Herec~一度音楽をやめた奴らが『社会人バンド』を組む話~

勝哉道花@みちなり文庫

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2章 空虚と熱

2-4

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 俺が『それ』を目にしたのは、その日の午後のこと。
 お昼もとっくに過ぎ、時間だけを見ればそろそろ夕刻の時間帯に入るような、そんな頃の出来事だった。

「おや、学童の子が出てきましたね」

 ふいに矢口先生が、窓を見ながら言った。その声につられるようにして、俺も制作していたプリントから目を離して窓の方へ顔を向けた。

 窓の外に広がる、校庭。
 そこには、夏の蒸し暑さは残っているだろうものの、昼時よりは幾分か落ち着いた陽の光の下で駆け回る子ども達の姿があった。大体は男の子だが、女の子も少なからず混じっている。その後に続くようにして、学童保育の職員だと思われる若い女性職員と少し年のいった女性職員が、学童室の入り口がある方向から現れた。

 学童保育――、通称『学童』。

 共働きなどの様々な事情で、放課後や夏休みなどの長期休み中に子どもを見ていられないご家庭の子ども達を、一時的に預ける事ができる施設および保育事業である。
 事業毎に運営の仕方は異なるけれど、東小の場合は校内の一室を使う形で事業が展開されている。

 校庭も学童の子ように解放されているので、長期休み中でも、時たまこうして外で遊ぶ子ども達の姿を垣間見る場合があるのだ。

「やっぱり夏休みは子どもを預けるお家が多いんですかねぇ。1クラス分はいるんじゃないですか」
「まぁ、1ヶ月も学校が休みじゃ、共働きのご家庭にはつらいものがあるでしょうしね」

 矢口先生に言葉を返しながら、校庭を眺める。
 わーっ、わーっ、と一気に賑やかになった校庭。ボールや遊具を使って遊ぶ子から、ただただ駆け回り続けるだけの子まで、皆が皆、思い思いの遊びに馳せている。

 暑いのによくもまぁ、あんなに走り回れる元気があるなぁ。子どもは風の子とはよく言うけど、夏の子って言葉を増やしてもいいように思う。

「すいません、ちょっと手洗い行ってきます」と立ち上がる。「はい、どうぞ。いってらっしゃい」と矢口先生がにこりと微笑んだ。

 職員室よりも数段に温度が高い廊下を歩いて、トイレに向かう。トイレの位置は職員室から少し離れた場所にある為、尿意に急かされるように小走りで廊下を進んでいく。

 途中、子ども達が使う通常の昇降口の前を通りかかった。
 明るい日差しが容赦なく、透明なガラス戸のドアから校舎内に降り注いでいる。そのせいか、なんだかこの空間だけ、他の場所よりも格段に暑い空気で満ちている気がした。

 うぇ、と思わずその温度に顔をしかめた時、ふっと昇降口前にたむろしている子ども達の姿が目についた。

 見覚えのある子ども達だった。1人はうちのクラスの男子――、瀬川賢人《せがわけんと》だ。あとの2人の名前はわからないが、確か同学年の子だったはずだ。廊下を走っていたところを一度か二度、注意した覚えがある。

 半袖半ズボンの夏らしい格好をした3人の少年達が、昇降口前の小さな階段に腰掛けるようにして座っている、そんな光景。
 それだけだったなら、あー、学童っ子が遊んでるわー、ぐらいの感覚で、俺は彼らを横目にその場を去っていただろう。

 が、その子達が手にしている『それ』が目についた瞬間、「あっ!」と俺は反射的に昇降口から外へ飛び出した。

「こらっ! お前らっ」
「げっ! 酒井先生っ」

「わっ」「やばっ」と俺の姿を認めた子ども達が、慌てたように手にしていたそれを自分の背中に隠し始める。

 だが残念、手遅れだ。現行犯逮捕である。
 一番近くに居た賢人が持っていたそれを、俺はサッと取り上げた。

「タブレットは、授業中と宿題の時以外は使っちゃいけないって、いっつも先生達言ってるだろうが!」

『タブレット』。通称も何もなく、本当に本物のガチのタブレット機器である。
 タブレット型の携帯できるコンピューターで、この春、子ども達の間に取り入れられるようになった新たな教材だ。

 タブレットによる授業、いわゆる『タブレット学習』が小学生達の授業に本格的に取り入れられるようになったのは、ここ近年の話である。

 取り入れられた主な理由は『ICT教育』。『ICT』は、『Information and Communication Technology(情報通信技術)』の略称で、インターネットやタブレットなどの事も指し示す単語だという。

 まぁ要するに、ネット社会で生きていく力をつける為に、日常的にデジタルに触れて使い方を学んでいきましょう、という事だ。
 ネット社会におけるモラルについて学ばせるのはもちろんのこと、授業中の調べ物や資料用の動画を見せるのに使ったりもする。最近は宿題の提出もタブレットで行なえるようなものが推奨されており、教師側としてもちょっとばかし対応に困っている代物だ。

 特にタブレット用の授業の『プログラミング』なんかは、誰もがやったことのない未知も未知の領域である。一応、国からの説明書は貰っているけど、それでも理解するのがやっとな状態だ。

 そして何より困るのが――、タブレットを所持する子ども達の対応である。

「タブレットを使う時は、絶対に室内、それも授業中か家や学童室で宿題をする時だって、いつも言ってるよな? 外で使って割っちゃいました~、無くしました~、なんて事になったら、大変なのは弁償するお前らのお父さんお母さんなんだからな⁉」

