25 / 27
25.秘密
その奥には広い部屋があった。
机と椅子。ベッド。そして大きな本棚がそこにあった。
壁一面にずらりと並んだ本。背表紙を見ると『死の精霊の祓い方』『契約解除術』『魔術と精霊』など魔法や精霊に関する本ばかりが並んでいる。
ヘリオスは魔法を使えない。それなのにこんな本ばかりを集めて、地下室で何をしていたのだろう。
「俺はずっと死の精霊との契約解除の方法を探していたのだ」
ヘリオスがこちらを振り返って言った。いくつかの燭台の薄明かりの中、ヘリオスは決意を秘めた目をしていた。
「これは俺の、ニアに対する贖罪だった」
「贖罪?」
「ニア、つまりお前は、あのとき瀕死の俺を守るために、死の精霊と契約交わしたのだろう?」
そう問われて、正直に頷けなかった。ヘリオスにそれを背負って欲しくないと思っていたからだ。
あれはシノンの判断で行ったこと。ヘリオスは守ってくれと頼んでもいなければ、悪いことは何もしていない。
「俺のせいでニアは死の精霊と契約をすることになり、お前は、今、何かの代償を払っている。それは決して楽なものではないはずだ。そんな契約は俺が断ち切ってみせると、契約解除の方法をずっと研究していた」
地下室に閉じこもって、寝る間も惜しんでヘリオスは何をしているのだろうと思っていたが、まさか死の精霊との契約解除の方法を探していたとは、思いもよらなかった。
「七年間かかった。そしてついに俺はその方法を見つけたんだ」
「え……? うそ、でしょ……?」
精霊との契約は、主が死ぬまで解除できないはずだ。それが世間一般の常識で、精霊と契約解除した例など聞いたことがない。
「嘘じゃない。現に俺はこの方法で契約解除を一度成功させている」
「本当にっ?」
「本当だ。すべてはお前のためにしてきたことだ。お前を苦しめた贖罪として、俺はこれを自分に課した。シノン。今すぐ契約解除しろ」
ヘリオスの言葉がまだ信じられない。
死ぬまで無理だと思っていた契約解除ができるなんて想像すらしなかった。
もし契約解除できれば、シノンの寿命はこれ以上減らなくなる。
だが、魔法は使えなくなる。今も怪我で苦しんでいる人たちがいるのに、自分だけいい思いをしてもいいのだろうか。
シノンひとりの命を削れば、大勢を助けることができる。せめて今、目の前にいる兵士たちだけでも救いたい。
「……ヘリオス。契約解除はする。でもあと三日だけ待ってくれないかな」
シノンは顔を上げる。
「敗戦した兵士たちの治療をしなくちゃ。みんな苦しんでいるのに、俺だけ、こんな……」
「シノン。本当にお前という奴は……」
ヘリオスはシノンをそっと抱きしめ、こめかみにキスをした。
「心配ない。王都から治癒魔法が得意な魔導師たちが駆けつけてくれたんだ」
「え……?」
「お前がヒートになる前、俺は王都に行っただろう? あれは敗戦の色が強まったとの伝令を受けて、王都からの援助を乞うためのものだったんだ。ウィーヴィル公爵が俺の後ろ盾になってくれた。公爵様の力はすごい。俺が公爵様の義理の息子だと知ると、皆、態度を改め俺の訴えをまともに聞いてくれた。占拠された砦の近くの町を守る騎士隊と、治癒係に魔導師も来た。公爵様は物資も送ってくれたんだ。お前ひとりが頑張らなくていい。もう大丈夫だよ」
「そうだったんだ……。よかった……よかった……」
さっきまでの惨状は目も当てられない状況だった。次から次へと傷ついた兵士が運ばれてくる。これは無理だと責務の大きさと己の不甲斐なさに身体が震えたが、シノンはとにかく必死に治療にあたったのだ。
正直、手が足りず、目の前で失った命もあった。それを悲しむ暇もないくらいの状況だった。
援助が来てくれたのならば安心だ。
