Herec~一度音楽をやめた奴らが『社会人バンド』を組む話~

勝哉道花@みちなり文庫

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2章 空虚と熱

2-3

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(……2人とも、今何してるのかな)

 仕事に必要なものを鞄から引っ張りだすフリをして、中に閉まってあるスマホに手を伸ばした。
 電源をつけてみる。だが目に飛び込んできたのは、通知のつの字もない、ただ眩しいだけのロック画面だった。

(連絡は特になし、か)

 はぁ~っ、と深いため息1つ。まぁこんな朝早くに、意味もなくメッセージ入れる奴らじゃねぇよなぁ、と心の中で呟く。

 結局、あの日以降、2人と連絡は取っていない。

 2人の方からも連絡がくる気配はなく、せっかく作りあげたグループチャットも依然沈黙を保っている。

(なんだかんだタイムカプセルの事はあんまり話せないで終わっちゃったし、どうするか話し合いたいんだけど……。なんかこう、連絡しづらいんだよなぁ)

 いざメッセージを打とうとすると、本当に今送信してしまっていいだろうか、と考えてしまう。

 なんせこっちは教職、むこうはSEとデパートのフロア長。
 仕事の時間は当然バラバラだろうから、こっちが休憩中でもむこうは仕事中という可能性もある。メッセージを送ったタイミングが仕事中だったりしたら、さすがに申し訳ない。

 拓弥に限っては奥さんや子どももいるわけだし。
 突然メッセージを送ったせいで、家族とゆっくり過ごしていた時間に水を差すような事になるのは不本意だ。

(学生の頃だったらな~。もっと気軽にメールして、気軽に通話とかできたんだけどなぁ~っ)

 宿題中だったりしてもなんなら邪魔してやろ、ぐらいの勢いでかけられたのに。仕事や家庭となると、流石にそんな事もできない。
 大人になった自分達にとって、それがいかに大事なものであるかは、社会人4年目にもなれば嫌という程わかる。

 わかっているはず、なのに――。

(……俺、あん時、なんであんな事訊いちゃったんだろう)

『音楽……、やっぱりもうやってねぇの』――2人と別れる間際、自分が口にした言葉が思い出される。

 今にして思えば、なんと未練がましい問いかけだろうと思う。
 だってこれってあれだろ? 恋人との別れ際に「本当にもう私の事は愛してないの」とかって言っちゃう、めんどくせぇ女子のそれそっくりじゃん。わーっ、俺って、そういう事言っちゃうタイプの人間だったのかー。自分の事ながら鳥肌がたってくるわ。

(やってるわけないじゃんね。あれからもう、何年経ったと思ってるのよ)

 俺達が音楽をやめたあの日から、もう随分と時が流れた。制服を身にまとっていた子ども達が、スーツを身にまとって働く大人になった。自分のためだけじゃなく、社会や家庭のために働く年になったのだ。

 それなのに、今さら一度やめた音楽をやっているような奴なんているはずがない。それは考えなくても明白な事だろうに。
 まったく、自分の女々しさに呆れるぜ。

 そういや昔、なんか女々しさが題材のバンドソングが流行ったようなそうじゃなかったような、とそんな事をふと考えた時、「そういえば」とふいに田村先生が口を開いた。

「3年生って、今年のダンスで使う楽曲の選曲ってもう終わってる感じですか」

 椅子の背もたれに寄りかかりながら、田村先生が俺と矢口先生を交互に見回す。
 ギッ、と田村先生の椅子の背もたれが音を小さくたてる。

「あぁ運動会のですか」と、矢口先生が口を開いた。「えぇ、まだ正式ではないですけど、候補は出てますよ」と田村先生の問に言葉を返す。

「えぇっと、なんでしたっけ。最近流行りの、少年漫画が原作だという、アニメの……」
「あーっ、子ども達がめっちゃ真似事してるあれですか! なんか刀とか、呪いとか出てくるバトルアクション系の」
「そうそう。それです」
「あの漫画、凄いですよねー。女子男子別け隔てなく人気出てて。俺が子どもの頃なんて、少年漫画は少年だけが読むものって感じだったのに。OPを歌ってるアーティストさんもなんでしたっけ。なんか凄い賞を取ったんですよね」

「確かなんとか大賞とかいう」と田村先生が小首をかしげる。

 瞬間、「レコード大賞ですよ」と反射的に俺の口から言葉が飛び出した。

「レコード大賞、正式には日本レコード大賞です。その年の最も優秀な功績を残したと認められる楽曲に与えられる音楽の賞ですよ。毎年年末にTBS系で行なわれる日本の作曲家協会主催の番組兼大会内で与えられるんです。1年の間で人気になった楽曲、話題になった楽曲を10曲選曲して、さらにその中において最も優秀だと認められた楽曲に与えられます」

「で、そのレコード大賞を昨年受賞したのが、あのアニメのアーティストさんです」と説明をしめる。「「ほー」」と矢口先生と田村先生が、俺の説明に感心したといった様子でこちらを見てきた。

 と、その視線を受け止めたところで、ハッと我に返った。

(やばい、ペラペラ喋りすぎたっ)

