーが代表して、まるで吟遊詩人であるかのように、高らかに謳いあげる。
「王国最強と名高い戦士カルン。大魔法を操る可憐なる魔法使いシエリ。次期神殿長の地位を約束された神官セイエレム。そして、あらゆる魔法を使いこなし……戦士並に剣の腕も立つっていう“全能賢者”アーカンソー! 『はじまりの旅団』の四人を知らない奴ぁ、このエルメシア王国じゃあモグリだ!」
「そ、そうだったのか……」
そこまで有名だったとは。
てっきり冒険者はあれが普通だと思っていたから意外だ。
「それにしても“全能賢者”は誇張が過ぎるのではないか? 俺にはできないことのほうが多いのだが……」
「またまた謙遜しちゃってさぁ! もっと自分が有名人だって自覚してくれよ!」
イッチーにバンバンと肩を叩かれる。
うーむ……そんなに有名なら、何故か俺は誤解を受けやすいし、今度からすぐ自己紹介してみるか?
いや、でもイッチーたちも最初は信じてくれてなかったしな……。
「いやでも、まさかそんな暗黒魔導士みたいなカッコしてるとは思わなかったぜぇ!」
「何? 俺の姿についての話は聞いてないのか?」
三人組が顔を見合わせた。
「んー、そうだなぁ。眉目秀麗の美男子とか?」
「ワシは金色の鎧に身を包んでると聞いたことがあるかの」
「オレは鬼みたいな巨漢だって聞いたことがあるんだぜ!」
「な、なんだそれは! まるで統一性がないではないか!」
抗議する俺に対し、三人組は仲良く肩をすくめてみせた。
「いやだってよぉ……」
「ほとんど誰も見たことがないって言うしの」
「オレたちも謎の多い人物だって好き勝手に噂してたんだぜ」
いったいどういうことなんだ……。
「……はっ! そういえば人前に出るのが苦手たから対人交渉は仲間に任せっきりにしていたし、支部にもあまり出入りしていなかった! まさかそのせいかっ!?」
「どう考えてもソレじゃねぇ?」
イッチーの一言に他のふたりも頷いた。
「なんということだ……」
ひょっとして俺の姿を見てアーカンソーだとわかる人物は、ひとりもいないんじゃなかろうか?
さすがにそこまで酷くはないと信じたいところだが……。
「まあ、そんなこといいじゃねぇか! 実際には噂以上に強かったんだしよ!」
「へへーん! あちしのご主人さまだよ! どんなもんだーい!」
俺が褒められるてウィスリーが鼻高々だ。
なんだか微笑ましいな。
「つぅか、アンタみたいな超エリート冒険者様が、どうしてこんな底辺支部に? 『はじまりの旅団』の拠点は第一支部だろ?」
「むっ……」
どうしたものか。
いずれわかるだろうし、正直に話しておくか。
「実を言うと、俺は『はじまりの旅団』を追放されたんだ」
「ハァ? 嘘だろぉ!?」
「信じられんの……」
「ありえないんだぜ」
三人組が一様に目を見開く。
聞き耳を立てていた周囲の冒険者たちも驚きの声をあげていた。
「そーだったの!? ご主人さまを追い出すなんて、見る目のない奴らだね!」
ウィスリーに至ってはプンスカプンという顔をしている。
自分のことで怒ってくれていると思うと、なんだか胸が熱くなった。
「いったいぜんたい、どうしてそんなことになっちまったんだぁ!?」
「理由が知りたいところだの。まあ、無理強いはできんが……」
「言いにくいなら話さなくてもいいんだぜ」
こうは言うものの、三人とも聞きたそうだ。
ウィスリーも興味津々の様子でテーブルに身を乗り出している。
