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第101話 最後の勝者(シエリ視点)
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夕暮れの大通りを歩きながら、あたしは激しい自己嫌悪に陥っている。
「やっちゃった……」
つい反射的に手が出てしまった。
アーカンソーがせっかく意見を求めてくれていたのに、彼を追放したときと同じように一時の感情に身を任せてしまった。
同じ間違いを繰り返すだなんて、なんてバカ。
そもそもアーカンソーは、何の意味もなくあんな下品な問いかけをする男ではない。
ましてや不埒で邪な欲望に突き動かされて、年頃の女の子の反応を見る変態でもない。
もしそんな奴だったら、あそこまで大義名分が整った状況でフワルルを抱かない理由がない。
アーカンソーは一貫して、あたしたちを慮って行動している。
試練もそう。愛の神ヤッターレの部屋を自力で脱出したのもそう。秘密を明かしたのもそう。
これまでずっとそうだった。
だからあの質問は、あたしたちのことを想っての問いかけだったはずだ――!
瞬時にそこに思い至らなかった自分が不甲斐ない。
未熟だ。あまりにも未熟。
これっぽっちも子供を卒業できていない。
本来なら、すぐ謝罪に戻るべきだ。
だけど、今は難しい。
隣にあたしよりもっと深刻な状態の子がいるからだ。
「ううっ、えぐっ! ひどいよご主人ざま、あぢしはお預げなのに……!」
隣を歩くウィスリーがわんわん泣きわめいている。
別に同行するつもりなんてなかったんだけど、さすがにこれを放っておくのはかわいそうすぎる。
「よしよし。ちょっとあっち行こうね」
周りの目があったので、ウィスリーを慰めるために人気のない場所へ移動する。
振り払われるかもと思ったけど、特に抵抗してこなかった。
「前の時とは立場が逆になっちゃったわね」
「ううう~っ!」
ウィスリーの頭を撫でながら胸を貸す。
この子の身長は、あたしよりも頭一つ小さい。
同い年ではあるけど、竜人族は人間よりも成長がゆっくりだと聞いている。
だから、まだ子供。
あたしの方がお姉ちゃんなのだ。
「どうしちゃったの? 何がそこまで悲しいの?」
「ううううっ! だっで、だっでご主人ざまがどっが行っちゃっだら、あぢしまだどごにもいられなぐなる……!!」
アーカンソーがウィスリーを置いてどこかに行く?
それはないと思うけど……ウィスリーの中ではそうなってるってこと?
それにしても……いられなくなる、か。
いられなくなるとは、どういう意味なんだろう。
アーカンソーがハーレムを築いたら、自分の居場所がなくなると思ってる……?
「ああ、そっか」
理解ってしまった。
どうしてウィスリーがアーカンソーから女を遠ざけるのか。
この子にとってアーカンソーは『片想いの男性』でも、ましてや『親』でもない。
『巣』なのだ。
いわばウィスリーは親のいなくなった『巣』を必死で守る仔竜。
だから『巣』に侵入しようとする外敵を何が何でも排除しようとする。
だけど、その『巣』が自分の意志で他の誰かのものになってしまったら?
決定権のない仔竜に過ぎないウィスリーからすれば、その流れはどうやっても止められない。
誰かが『巣』に招かれたら邪魔になった自分が追い出されると思っている。
だから今のこの子は、無力感と絶望感に苛まれているんだ。
「ウィスリー。アーカンソーはきっとどこにも行ったりしないわよ」
「でもハーレムするってご主人さまが……」
俯いたままのウィスリーの口から洩れる声は普段と比べて考えられないほど弱々しい。
ああ、最初から勝負なんてすべきじゃなかった。
この子は障害なんかじゃない。
むしろ、あたしが『巣』に飛び込むなら味方になってあげなくては駄目だった。
アーカンソーを手に入れる?
