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第35話 ずのーは

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 俺の願いも虚しく、十三支部での平穏は長く続かなかった。

「おい、クズども! おとなしくアーカンソーの居所を吐きな!」
「……俺がアーカンソーだが?」
「はぁ? ふざけんな! 暗黒魔導士はすっこんでろ!」
「そうか。なら帰ってくれ」
「ん、ああ。友達の言うことだもんな。帰るよ」

 魅了チャームにかかった冒険者はトボトボと帰っていった。

「ここにカーネルって奴が来なかったか?」
「そんな奴は来なかった」
「チッ、そうかよ。ところでアーカンソーに話があるんだが」
「俺にはない。帰れ」
「わかった……」

 示唆サジェストにかかったカーネルのパーティメンバーは去っていった。

「どもどもー! ここにアーカンソーさんがいるって聞いたんですが、本当ですかニャ?」
「俺がアーカンソーだ」
「いやいや、暗黒魔導士さんじゃなくって賢者アーカンソーさんに会いたいニャン」
「ハァ……納得できないなら、ひとまず出直してくるといい」

 こちらをジッと見つめたかと思うと、緑髪の猫耳少女は納得したように頷いて去っていった。

「キ、キリがない……」

 すっかり疲れてしまった俺は、椅子にどっかと座りこんだ。
 どうやら俺を探している冒険者はカーネルだけではないらしく、次から次へと十三支部を訪れてくる。
 ギルド併設の酒場でこれなのだから、おそらく受付に質問に来る冒険者はもっと多いのだろう。

「にへへー。ご主人さま、大人気!」

 肩を落とす俺とは対照的にウィスリーはご満悦だ。

「うーむ。それにしても、誰も俺がアーカンソー本人と気づかないとは。やはりこの恰好が問題なのか?」
「よろしいのではないでしょうか。見た目で本人だとバレていたら、この程度では済んでいなかったでしょうし」

 ドリンクを運んできたメルルが会話に入ってくる。

「それもそうか……おっ、なんだこれ。美味うまいな!」
「オレンジベースのカクテルです。マスターに提案して作ってみたのですが、お口に合うようで良かったです」
「そうだったか。メルルは正式にここで働くことが決まったんだし、メニューに載せてもらってもいいかもしれんぞ」
「そ、そこまでですか? ありがとうございますっ」

 メルルが嬉しそうに一礼すると、ウィスリーの頬がぷくっと膨れた。

「むーっ! ねーちゃずるい! 飲み物でご主人さまの得点稼いでる!」
「フフッ。悔しかったら、貴女も自分の得意分野でご奉仕なさい」
「ぐぬぬー」

 姉に挑発されたウィスリーが悔しそうに歯ぎしりをした。

「よーし! あちしは『ずのー』で勝負だ!」
「……頭脳?」
「ご主人さま、忘れちゃった? あふれ出る『ちせー』! 一族『さいこー』の『ずのー』! ウィスリー・シルバースとは、あちしのことだよ!」
「あ、ああ。そういえばそうだったな」

 これまでウィスリーが頭脳派だと思えるシーンは一度としてなかったから、完全に忘れていた。

「ご主人さまが抱える悩み、あちしがズバッと解決してあげるね!」

 しかし、頼りにして欲しそうに見つめてくるウィスリーの手前、そんなことが言えるはずもなく。

「よ、よし。頼むぞウィスリー。妙案を出してくれ」
「あいあい! よーし、ご主人さまのためにがんばるぞー!」

 ウィスリーが左右のこめかみに人差し指をあててウンウン唸り始める。
 そんなので本当にいいアイデアが浮かぶのだろうか……?

「むむっ……久しぶりに本気を出すつもりね、ウィスリー」 

 しかし、メルルの反応を見るに一族で『頭脳派』とされていたのは本当なのかもしれない。
 何よりウィスリーが俺のために一生懸命になってくれてるだけでも胸が熱くなってくる。
 ここはひとつ期待してみよう。

「よっし、閃いた!」
「早いな!?」

 まだ三十秒も経ってないぞ。

「ご主人さま! よーするに、ご主人さま目当ての冒険者がここに来なければいいんだよね?」
「うーん。まあ、そういうことだな」

 十三支部を拠点に定めたのはいいものの、頻繁にスカウトが来るのでは心が休まらない。
 受付嬢の助言に従ってほとぼりを冷ますのがいいのだろうが、そうなると不在の間にカーネルのような者がまた現れるかもしれないし。
 
「だったら、噂を流せばいいんじゃないかな!」
「噂?」
「うん。ご主人さまはもう十三支部にいなくて、別の支部に行ったよーって!」
「な、なるほどな」

 閃きという割には普通の案だったな。

「メルルはどう思う?」
「実にまどろっこしいですね。カーネルのような不埒者はご主人様が自ら薙ぎ払えばよろしいかと」

 メルルの口から信じられない発言が飛び出した。

「ねーちゃはわかってないなー! それだとご主人さまの心が休まらないから駄目って話をしてるのにー!」
「それについては、私が心尽くしの料理で癒して差し上げれば済むことよ。そうですよね、ご主人様?」
「そ、そうかもな」

 ウィスリーが抗議の声もどこ吹く風。
 微笑むメルルに俺はコクコクと頷き返すことしかできない。
 そういえばメルルは一族きっての脳筋という話だったか……。

「あっ、それと噂の『しんぴょーせー』を高めたほうがいいから、ご主人さまは他の支部で仕事を受けるといいんじゃないかなって思うよ!」
「うーむ」

 ひとまずウィスリーの案を詰めてみるとしよう。

 噂を流すのは支部のみんなが協力してくれるはず。
 あのカーネル相手に一歩も譲らなかったんだ。そこに疑いはない。

 もともとここに冒険者がやってくるのは、アーカンソーとしての表立った活動が十三支部で止まっているからだ。
 受付も『アーカンソーが支部を利用した』ことについては事実として認めているのだろうし、それが『アーカンソーが十三支部にいる』という噂を助長させているはず。

 逆に言うと、他の支部でアーカンソーが活動したという履歴が残れば十三支部はノーマークになる。
 しかも誰も俺がアーカンソーと気づいてないから、噂を撒いた後に十三支部へ入り浸っても誰にも気づかれない……。

 あれっ。ひょっとしてこれ、ものすごくいいアイデアなんじゃないか?

 敢えて付け加えるとするなら、他の支部で仕事をするときは『賢者らしい恰好』をしてアーカンソーのイメージを刷新しておけば、俺は十三支部で自由に活動ができるのでは……。

「素晴らしいぞ、ウィスリー! このアイデアは即採用だ!」
「えっ、本当っ!? やったやったー!」

 ウィスリーが大喜びをしている。

「ま、またアイデア対決で負けた……!」

 メルルがガーン! という顔をしていた。

 それを見て、とある仮説が頭に浮かぶ。
 もしかするとウィスリーが頭脳派なのではなく、竜人族が基本的に脳筋なのではないか、と。
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