復讐に燃えたところで身体は燃え尽きて鋼になり果てた。~とある傭兵に復讐しようと傭兵になってみたら実は全部仕組まれていた件

坂樋戸伊(さかつうといさ)

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エリー

エリー - 01

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 お母様の意識を刈り取り、"処置室"へ連れ出した。しばらくは目を覚まさないだろう彼女はみぐるみを剥いで監禁しておいて、"彼"のもとへ向かう。体形はほぼ同じなので、サイズに問題はない。声音も、母親である彼女と大体同じ。意識がそこまではっきりしてない今の杉屋亮平相手なら"アリス"と誤認させられるだろう。

 仕込みを終えて、処置室に戻る。彼女の服を戻し、私はインナーだけの姿になる。
 拘束しなおしたところで身じろぎした母様の様子を覗き込むと、覚醒に向かっている様子だった。そのまま彼女の顔を覗き込みながら、彼女と目線を合わせるのを心待ちにする。
 
 ぼんやりと開いた瞳を何度かしばたたかせ、私の顔を認めると、努めて驚かないようにしたのでしょうが、ひゅっ、という息を呑む音を聞き取る。そのまま息を止めた様子があったので、一呼吸おいて第一声。

「あ、お目覚めですね。いやあ、ヒトの意識刈り取る程度の手加減てしばらくしてなかったから、死んだらどうしようって思ったんですよ?」
「しらじらしい。」

 ああ、ほんとうに。母様が逃亡して、もう会えないと思ってたのに。……いいえ、あの検体を持ち歩いている時点でいずれあうことになるとは思っていた。
 でも、それでも、こうして目の前にできたことは狂喜の渦に飛び込めるだけ素晴らしい出来事なのだ。
 
「まあ、すぐにバイタル確認したら問題なかったので色々やらせてもらいましたけどね。……ああ、母様。ようやく……」
 
 相当うっとりした声になってしまっただろう。だが、構うものか。たった今。この瞬間だけは誰でもない母様を独り占め出来る。ああ、でも。
 でも。
 こんな世界。
 母様の最愛を奪った糞尿まみれなんて表現が生ぬるいくらい理不尽極まりないこの世界。
 母様の素晴らしい成果を亡き者にし、陰の人生しか歩ませなかった本当に度し難い地下世界。
 人の領域を抑え込む管理者たるAIが人の営みを定めた、ただ緩やかに滅びを待つ箱庭の世界。
 
 父様を取り戻せない、そして、母様の罪もなくせず幸せも与えない、この世界なんて、あの"悪魔"ディアブロで壊してしまおう。
 
「ようやく会えた!会えた!会えた!会えた!会えた!会えた!会えた!会えた!会えた!会えた!会えた!会えた!かあさまかあさまかああさまかあさまああああああああああああああああああ!」

 抑えようと両手で顔を覆っていたけれど。怒りと、歓喜と絶望とがないまぜになって溢れた。これでは話ができない……
 
「う、ひゃあひゃ……らめ……はっ……あぁ……ああああっぐ」

 肩で息をしながら、何とか落ち着けようと深呼吸する。抗精神薬のボトルを震える手で開け、もう何錠溢したか判らないけどとにかく手に乗った分を飲み下す。

「エリー……何をしていた。」
「はあ、ふぅううう……さぁ、何をしてたでしょう?」

 母様は私の、いや、私たちの動きは一切察知できていないらしい。
 数年間は逃げるのに必死で、潜伏したと思ったら杉屋公正の動向を無防備に調べて回ったこともあった。だが、接触はせず接近しただけで、母様は特に何もしなかった。何を見たのか、何を聞いたのか確認する必要があるのだが、正直コアユニットが手元に来た以上、尋問の必要もなかった。あとは、特等席でこの世界が壊れる様を見てもらいたい。
 
 そして
 
 いや、今はとりあえず泳がせる準備を進めよう。願い事に想いを馳せるのはまた次の機会にしておく。
 
「あの計画を進めているんだろう?あんな害にしかならない計画を止めろエリー」
「そんなことよりお母様」

 久しぶりの再会を祝う言葉を交わすでもない母様の詰問を横に流し、私はストレートに待ちわびていたこの瞬間に、母様へこの悦びを伝えることにする。

「お元気そうで何よりです。本当に会いたかったのよ?」

 しっかりと彼女の、レイナ母様の顔を左右の手で包み、彼女の目を見る。

「私は……実の娘とは言え貴方に会いたくは無かったよ……」

 その返答は予測通り。そう。ある時を境に私は壊れてしまったのだ。研究にまつわることや、計画の遂行に当たっては十人並みに頭は働くようだが、こと母様のことになると、どうしても猛り荒ぶるこの精神状態を抑えきれないでいる。
 
