モラトリアムの俺たちはー

木陰みもり

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3、確認 前編

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 HR終了後、俺は晴兄に会うために職員室へ向かった。だが数分遅かった。職員室の前は噂を聞きつけた生徒たちで溢れかえっていた。
 これじゃまともに話せやしない。この群れを押し除けて無理やり話すか、全員帰るのを待つか俺は迷った。
 どうしようかと悩んでいると、不意に教室で嗅いだ匂いよりさらに甘い、頭が溶けるような匂いがした。

――これってSubサブのフェロモンだ。

 俺も割とランクの高いDomドムだから何となく分かる。この中に相当ランクの高いSubサブがいる。
 俺はクラクラする頭を抑えながら、前の群れへ目をやる。すると群れの中心で顔を真っ青にして、震えながら笑顔を振り撒く晴兄の姿が目に入った。よく見ると、目の下の隈も酷い。その症状はまさに欲求が満たされていないSubサブの症状そのままだった。

――なんだ…やっぱり晴兄はSubサブだったんだ…

 そう思ったら、あとは早かった。目の前の女子の群れから無理やり晴兄を引き剥がして無我夢中で走った。
 その間、晴兄が何か叫んでいたけれど、俺の耳には入ってこなかった。
 階段を駆け上がって、廊下を走って、俺は東棟3階の今は使われていない教室に駆け込んだ。
 夢中で走ったおかげで俺と晴兄の息は相当上がっていた。とりあえず呼吸を整えようと、晴兄の手を離し、俺は床に座り込んだ。すると、晴兄が息絶え絶えに怒号を飛ばしてきた。

「いい加減しに、しろ!こんなところに連れ込んで、何考えてんだ」

この時俺は、初めて晴兄の怒った声を聞いた。だけど、怒るのもしょうがない。なんの説明もせずに、人気のない薄暗い教室に連れ込まれて、怒らない人なんていない。
 俺は息を整えて、晴兄の前に立ち、少しずつ詰め寄っていった。

「ごめん…晴兄…でも晴兄が悪いんだよ…欲求不満で発作起きかかってたし、それに、すごく甘い香りがする…俺に会えたのが嬉しくて、無意識に出ちゃったんじゃない?」

近くに寄るとさらにクラクラする。意識が持っていかれそうで、抱きしめてぐちゃぐちゃにしたい気持ちが溢れてくる。俺は今までに感じたことがないほどの加虐心の湧き上がりに、恐怖を感じていた。

「ふざけるな。俺はNormalノーマルだ。それに俺はお前の兄貴じゃない」
「っ!…どうしてそんなこと言うの…昔よく遊んだじゃん。忘れちゃったの?」
「忘れるも何も、俺たちは今日が初対面だ」

初対面?何を言ってるのか分からないよ、晴兄。顔も声もあの時と一緒だよ。口元の黒子も左目尻の黒子も同じ位置だよ。この匂いも、さっきは思い出せなかったけど、昔と一緒。
 仮に俺の記憶違いだったとしても、俺を見て今にも泣きそうな顔をしていたらなんの説得力も持たないよ、晴兄。

「嘘下手すぎ…本当に初対面なら、なんでそんな辛そうな顔してんのさ。泣きそうじゃん」
「…っ…そんな顔してない!とりあえず離れてくれ」
「嫌なら殴るなりして逃げたら?」

俺は生徒を殴れないことをいいことに、晴兄を壁際に追いやった。
 ここで離したら、もう一生晴兄には触れられない。俺から離れていなくなっちゃう。

――そんなの嫌だ…もうあの暗くて冷たい気持ちになるのは嫌だ…

 どうにかして晴兄を俺のものにしたい。そう思ったら無意識にCommandコマンドを口にしていた。

Kneelおすわり

晴兄はなんの抵抗もなく、ぺたんと床に座った。やっぱり、Commandコマンドに反応するってことは晴兄はSubサブなんだ。
 こんなにあっさり聞いちゃうってことは、だいぶ欲求不満だったに違いない。それは想像を絶する辛さだったはずだ。
もしかして俺と離れてからずっとPlayプレイしてなかったりして。そう考えたらゾクゾクして笑いが止まらなかった。

――ずっと俺のSubサブでいてくれたんだ。だったら俺が満たしてあげなきゃね。

「晴兄、Look俺を見て
「やっ…やめっ…」

晴兄は恐怖の色を見せながらも、このあと何をされるのかと期待しているように俺を見ていた。

「ようやくこっちを見てくれた。ずっと俺しか見られないようにしてあげるから」
「やめっ…ろ…は、犯罪…だぞ…」

確かに、合意のないCommandコマンドを使ったPlayプレイは犯罪だ。だけど、晴兄の顔は嬉しそうで、合意しているように見える。「やめろ」と口では言いながら、口角は嬉しそうに上がっていると言うことが何よりの証拠だ。
 心の中では嬉しいのに、何が晴兄の気持ちを抑え込んでいるのか、俺はそれが気になった。

「どうして自分の気持ちを抑え込んでいるの?俺と離れている間に晴兄に何があったの?」
「………………」

 晴兄は唇を噛み締めて、無言のまま俺を睨み付けてきた。
 本当はCommandコマンドなんて使う前に言って欲しかった。もしかしたら納得できる内容だったかもしれないのに。でももうこうなってしまったら、俺自身も自分を止めることはできなかった。
 俺は自分でも驚くほど冷静で冷たい声で、晴兄に命令した。

「――晴兄…Say言って…」

「あぁっ…うぅ…さ、最後に会った日…いつもやってた遊び…「罰ゲーム」…初めて陽介は俺を縛ってくすぐってきたり、俺を物みたいにして乗ってきたり、か…噛んで…楽しんでた。俺もそれが気持ち良くてやめろって言えなかった…それから……」
「それから?」
「お…思い切り噛み付いて…くれた。陽介は無意識だったよ。でも俺、それで余計気持ち良くなっちゃって…咄嗟に逃げたけど…帰り道では…Sub spaceサブスペース…入ってた…はぁ…はぁ…」

話してくれた内容は、俺と晴兄が最後に会った日のことだった。
 どうしても言いたくなかったのか、Commandコマンドへの抵抗がすごくて、言葉は途切れ途切れだった。それでも命令に逆らえないのは、長い間欲求を抑え込んでいた反動なのだろうか。
 俺は晴兄の頭を撫でて、褒めた。

Good Boyいい子だね、話してくれてありがとう」

少し頭を撫でただけなのに、晴兄はそれだけで、気持ち良さそうにとろんとした顔になった。
 本当に一瞬頭を撫でただけなのに、こんなに効きやすいってことは、やっぱり晴兄はずっとPlayプレイをしていないんだ。

「こんな精神状態で、よく平静を装って生きてこられたね…」
「も…もっとぉ…じゃない…ちがっ…」
「もっと撫でてあげるから、ゆっくりでも話すんだ、いいね?」
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