からかわれていると思ってたら本気だった?!

雨宮里玖

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善と悪 〜ヒカルside〜

1.

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ヒカル Side


「あれは兄貴の車だ。俺が使ってるのはロールス・ロイスだから。俺を迎えに来たんじゃない」

 教室の窓の外に停車する車の存在を一瞥した後、ヒカルは遥樹にそう伝えた。

「え?! マジで?! ヒカルの兄貴が、ヒカル以外の誰に用事があるんだ?!」

 遥樹が驚くのも最もだと思う。

「知らねぇ」

 本当は一真が弦を迎えに来たことをヒカルはわかっているが、それを口に出したくない。

「誰だあれ。……弦? 弦が車に乗ったぞ。ヒカルの兄貴と弦って知り合いだったのか……?」

 遥樹がいちいち実況してくるのが腹立たしい。弦が一真の車に乗っただなんて聞きたくもない。

 ヒカルは教室を去り、図書室を目指していつもの廊下をひとり歩いていく。

 その道すがら、考えたくもないが今まで自分がしてきたことの後悔が頭の中を駆け巡る。そしていつだって思い出すのは弦のことだ。



 クッソ! どいつもこいつもふざけやがって!
 誰だよ、俺がなんでも持ってるなんて言った奴は!

 俺には何もない。
 俺の欲しいものは、全部手に入らない。

 何もかも、一真のものだ——。






 ヒカルは七年前、弦とヒカル、一真の三人でホームパーティーを抜け出したあと、山で道に迷ったときのことを思い出していた。

「ここはどこなんだよ……」

 夜の暗闇と、鬱蒼とした木々に囲まれた山の中で、一真が泣き言を言った。

「怖いね……」

 さっき知り合ったばかりの少年、弦が怯えながらヒカルの上着の袖にしがみついてくる。

 二人とも情けないなとヒカルは思っていた。道に迷ってはいるものの、方角アプリもGoogleマップもあるのだから帰れないことはないだろうと当時十一歳のヒカルは算段していた。

「うわぁっ!!」

 ヒカルのそばにいたはずの弦が消えた。足を滑らせたのか、急坂を転がっていく。

「おい! 大丈夫か?!」

 スマホのライトで照らしながら、一真と二人で弦を探す。

「痛ってぇ……。ごめん、しくった……」

 言いながら立ち上がろうとした弦が、苦悶の表情を浮かべたまま立ち上がれない。どうやら足をひどくひねったようだ。

「怪我したのか?!」

 一真が弦にかけ寄り、具合を確かめている。

「傷もすごいし、足首めっちゃ腫れてるじゃん。ヤバいなこれ……」
「大丈夫。なんとか歩けるよ」

 弦は木をつたい、一真とヒカルの手を借りながら尾根の山道までなんとか戻ってきた。
 その後、下山しようとするが、弦は足を引きずり、あきらかに辛そうだ。



「弦。乗れよ」

 ヒカルは弦の前にしゃがんで、背中に乗るように指示をした。
 ヒカルと弦は同級生だが、ヒカルはその当時で既に160センチに届くくらいの体格で、反対に弦は140センチくらいしかなく小柄で痩せていた。頭一つ分の体格差があるなら、弦をおぶって歩くくらい、何でもないことだと思った。

