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ブラック会社員

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プロローグ 一 平穏結末奇譚

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                                                                       一

 ガチャリと手に持つ小銃から小気味よい音がする。製造されてからやく60年程経つ骨董品ではあるものの、その性能の良さから未だに使い続けている国もあるらしい。そんな小銃を手に、男は静かに息を潜める。この小銃の有効射程距離は約400m。まだ標的は射程距離の外にいる。銃を手にする男は、すぐ側に居る現地協力者に、再度必要事項を訪ねる。どうやら間違いなく標的はここに来るそうだ。


 人の命は平等なんじゃない、生まれた時には公平というだけだ。
 
 何時だったか、義母に言われた言葉をふと、思い出す。厳しくも優しい人だった。まだ、亡くなってはいないだろう。大凡、この場では似つかわしく思い出ではあるが。
 
 此処は、かつては多くの人でにぎわい、笑顔が咲いていた街だった。
 だが、今は戦場、殺し合いの場と化している。僕は銃を手に取り、照星に標的を入れ、息を深く吐き止め、重い引き金を引き、敵対者達を撃ち、戦闘不能若しくは殺していく。かつてを取り戻す為に。


     ───すまない───

 
 心の中で、そう呟く。僕の理想の為に、己の中で敵と断じた彼等を殺すことに。彼等を殺すことで、より多く人々が救われるだろう。だが、これは、自分のエゴに過ぎない。だからこそ、彼等に心の中で謝る。これですら、自己満足だと、自己の行いを肯定する為のものでしかないと知りながら。その行為が、相手の覚悟を踏みつけるものであっても。
 彼等と、彼等を殺すことで助かるであろう人々とを天秤にかけ、浮いた方を敵と断じ、殺す。
 悪夢に魘され、まともに寝れぬ夜を過ごした。苦悩に、罪悪感に、押しつぶされそうだった。自分が生きる為では無く、誰かを救いたいというだけの自己満足で人を殺さざるを得ないことに。それさえも建前でしかない事に気付きながら。
 かつてとは違い、それなりの知識を得た、それとともに見える世界も広がった。だからこそ知った。全てを救うことはできないと。
 そもそも、僕の掲げるこの理想は、酷く自分勝手で、自分本位なものだ。何故なら、ただ自分が生きていていいと、自分だけがあの日生き残ったことには意味があったと、そう思いたいという、自分自身の保身から生まれたものなのだ。その思いを理解しているからこそ、尚悩む。
 それすらももう掠れ、感情を殺しきった今でも、歩み続けるしかなかった。ここで立ち止まれば、これまで殺し続けた者たちの命に、価値が無いのだと、断言してしまいそうで。
 歩んだ、ただひたすらに。
 あの日、生き残ったことに意味があるのだと。
 これまで殺してきた者たちの命には、価値が合ったのだと。
 最初に抱いた情景はとうに色褪せ、見えなくても。罪悪感が、抱えきれぬほどに重く、この身体に纏わりついても。それらに慣れきり、何も感じなくなっても。
 歩み続けた。

 多くの屍を積み上げた。

 それ以上の生を積み上げた。

 そうすることでしか、そうあることでしか、もはや自分を保てない程に。それこそが己の存在意義だとでも言うように。

 多くの人に恨まれた。

 何故、助けてくれなかったのかと。

 何故、あの人を殺したのだと。

 何故、もっと早く来てくれなかったのかと。

 数え切れない程の憎悪を受けた。

 数え切れない程の罵詈雑言を浴びせられた。

 悪意を、敵意を、殺意を、投げ続けられた。

 それでも歩み続けた。

  
 

 だから、これは、極当たり前の結末なのだろう。

 パァン!

 一発の乾いた銃声が鳴り響いた。

 パァン!パァン!パァン!

 続けて三発。先程と同じピストルによって、放たれたであろう銃声が、朽ちた廃墟に満ちた。

 僕の背後には、一人の青年がいた。僕が現地協力者として雇っていた青年だ。彼の手には、未だに硝煙を吐くピストルが、銃口を此方に向けて、握られていた。そして、僕の心臓部付近と腹部には、つい今さっき銃で撃たれたような傷がある。つまりはそういうことなのだろう。急速に血が失われていくのを感じる。意識も朦朧としてきている。振り向いた僕は、死ぬその時まで、僕を殺しすくった少年を見続けた。目の前の青年の、一つのことをやり遂げた高揚感から来るであろう歓喜の表情を眺めながら、僕は意識を手放した。



ようやく止まることができて良かった…
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