気のせいでなければ、周囲の冒険者たちにもガン見されているような。
「実のところ、よくわからない。俺が思いついた理由は違ったらしいからな。だが、カルン曰く……どうも俺には『人の心』がないらしい」
「なんだぁそりゃ?」
「謎かけのようだの」
「意味がわからないんだぜ」
「ひとのこころ……んー??」
四人が腕を組んだまま一斉に首を傾げた。
「俺は『人の心』を人間なら誰しも持っている心と仮定した。だから人間以外の種族とパーティを組めば問題は発生しないのではと考えた。だからウィスリーに冒険者登録してもらったんだ」
「人間以外の種族を探してたって、そーゆーこと!? そんな理由であちしを冒険者に!?」
ウィスリーがびっくり仰天した。
「厳密には違う。最初は異種族の奴隷を買って仲間になってもらおうとしたのだが、いろいろあってな。ウィスリーについては純粋に助けたいと思ったのが本音だ。現に一度は君を解放しようとしただろう?」
「あ、そーいえばそーだったっけ!」
ウィスリーが納得したように手を叩く。
一方、三人組は首を傾げたままだ。
「たしかに人の心うんぬんはわからねぇけど、アーカンソーさんの行動原理もさっぱりわかんねぇ」
「どうして奴隷を買うところにまで発想が飛躍したのかの」
「オレたち凡人には考えつかない発想なんだぜ」
今度は俺が首を傾げる番だった。
当時の己を振り返りながら分析を披露する。
「どうだろうな。あのときの俺は正常な思考ができていなかったと思う。パーティを追放されたのは、かなりショックだったしな。突飛な思い付きにすがって奴隷市場に足を運んでしまったのだろう」
「でも、そこであちしを助けてくれたんだよ!」
ウィスリーの話を聞いた冒険者たちの間から「おおー」と歓声があがる。
「とはいえ、俺が追放された根本的な原因はわからないままだ。なので、しばらくはウィスリーとふたりでパーティを組んでいこうと思っている」
話の締めとして今後の方針を開示する。
すると三人組が顔を見合わせた後に、イッチーがニヤリと笑ってこう言った。
「だったら、俺たちと一旦組んでみるってぇのはどうだ?」
「何……?」
「おっと。もちろん、ウィスリーちゃんも一緒だぜぇ」
それは考えてもみない、ありがたい申し出だった。
全員を合わせれば五人パーティになる。
冒険をやっていくには充分な人数だろう。
「もちろんワシらとアーカンソー殿では差がありすぎると思うがの」
「オレたちは全員人間だし、追放の原因を探るにはちょうどいいんだぜ」
他のふたりも乗り気らしい。
ふむ、そういうことなら……。
「ちょっとイッチー! アンタ、抜け駆けはずるいわよ!」
そこで横入りしてきたのは、さっきの女冒険者のひとりだ。
「ご主人さまに近づく女っ! グルル~ッ!」
ウィスリーが何故か威嚇するように唸っている。
しかし、うざったそうに口を開いたのはイッチーのほうだった。
「うっせぇんだよ、レダ。オメェは引っ込んでろブース!」
「ぬわんですってぇ!? よくも言ってくれたな、この三下チンピラがァ!」
「ンだとコラァ!? やんのかゴルァ!!」
イッチーと女冒険者が互いを罵りながら取っ組み合いの喧嘩に突入した。
ふむ、止めたほうがいいだろうか?
「幼馴染同士でまたやっておるの」
「夫婦喧嘩はブラックドッグも食わないんだぜ」
ニーレンとサンゲルはもちろん、他の冒険者たちも止めるどころか囃し立てている。
この支部では当たり前の光景なのだろうか?
