多分前世から続いているふたりの追いかけっこ

雨宮里玖

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1.やばい風紀委員

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「おはようー」
「おはようございますー」

 今日は高校入学して初めての登校日だ。まだ慣れないので少し緊張するが、蒼井あおいは新しい環境にどこか期待もしている。

 学校の入り口の前には教師と風紀委員が左右にずらりと並んでいる。ここで毎日服装に乱れがないかどうかをチェックされるようだ。

 蒼井はまったくもって問題ないはずだ。だって新入生の初日から制服を着崩すなんてことはしない。むしろガチガチすぎるくらいだ。

 なのに。

「君、ちょっとこっち来てくれる?」

 風紀委員の一人に呼び止められた。

 え、なんでなんでと思うが、当然抗えない。

 言われるがまま、皆の登校の列から外れて、服装チェックのための教室に連れていかれる。蒼井以外にはスカートが短すぎる女子や、ピアス男などあきらかに校則違反だろという奴らばかりがいる。


「俺、何か間違えましたか? あの、きょ、今日が初登校でまだこの学校のルールとかよく知らなくて……」

 聞かれてもないのに口をついて出る言いわけ。
 だってなんか怖い。この風紀委員、さっきからこっちをジロジロと眺めてばかりだ。しかもその顔が超絶整っており、もはや芸術品だ。その吸い込まれそうな綺麗な目でガン見されると同性なのになぜかドギマギする。

「君と俺って、前にどこかで会わなかった?」

 美形風紀委員が、わけのわからないことを言い出した。さっき俺、今日が初登校って言いましたよ? 聞いてましたかー?

「いいえ、初めてです」
「そっか。そうだよね……。なんか君に運命を感じちゃったのかな。あ、君、名前は?」
「蒼井ですけど」
「蒼井君ね。じゃあ、アオって呼ぶね」

 いきなりあだ名で呼ぶか普通! 馴れ馴れしい奴だなと思うが、こいつはきっと二年か三年の先輩だ。嫌とは言えない。

「アオ。この学校の校則に、パンツの色は黒か紺かグレーっていう校則があるの知ってる?」
「……知りません」

 そんな校則あったか?! 一応校則に目を通したけどパンツの色指定なんてなかったような……。

「ちょっと確認していい?」

 そう言って制服のズボンに手をかけられた。

「は?! ひぁっ! 待って待って!」

 いやあきらかにおかしいだろ。そんなところをチェックされてる奴なんて誰一人としていなかったぞ!

「そんな校則ないでしょ?! 俺をからかってるんですか?!」
「バレたか。あと少しだけ騙されてくれよ」

 風紀委員はニヤニヤしている。綺麗な顔が、獲物を狙うハンターみたいな顔をしていると余計に怖い。

 ——こいつ、マジでヤバい奴だ。



「ごめん、服装に問題はないよ。ただアオと二人きりで話がしたかっただけ」

 え、マジですか。人をおちょくるのも程々にしてほしい。初日からこれじゃあトラウマになりますよ。

「さ、さよなら……」

 さっさとこいつから逃げなければ。
 本当に嫌な予感しかしない。こいつは関わっちゃいけないタイプだと魂が訴えてくる。

「アオ。またね!」

 笑顔で見送られた。黙ってればただの美形なのに、性格難のもったいない奴だ。



 ◆◆◆



「そいつ、三年の桐野柊《きりのしゅう》だよ。間違いない。俺、この学校入るって決まったときに、『桐野柊のサインもらってきて』って頼まれたんだから」

 今日は午前中の授業のみだった。それらが終わったあとに、たまたま隣の席になったクラスメイトの岡田《おかだ》に、「どうしていきなり初日から遅刻してきたのか」を問われてしまい、正直に朝から酷い目に遭ったことを話したら、その名前が出てきたのだ。

「桐野、柊?」

 有名人なのか? 蒼井はそういうものに、ちょっと疎い。

「知らねぇの? デビューしたばっかりだけどめっちゃ人気のあるZEEZっていうグループのメンバーのうちの一人だぜ?」
「そうなんだ。この学校に芸能人がいるなんて知らなかったよ」