発想が逆だろう。
あたしがアーカンソーに手に入れられなくてはならなかった。
そこに気付けるかどうか。
それこそがアーカンソーの課した真の試練だったに違いない。
そしてウィスリーはまだアーカンソーの真意に気がついていない。
だから泣いているんだ。
「どうして自分はハーレムに入れないって思うの?」
「だって、あちしはまだ……」
「ハーレムって、別に未成年でも大丈夫よ。褥を共にできなきゃダメってわけじゃないからね」
「えっ、そうなの……?」
ああ、やっぱり。
この子の認識だとハーレムは『巣作り』が前提なんだ。
だから未成年の自分の居場所はなくなると思い込んでいた。
そういうところは、まだ子供。
ま、あたしも他人のことを言えないけどね。
「疑うなら、メルルさんに聞いてみたら?」
「むぅ……」
「それに賭けてもいい。アーカンソーのハーレムに迎えられるのはあたしとアンタよ」
「えっ……!?!?」
「もしかしたらメルルさんも入るかもね」
ウィスリーが口をパクパクさせる。
「そ、そんなこと言って。あちしからご主人さまを取る気だな!?」
あたしはウィスリーのことをまだよく知らない。
だけど、牙を剥いて威嚇してくるこの子の瞳に怯えが混じっているのを見て直感した。
この子はきっと、一度『巣』を奪われたことがあるんだ。
そうなると、すぐに信用を得るのは難しいだろう。
とはいえ、あきらかな勘違いはちゃんと指摘しておく。
「あたしはアンタから、アーカンソーを取ったりしないわ。というかできないのよ」
「は? 何を言ってんだ……?」
お前は敵だろ、とばかりに睨みつけてくるウィスリー。
どうやら少しはいつもの調子が戻ってきたか。
「あいつの頭は、アンタのことでいっぱいだって言ってんの」
「なっ……!」
ウィスリーの顔が真っ赤に染まった。
さらに告げる。
自分にも言い聞かせるように。
「だから、あたしが入れる隙間なんて最初からなかったのよ」
きっと、その隙間はウィスリー以外で代替えが効かない。
だからあたしは入らなくていい。
あいつの隣にいられれば、それでいい。
「なんで、そんなこと言うんだよ」
ウィスリーがジトッと疑いのまなざしを向けてくる。
「ふふっ、ようやく泣き止んだわね」
「……おまえ、何企んでんだ?」
「別に」
ウィスリーにとって、あたしはまだ敵だ。
かまわない。
この子の認識がどうあろうが関係ない。
アーカンソーがあたしを見て『ウィスリーの味方である』と判断すれば、目的は果たせる。
それに何より、あたし自身がこの子の味方になってあげたいと思ってしまった。
その時点で、あたしの負けだ。
つまり表向きの試練……『アーカンソー争奪戦』はウィスリーのひとり勝ちってことね。
とはいえ、負けっぱなしはつまらない。
「あ、そうそう。あたしって実はこの国の第三王女なのよ。本当の名前はメールシア・エルメリク・レ・サージョ」
「…………は?」
「これが例の秘密。言いふらしたくなったら誰かに言ってもいいわよ。そのときはアーカンソーにもアンタが言ったってバレるけどね」
目が点になっているウィスリーに向かって手を振って、十三支部の方へと歩き出す。
「ちょ、おま……勝手に言っといてそれはズルいぞー!」
後ろからついてくる声と気配に不覚にも喜んでしまった。
この子は、もう大丈夫だ。
友達だなんて贅沢は言わない。
腐れ縁から始めましょうね、ウィスリー?
「やっちゃった……」
つい反射的に手が出てしまった。
アーカンソーがせっかく意見を求めてくれていたのに、彼を追放したときと同じように一時の感情に身を任せてしまった。
同じ間違いを繰り返すだなんて、なんてバカ。
そもそもアーカンソーは、何の意味もなくあんな下品な問いかけをする男ではない。
ましてや不埒で邪な欲望に突き動かされて、年頃の女の子の反応を見る変態でもない。
もしそんな奴だったら、あそこまで大義名分が整った状況でフワルルを抱かない理由がない。
アーカンソーは一貫して、あたしたちを慮って行動している。
試練もそう。愛の神ヤッターレの部屋を自力で脱出したのもそう。秘密を明かしたのもそう。
これまでずっとそうだった。
だからあの質問は、あたしたちのことを想っての問いかけだったはずだ――!
瞬時にそこに思い至らなかった自分が不甲斐ない。
未熟だ。あまりにも未熟。
これっぽっちも子供を卒業できていない。
本来なら、すぐ謝罪に戻るべきだ。
だけど、今は難しい。
隣にあたしよりもっと深刻な状態の子がいるからだ。
「ううっ、えぐっ! ひどいよご主人ざま、あぢしはお預げなのに……!」
隣を歩くウィスリーがわんわん泣きわめいている。
別に同行するつもりなんてなかったんだけど、さすがにこれを放っておくのはかわいそうすぎる。
「よしよし。ちょっとあっち行こうね」
周りの目があったので、ウィスリーを慰めるために人気のない場所へ移動する。
振り払われるかもと思ったけど、特に抵抗してこなかった。
「前の時とは立場が逆になっちゃったわね」
「ううう~っ!」
ウィスリーの頭を撫でながら胸を貸す。
この子の身長は、あたしよりも頭一つ小さい。
同い年ではあるけど、竜人族は人間よりも成長がゆっくりだと聞いている。
だから、まだ子供。
あたしの方がお姉ちゃんなのだ。
「どうしちゃったの? 何がそこまで悲しいの?」
「ううううっ! だっで、だっでご主人ざまがどっが行っちゃっだら、あぢしまだどごにもいられなぐなる……!!」
アーカンソーがウィスリーを置いてどこかに行く?
それはないと思うけど……ウィスリーの中ではそうなってるってこと?
