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番外編『忘れられたオメガは番を愛せない』
20.病の原因
散歩から帰ってきたあと、ゲランドールたちとサロニア城の調査の結果を話し合う。ライオネルは招集メンバーではないが、記憶を失った原因解明のためにも参加してもらうことになった。
「サロニアで採取したものを薬師たちが身を持って調べていますが、今のところ陛下と同じような病を発症している者はおりません」
「身を持ってって、薬師たち大丈夫かな……」
ネイマールが持ち帰ったものが危険なものなのか、第一王子の病の原因になるものなのか、はたまた薬になるものなのか、それをいち早く調べるためには薬師自ら試すのがいいのかもしれないけど、俺は薬師たちの健康が心配だよ。
「大丈夫です。皆、薬師学校時代からこういうことには慣れています!」
ええ……薬師って意外に身体張っているんだな。考えようによっては戦場を駆ける騎士以上だよ。みんな命を懸けて仕事に勤しんでいる。
「採取物の研究はまだ始まったばかりですので、また何か見つかれば報告いたしますね」
ネイマールは目を細めて笑う。
なんか、すごく活き活きしている。好きなんだろうな、採取した素材を調べ尽くすことが。
もったいないよな、ネイマールは黙っていればそこそこいい男なのに、素材や研究に目がないところが恋愛相手としてなんともマイナス要素だ。
「俺とゲランドール公爵が対峙したのは、おそらく悪魔だったと思う。もしかしたら別の生き物かもしれないが、ここでは仮に悪魔だと仮定しておく」
「ライオネルが戦ったとき、相手から悪魔魔法を食らったんだろう?」
「そうだ。本当に一瞬のことでよく覚えていない。俺は油断のないよう戦っていたつもりのなのに、なぜ……」
ライオネルほどの腕をもってしても、悪魔からの攻撃は避けられなかったのだろう。本当に厄介な相手だったんだろう。
「だがな、相手は悪魔というにはかなり小さな個体だ。悪魔は通常人の数倍の大きさがあるはずが、体格は俺よりも少し大きい程度だった」
「悪魔の子どもってことか?」
俺の問いかけに「そうかもしれない」とライオネルからの返答がきた。
「子どもの悪魔の個体もいるんですね。でも、そうか。途方もない寿命を持つ悪魔だって永遠ではない。繁殖のために生殖活動をしなければならないとしたら、当然、幼体も存在しますよね」
「悪魔は生物で言う雄個体しかいないらしい」
「えっ? そうなのですか!」
エイモンの知識の上を行くのはライオネルだ。幼いころ悪魔の呪いを受けたことがあるライオネルは、呪い解除のために悪魔関連の本を集め、日々勉強を重ねていた。
「エネルギー交換のような形で結びつくらしい。ただ雄同士だからどのように幼体を作り、未熟なそれを守り抜くのかは解明されていない。一度生まれてしまえば人間の何倍も生き長らえるし、そもそも人間がそれを見聞きした例がないようだ」
「ですよねぇ。今や伝説の生き物ですから」
エイモンが溜め息をつくのもわかる。姿を見ることすらないのに、どうやってその生態を知ることができる? そんなの無理だ。
「あの場に悪魔らしきものがいたことと、殿下の病は無関係ではない気がする。これは俺の推測にしかすぎないけど」
詳しいことはわからない。でも、うなされたように悪魔言葉を話す病気にかかった第一王子と、悪魔らしき生物と遭遇したことが、まったく関係のないこととは思えないんだよな。
「そうですね。何か因果関係がありそうですね……」
「あれは本当に悪魔だったのだろうか」
エイモンと俺の意見交換に、水を差してきたのはゲランドールだ。
「あの小さな生き物は悪魔にしては、そこまでの魔力はなかった。現に、俺とライオネルは無事に生還している。別の生き物かもしれないという考えも捨ててはいけない」
エイモンは「そうですね」と素直に答えているけど、俺は反論したい。