 高校生で既に芸能人。確かにずば抜けて容姿が良かったとは思うが、性格は最悪だ。

「初日から桐野柊と話せるなんてすげぇじゃん! 次会ったら俺の代わりにサイン貰っといてよ」

 岡田はカバンの中からサイン色紙を大量に取り出して、そのうちの数枚とサインペンを蒼井に手渡してきた。

 おいおい、どれだけの人に桐野のサインを頼まれたんだよと思うくらいの量だ。

「いや、俺もうあいつと話すことなんてないだろうし……」

 受け取りを拒否したかったのに、「お前の方が俺よりサインをもらえる可能性があるから!」と無理に押し付けられてしまった。

 はぁ……。
 まぁいい。二、三日したら「やっぱ無理だった」と岡田に返却するか……。
 
 その時急にクラス中がどよめいた。放課後皆が帰り支度をしている中、1-1のクラスに現れたのは桐野だ。

「キャー! 本物!」

 女子たちが桐野の登場に色めき立っている。桐野が人気グループのメンバーだというのは本当らしい。

「ファンなんです! あ、握手してくださいっ!」
「サインくださいっ!」

 すごい。あっという間に桐野の周りは人だかりができた。

「俺、そういうの一切断ってるんだ。キリがないんだよ、だからごめんね」

 桐野はやんわりと断ってから、『ごめんねスマイル』を女子に見せつける。そのあざとい笑顔に悩殺されていく女子たち。



「アオ。ちょっと来てよ。俺についてきて」

 桐野は女子の囲いから抜け出して、蒼井と岡田の机の前にやってきた。

 え……。
 一体何の用があるんだよ?!
 目をしばたかせる蒼井と岡田の二人。

「なにそれ色紙? まさかアオも俺のサインが欲しいとか?」

 蒼井の手に握られていた色紙とサインペンを見て桐野が薄く笑った。

「いやこれは……」

 蒼井の言葉に重ねて岡田が「あのっ、人に頼まれて……。でもやっぱダメっすよね……?」と桐野の顔色を伺いながら訊ねている。

「交換条件。アオが俺に付き合ってくれたら全部書く」
「マジすか?!」

 思わず岡田と目が合った。岡田は俺に桐野の条件をのめよと切に訴えているような……。

「わかりましたよ。付き合います」

 蒼井の返事に桐野だけじゃない、岡田まで喜んでいる。

 それから岡田に大量の色紙を持たされ、桐野に連行されるという事態になった。

 あー、クソ腹減ったな。今日はさっさと帰りたかったのに……!




 桐野に連れてこられたのは、校舎の屋上だった。今日は気持ちのいい晴天が広がっている。

「アオ。これ好き?」

 桐野が不意にHersheyのチョコレートを手渡してきた。このチョコレートは蒼井の大好物だ。

「な、なんで知ってるんすか……」

 いやこいつ怖すぎる。初めて会ったのに妙にグイグイくるし、なんで俺のチョコ好きまで把握してるんだよ。

「やっぱ当たり? お腹空いてるでしょ? よかったら食べて」

 桐野はリュックから袋ごとのチョコレートを蒼井に渡して、それから座り込んで大量の色紙にサインを書き始めた。確かにこんなの面倒くさくて断りたいだろう。見ているこっちが腱鞘炎になりそうだ。

「あの……俺を屋上に連れてきたかったのは、どうしてですか?」

 交換条件まで出して、蒼井をここに連れてきて、桐野は一体何がしたいのかまるでわからなかった。

「アオと一緒にこの空を見たかったんだよ」

 笑顔の桐野。

「え? そ、それだけですか……?」
「そうだけど」

 はぁ? 意味わかんねぇ。空を見て、チョコくれて、サイン書いて、桐野はこれで楽しいのか?!
 理解ができないが、とりあえず蒼井はもらったチョコに手を付けつつ、大空を眺めてみる。なんてことない空だ。

「ねぇ、アオ。俺さ、ZEEZっていうグループで活動してるんだ」

 やっとサインを書き終えた桐野は蒼井の隣に並んで空を見上げながら言った。

「あー、さっきクラスの奴に聞きました。俺そういうの興味ないから知らなくて……」
「まだデビューしたばっかだから、知らなくて当然だよ。それでさ、今度ZEEZのライブがあるんだよ。初めての全国ツアーで、東京が最終日なの」
「へぇ。そうですか」

 すごいですね。とでも言ってほしいのだろうか。

「これ、受け取って」

 桐野が手渡してきたのは、ZEEZのライブチケット(ペア)だった。

「なんすか、これ」
「観に来てよ」
「はぁ……ありがとうございます……」

 興味ないって言ってるのに、チケット渡してくるのか。
 チケットを見ると、8900円と記載がある。

「えっ、これ、俺買い取りっすか?!」

 蒼井の反応に桐野がアハハッと笑った。

「違うよ。あげる。アオが来てくれたら、俺すごく頑張れるから」

 なんなんだろうこの人。

 とりあえずくれるというのだからもらっておこう。行く行かないは後で決めればいいことだ。
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