Herec~一度音楽をやめた奴らが『社会人バンド』を組む話~

勝哉道花@みちなり文庫

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2章 空虚と熱

2-1

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 新垣郁也という少年は、不思議な少年だった。

 不思議といってもあれだ。例えば、人には見えないものが見えたり、突然こちらには理解できないような事を言い始めたりとか、そういうやつじゃない。
 なんというかこう、一線を画した雰囲気なのだ。
 周囲の同年代とはどこか、違う空気を持った存在。

 同じようなことはたぶん、拓弥にも当てはまったように思う。拓弥も『大人びた子ども』という意味では、周りの同年代よりも1つ抜きん出たような雰囲気のある奴だったし。

 でも郁也の場合は、拓弥ともまた違った意味で、周囲と一線を画していたように思う――。

 ある日の休み時間の事だ。
 教室でヒーロックごっこをしていた数人の男子達のところへ、郁也が乗り込んでいった事がある。

 そうして、ギターのつもりで掃除用の箒を持っていた奴から箒を奪ったかと思うと、「違うっ」と突如大声をあげた。

 郁也とその時の彼らは普段から仲のいい友人かと言われれば、そんな事はなく、むしろ遊ぶのあの字もした事がない間柄だった。しかしそれは何も彼らに関しての話ではなく、俺を含む、当時のクラスメイト全員に言える事だった。

 郁也はなぜか、他人とつるむのを嫌っていた。たとえそれが先生相手であっても誰かを傍に寄せ付けようとしない。優作とは別の意味で問題児な生徒だった。

 そのくせいつもつまらなさそうに、1人自分の席で頬杖をついていた。まるでその胸の内で燻り続ける言葉にならない不満をぶつけるかのように、眉間にしわを寄せ、厳しい眼差しで狭い教室内で遊び呆けるクラスメイト達を眺めていた。

 そんな郁也が、突然クラスの奴を怒鳴りつけた。クラス中の誰もが驚いた事は、言うまでもないだろう。

 しかし当の郁也は俺達の視線など気にした様子もなく、己が箒を奪った相手に向かって言葉を捲し立てた。

「『グリッサンド・インパクト』のやり方は、そんなんじゃないっ」と。

「あの必殺技はギターの奏法の1つ、『グリッサンド』をモデルに作られた必殺技だ! グリッサンドは、弦の上で指を滑らす事で音程を変えいてく奏法の事で、奏でるには、指板上の弦の上で指を滑らしながら、同時にボディ部分の弦を弾かなくちゃいけないっ。でも君のそれは、弦を適当にかき乱してるだけで、全然グリッサンドとは違うっ。君のそれはグリサンドインパクトなんかじゃないよっ。そんなの偽物だっ」

 これは随分あとで知ったことなのだが、郁也にはギタリストの叔父さんがいたらしい。

 小さなバーのマスターで、そこで時折ギターを演奏してはお客達を喜ばせる。そんな生活をしている人で、郁也いわく「本業はバーテンダーだつってたけど、常連さんからは、酒よりギターの方がうまいって評判なんだぜ」とのこと。

 両親がワーカーホリックな面のある郁也は、幼い頃からこの叔父さんのもとに預けられる事が多かったのだそうだ。
 彼は甥の郁也をとても可愛がってくれ、時折ギターの弾き方やバンドについての様々を教えてくれたのだという。「まぁ、俺自身はギターより本当はベースのが気になるんだけど……」とバツが悪そうに頭をかいていたのを覚えている。

 とにもかくにも、当時小学3年生の郁也が『グリッサンド』の弾き方なんて小学生らしからぬ事を知っていたのは、そんな事情があったからということ。

 今だから思うのだが、たぶんあの時の郁也にとって、あの男子達がしていたヒーロックごっこは、自分の知っている世界が汚されたように感じたんだと思う。

 なまじ知識がある世界だからこそ、そのセオリー通りになってない事には腹が立つ。
 ほら、例えばファンであるアイドルの事を、にわかなファンが知ってる風で語るとムッとしたりする奴っているじゃん。あの時の郁也の怒りは、そういう類のやつだったのだ。

 が、そんなことなど、当然その場に知る者は誰もいないわけで。

「偽物」と言われた男子が、郁也に怒ったのは言うまでもない事だろう。
 最初こそは口での言い合いだったが、その内、手や足が出る喧嘩に発展した。

 その辺りで、ようやくクラスの女子達が職員室にいた先生を呼びに行き、駆けつけてきた先生によりなんとか収拾がつけられた。

 この事件以降、クラスメイトから郁也がさらに敬遠されるようになったのは言うまでもないだろう。誰もが郁也の事を腫れ物に触るような扱いをし、距離を取った。郁也はますます厳しい目で周囲を眺めるようになった。

 だがその事件を通して、郁也の事をかまう奴らが現れたのもまた事実だった。
 それが、俺、優作、拓弥の3人だった。

 いやだってさ、グリッサンドの弾き方とか、そんなかっちょいい事を知ってる奴、普通同年代にいる?