決して無事じゃない。ライオネルは記憶を奪われたんだ。それも最も大切な記憶を。
そのことで俺は今、苦しめられている。
最愛の人に忘れられるなんて、耐えがたい苦痛だ。全然、無事じゃない。
「ですが、殿下の症状が……」
俺が言葉を繋げようとしたとき、会議室の扉を叩く音が聞こえ、遠慮もなしにひとりの薬師が部屋に飛び込んできた。
「ネイマールさま! 一刻も早くお伝えしたいことが!」
華奢な男の薬師は血相を変えて叫ぶ。
薬師の手にはコルクで栓をしたガラス瓶がある。
「こ、この昆虫は毒の針を腹に隠し持っているようでして、威嚇や攻撃の際に使うのでしょうか、それで、その毒は未知なる成分で、それが……!」
そこまで告げたとき、薬師はふらつき床に倒れそうになった。それを咄嗟に抱きかかえたのはライオネルだ。
「大丈夫かっ!」
薬師はライオネルの問いかけには答えない。顔面蒼白のまま動かない。
駆け寄ってきたネイマールが素早く薬師の容体を確認する。脈を診て、それからあちこち手早く調べている。
「呼吸がない!」
そう叫んで、ネイマールは男を床に真っ直ぐ寝かせるようライオネルに指示し、両手で胸を押す。
「大丈夫ですかっ!」
有事に気がつきエイモンが駆け寄ってきて、治癒魔法をかける。
エイモンの手のひらが光り、この力が薬師の身体全体を包み込む。その優しい光は薬師に効いたようだ。
「くはっ……」
薬師が呼吸を取り戻し、「やった!」とネイマールが声を上げる。
「早く治療室へ!」
「わかった!」
ライオネルは薬師を横抱きに抱え上げた。その動きは手慣れたものだ。戦いに身を投じていたライオネルにとっては至極当たり前のことなのかもしれない。
これは人助けなんだから、余計な感情を抱えちゃいけない。
薬師はライオネルの首に腕を回して寄りかかっている。それを大事そうに抱えるライオネル。
本音を言うと、誰かと密着しているところなんて見たくない。
何もライオネルがやらなくてもいい。なんだよ、率先して抱き上げちゃってさ。その役割はゲランドールにやらせろ。
……無理、だよな。
ライオネルは誰にでも優しい。目の前で倒れた人をそんなバカげた理由で見捨てるわけがない。
人命救助なのにヤキモキする俺のほうこそ間違っているんだよな。
「サロニアで採取したものを薬師たちが身を持って調べていますが、今のところ陛下と同じような病を発症している者はおりません」
「身を持ってって、薬師たち大丈夫かな……」
ネイマールが持ち帰ったものが危険なものなのか、第一王子の病の原因になるものなのか、はたまた薬になるものなのか、それをいち早く調べるためには薬師自ら試すのがいいのかもしれないけど、俺は薬師たちの健康が心配だよ。
「大丈夫です。皆、薬師学校時代からこういうことには慣れています!」
ええ……薬師って意外に身体張っているんだな。考えようによっては戦場を駆ける騎士以上だよ。みんな命を懸けて仕事に勤しんでいる。
「採取物の研究はまだ始まったばかりですので、また何か見つかれば報告いたしますね」
ネイマールは目を細めて笑う。
なんか、すごく活き活きしている。好きなんだろうな、採取した素材を調べ尽くすことが。
もったいないよな、ネイマールは黙っていればそこそこいい男なのに、素材や研究に目がないところが恋愛相手としてなんともマイナス要素だ。
「俺とゲランドール公爵が対峙したのは、おそらく悪魔だったと思う。もしかしたら別の生き物かもしれないが、ここでは仮に悪魔だと仮定しておく」
「ライオネルが戦ったとき、相手から悪魔魔法を食らったんだろう?」
「そうだ。本当に一瞬のことでよく覚えていない。俺は油断のないよう戦っていたつもりのなのに、なぜ……」
ライオネルほどの腕をもってしても、悪魔からの攻撃は避けられなかったのだろう。本当に厄介な相手だったんだろう。
「だがな、相手は悪魔というにはかなり小さな個体だ。悪魔は通常人の数倍の大きさがあるはずが、体格は俺よりも少し大きい程度だった」
「悪魔の子どもってことか?」