「シノンがこの町を守ってくれたんだ。お前がこんな辺境の地に嫁いできてくれたおかげで、すべてが変わった。ありがとう、俺と結婚してくれて。大好きだ。大好きだよ……」
「ヘリオス……っ!」
ヘリオスに抱きしめられて、涙が溢れてくる。怪我人が次々と運ばれてくる、あの惨状をなんとかしなければという責務から放たれて、安堵したせいかもしれない。
「シノン。一分一秒が惜しい。今すぐ契約解除しよう。いいな?」
「うん。そうする。ヘリオスとずっと一緒に生きていたいから」
シノンは頷く。
契約解除ができるなんて、いまだに信じられない。もしそんなことが可能ならば、ヘリオスと共に生きていきたい。普通の、なんでもない夫夫として、ヘリオスと寄り添って暮らしていけたらそれ以上の幸せはない。
机と椅子。ベッド。そして大きな本棚がそこにあった。
壁一面にずらりと並んだ本。背表紙を見ると『死の精霊の祓い方』『契約解除術』『魔術と精霊』など魔法や精霊に関する本ばかりが並んでいる。
ヘリオスは魔法を使えない。それなのにこんな本ばかりを集めて、地下室で何をしていたのだろう。
「俺はずっと死の精霊との契約解除の方法を探していたのだ」
ヘリオスがこちらを振り返って言った。いくつかの燭台の薄明かりの中、ヘリオスは決意を秘めた目をしていた。
「これは俺の、ニアに対する贖罪だった」
「贖罪?」
「ニア、つまりお前は、あのとき瀕死の俺を守るために、死の精霊と契約交わしたのだろう?」
そう問われて、正直に頷けなかった。ヘリオスにそれを背負って欲しくないと思っていたからだ。
あれはシノンの判断で行ったこと。ヘリオスは守ってくれと頼んでもいなければ、悪いことは何もしていない。
「俺のせいでニアは死の精霊と契約をすることになり、お前は、今、何かの代償を払っている。それは決して楽なものではないはずだ。そんな契約は俺が断ち切ってみせると、契約解除の方法をずっと研究していた」
地下室に閉じこもって、寝る間も惜しんでヘリオスは何をしているのだろうと思っていたが、まさか死の精霊との契約解除の方法を探していたとは、思いもよらなかった。
「七年間かかった。そしてついに俺はその方法を見つけたんだ」
「え……? うそ、でしょ……?」
精霊との契約は、主が死ぬまで解除できないはずだ。それが世間一般の常識で、精霊と契約解除した例など聞いたことがない。
「嘘じゃない。現に俺はこの方法で契約解除を一度成功させている」
「本当にっ?」
「本当だ。すべてはお前のためにしてきたことだ。お前を苦しめた贖罪として、俺はこれを自分に課した。シノン。今すぐ契約解除しろ」
ヘリオスの言葉がまだ信じられない。
死ぬまで無理だと思っていた契約解除ができるなんて想像すらしなかった。
もし契約解除できれば、シノンの寿命はこれ以上減らなくなる。
だが、魔法は使えなくなる。今も怪我で苦しんでいる人たちがいるのに、自分だけいい思いをしてもいいのだろうか。
シノンひとりの命を削れば、大勢を助けることができる。せめて今、目の前にいる兵士たちだけでも救いたい。
「……ヘリオス。契約解除はする。でもあと三日だけ待ってくれないかな」
シノンは顔を上げる。
「敗戦した兵士たちの治療をしなくちゃ。みんな苦しんでいるのに、俺だけ、こんな……」
「シノン。本当にお前という奴は……」
ヘリオスはシノンをそっと抱きしめ、こめかみにキスをした。
「心配ない。王都から治癒魔法が得意な魔導師たちが駆けつけてくれたんだ」
「え……?」