 自分の知らない世界を知ってる奴、それも大好きなヒーロックに関わる大きな何かを知っている奴。
 それだけで、俺達が郁也に絡む理由は充分だった。

 その後は、言わずもがな。俺、優作、拓弥、そして郁也の4人で遊ぶ事が多くなり、最終的には共に『秘密基地』という秘密を共有する仲にまでなった。
 最初は自分に絡んでくる俺達を郁也は嫌そうに睨んできていたが、その内、諦めたように俺達と遊ぶようになった。

 そしてそんな郁也が、ある日俺達に言ったのだ。
 それもまた、あのタイムカプセルを埋めた時のように、暑い暑い、暑さだけがのさばる夏の日の事だったように思う。
 
「なぁ、本当のバンド、やってみねぇ?」

 それが、第2の始まり。
 そして第2の、俺達の終わりまでの合図だった――。


      ******


 優作と拓弥の2人と別れたのは、深夜の2時になるかならないかあたりでの事だった。

 結局、郁也の名前が出て以降の気まずい空気を改善する事はできなかった。そのまま微妙な空気をずるずると引きずったまま、俺達3人は注文した酒やつまみを口にし続ける事となった。
 別れ際、「せっかくまた会えたんだし」と拓弥が提案してくれなければ、連絡先の交換をすることすらも忘れたまま、俺達は別れてしまっていた事だろう。

 会計を済ませた店先で、メッセージアプリの連絡先を交換した。「ついでだからグループ作っとくか」と優作が、適当にタップして俺達だけのチャットグループを作る。

 ぴろん、と軽やかな通知音と共に招待されたグループ名は、『元ヒーロック』というおかしな名前のものだった。

「なんだよ、元って」
「なんか、かっけぇだろ。『元ヒーローの集まり』って感じがしてよ」
「えー。かっけぇか、それ」

「どっちかっつーと、落ちぶれてる感がある」と俺が返せば、「なんだっ、俺のセンスにケチつけんのか」と優作が俺の首を締めるように腕を回してくる。
「ギブギブッ、冗談でぇーすっ」と笑いながら優作の腕を叩くと、拓弥もつられたように「はは」と笑った。

 少しだけもとに戻った空気。それに誰もがホッと胸をなでおろしているように見えるのは、たぶんきっと、俺の気のせいじゃないはずだ。

「それじゃ」「またな」と優作と拓弥が歩きだす。「あぁ、うん」と俺も2人に別れを告げようと手を振ろうとした。

 ――時だった。

「……なぁ」

 ぽろりと、なんとなくその言葉が口をついて出たのは。

「「ん?」」と優作と拓弥が、驚くほどぴったりのタイミングでこちらを振り返った。

「音楽……、やっぱりもうやってねぇの」

 拓弥と優作が目を丸めた。
 まさかそんな事をきかれるとは思っていなかったと、2人の心境がわかりやすく詰められた視線が、俺の方へ向けられる。

 ――瞬間俺の脳裏に、再び遠い昔の記憶が頭の中を横切る。

   郁也が『バンドをしないか』と言い出したのは、小学6年のある夏の日の事だった。

 あと半年もしないでランドセルを捨てる日がやってくる。そんな時、何がきっかけだったのか、ふいに郁也がそう提案してきたのだ。

 その頃、俺達の遊び場は秘密基地から郁也の家に場所が移っていた。小学生高学年にもなれば、両親がどれだけ忙しくても1人で留守番ぐらいはできる年頃だ。それをいい事に、郁也は俺達を大人のいない自分の家に呼び込んだ。

 郁也の部屋には沢山のCDがあった。知ってる名前のアーティストから全く聞いたこともないアーティストのものまで。日本のものもあれば、外国のものもあったように思う。当時世間で流行っていたものもあれば、俺達の父さん母さんが子どもの頃のものだと思われるCDもあった。

 それらがぎっしりと、郁也の部屋の壁の棚に詰め込まれていて、初めて郁也の部屋を訪れた時、俺はその光景に圧倒される事となった。それはたぶん、優作や拓弥も同じだったと思う。

 郁也は父親の部屋にあったミニコンポを使って、それらを流した。郁也の部屋にもCDプレイヤーはあったけれど、音楽の時間に先生が伴奏用のCDを流す時に使うようなそれで、コンポと比べると姿も音も劣った。

 郁也はそれが不満らしく、自分もコンポが欲しいのだと文句を言っていた。しかし郁也の両親に買ってくれる気配はないらしく、「小学生にはもったいないって、いっつも断られちまう」と言葉を続けるのがいつもの事だった。

 そんな郁也の音楽精神に触発されたのか、それとも自分達の家では決して聞く事のない音楽達に影響されたのか。俺、優作、拓弥は音楽そのものに興味を持つようになった。

 流れる音楽に合わせてそれらしく体の動きをつけてみるだけものだったけど、本当の演奏者になれたような気がした。俺達の好きなヒーロー達に、また少しだけ近くなれたような――そんな感覚に包まれた。

 だから、本当のバンドをやってみないかと郁也が提案してきた時、俺達がそれを断る理由はなかった。

 誰もがやってみたいと純粋に思えたから。『本当のバンド』というやつを――。

「やってねぇよ」そうきっぱりと言ったのは、優作だった。

「あんなもん、もう二度とやるか」

 郁也の名前が出てきた時ほどではないが、冷たく尖った返事だった。

 そんな優作を、拓弥が一瞬ばかり何か言いたげに見やる。が、特に何も言わないまま顔を伏せる。
 かと思うと、「そうだね」と困ったような笑顔を俺の方へ向けてきた。

「おれも同じかな。さすがにもう、そういう事をやっていられる年でもないしね」

「家庭もあるし。やれないって方が正解かも」と続けられた言葉に、「そっか」と俺は小さく頷いた。

「そっか。うん……。そう、だよね。うん……」

「ごめん、変な事訊いて」と、へらりと2人に笑い返す。
 そうして改めて手をあげると、「じゃあ、また」と2人に向かってその手を振りながら、俺は家路へと着いたのだった。
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