貧民オメガは許されざる恋をする

雨宮里玖

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 ルーシスは十八歳になった。そのころにはレヴィンの教育とルーシスの努力の賜物で、ルーシスは、ちまたで噂されるほどのオメガになっていた。
 その噂がついにイーベンガルド子爵の耳にも届いたのだ。

「手紙が、来た……」

 ルーシス宛てに届いた手紙はきちんと封蝋が施されており、中身を見てもイーベンガルド子爵からの正式な手紙だった。
 その内容は、ルーシスをイーベンガルド家に迎え入れることを前提に面会したいという趣旨の手紙だった。

「ついに来ましたか! レヴィン様の思惑どおりですね!」

 応接間で手紙を開封して立ち尽くしていたルーシスの横から、カイが手紙を覗き込んできた。

「ルーシスさんもここまでよく頑張りましたね。賢くて美しいオメガがいると評判になっていますから、イーベンガルド子爵も放っておかなかったですね」
「そ、そんなことはないですけど」

 カイに褒められて少し照れくさい。ここまで頑張れたのはルーシスだけの力ではない。なによりも、レヴィンがルーシスにいろいろなことを学ばせてくれたのだ。

「レヴィン様にすぐに報告しなければ。大変喜ばれますよ!」

 カイがレヴィンの部屋に向かおうとしたとき、レヴィンが「朝からどうした?」とのんびりとした足取りで現れた。

「レヴィン様! こちらを見てくださいっ」

 カイがルーシスの手にあった手紙をそっと受け取り、レヴィンに手渡した。レヴィンは神妙な面持ちで手紙を読んでいる。

「当然の結果だな」

 レヴィンは手紙をルーシスに返してきた。
 レヴィンに笑顔はなかった。レヴィンにとって喜ぶほどのことではなく、こうなることは想定内だったということなのだろう。

「ルーシス。よかったな」

 レヴィンはルーシスの頭に触れようとして、手を引っ込めた。いつもなら髪を撫でてくれるのに、どうしたのだろう。

「ついにルーシスが子爵夫人か。もう俺が迂闊に触れてはいけないな」

 レヴィンにそのように言われて胸が苦しくなる。
 子爵と結婚をするということは、そういうことだ。この身は旦那様のもの。他のアルファと気軽に接触することは許されない。他のアルファの匂いをさせているオメガなど、嫌に決まっている。

「いいえ、まだそうと決まったわけでは……ただ会いたいって言われただけですから」

 正直な気持ち、嫌だ、と思った。わかってはいたものの、ついにこの邸宅を出ていくときが近づいてくるのが恐ろしくてならない。

「決まっている。子爵がルーシスに会ったらますます好きになるだけだ。俺の目に狂いはない」

 レヴィンはそれ以上は何も言わず、身を翻して「風に当たってくる」と外出してしまった。
 レヴィンとふたりで子爵夫人になるべく頑張ってきたのだ。その目標に大きく近づくことができて、もっと褒めてもらえると思っていたのにレヴィンの反応は薄かった。

「レヴィン様、どうしたんでしょうね」

 カイも同じことを感じていたようで、レヴィンの背中を見送りながらクビをかしげている。
 レヴィンは朝はあまり得意じゃない。寝起きであまり機嫌が良くなかったのかもしれない。

「とにかく準備です! ルーシスさんの言うとおり、まだ決まったわけではありません。この機会を必ず逃さないようにしましょう!」

 カイは親身になってルーシスを応援してくれようとする。あれを支度しなければ、これも、これも、とぶつぶつ独り言をいいながら仕事を始めた。
 あと少しだ。
 レヴィンの望みを叶えて、今までの恩返しをする。レヴィンのために子爵との橋渡しになる。そのために、この身を尽くすのだ。
 そしてレヴィンと過ごせる日々も終わりが近づいている。レヴィンと過ごした一年間は、ルーシスにとって宝物のようだった。
 ルーシスは子爵からの手紙を胸に当てる。
 レヴィンのことを望んではいけない。ここに残りたいなどと我が儘を言ってはいけない。
 最初からルーシスの運命は決まっていたのだから。


 時はあっという間に過ぎ、子爵に面会する日になった。
 ルーシスは子爵の住む邸宅が視界に入り、緊張でつばを飲み込む。そして、もらった手紙を最後にもう一度読み返し、胸に当てる。この十五日間、面会の日が近づくのが怖くて気が気じゃなかった。覚悟が鈍りそうになるたびに、このようにして心を決めてきた。

「その手紙がそんなに嬉しかったのか?」

 レヴィンがルーシスを見て呆れ顔をする。レヴィンも子爵に呼ばれたそうで、ルーシスとともに子爵の家に向かっている。

「はい。これこそレヴィン様のお望みですものね……。それを叶えられたら本望です」

 この言葉は嘘ではない。だが苦しい。胸が締めつけられるように苦しい。

「ルーシスは子爵の顔も知らぬのだろう?」

 レヴィンは子爵の家の前で足を止めた。つられてルーシスもその場に立ち止まる。

「はい。話をしたことも、見かけたこともありません」

 庶民がそうやすやすと子爵に会えるはずもない。子爵に会って話をするのは今日が初めてだ。

「それでもいいのか? 向こうが気に入ってくれても、お前が嫌だと思うこともあるのではないか?」
「いいえ。相手がどんな人でも、求婚されたら受け入れます」

 断るという選択肢は最初からない。この身はどうなってもいいのだ。ただ、レヴィンの幸せのためだけに結婚するのだから。

「もし、相手がいつも偉そうにしている、いけ好かない男だったら?」
「それでも構いません」
「じゃあ、愛情表現が下手くそで無愛想な、つまらない朴念仁だったら?」 
「いいです。結婚します」

 ルーシスはむきになって答える。レヴィンは何が言いたいのだろう。子爵と結婚しろと言ったのは他でもないレヴィンだ。

「次は見た目だ。もしそいつがこーんな顔をしていたらどうする?」

 レヴィンは両手で自分の顔をはさんで、わざと不細工な顔をしてルーシスに迫る。その顔が可笑しくてルーシスは吹き出した。

「アハッ。レ、レヴィン様、待って……そんなこと、レヴィン様が、アハハ……」

 レヴィンがこんなお茶目なことをするとは思わなかった。ルーシスは笑いが止まらない。

「いいのか? この顔でも結婚するのか?」
「します。しますよ、アハハッ」

 レヴィンが笑わせてくれたお陰で、緊張の糸がほぐれた。もしかしたらレヴィンはルーシスを励ますためにこんなことをしてくれたのかもしれない。

「本当に? どんな男でも?」

 レヴィンは真面目な顔に戻り、ルーシスに訊ねてきた。

「しつこいですね。しますよ。レヴィン様に必ず恩を返してみせます。私はレヴィン様が大好きなんですから」

 言ってしまってからハッとする。つい本音が出てしまった。
 でも話の流れでさらりと言ったものだ。レヴィンは気にしていないだろうか。

「い、行きましょう、レヴィン様。子爵様に気に入られるよう、精一杯頑張りますね」

 ルーシスは子爵の家の扉についている金属製のノッカーを握って扉を叩く。レヴィンがどんな顔をしているのか、とてもじゃないが恐ろしくて見られない。

「ああ」

 レヴィンの返事は簡素だった。
 レヴィンの気持ちはいつもわからない。無愛想で朴念仁なのは子爵じゃなくてレヴィンのほうだ。
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