俺の問いかけに「そうかもしれない」とライオネルからの返答がきた。
「子どもの悪魔の個体もいるんですね。でも、そうか。途方もない寿命を持つ悪魔だって永遠ではない。繁殖のために生殖活動をしなければならないとしたら、当然、幼体も存在しますよね」
「悪魔は生物で言う雄個体しかいないらしい」
「えっ? そうなのですか!」
エイモンの知識の上を行くのはライオネルだ。幼いころ悪魔の呪いを受けたことがあるライオネルは、呪い解除のために悪魔関連の本を集め、日々勉強を重ねていた。
「エネルギー交換のような形で結びつくらしい。ただ雄同士だからどのように幼体を作り、未熟なそれを守り抜くのかは解明されていない。一度生まれてしまえば人間の何倍も生き長らえるし、そもそも人間がそれを見聞きした例がないようだ」
「ですよねぇ。今や伝説の生き物ですから」
エイモンが溜め息をつくのもわかる。姿を見ることすらないのに、どうやってその生態を知ることができる? そんなの無理だ。
「あの場に悪魔らしきものがいたことと、殿下の病は無関係ではない気がする。これは俺の推測にしかすぎないけど」
詳しいことはわからない。でも、うなされたように悪魔言葉を話す病気にかかった第一王子と、悪魔らしき生物と遭遇したことが、まったく関係のないこととは思えないんだよな。
「そうですね。何か因果関係がありそうですね……」
「あれは本当に悪魔だったのだろうか」
エイモンと俺の意見交換に、水を差してきたのはゲランドールだ。
「あの小さな生き物は悪魔にしては、そこまでの魔力はなかった。現に、俺とライオネルは無事に生還している。別の生き物かもしれないという考えも捨ててはいけない」
エイモンは「そうですね」と素直に答えているけど、俺は反論したい。
決して無事じゃない。ライオネルは記憶を奪われたんだ。それも最も大切な記憶を。
そのことで俺は今、苦しめられている。
最愛の人に忘れられるなんて、耐えがたい苦痛だ。全然、無事じゃない。
「ですが、殿下の症状が……」
俺が言葉を繋げようとしたとき、会議室の扉を叩く音が聞こえ、遠慮もなしにひとりの薬師が部屋に飛び込んできた。
「ネイマールさま! 一刻も早くお伝えしたいことが!」
華奢な男の薬師は血相を変えて叫ぶ。
薬師の手にはコルクで栓をしたガラス瓶がある。
「こ、この昆虫は毒の針を腹に隠し持っているようでして、威嚇や攻撃の際に使うのでしょうか、それで、その毒は未知なる成分で、それが……!」
そこまで告げたとき、薬師はふらつき床に倒れそうになった。それを咄嗟に抱きかかえたのはライオネルだ。
「大丈夫かっ!」
薬師はライオネルの問いかけには答えない。顔面蒼白のまま動かない。
駆け寄ってきたネイマールが素早く薬師の容体を確認する。脈を診て、それからあちこち手早く調べている。
「呼吸がない!」
そう叫んで、ネイマールは男を床に真っ直ぐ寝かせるようライオネルに指示し、両手で胸を押す。
「大丈夫ですかっ!」
有事に気がつきエイモンが駆け寄ってきて、治癒魔法をかける。
エイモンの手のひらが光り、この力が薬師の身体全体を包み込む。その優しい光は薬師に効いたようだ。
「くはっ……」
薬師が呼吸を取り戻し、「やった!」とネイマールが声を上げる。
「早く治療室へ!」
「わかった!」
ライオネルは薬師を横抱きに抱え上げた。その動きは手慣れたものだ。戦いに身を投じていたライオネルにとっては至極当たり前のことなのかもしれない。
これは人助けなんだから、余計な感情を抱えちゃいけない。
薬師はライオネルの首に腕を回して寄りかかっている。それを大事そうに抱えるライオネル。
本音を言うと、誰かと密着しているところなんて見たくない。
何もライオネルがやらなくてもいい。なんだよ、率先して抱き上げちゃってさ。その役割はゲランドールにやらせろ。
……無理、だよな。
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