「今すぐ学童室に閉まってこい。じゃないと、学童の先生に言って、Wi-Fi切ってもらうぞ!」と子ども達を見回せば、「やだ~っ」「それだけはやめてぇっ」「『ごしょう』だから~」とどこで覚えたのかわからない言葉を使いながら、彼らが俺の周りに集まってきた。

(見つかったら怒られるってわかってて、なんでこういう事するかなぁ)

 まったく、と心の中でため息を吐き出しながら、手に持ったタブレットに目をやる。

 青色の丈夫過ぎるぐらいに固いケースに入れられたタブレット。携帯機器として持ち歩くには、なんだか重すぎるくらいの重たさがある。大きさも、通常の大人が使うようなパッドケースの何回りも大きく厚みがある。
 頑丈といえば聞こえはいいが、武骨で重たいケースが与えるのは安心感よりも、この重さに負けた子どもが落としたらどうしよう、という不安感の方が大きい。

 そんな本末転倒な不格好なケースの中で、パッと明るく光る画面が目につく。

 白い背景に、いくつもの動画のサムネイルが表示された画面。有名な動画サイトのトップ画面だ。どうやら、何か動画を見ようとしていたらしい。

 戸惑う大人達とは異なり、吸収力と順応力の塊の子ども達は配られたタブレットを大人よりも自由自在に使いこなす。それゆえに、こうしてちょっと目を離すとすぐに、『教材以外』の扱いをし始めてしまう場合がある。

 ネットを開いて漫画を読んだり、勝手にゲームアプリをダウンロードしたり、こうやって動画サイトを開いて動画を見たり。そういうもののために使うのは禁止だといくら言っても聞かない。

 一応ネット対策として、ネットアプリ内には検索フィルターがかかっているという話なのだが、どこをどうしてか、そういうのを掻い潜る子どもが、絶対に1人か2人はいるのだ。そしてそのやり方が、大人の目の届かないところで噂となって子ども達の間で広まってしまうのである。

 こうなるともうこちらもお手上げ。どうする事もできない。
 しかしだからと言ってそれを放置しておくわけにもいかない。なので子ども達がタブレットを使う際は、授業や宿題なんか以上に目を光らせておく事が、教師陣共通の認識となっている。

「――とにかく、今片付けてくれば、学童の先生には言わないでやるから。早く片付けてこい」
「「「は~い……」」」

 俺の言葉にしょんぼりとした様子で子ども達が返事をする。反省しているのかいないのか、微妙なところではあるが、まぁたぶん、2度目はない事はコイツらもわかっているだろう。

 わかっていなかったら、その時こそその時である。

「ほら」と、取り上げたタブレットを賢人に返す。しょんぼりとしたままの賢人が俺からタブレットを受け取る。

 ――とその時、ふっと俺の視界に、あるものが飛び込んだ。

「ん? あ、おい、ちょっと待った」
「え。なに」

 賢人がびっくりした顔で、俺を見てきた。
 そんな賢人と目線が合うように、俺はその場にしゃがみ込む。そうして「これ」と言葉を続けながら、トントンと指先で、賢人のタブレットの画面を叩いた。

「この動画、なに?」

 そこにあったのは、ある動画のサムネイルだった。
 どこかの防音室内だと思われる空間をバックに、電子ドラムを叩く男の背が、小さい四角い枠の中に映し出されている。

 カメラアングル的に男の頭上高く、斜め後ろにあたる位置から撮影されているようだ。そのため、男の顔は1ミリも見えない。さらにはまるで、男自身を隠すかのように、彼の姿に重ねる形でうっすらと何かのアニメキャラクターが映されている。

「えー。先生、知んねぇのー」と、賢人が言った。
 一瞬前のしょんぼり具合はどこへやら。元気を取り戻した声で、言葉が続けられる。

「アニメのね、オープニングの動画だよ」
「OPの動画? でもこれ、楽器映ってるぞ?」

「なんかね、男の人がオープニング流しながら太鼓叩いてる動画なんだけどさ、でもアニメじゃ聴けない2番目のとことか聴けっから、たまにこれ見て聴いてんだ」

「この動画サイト、すげぇんだぜ、先生! アニメとね、ぜんぜん関係ない人気の音楽がコラボした動画とかもあるんだぜ!」

「でもアメプラには負けるよね。アニメ全然見れないし」「映画もアメプラのが見れるよな」「動画サイトも面白いけど、やっぱりアメプラが一番だよなー」とわちゃわちゃと子どもたちが話始める。

 お前らのその偏った動画配信サイトへの信頼度はなんなん? というツッコミが脳内で浮かぶが、しかしそれが俺の口から出てくることはなかった。

(アニメのオープニングを流しながら、太鼓――……ドラムを叩く動画ねぇ)

 いわゆる歌ってみた、弾いてみた、と呼ばれるやつだろう。動画サイトに投稿される動画ジャンルの一種である。既存曲のカバーを行った動画達の事で、その名の通り歌唱カバーをしたものから、ギターやピアノなどの楽器で演奏アレンジ・カバーしたものまで多く存在している。

 近年では、そういった動画発の歌手やアーティストなんかも多く生まれていて、世間からも注目を浴びているジャンルだ。
 あんまり触れたことのないジャンルなのでよくはわからないが、たぶんきっと、この動画もそれに当てはまるものなのだろう。ドラムだから、叩いてみた、とかそういう感じだろうか。

 疑問は解消されたが、しかし途端、俺の目はますますそのサムネイルに釘付けとなった。
 なぜならば。

 そこに映っているいかつい体つきの男の背に、とても見覚えがあったから――。
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