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私は何者か
しおりを挟む少年が帰ってきたのはそれから数十分経った後だった。
押し付けられたように渡された水は既に空になっており、コップは手持ち無沙汰の慰み物になっている。
遠くの方からガヤガヤと音がして少年が出て行った扉に視線を向けた。
お待たせしましたー。なんて元気な声で少年が入ってきた。その背後に連れているのはあの時の王子様。
確か名前はイェシル・レオ・ウインターだったはず。
イェシル殿下は私の寝起きの姿を確認すると音がするほど強く少年を叩いた。
まあ、女性のいる部屋にノックも無しにしかも、男が入ればそうなるでしょう。例えそれがガリガリの魅力のない女だとしても。
そういえば少年は何で居たのだろうか。
力加減もなく叩かれたのか少年は頭を抱えて踞くまる。
ぴろぴろと耳を震わせていわゆるいか耳になっていた。
少し申し訳ないが少年に駆け寄ろうとも身体が動かないので放置だ。
とりあえず喉が潤ったお陰ででるようになった声で疑問でも投げ掛けてみようかな。
「なぜ、私をあのまま死なせてくれなかったのですか。」
せっかく、あの人の元に行けると思ったのに。
イェシル殿下はどこか優しげに私を見つめて、突拍子もないことを言ってきた。
「お前が気に入った。俺の嫁になれ。」
「……。」
何を言っているのかこの王子様は。
ゆっくりと狩りを楽しむ動物のように近づいてくるイェシル殿下をじっと見つめていると、愉快そうに口元に弧を作り出す。
ついと手が伸ばされ、髪飾りが私の手に乗せられた。
思い出すのはあの忌々しい日の事ばかり。
だけどこれをイェシル殿下が持っていたのなら、あの証拠は確認済みのはず。
呆けた様に髪飾りを見つめていると、顎を捕まれ顔を向けさせられた。
「なるほど、死んだような目をしているな。生きているのは残念か?」
私は答えなかった。
だってその通りだったから。
「だが、生きてて良かったと思うはずだ。なにせ、今度は自ら復讐出来るのだから。」
「!」
そうだ。
私は生きている。
あの女の計画は証拠と私と言う証人が揃っているこの時点で狂ってしまっている。
私は誰かに託す復讐ではなく、自らあの女に復讐できるのだ。
そう分かると胸の奥で何かが脈だつのを感じた。
きっとこれは歓喜の感情。
あの人を殺した、あの女にこの手で復讐が出来ることへの。
ならばまだ生きなくては。
待たせるけどあの女を先に送ってから私も行くからね。大切なカイン。
「まるで炎の様だ。」
「ありがとうございます。この身であの女に復讐できるチャンスをくれて。」
「はは。あくまでもチャンスだがな。だが、良い顔だ。」
この男の言葉は死神の囁く甘露の言葉の様で、私は嬉しくなった。
あの時の絶望をあの女にも…。
あの女は言っていた数ヶ月をかけて国に帰ると。なら、準備期間は沢山ある。それに切り札も。
だけど、私には実現するための資金が無い。無いなら作る。
目の前の男は言っていた。私が気に入り、嫁なのだと。
惚れている男を利用するなんてなんと言う悪女なのかしら。
復讐出来るなら悪女にもなってあげるし、イェシル殿下の好みの女にもなってあげるわ。
「私の復讐を手伝って。手伝ってくれたら私の知識をあげる。」
「全て?」
「私はヒィスナ、いえ、汰識 怜悧転生者よ!」
あの女は間違えていた。カインは私の語る夢物語を形にしてくれただけ。
そして、どす黒い政治に巻き込まれることを防ぐために私の隠れ蓑としてまるで自分が転生者であるかの様に振る舞った。
それにどれだけ助けられたか。
あの女を始め、一部の貴族は彼の知識を他の国の乗っ取りのために使おうとしていた。野獣の様にギラギラとした欲望の中、カインは拒否をして一切作らなかった。
作ろうと思えば彼は作れたはず、だけど、殴られようが追い詰められようが自分に被害があるだけなら、作る処かアイディアさえ語らなかった。
私は彼がボロボロにされるのが嫌で何度も教えようとしたけど、彼は私の口をふさいで優しく首を降るだけ。
いつからか、私は彼が物を作る為の人質になった。そしたら多少なら欲望が満たされる物を作ったから。
これじゃあ、私が本当は転生者なんて言ったらもしかしたらカインが殺されるかも。暗い監禁されていた部屋でそう怯えて過ごす日々。
だけどもう、隠さない。
私を守ってくれたあの人が、ストッパーだったあの人が居なくなってしまったから。
この世界が変わってしまう物を作り出そう。
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