「悪いよ……」
「早くしろ。お前さっきから遅すぎる。俺は早く帰りたいだけだ」

 そう言ってやると、弦は「わかった」とおぶさってきた。ヒカルは弦を背負って山道を歩く。

「ごめん、ヒカル……」
「大したことじゃない。お前軽いから」

 気を遣ったわけじゃない。本当に弦は軽かった。

「ありがとう。ヒカル。道に迷っても、すぐに帰り道を見つけ出しちゃうし、怪我した俺を助けてくれるし、ヒカルがいると何が起きても大丈夫だって安心するよ」

 弦は既にヒカルの首に回していた腕で、さらにぎゅっと抱きついてきた。そしてヒカルに頭をもたれてきた。そんな弦のことを可愛いと思った。

「お前のことは俺が守るから」

 弦に頼られたのが少し誇らしくなり、そんな言葉が口をついて出た。

「うん」

 小さな弦の返事が聞こえた。
 


「ヒカル、疲れたら俺が交代するから」

 道のりは長い。一真の言葉に従って、兄弟二人で交代しながら弦を背負って進んでいった。
 そうしてやっと見慣れた景色にまで戻ってこれたのだ。



 苦労して戻ってきたのだから、「大丈夫だったか? 心配したんだぞ」と父親に優しく声をかけてもらえるとばかり思っていた。だが、想定外に非難の言葉を浴びせられる。

「なんてことをしてくれたんだ! どれだけの騒ぎになったのかわかるか?! 自分たちの立場をきちんと理解しろ!」

 父は激怒していた。ヒカルと一真が何も言わずにいなくなったことで、子どもの誘拐騒ぎとなり、パーティーどころではなくなり急遽中止。ゲストに「申し訳ありません」と頭を下げてまわったらしい。

 さらには警察沙汰。二人が持っていたスマホのGPSが指し示す山への捜索隊が出動。
 ヒカルとしては迷子になったあと、父から着信があった際に「問題ない。道に迷っただけ」ときちんと理由を告げたのだから大丈夫だろうと思っていたのに、「子どもだけで自力で下山は無理だろう」「実は誘拐で、犯人に言わされている可能性も考えられる」と最悪の状況まで想定して捜索&救出を要請したらしい。

 ヒカルたちが思った以上に大人たちは大騒ぎしていたようだ。そのせいでヒカルの両親は迷惑をかけたあちこちに謝罪してまわらねばならなくなり、それが父の逆鱗に触れたのだ。


「誰だ! こんなふざけたことを考えたのは!」

 ホームパーティーはいつもだるいから、そこから抜け出したいと言い出したのはヒカルだ。それなら宇宙ステーションを見に行こうぜと言葉を返したきたのは一真だ。

 だからこそ、ヒカルも一真も自分は悪くないと黙っている。

 二人は父から「将来二人のうちのどちらかを後継者にする」と言われており、それから互いになんとなく父の顔色を伺うようになり、父の前では点数稼ぎのような行動をしていたからだ。

 今回の首謀者だと名乗りをあげたら父からの心象がものすごく悪くなることは目に見えている。

 少しの沈黙が続いた。

 だが、不意に弦が顔をあげ、真っ直ぐな瞳でヒカルの父親を見る。

「俺です。俺が二人を山に誘いました」

 弦はヒカルの父親から目を逸らさない。父は弦に対して温かみのない視線を返す。

「ごめんなさい。こんな大ごとになるなんて思わなかったんです」
「弦! 手伝いをサボりたいならお前ひとりで逃げ出せばよかったんだ! よりによってお客様の大事なご子息を巻き込むなんて、なんてことを……」

 弦の父親が弦を責め、「息子がご迷惑をおかけして申し訳ありませんっ」とヒカルの父親に何度も何度も頭を下げる。

「いや、違う。俺だ。俺が言い出したんだっ」
「弦じゃない、俺だよっ」

 三人のうち、間違っても弦だけは悪くない。ヒカルも一真も慌てて訴えるが、すでに遅し。
 今回の件で皆を扇動したのは弦、二人は弦を庇って自分のせいだと言っているだけ、という構図ができあがってしまった。



 弦が帰るときになって、やっと二人きりになれたので「お前は悪くないのに、弦のせいにしてごめん。変なことに巻き込んで後悔してる」とヒカルは弦に謝った。

「俺はちょっと怒られるだけで済むから大丈夫だ。ヒカルたちはそうはいかないんだろ? 金持ちも色々大変なんだな」

 今回の事件の首謀者にされたくせに、弦は笑顔を返してきた。

「二人は山で怪我した俺を助けてくれた。だから恩返しだよ。俺、あのとき足手まといだから山においてかれると思ったよ」
「バカ。そんなことするわけないだろ」
「そっか。でも今日知り合ったばかりだし、ちょっとだけ不安だった。見捨てないで俺を連れてきてくれてありがとう!」
「ほんとバカだな……」

 罪を庇ってもらって、礼を言うのはこっちのほうだ。なのになんで弦のほうから「ありがとう」なんだよ……。
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