「アーカンソー様ぁ~♡」
ふたりの喧嘩をぼーっと眺めていると、耳元で猫なで声が聞こえた。
振り返ると、女冒険者パーティの残りふたりが何やら体をくねらせながら妖艶な笑みを浮かべている。
むっ、ふたりともこれはなかなか……。
「冒険者の仲間がご入用でしたら、あたしたちといかがですか~?」
「もう夜になるしぃ、そんなゴツい男ばかりのパーティなんかじゃなくってぇー」
ふむ、こちらも勧誘か。
ありがたい話だが先約もあるし、ここはひとまず――
「ご主人さまから離れろ、この『あばずれ』どもー!」
俺が断る前にウィスリーが女冒険者たちに向かってシャーッ! と蛇のような威嚇音をあげた。
「なんだと、このメスガキィ! 八重歯引っこ抜いて立場わからせたろかァ!」
「覚えたての汚ねェ言葉使ってんじゃねえぞ! このツノチビがァー!」
女ふたりの口から耳を疑うような悪口が飛び出したかと思うと、ウィスリーと髪の引っ張り合い始める。
「なにをー!」
ウィスリーも負けじと応戦した。
「よっしゃやれー!」
「俺も混ぜろー!」
「あたしもー!」
どうしたものかと思っているうちに、他の冒険者たちも何故か喧嘩に加わっていく。
酒場があっという間に混沌の坩堝と化した。
とはいえ、さっきのようなガチの戦いではない。
ドンチャン騒ぎの延長というか、いうなれば喧嘩祭りだ。
「なんというか、前の支部とずいぶん雰囲気が違うな……」
前の第一支部は整然としていて、冒険者同士でも必要最低限の事務的なやりとりしかなかったような印象だ。
だからこそ、あまり顔を出す必要もないと思っていたんだが。
支部が変わるだけで、こうも違うものか。
「なるほど、アーカンソー殿は何も知らずにここへ来たというわけだの」
俺のつぶやきを聞いたニーレンがニヤリと笑ってヒゲをしごいた。
サンゲルも同様に笑みを浮かべながら、まるでこの惨状を誇るかのように、両手を広げてみせた。
「ようこそ、王都の吹き溜まり冒険者が集う地獄の第十三支部へ。オレたちはアーカンソー氏を歓迎するんだぜ」
ギルド支部の酒場でさっきの三人組がジョッキを酌み交わした。
「いやあ、アンタも人が悪いぜぇ!」
「まさか貴殿の正体が賢者アーカンソーとはの……」
「オレたちなんかじゃ勝てるわけないんだぜ」
俺とウィスリーは三人組の奢りで飲み食いしている。
最初は断ったのだが、互いに遺恨を残さないためだと言うので御相伴に預かった。
まあ、どっちみちそろそろ晩飯の時間だったしちょうどよかったが。
三人組とは改めてお互いに自己紹介をした。
軽薄そうな盗賊男がイッチー。中年のヒゲを生やした戦士がニーレン。背の高い重戦士がサンゲルというらしい。
そうそう名前といえば……。
「俺の名前は、そんなに有名なのか?」
受付嬢のときから気になっていたことを改めて聞いてみることにした。
「オイオイオイオイ! アンタがそれを言っちゃぁ、さすがに嫌味だぞ!?」
「『はじまりの旅団』といえば、ワシらの間じゃ語り草だからの」
「オレたち冒険者にとって憧れのパーティなんだぜ」
三人組は自分たちのことのように嬉しそうだ。
そしてイッチーが代表して、まるで吟遊詩人であるかのように、高らかに謳いあげる。
「王国最強と名高い戦士カルン。大魔法を操る可憐なる魔法使いシエリ。次期神殿長の地位を約束された神官セイエレム。そして、あらゆる魔法を使いこなし……戦士並に剣の腕も立つっていう“全能賢者”アーカンソー! 『はじまりの旅団』の四人を知らない奴ぁ、このエルメシア王国じゃあモグリだ!」
「そ、そうだったのか……」
そこまで有名だったとは。
てっきり冒険者はあれが普通だと思っていたから意外だ。
「それにしても“全能賢者”は誇張が過ぎるのではないか? 俺にはできないことのほうが多いのだが……」
「またまた謙遜しちゃってさぁ! もっと自分が有名人だって自覚してくれよ!」
イッチーにバンバンと肩を叩かれる。
うーむ……そんなに有名なら、何故か俺は誤解を受けやすいし、今度からすぐ自己紹介してみるか?
