生き急ぐオメガの献身

雨宮里玖

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2.世紀の結婚

 世紀の結婚。そのように揶揄する人もいた。
 歴戦の若き軍将ヘリオス・ボーデンと公爵令息のシノン・ウィーヴィル。ふたりの結婚が認められたのは例外的なことだった。

 シノンのバース性は希少種のオメガだ。公爵以上の爵位を持つ家柄のオメガはシノンくらいしかいない。オメガは男ながらにして子を孕むことができる性のため、アルファの王太子殿下の結婚相手として筆頭候補に名前が挙がっていたほどだ。
 珍しい銀色の髪を持ち、瞳は蒼灰色。シノンは幼いころから容姿を褒められることが多かったが、オメガだと判明した十二歳くらいから声も変わり急に大人びてきて、十九歳になった今では絶世の美貌だと人から言われることが増えた。

 婚礼の年齢に達する前から、多くのアルファから求婚された。それも全部断って、シノンが結婚相手として望んだのはヘリオスだ。

 ヘリオスのバース性はアルファ。ゼオニア・ボーデン子爵のひとり息子で、立場は副将軍。その秀でた能力をマラケス辺境伯に買われて、海軍を操り、国の要所である港町ニールを父親と共に守っている。
 ヘリオスは太陽の光のような金髪と、深い海のような色をした濃碧眼で、アルファの中でも突出した容姿の持ち主だ。だからヘリオスを選んだシノンは面食いだと噂された。それ以外に引く手あまたの公爵令息シノンが、身分の低いヘリオスを結婚相手に選ぶ理由が見当たらなかったからだろう。

 通常、こんな身分違いの結婚などありえない。だが、シノンの父親にあたるアストリア・ウィーヴィル公爵は、シノンに政略的な結婚を無理強いしなかった。シノン自身の希望を叶えてくれたのだ。

 シノンからの求婚に、ヘリオスの父親・ゼオニアは大喜びしたらしい。それもそのはず、片田舎の子爵の息子にすぎないヘリオスに、王都ガーレニアからとんでもない嫁がやって来るとゼオニアは二つ返事を寄越してきた。あっという間にふたりの結婚が決まり、シノンはヘリオスのもとへ嫁ぐことになった。

 こうしてシノンの初恋は、時を経て結婚という形で実ったのだ。



 今日はヘリオスとシノンの婚礼式の日だ。
 婚礼式はマラケス辺境伯の城で執り行われることになっていた。婚礼式のあとからは、シノンもこの城で暮らすことになる。
 シノンは銀の刺繍入りの白服に、ロイヤルブルーと呼ばれる身分の高い貴族しか使用することを許されない、色鮮やかな青色のベストを身につけ式にのぞむ。

 ヘリオスに面と向かって会うのは七年ぶりだ。最後に会ったのはシノンが十二歳、ヘリオスは十五歳のときだ。
 それ以降は、今から二年前、ヘリオスが勲章を授かり王都を訪れたときに遠くから眺めていただけ。
 姿を見るだけでもシノンの胸はときめいたが、ヘリオスと目が合うこともなく、存在に気づかれることもなかった。
 今日はそのとき以来の再会だ。

「シノン様、ようこそいらっしゃいました」

 シノンを城の大勢の人々が出迎える。左右にズラリと並ぶ騎士や使用人たち。皆は、「シノン様はお美しい」「シノン様が来てくださればこれで安泰だ」と歓迎の意を大いに表している。
 それもそのはず。シノンは戦艦一隻と名うての操縦士、それと実家が持たせてくれた、たくさんの資金と共にやって来た。
 王家の城のある王都ガーレニアと、この辺境の地、港町ニールでは物の価値が異なる。ガーレニアの物価は、ここの三倍だ。
 シノンが持ってきたのは公爵家としては相応の金額でも、ニールの人たちにとっては、驚くほどの金額なのだろう。
 戦艦はシノンの要望だ。海戦では、船の性能がものをいう。ヘリオスの命を守るためにも、どうしても最新鋭の戦艦に乗って戦ってほしかったのだ。

「何も知らないふつつか者ですが、よろしくお願いします」

 シノンは集まってきた使用人たちに頭を下げる。すると皆が「シノン様が私たちにそのようなことをするなんてっ」と慌てている。

「私はそんなに大層な人間じゃない。あの、誰か案内をお願いできないかな。この城のことはよくわからなくて」

 シノンが申し出ると、何人もの使用人が案内を買って出て、手を挙げた。
 それを見てシノンはほっと胸を撫で下ろす。王都から来た、気取った奴だと嫌われたりすることはないみたいだった。
 結局、シノンを案内してくれたのは軍師のオーウェンだった。オーウェンは、元々はいち兵士に過ぎなかったが、戦場でとても頭が切れるため、その能力を買われて軍師の職に就いたらしい。二十八歳のアルファだと笑顔で自己紹介してきた。

「シノン様は、本当にお綺麗ですね。こんな素敵なオメガと結婚できるヘリオス様が羨ましいです」

 オーウェンはブラウンの瞳を細めて、人懐っこく笑う。明るい茶色の髪も、少し寝グセで跳ねていて隙だらけだ。見た目は頭の切れる軍師っぽくない男だなとシノンは思った。

「ありがとう。今日は婚礼式だから。いつもよりは見映えをよくしたつもりなんだ」

 シノンは微笑む。
 今日のために服も仕立ててもらったし、銀色の髪も切り揃え、綺麗にしたつもりだ。だって今日はヘリオスとの七年ぶりの再会の日なのだから。

「…………っ!」

 オーウェンが顔を赤くして驚いている。何があったのかと「どうしたの?」とシノンが訊ねると、オーウェンは「いえ、間近で見ると本当に可愛らしい……」となぜか照れている。

「あっ、あのっ、シノン様はどうしてこんな辺境の地なんかにいらっしゃったのですか?」
「え……?」
「ヘリオス様は、もちろん素敵な御方だと思います。ですが、シノン様ほどの御方が、田舎の貴族の家に嫁ぐなんて……」

 オーウェンだけじゃない。きっとこの町の皆がそう思っているのだろう。

「約束を果たしに来たんだ」
「約束、ですか……?」
「ああ。どうしても忘れられなくて」

 シノンはずっと心に決めていた。番になるなら、結婚するなら、ヘリオスしかいない。

 離れ離れになった今でも、何があっても、あの日の約束だけは忘れない。
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