「って、あーいや、そう、知り合いが以前教えてくれまして……」

 じっとこちらを見てくる2つの視線に、バクバクと心臓が鳴りだす。
 だらだらと背中を夏の暑さとは全く関係のない汗が流れ始め、浮かべる笑顔から「はは」と固い笑いがこぼれ落ちていく。

 しかしそんな俺の様子になど気づいた様子もなく、矢口先生と田村先生は談笑を続けた。
「なるほど、れこーど大賞でしたか」「やはり酒井先生ぐらい若い人は、流行に敏感ですな」と疑惑も疑問も含まれていない会話が2人の間を飛び交う。

「全く、この年になると世間の流行についていくのも精一杯になってしまうから、困りものですよ。年々飛び交う情報についていけなくなるのを感じるんですよね」
「いやいや、流行についていこうと思える辺り、田村先生はお若い方ですよ。私なんて、もう何が何やらという事ばかりで。この間も子ども達がネットで流行っているとかいうポーズを教えてくれたんですけどよく覚えられなくって……。なんでしたっけ。ほら、チックタック? 時計の擬音みたいな、かわいらしい名前の……」
「矢口先生、それ、もしかしてTikTokのこと言ってます?」

「あぁ、それです、それです」と矢口先生が嬉しそうに言う。「時計の擬音って」と田村先生がケラケラと笑った。

 ホッと胸をなでおろす。よかった、どうやら変には思われなかったらしい。

(あっぶねー。突然色々語り出したせいで、ドン引かれでもしたらどうしようかと思った)

 人間、押しが強すぎると逆に人を引かせる場合があるからなー。別に音楽好きだってバレる事自体にはなんの問題もないけれど、行きすぎた『好き』は相手から嫌われる場合がある。

 職場の人間関係はできれば円滑に、なるべくこじらせずに行きたいものだ。人間関係ひとつで、仕事に支障をきたす場合もあるからね。

(音楽系の番組は音楽を辞めた今でもチェックしてるからなぁ。それを無しにしても、あのアーティストさんの曲は昔から好きだったから色々口走ってしまった)

 いやぁ好きって怖いね、と思いながら、未だに手にしたままだったスマホを鞄の中に押しやる。そんな俺の耳を、「2年生の方はどんな感じですか?」「いやー、こっちはまだまとまってなくって」と、話題を運動会に戻しながら談笑を続ける矢口先生達の会話がかすめていく。

 レコード大賞のレの字もない会話――、瞬間、ちょっとだけモヤッとしたものが胸中を横切っていったのを感じた。

(……優作や拓弥が相手だったら、もっと色んな話できんのにな)

 レコード大賞の結果に納得がいくかとか、予想通りだったとか、他の優秀賞の作風がどうだとか、そこから昨年はこういう音楽が流行る年だったなとか。きっと無尽蔵に話題は広がって、飽きる事なく会話は続くのだろう。

 でもそれはあくまでも、俺達が音楽というジャンルに精通していた人間だったからできる話だ。
 そうではない人にとって音楽の話というのは、ただの世間話の一旦に過ぎない。今日も暑いですね、そうですねー、という会話とそう大差ないのだ。

 誰もが目につくテレビという世界から、居酒屋という街の片隅、はてには誰もが一度は通る小学校行事の中にまで。

 音楽は色んなところにあって、それこそ大げさめいた事を言えば、世界人口にも負けないぐらいの数の音楽で、きっと世界は満ち溢れている。

 でもだからって、世界中の誰もが同じ熱度で音楽を好きなわけじゃない。

 音楽の何から何まで全て好き、という人もいれば、特定の音楽しか好きじゃない、という人もいるだろう。反対に流行りのものは聴くけれど、でも自分の人生を捧げられる程好きなものではない、いう人だっている筈だ。

 そして、だからこそ別れてしまう。
 音楽をやれる人間と、――そうではない人間に。

 音楽のおの字もない、仕事仲間達の会話が俺の耳に届く。
 ブゥウウウウウン……、とライブの轟音なんかには到底及ばない古びた機械音が鳴り響き、耳をすませば、カリカリと、どこかのデスクで誰かがが仕事をする音が忙しなく聞こえてくる。もう少しすればきっとセミの大合唱も、窓の向こうから聞こえてくるはずだ。

(これが俺の日常)

 音楽をやめた俺の日常。俺の毎日。
 社会人として、ただの人間として生きる事を選んだ俺の日々。

(――でも、)

 なんでだろう。
 何かが胸の中を通り抜けていく感覚がする。別に悪い事は何一つないはずなのに、途端目の前の光景が空虚に見えてくる。

 涼しい人工の空気とは違う何か。それが俺の胸中を、虚しく寂しく通り抜けて、ぽっかりと大きな穴をそこに開けていく。

 まるで、何か大事な記憶をすっぽりと落としてきてしまったかのような、そんな大穴が――。


(……音楽の話、したいな)

『なぁ、本当のバンド、やってみねぇ?』――遠い記憶の友の声が聞こえた気がした。
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