いや、でもイッチーたちも最初は信じてくれてなかったしな……。
「いやでも、まさかそんな暗黒魔導士みたいなカッコしてるとは思わなかったぜぇ!」
「何? 俺の姿についての話は聞いてないのか?」
三人組が顔を見合わせた。
「んー、そうだなぁ。眉目秀麗の美男子とか?」
「ワシは金色の鎧に身を包んでると聞いたことがあるかの」
「オレは鬼みたいな巨漢だって聞いたことがあるんだぜ!」
「な、なんだそれは! まるで統一性がないではないか!」
抗議する俺に対し、三人組は仲良く肩をすくめてみせた。
「いやだってよぉ……」
「ほとんど誰も見たことがないって言うしの」
「オレたちも謎の多い人物だって好き勝手に噂してたんだぜ」
いったいどういうことなんだ……。
「……はっ! そういえば人前に出るのが苦手たから対人交渉は仲間に任せっきりにしていたし、支部にもあまり出入りしていなかった! まさかそのせいかっ!?」
「どう考えてもソレじゃねぇ?」
イッチーの一言に他のふたりも頷いた。
「なんということだ……」
ひょっとして俺の姿を見てアーカンソーだとわかる人物は、ひとりもいないんじゃなかろうか?
さすがにそこまで酷くはないと信じたいところだが……。
「まあ、そんなこといいじゃねぇか! 実際には噂以上に強かったんだしよ!」
「へへーん! あちしのご主人さまだよ! どんなもんだーい!」
俺が褒められるてウィスリーが鼻高々だ。
なんだか微笑ましいな。
「つぅか、アンタみたいな超エリート冒険者様が、どうしてこんな底辺支部に? 『はじまりの旅団』の拠点は第一支部だろ?」
「むっ……」
どうしたものか。
いずれわかるだろうし、正直に話しておくか。
「実を言うと、俺は『はじまりの旅団』を追放されたんだ」
「ハァ? 嘘だろぉ!?」
「信じられんの……」
「ありえないんだぜ」
三人組が一様に目を見開く。
聞き耳を立てていた周囲の冒険者たちも驚きの声をあげていた。
「そーだったの!? ご主人さまを追い出すなんて、見る目のない奴らだね!」
ウィスリーに至ってはプンスカプンという顔をしている。
自分のことで怒ってくれていると思うと、なんだか胸が熱くなった。
「いったいぜんたい、どうしてそんなことになっちまったんだぁ!?」
「理由が知りたいところだの。まあ、無理強いはできんが……」
「言いにくいなら話さなくてもいいんだぜ」
こうは言うものの、三人とも聞きたそうだ。
ウィスリーも興味津々の様子でテーブルに身を乗り出している。
気のせいでなければ、周囲の冒険者たちにもガン見されているような。
「実のところ、よくわからない。俺が思いついた理由は違ったらしいからな。だが、カルン曰く……どうも俺には『人の心』がないらしい」
「なんだぁそりゃ?」
「謎かけのようだの」
「意味がわからないんだぜ」
「ひとのこころ……んー??」
四人が腕を組んだまま一斉に首を傾げた。
「俺は『人の心』を人間なら誰しも持っている心と仮定した。だから人間以外の種族とパーティを組めば問題は発生しないのではと考えた。だからウィスリーに冒険者登録してもらったんだ」
「人間以外の種族を探してたって、そーゆーこと!? そんな理由であちしを冒険者に!?」
ウィスリーがびっくり仰天した。
「厳密には違う。最初は異種族の奴隷を買って仲間になってもらおうとしたのだが、いろいろあってな。ウィスリーについては純粋に助けたいと思ったのが本音だ。現に一度は君を解放しようとしただろう?」
「あ、そーいえばそーだったっけ!」
ウィスリーが納得したように手を叩く。
一方、三人組は首を傾げたままだ。
「たしかに人の心うんぬんはわからねぇけど、アーカンソーさんの行動原理もさっぱりわかんねぇ」
「どうして奴隷を買うところにまで発想が飛躍したのかの」
「オレたち凡人には考えつかない発想なんだぜ」
今度は俺が首を傾げる番だった。
当時の己を振り返りながら分析を披露する。
「どうだろうな。あのときの俺は正常な思考ができていなかったと思う。パーティを追放されたのは、かなりショックだったしな。突飛な思い付きにすがって奴隷市場に足を運んでしまったのだろう」
