からかわれていると思ってたら本気だった?!

雨宮里玖

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そばにいて

1.

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 弦は渋谷の街の大型ビジョンを眺めていた。
 ざっと見渡せる範囲に六つのビジョンがあり、それらがすべてシンクロして同時放映で同じCMが流れている。
 そこに映っているのはヒカルだ。
 ヒカルの家の会社の新商品CM。

 CMの中のヒカルは、新商品のカメラを構えている。やがてカメラを下ろしたときにヒカルのあの完璧な顔が露わになる。
 ヒカルは溜め息が出るくらいの完璧な美しさだ。
 真っ直ぐにこちらを見つめているヒカル。「この世界の一瞬を君と」と、テロップが現れ、ヒカルが少しだけ頬を緩め、優しい顔になる。
 その微笑んだ顔がめちゃくちゃかっこいい。

 周囲からも「かっこいい!」「これ誰?!」と声が聞こえてくる。
「やばくない?! あんな美形がこの世界のどこかにいるの?!」
「あの子知ってる! この春からT大に通ってるんだって!」
「あんな頭小さいのに、めっちゃ頭いいの?!」

 弦もそのとおりだと思う。ヒカルほどの逸材はいない。
 世間には公表されていないが、ヒカルがこのCMをしている会社の社長の息子だと知れたらもっと話題になるのだろう。いい意味でも悪い意味でも。




 ヒカルと別れてから一ヶ月が過ぎた。ヒカルが恋人だったなんて夢みたいな話だ。
 短い間でも、ヒカルと仲良くできて楽しかった。
 今になって振り返れば、ヒカルと勉強したり、部屋でのんびり過ごしたり、時々は二人で出かけてみたり、どれもいい思い出だ。

 別れ際になるといつもヒカルは「さみしい」と弦にひっついてきた。あのときのヒカルの切なそうな顔が今も忘れられない。

 ヒカルとキスもした。それも何回も。
 ヒカルは事あるごとにキスを仕掛けてきた。弦が恥ずかしいと嫌がっても半ば強引にキスをしてきたことを思い出した。

 ヒカルはいつだって努めて愛情表現をしてくれていた。少しずつだが、厳重に閉ざされていたヒカルの心の奥底を垣間見ることができるようになってきたところだったのに。




 ——あれが、嫌々かぁ……。

 ヒカルはモデルの仕事は好きじゃない、嫌々やっていると言っていたが、出来上がった作品を見ればヒカルはプロみたいだ。引き受けた以上は、きちんと仕事をこなしているのだろう。ヒカルは表面上を取り繕うのは得意だろうから。



「弦」

 不意に名前を呼ばれて振り返ると、笑顔の一真がひらひらと弦に向けて手を振っている。

「ヒカルのCM観にきたの?」
「うん」

 一真は弦のすぐ隣に並んで、大型ビジョンを見上げた。

「ヒカルすごいよね。我が弟ながら末恐ろしいよ。俺が後継者だけど、いつ下剋上されるかわからないな」
「ヒカルはそんなことしないよ」

 ヒカルには人を攻撃するつもりはないと思う。ただ言い方や態度が悪いからいつも誤解されるだけだ。

「一真もヒカルのCM観に来たのか?」
「ううん。俺は弦に会いに来た」
「えっ?」

 一真はどうして弦がヒカルのCMをわざわざ観に来たことがわかったのだろう。

「だって弦が俺に会いに来ないんだもん」
「何の話……?」

 何か一真と会わなきゃいけない理由があっただろうか。

「ヒカルから聞いた。あいつ、弦に振られたってわざわざ俺に言いにきた。俺に負けたみたいな顔しててさ、初めて見たよ、ヒカルのそんな顔」

 幼い頃からすべてにおいてヒカルが上だったと聞いた。ヒカルが一真に負けることなどなかったのだろう。

「それで俺は有頂天になって、弦からの連絡を待ってた。でもいつまで経っても来ないから、俺から弦に会いに行くことにした」

 すぐ横にいる一真を見ると、一真も弦を見て、爽やかな笑顔を向けてきた。

「なんで俺がここにいるってわかったんだ?」

 何か用があるなら普通に連絡をくれればいいのにと、弦は首をかしげる。

「え? 一種の賭け、かな……」
「賭け?」
「そう。弦がここにいるかいないか、俺は賭けてみた」

 一真は変な賭けをするんだなと思った。それになんの意味があるんだろう。

「じゃあ一真の賭けは大当たりだな」

 一真の思ったとおりに弦はここにいた。これは一真の予感が的中したから大当たりだ。弦はそう思ったが、一真は意外な答えを返してきた。

「いや、負けた。俺の賭けの結果は負け」
「なんで?!」
「俺は弦がここにいなければいいなって思ってた。もしいなかったら弦に連絡して、会いに行こうと思ったんだ」
「え……」

 弦には、一真が言わんとすることの話の内容がまったく読めない。

「俺はこのビジョンに映ったヒカルを見る、弦のことを見てた。弦がヒカルを振ったくせに、弦は未練がましい顔でヒカルを見上げてた。ここに来たのもヒカルに会いたいからなんでしょ? さっきまで泣きそうな顔してたのも、ヒカルのこと思い出してたんじゃないの?」
「…………っ!」

 驚き過ぎて言葉に詰まった。一真は弦の心を全部言い当ててきて、反論の余地もなかった。

「ヒカルと別れても、弦は俺と付き合う気なんてないんだろ?」

 弦は小さく頷いた。
 一真はいい奴だと思う。だが友達の域を出ることはない。

「やっぱり。俺が弦を好きになって、ヒカルとの仲がこじれちゃったから、弦が責任感じて俺たちの前から消えようとしたんだな」

 やっぱり一真だ。これこそ一真だ。何も言わなかったのに、弦の気持ちを理解してくれている。

「昔から弦は変わらないな。初めて会ったときも弦は俺とヒカルを庇って自分が代わりに怒られてた。今も、弦は何も悪くないのに俺たちが争うのが嫌だから身を引いたんだろ?」
「うん……だから、一真はヒカルと仲良くしてよ。昔みたいにさ」

 弦の訴えに一真は大きな溜め息をついた。

「弦はいっつもヒカルヒカルって、俺といてもヒカルの話ばっかりだな」
「ヒカルには、いつも一真の話ばかりするって怒られたんだけどな……」

 一真は「そうなの?!」と笑った。意外に思ったのかもしれない。



「やっぱ俺は弦が好きだなぁ」

 一真に愛おしそうに見つめられ、ドキッとした。

「俺ね、好きな人には幸せになってもらいたいと思うんだ」

 一真の優しい手が、弦の頭をそっと撫でた。

「だから、諦める。俺、弦のこと大好きだ。どうか幸せになって」

 一瞬、一真に抱き締められるかと思った。そのくらい近くまで両手を伸ばしてきたが、弦に触れることはなく、すぐに身を引いた。

「かず……!」

 一真を引き留めようとしたが、一真は渋谷の街の雑踏の中にあっという間に紛れていく。
 幸い一真は背が高いから、なんとか見える後ろ姿を見失わないよう追いかけていたときだ。
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