からかわれていると思ってたら本気だった?!

雨宮里玖

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進めない

3.

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「ちゃんと……?」

 ヒカルが怪訝な顔になる。
 何か違うのかと、弦はドキッとした。

「弦は今の関係で満足してるの?」
「えっ、まぁ……。畏れ多いくらいだけど……」

 これで満足しないってなんだ?

「俺たち、手を繋いでキスもしたし、触り合いっこもしたけどさ。その先は?」
「へっ……」
「男同士でも繋がることできるの知ってるよな?」
「………っ!」
「付き合って半年。高校もとっくに卒業した。弦、そろそろ俺とそういうことしてみない?」
「わーっ!!」

 弦はたまらず自分の声でヒカルの声をかき消した。
 ここはファミレス! パブリックな場所!
 そんなことを耳元で囁く場所じゃない!

「……別にいい。無理強いはしない」

 ヒカルはぽんと弦の頭を叩いてから、もとの席に戻っていった。



「ヒカル……」
「そうだ、弦。お前が貸して欲しいって言ってた本、持ってきた」

 ヒカルは急に話題を変えて、弦に一冊の本を差し出してきた。

「あ、ありがとう……」
「弦はこういう話が好きなんだな」
「まぁ、なんか読んでみたくて」

 弦がヒカルに貸して欲しいと願った本は、少し話のテーマが重めの小説だ。
 本屋で見かけて読んでみたいと思ったが、1700円の本はちょっと手が出しづらかった。そんな話をヒカルにしたら、既に読み終わって家の本棚にあるというので遠慮なく借りることにしたのだ。

「弦のこと、もっと知りたいな」
「えっ?」
「好きな本、好きな音楽、行ってみたい場所。俺は弦のすべてを知りたい。だからもっと一緒にいてよ」

 ヒカルはテーブルの下で長い足を弦の足に絡めてきた。

「弦と四六時中一緒がいい。弦がいてくれると楽しいと思えるし、嫌味な俺がどこかに消えていなくなる。俺は弦といるとすごく気持ちがラクなんだ」

 足に絡みつくヒカルの足は、弦を捕らえたまま離れない。

 弦がヒカルの顔を見ると、ヒカルはパッと顔を上げ、弱々しく笑ってみせた。

 その仕草、まったくもってヒカルらしくない。ヒカルは誰かに合わせたり媚びたりして笑ったりしない。
 だからこそ弦は妙な違和感をおぼえた。



「弦にちょっと見せたいものがあるから、少しうちに寄ってくれないか?」

 デート終わりに、ヒカル専用ロールス・ロイスの車内でヒカルに誘われた。

「え? いいけど、何?」
「いいから。俺の部屋に来てから教えてやる」

 なんだろう。部屋に呼び寄せてまでヒカルが見せたいものって。

 気がつけば車外は真っ暗だ。もうすぐヒカルともお別れだ。

 次に会う約束はしていない。順当にいけば、また来週会うことになるだろうけど。

 弦は急に寂しくなって、隣に座るヒカルにそっと手を伸ばす。それに気がついたヒカルが、すかさず弦の指に自らの指を絡めてきた。

 運転手はいるが、当然前を向いて運転しているので、ふたりの詳しい様子までは見ていないだろう。
 そう思って弦がヒカルと絡めた指にぎゅっと力を込めるとヒカルも握り返してきた。そのヒカルの手は意外にも少し震えていた。



 ヒカルの家に到着し、運転手が車のドアを開ける。運転手にうやうやしく頭を下げられて、弦はなんだか萎縮してしまった。

「もういい。さっさと下がれ」
「はい、ヒカル様。承知しました。こちらで失礼いたします」

 ヒカルは運転手を鼻であしらっている。十八歳が中年男性に対して偉ぶるなんてすごいなと思うが、完全なる主従関係なのだろう。
 ヒカルは生まれてこの方、この環境で育ってきたのだろうから、召使いに囲まれた暮らしをなんとも思ってないようだ。

 御曹司ヒカルと貧困家庭に育った自分。ヒカルとは常識が違いすぎて本当に驚くことばかりだ。


 ヒカルの家のリビングを抜けようとしたとき、そこに一真がいた。一真は弦の姿を見るなり、「弦っ!」と駆け寄ってきた。

「久しぶりだ。ねぇ、大学生活はどう?」
「あの——」

 気さくに話しかけてくる一真に弦が答えようとした瞬間、ヒカルにぐいっと腕を引っ張られた。

「軽々しく弦に話しかけるな」

 ヒカルは一真に冷たい視線を向ける。にべもないヒカルの態度に、一真は明らかに不機嫌な顔になった。

「弦は俺の友達だけど。まさか弦の周りにいる人間全部を排除する気か? ヒカルは最悪だな」
「そうじゃない。一真、お前が気に入らないだけだ」
「へぇ。いっつも俺を見下してたくせに、まさか俺に怯えてんの? あのヒカルが?」
「…………」

 ヒカルは黙った。

「必死になるってことは、それだけ危ういってことだ。俺、諦めるの諦めようかな」

 なんだ? 諦めることを諦めるって……。

「うるさいっ! 行くぞ、弦っ」

 ヒカルは問答無用で弦の腕を掴んで引っ張り、自室へ向かうため階段を上がっていった。
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