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第15話 無双その2(後編)

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 俺が手袋をキュッと締め直すと、ブラッケンたちを取り巻く気配がざわりと変化した。
 ウィスリーが待ってましたとばかりに指をポキポキ鳴らしながら前に出る。
 心なしか尻尾も愉快げに揺れていた。

「ご主人さま。もう『おーあばれ』しちゃっても?」
「許可する。徹底的に懲らしめてやれ」

 こちらが戦闘態勢に移行したと見るや、ブラッケンが凄まじい形相で叫んだ。

「野郎、調子に乗ってんじゃねえぞ! お前ら、こいつらたたんじまえ!!」
「「「「へい!!」」」」
 
 連中が一斉に襲い掛かってくるが所詮はチンピラ。
 竜人族としての身体性能に加え、冒険者クラスまで得たウィスリーの敵ではない。

「こんにゃろー!!」
「「「「グハーッ!」」」」
「そいやっさー!!」
「「「「ウグワーッ!」」」」

 昨晩わかったことだが、ウィスリーはもともと相当に喧嘩慣れしている。

 追放された一族でも、かなりのやんちゃをしてきたのだろう。
 小さな体躯たいくから繰り出される意外な膂力りょりょくもあって、チンピラどもを千切っては投げ、千切っては投げ。
 背後に回り込んで包囲しようとする奴もいるが、体格の割に大きな尻尾を振り回されて迂闊に近寄れないでいる。

「ふむ。俺が援護するまでもなさそうだな」

 ここまで大人しくしてくれていたのだ。
 最後ぐらい思う存分やらせてあげよう。

「このガキ! 貧乳の癖に――」
「今なんつったコラーッ!!!」

 チンピラのひとりが顔面をブン殴られて窓を突き破り、そのまま外へと放り出された。 

「あちしの胸を悪くゆーやつは誰だろーと許さないよー!」

 ウィスリー、胸のことを気にしていたのか。
 絶対にいじらんどこ……。

「クソッ! 冒険者がこんなことしてタダで済むと思ってんのか!? オレ様のバックにはマニーズさんが――」
「そんなの知らないもんねー!」

 ウィスリーがあっかんべーをする。
 はて、ブラッケンが口走ったマニーズとかいう名前……どこかで聞いたことがあるような?
 これっぽっちも思い出せないし、気のせいか。

「テメェ、高見の見物してんじゃ――」
「俺を狙っても無駄だ」

 指を打ち鳴らすと俺の周囲に連鎖電撃チェイン・ライトニングがほどばしり、向かってきたチンピラどもはバタバタと倒れた。

「駄目だこいつら、まるで容赦がねぇ!」
「人の心ってモンがないのか!?」

 人の心……!?

「うっ……!!」

 いかん、まさかこんなことで眩暈めまいが……!?

「ご主人さまっ!?」
「なんだか知らんが今だ! 全員でその娘を抑えこめ!」

 俺に気を取られた隙を狙って、チンピラが総出でウィスリーをうつ伏せに抑え込んだ。
 抑え込んだというよりは、山みたいにのしかかっているだけだが。

「むーっ! 重ーい! どけどけ、こんにゃろー!」
「形勢逆転だなぁ! はーっはっはっはっは!!」

 ブラッケンが勝利を確信して高笑いした。
 主人の俺がウィスリーの足を引っ張ってしまうとは、なんたる不覚!
 だが――

「よもや、その子を人質に使えるとでも思ったか? 甘いぞブラッケン」
「強がってんじゃねえぞ! この娘がどうなっても――」
「ウィスリー!」

 ブラッケンを無視して彼女の名を叫んだ。

「……ご主人さま?」

 チンピラたちにのしかかられて暴れていたウィスリーが大人しくなる。

「事この場においては許す。しろ」

 言葉の意味を余すところなく理解したウィスリーが凄絶せいぜつな笑みを浮かべた。

「……あいあい、ご主人さまさー

 次の瞬間、彼女にのしかかっていたチンピラどもが吹っ飛んで壁やら天井やらにめり込む。

「シャギャー!」

 部屋の中心でドラゴン形態になったウィスリーが咆哮した。
 空気がビリビリと震動する。

「な、なんだっ!? ドラゴンになっただと!!」

 部屋の奥へ逃げようとするブラッケンの襟首えりくびをウィスリーがヒョイッとくわえ上げた。

「ヒィィッ!?」

 生殺与奪を握られたブラッケンが宙で手足をバタつかせる。
 涙目のブラッケンに顔を突きつけながら、これでもかと睨みつけてやった。

「さて。俺たちは今後ピケルの店を贔屓ひいきにするつもりだ。これでも手を引かないようなら、お前にはウィスリーの餌になってもらう。どこに逃げても地獄の果てまで追い詰める。どうだ、理解したか?」
「わわわわかりましたぁ~! 鉄鉱石も返しますし証書もお譲りしますから、どうか食べるのだけはやめてーっ!!」

 ブラッケンが恐怖におののいて命乞いを始めた。
 何故かウィスリーまでガーン! という顔をしているが……ひとまずこの場はスルーして金庫の中の証書を回収する。
 
「ふむ……本物のようだな。ウィスリー、解放してやれ」
「へぶっ」

 ウィスリーが俺の指示通りにパッと離すと、ブラッケンは顔から床に落ちて変な声を出した。

「元に戻ってよし。鉄鉱石も回収して帰るぞ」
「あい!」

 人間形態に戻ったウィスリーが元気よく挙手する。

「ド、ドラゴンを完璧に従えてる……」

 ブラッケンがなにやら驚いている。
 こいつ、竜人族を知らんのか。
 無視して帰ろうとすると――

「待ってください! あなた様はいったい何者なんですか!?」
「……俺か?」
 
 少し考えてから、こう答えた。

「貴様らごときに名乗る名前はない」


 ◇ ◇ ◇


「ねぇねぇご主人さま。あちし、人間は食べたくないんだけど、食べなきゃダメ……?」
「あれか。もちろん冗談だ」

 よっぽど安心したのか、帰り道のウィスリーはとってもいい笑顔を浮かべていた。
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