「お前がヒートになる前、俺は王都に行っただろう? あれは敗戦の色が強まったとの伝令を受けて、王都からの援助を乞うためのものだったんだ。ウィーヴィル公爵が俺の後ろ盾になってくれた。公爵様の力はすごい。俺が公爵様の義理の息子だと知ると、皆、態度を改め俺の訴えをまともに聞いてくれた。占拠された砦の近くの町を守る騎士隊と、治癒係に魔導師も来た。公爵様は物資も送ってくれたんだ。お前ひとりが頑張らなくていい。もう大丈夫だよ」
「そうだったんだ……。よかった……よかった……」
さっきまでの惨状は目も当てられない状況だった。次から次へと傷ついた兵士が運ばれてくる。これは無理だと責務の大きさと己の不甲斐なさに身体が震えたが、シノンはとにかく必死に治療にあたったのだ。
正直、手が足りず、目の前で失った命もあった。それを悲しむ暇もないくらいの状況だった。
援助が来てくれたのならば安心だ。
「シノンがこの町を守ってくれたんだ。お前がこんな辺境の地に嫁いできてくれたおかげで、すべてが変わった。ありがとう、俺と結婚してくれて。大好きだ。大好きだよ……」
「ヘリオス……っ!」
ヘリオスに抱きしめられて、涙が溢れてくる。怪我人が次々と運ばれてくる、あの惨状をなんとかしなければという責務から放たれて、安堵したせいかもしれない。
「シノン。一分一秒が惜しい。今すぐ契約解除しよう。いいな?」
「うん。そうする。ヘリオスとずっと一緒に生きていたいから」
シノンは頷く。
契約解除ができるなんて、いまだに信じられない。もしそんなことが可能ならば、ヘリオスと共に生きていきたい。普通の、なんでもない夫夫として、ヘリオスと寄り添って暮らしていけたらそれ以上の幸せはない。
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)
恋人に好きな人が出来たと思ったら、なにやら雲行きが怪しい。
めっちゃ抹茶
BL
突然だが、容姿も中身も平凡な俺には、超絶イケメンの王子と呼ばれる恋人がいる。付き合い始めてそろそろ一年が経つ。といってもまだキスもそれ以上もした事がない健全なお付き合い。王子は優しいけど意地悪で、いつも俺の心臓を高鳴らせてくる——だけどそれだけだ。この前、喧嘩をした。それきり彼と話していない。付き合っているのか定かじゃない関係。挙句に、今遠目から見つけた王子の側には可憐な女の子。彼女が彼に寄り掛かって二人がキスをしている。
その瞬間、目の前が真っ黒になった。もう無理だ。俺がスイッチが切れたようにその場に立ち尽くした、その時だった。前にいる彼から聞いたこともない怒声が俺の耳に届いたのは。
⚪︎佐藤玲央……微笑みの王子と呼ばれ、常に笑顔を絶やさない。物腰柔らかな姿勢に男女問わずモテる
⚪︎中田真……両親の転勤で引っ越してきた転校生。平凡な容姿で口が悪いがクラスに馴染めず誰とも話さないので王子しか知らないし、これからも多分バレない
※全四話、予約投稿済み。
本編に攻めの名前が出てこないの書き終わってから気が付いた。3/16タイトル少し変更しました。
※後日談を3/25に投稿予定←しました。Rを書くかはまだ悩み中
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【8話完結】僕の大切な人はBLゲームの主人公でした。〜モブは主人公の幸せのためなら、この恋も諦められます〜
キノア9g
BL
転生先は、まさかのBLゲームの世界。
モブであるリセルは、恋を自覚した瞬間、幼馴染・セスがこの世界の“主人公”だと気づいてしまう。
このまま一緒にいても、いつか彼は攻略対象に惹かれていく運命——それでも、今だけは傍にいたい。
「諦める覚悟をしたのに、どうしてこんなにも君が愛おしいんだろう」
恋の終わりを知っているモブと、想いを自覚していく主人公。
甘さと切なさが胸を締めつける、すれ違いから始まる運命の物語。
全8話。