 今、母様の入れ物は私の研究成果と、母様の提唱した人格転写技術によるクローン体なのだ。
 
 二十年以上前になるだろうか。
 父様を亡き者にした事故は、私たち母娘にも半死半生の傷を負わせた。その結果、完成間近だった人格転写技術が管理者の琴線に触れたらしく、母様、レイナ=ブラントの延命するよう命令が下されたらしい。結果、管理者が持っていた技術からクローン体が作成され、成功率は低いとされていたが人格転写を母様自身が実行。見事自分を完成体として成果を残すことに成功した。
 だが、クローン体の寿命が数年しかもたないうえ、人格転写は母様以外に失敗したらしい。事故当時、私もクローン体生成について研究しており、こちらも実証実験にはいる矢先だった。だが、その実験は行われず、私の研究はそのまま完成することなく幕を下ろす……はずだった。母様は管理者が持っていたクローン技術と、私の研究内容とをかけ合わせ、結果、ヒトの寿命かそれ以上生きられるクローン体を完成させた。
 そして、彼女の人格は新たにそのクローン体に転写される。母様の全盛だったころまで生長させ、そこにそれまでの記憶、人格をすべて移し替えたのだ。さらに母様は驚くべき行動に出た。
 私のクローン体を作り、植物状態になっていた私の人格をそこに移し替えた。
 
 私は奇跡を目の当たりにした気分だった。いや、奇跡というよりほかない所業だ。
 だが、その転写の際、元の体にあった脳に欠陥があったのか、転写時に走ったプログラムのバグかは不明だが、今の私の人格になった。
 母様は自責の念を抱き、さらなる転写によって解消できないか試したい、と言われたが、私は拒否した。これ以上壊れて研究できなくなるのは御免だし、何より、転写前の自分をもう思い出せないのだ。だが、母様が母様である、という事はよく理解できるし、彼女は崇敬の対象であり、畏怖するべき存在であり、私とともに断罪されるべき罪人である。この認識が壊れることも嫌だった。
 余人には到底理解されないことは解っているが、感情の根底の部分にそう言った認識が広がっていることもあって、別の体に転写することは考えなかった。研究する場合などは基本的に感情の起伏に問題ないことも大きい。

「貴方を、娘であるはずの人間を実証実験の材料として使ってしまった。その事実はもう消えないし、消せない……そんな罪の塊であるエリーに、私はどう許しを請えばいいか判らないんだ……」

 その言葉を聞いた時、心の底からおかしくなり、大笑いしてしまった。
 本当に他人から言わせれば今更の正論だし、そもそも私は許せないなど一度も思ったことはない。

「……ごめんなさい、母様。あまりに母様が滑稽に見えてしまって」
「ああ、そうだな。今更どの口が、と言われてしまっても仕方ない話だものな」
「いいえ、そういう事ではないわ。母様、私はそもそもあなたを憎むことはないわ。愛し敬うことはあっても。崇めてすらいる」

 母様は本格的に私の言葉が判らない、といった表情を見せ、私を見つめ返してくる。
 
「ええ、ええ。正論をこの期に及んで口にできる母様には理解できないでしょう。罪業なんて私たちのような研究をしてきた時点でそれこそこの地下都市埋めても足りないくらいあるでしょう?でも、そもそも私は、母様自身の研究と、私の研究、どちらもきちんと成果を出せることにとても喜びを感じていたのよ?」
「……ああ、貴方はそうだろう。エリーは。だが」
「もう、話が進まないわ。ここでこうしている時間も正直あんまりないのよ、母様……いえ、アリス=R=ルミナリス」

 母様の、彼女が今使っている名前で呼び掛ける。その瞬間、母様の顔は一切取り繕うことない、純粋な殺気を私にぶつけて来た。

「……お前、亮平に何をするつもりだ」

 杉屋公正の代わりとして彼を保護するつもりだったのだろうけど、それももう終わり。私や機関の計画はこれであともう一歩で最終フェーズに進むことができる。そのことを、アリス母様に伝えることにした。

「義理の息子との再会が嬉しいからって、優先順序を間違えたわね?母様。杉屋公正の養子・・である杉屋亮平、その身柄はもう、私たちの手にあるわ」
「……それで?」

 怒気を保ったまま、そのまま噛みつかんばかりの視線で私をにらみながら、母様は続きを促す。
 
「……アリスはどこに行ったんでしょうねぇ?」

 そこで母様は一瞬驚愕した表情を見せる。しかし、そのまますぐに私を睨みつけてきた。そう。それでいいの。
 こんな理不尽しかない世界なんて、無くなってしまえばいい。そう思っている人間を、自分の罪そのものである私を、滅したいと、排除したいと強く強く思い続けてほしい。

 母らしいことも多少はしてくれたけど、でも私を満たすことは決してしてくれなかった。
 でも、母様の仕事がどれだけ素晴らしい仕事かを知って、尊敬している。いや、崇拝している。けれど、私や父様との、普通の家族の時間を犠牲にし、彼女自身も身を削ってたどり着いた研究成果は、世に出ることなく、私や杉屋亮平・・・・、そして母様自身が実験体となっただけで、母様の名は世界に刻まれることは永劫にない。
 《管理者》のせいだ。
 だから計画をやり直し、この世界をまっさらにするために、杉屋亮平には本来の役割をしてもらう必要がある。
 
 少し思考を脇に飛ばしてしまった。母様にも踊ってもらわなければいけないのだ。私たちの、いや、私の願いを叶えるために。
 
 悪魔ディアブロをこの世に顕現させるために。

「ふふふ。これからとーっても楽しい演目が始まりますよ?」
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