生き急ぐオメガの献身

雨宮里玖

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25.秘密

 その奥には広い部屋があった。
 机と椅子。ベッド。そして大きな本棚がそこにあった。
 壁一面にずらりと並んだ本。背表紙を見ると『死の精霊の祓い方』『契約解除術』『魔術と精霊』など魔法や精霊に関する本ばかりが並んでいる。
 ヘリオスは魔法を使えない。それなのにこんな本ばかりを集めて、地下室で何をしていたのだろう。

「俺はずっと死の精霊との契約解除の方法を探していたのだ」

 ヘリオスがこちらを振り返って言った。いくつかの燭台の薄明かりの中、ヘリオスは決意を秘めた目をしていた。

「これは俺の、ニアに対する贖罪だった」
「贖罪?」
「ニア、つまりお前は、あのとき瀕死の俺を守るために、死の精霊と契約交わしたのだろう?」

 そう問われて、正直に頷けなかった。ヘリオスにそれを背負って欲しくないと思っていたからだ。
 あれはシノンの判断で行ったこと。ヘリオスは守ってくれと頼んでもいなければ、悪いことは何もしていない。

「俺のせいでニアは死の精霊と契約をすることになり、お前は、今、何かの代償を払っている。それは決して楽なものではないはずだ。そんな契約は俺が断ち切ってみせると、契約解除の方法をずっと研究していた」

 地下室に閉じこもって、寝る間も惜しんでヘリオスは何をしているのだろうと思っていたが、まさか死の精霊との契約解除の方法を探していたとは、思いもよらなかった。

「七年間かかった。そしてついに俺はその方法を見つけたんだ」
「え……? うそ、でしょ……?」

 精霊との契約は、主が死ぬまで解除できないはずだ。それが世間一般の常識で、精霊と契約解除した例など聞いたことがない。

「嘘じゃない。現に俺はこの方法で契約解除を一度成功させている」
「本当にっ?」
「本当だ。すべてはお前のためにしてきたことだ。お前を苦しめた贖罪として、俺はこれを自分に課した。シノン。今すぐ契約解除しろ」

 ヘリオスの言葉がまだ信じられない。
 死ぬまで無理だと思っていた契約解除ができるなんて想像すらしなかった。
 もし契約解除できれば、シノンの寿命はこれ以上減らなくなる。
 だが、魔法は使えなくなる。今も怪我で苦しんでいる人たちがいるのに、自分だけいい思いをしてもいいのだろうか。
 シノンひとりの命を削れば、大勢を助けることができる。せめて今、目の前にいる兵士たちだけでも救いたい。

「……ヘリオス。契約解除はする。でもあと三日だけ待ってくれないかな」

 シノンは顔を上げる。

「敗戦した兵士たちの治療をしなくちゃ。みんな苦しんでいるのに、俺だけ、こんな……」
「シノン。本当にお前という奴は……」

 ヘリオスはシノンをそっと抱きしめ、こめかみにキスをした。

「心配ない。王都から治癒魔法が得意な魔導師たちが駆けつけてくれたんだ」
「え……?」
「お前がヒートになる前、俺は王都に行っただろう? あれは敗戦の色が強まったとの伝令を受けて、王都からの援助を乞うためのものだったんだ。ウィーヴィル公爵が俺の後ろ盾になってくれた。公爵様の力はすごい。俺が公爵様の義理の息子だと知ると、皆、態度を改め俺の訴えをまともに聞いてくれた。占拠された砦の近くの町を守る騎士隊と、治癒係に魔導師も来た。公爵様は物資も送ってくれたんだ。お前ひとりが頑張らなくていい。もう大丈夫だよ」
「そうだったんだ……。よかった……よかった……」

 さっきまでの惨状は目も当てられない状況だった。次から次へと傷ついた兵士が運ばれてくる。これは無理だと責務の大きさと己の不甲斐なさに身体が震えたが、シノンはとにかく必死に治療にあたったのだ。
 正直、手が足りず、目の前で失った命もあった。それを悲しむ暇もないくらいの状況だった。
 援助が来てくれたのならば安心だ。

「シノンがこの町を守ってくれたんだ。お前がこんな辺境の地に嫁いできてくれたおかげで、すべてが変わった。ありがとう、俺と結婚してくれて。大好きだ。大好きだよ……」
「ヘリオス……っ!」

 ヘリオスに抱きしめられて、涙が溢れてくる。怪我人が次々と運ばれてくる、あの惨状をなんとかしなければという責務から放たれて、安堵したせいかもしれない。

「シノン。一分一秒が惜しい。今すぐ契約解除しよう。いいな?」
「うん。そうする。ヘリオスとずっと一緒に生きていたいから」

 シノンは頷く。
 契約解除ができるなんて、いまだに信じられない。もしそんなことが可能ならば、ヘリオスと共に生きていきたい。普通の、なんでもない夫夫として、ヘリオスと寄り添って暮らしていけたらそれ以上の幸せはない。
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