それにしても……いられなくなる、か。
いられなくなるとは、どういう意味なんだろう。
アーカンソーがハーレムを築いたら、自分の居場所がなくなると思ってる……?
「ああ、そっか」
理解ってしまった。
どうしてウィスリーがアーカンソーから女を遠ざけるのか。
この子にとってアーカンソーは『片想いの男性』でも、ましてや『親』でもない。
『巣』なのだ。
いわばウィスリーは親のいなくなった『巣』を必死で守る仔竜。
だから『巣』に侵入しようとする外敵を何が何でも排除しようとする。
だけど、その『巣』が自分の意志で他の誰かのものになってしまったら?
決定権のない仔竜に過ぎないウィスリーからすれば、その流れはどうやっても止められない。
誰かが『巣』に招かれたら邪魔になった自分が追い出されると思っている。
だから今のこの子は、無力感と絶望感に苛まれているんだ。
「ウィスリー。アーカンソーはきっとどこにも行ったりしないわよ」
「でもハーレムするってご主人さまが……」
俯いたままのウィスリーの口から洩れる声は普段と比べて考えられないほど弱々しい。
ああ、最初から勝負なんてすべきじゃなかった。
この子は障害なんかじゃない。
むしろ、あたしが『巣』に飛び込むなら味方になってあげなくては駄目だった。
アーカンソーを手に入れる?
発想が逆だろう。
あたしがアーカンソーに手に入れられなくてはならなかった。
そこに気付けるかどうか。
それこそがアーカンソーの課した真の試練だったに違いない。
そしてウィスリーはまだアーカンソーの真意に気がついていない。
だから泣いているんだ。
「どうして自分はハーレムに入れないって思うの?」
「だって、あちしはまだ……」
「ハーレムって、別に未成年でも大丈夫よ。褥を共にできなきゃダメってわけじゃないからね」
「えっ、そうなの……?」
ああ、やっぱり。
この子の認識だとハーレムは『巣作り』が前提なんだ。
だから未成年の自分の居場所はなくなると思い込んでいた。
そういうところは、まだ子供。
ま、あたしも他人のことを言えないけどね。
「疑うなら、メルルさんに聞いてみたら?」
「むぅ……」
「それに賭けてもいい。アーカンソーのハーレムに迎えられるのはあたしとアンタよ」
「えっ……!?!?」
「もしかしたらメルルさんも入るかもね」
ウィスリーが口をパクパクさせる。
「そ、そんなこと言って。あちしからご主人さまを取る気だな!?」
あたしはウィスリーのことをまだよく知らない。
だけど、牙を剥いて威嚇してくるこの子の瞳に怯えが混じっているのを見て直感した。
この子はきっと、一度『巣』を奪われたことがあるんだ。
そうなると、すぐに信用を得るのは難しいだろう。
とはいえ、あきらかな勘違いはちゃんと指摘しておく。
「あたしはアンタから、アーカンソーを取ったりしないわ。というかできないのよ」
「は? 何を言ってんだ……?」
お前は敵だろ、とばかりに睨みつけてくるウィスリー。
どうやら少しはいつもの調子が戻ってきたか。
「あいつの頭は、アンタのことでいっぱいだって言ってんの」
「なっ……!」
ウィスリーの顔が真っ赤に染まった。
さらに告げる。
自分にも言い聞かせるように。
「だから、あたしが入れる隙間なんて最初からなかったのよ」
きっと、その隙間はウィスリー以外で代替えが効かない。
だからあたしは入らなくていい。
あいつの隣にいられれば、それでいい。
「なんで、そんなこと言うんだよ」
ウィスリーがジトッと疑いのまなざしを向けてくる。
「ふふっ、ようやく泣き止んだわね」
「……おまえ、何企んでんだ?」
「別に」
ウィスリーにとって、あたしはまだ敵だ。
かまわない。
この子の認識がどうあろうが関係ない。
アーカンソーがあたしを見て『ウィスリーの味方である』と判断すれば、目的は果たせる。
それに何より、あたし自身がこの子の味方になってあげたいと思ってしまった。
その時点で、あたしの負けだ。
つまり表向きの試練……『アーカンソー争奪戦』はウィスリーのひとり勝ちってことね。
とはいえ、負けっぱなしはつまらない。
「あ、そうそう。あたしって実はこの国の第三王女なのよ。本当の名前はメールシア・エルメリク・レ・サージョ」
「…………は?」
「これが例の秘密。言いふらしたくなったら誰かに言ってもいいわよ。そのときはアーカンソーにもアンタが言ったってバレるけどね」
目が点になっているウィスリーに向かって手を振って、十三支部の方へと歩き出す。
「ちょ、おま……勝手に言っといてそれはズルいぞー!」
後ろからついてくる声と気配に不覚にも喜んでしまった。
この子は、もう大丈夫だ。
友達だなんて贅沢は言わない。
腐れ縁から始めましょうね、ウィスリー?
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