「でも、そこであちしを助けてくれたんだよ!」
ウィスリーの話を聞いた冒険者たちの間から「おおー」と歓声があがる。
「とはいえ、俺が追放された根本的な原因はわからないままだ。なので、しばらくはウィスリーとふたりでパーティを組んでいこうと思っている」
話の締めとして今後の方針を開示する。
すると三人組が顔を見合わせた後に、イッチーがニヤリと笑ってこう言った。
「だったら、俺たちと一旦組んでみるってぇのはどうだ?」
「何……?」
「おっと。もちろん、ウィスリーちゃんも一緒だぜぇ」
それは考えてもみない、ありがたい申し出だった。
全員を合わせれば五人パーティになる。
冒険をやっていくには充分な人数だろう。
「もちろんワシらとアーカンソー殿では差がありすぎると思うがの」
「オレたちは全員人間だし、追放の原因を探るにはちょうどいいんだぜ」
他のふたりも乗り気らしい。
ふむ、そういうことなら……。
「ちょっとイッチー! アンタ、抜け駆けはずるいわよ!」
そこで横入りしてきたのは、さっきの女冒険者のひとりだ。
「ご主人さまに近づく女っ! グルル~ッ!」
ウィスリーが何故か威嚇するように唸っている。
しかし、うざったそうに口を開いたのはイッチーのほうだった。
「うっせぇんだよ、レダ。オメェは引っ込んでろブース!」
「ぬわんですってぇ!? よくも言ってくれたな、この三下チンピラがァ!」
「ンだとコラァ!? やんのかゴルァ!!」
イッチーと女冒険者が互いを罵りながら取っ組み合いの喧嘩に突入した。
ふむ、止めたほうがいいだろうか?
「幼馴染同士でまたやっておるの」
「夫婦喧嘩はブラックドッグも食わないんだぜ」
ニーレンとサンゲルはもちろん、他の冒険者たちも止めるどころか囃し立てている。
この支部では当たり前の光景なのだろうか?
「アーカンソー様ぁ~♡」
ふたりの喧嘩をぼーっと眺めていると、耳元で猫なで声が聞こえた。
振り返ると、女冒険者パーティの残りふたりが何やら体をくねらせながら妖艶な笑みを浮かべている。
むっ、ふたりともこれはなかなか……。
「冒険者の仲間がご入用でしたら、あたしたちといかがですか~?」
「もう夜になるしぃ、そんなゴツい男ばかりのパーティなんかじゃなくってぇー」
ふむ、こちらも勧誘か。
ありがたい話だが先約もあるし、ここはひとまず――
「ご主人さまから離れろ、この『あばずれ』どもー!」
俺が断る前にウィスリーが女冒険者たちに向かってシャーッ! と蛇のような威嚇音をあげた。
「なんだと、このメスガキィ! 八重歯引っこ抜いて立場わからせたろかァ!」
「覚えたての汚ねェ言葉使ってんじゃねえぞ! このツノチビがァー!」
女ふたりの口から耳を疑うような悪口が飛び出したかと思うと、ウィスリーと髪の引っ張り合い始める。
「なにをー!」
ウィスリーも負けじと応戦した。
「よっしゃやれー!」
「俺も混ぜろー!」
「あたしもー!」
どうしたものかと思っているうちに、他の冒険者たちも何故か喧嘩に加わっていく。
酒場があっという間に混沌の坩堝と化した。
とはいえ、さっきのようなガチの戦いではない。
ドンチャン騒ぎの延長というか、いうなれば喧嘩祭りだ。
「なんというか、前の支部とずいぶん雰囲気が違うな……」
前の第一支部は整然としていて、冒険者同士でも必要最低限の事務的なやりとりしかなかったような印象だ。
だからこそ、あまり顔を出す必要もないと思っていたんだが。
支部が変わるだけで、こうも違うものか。
「なるほど、アーカンソー殿は何も知らずにここへ来たというわけだの」
俺のつぶやきを聞いたニーレンがニヤリと笑ってヒゲをしごいた。
サンゲルも同様に笑みを浮かべながら、まるでこの惨状を誇るかのように、両手を広げてみせた。
「ようこそ、王都の吹き溜まり冒険者が集う地獄の第十三支部へ。オレたちはアーカンソー氏を歓迎するんだぜ」
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