Herec~一度音楽をやめた奴らが『社会人バンド』を組む話~

勝哉道花@みちなり文庫

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4章 新しいとあの頃

4-2

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 9月第2水曜日、超炎天下。

 暦上ではとうに過ぎ去った夏。だというのに、空には夏の頃と変わらない元気いっぱいの太陽が浮かんでいる。地上を焼き尽くさんばかりの勢いで燦々と輝く日の光に、思わず汗がたらりと頬を伝って落ちていくのを感じる。

 そんな暑い日差しが照りつく、午後も16時過ぎの東小の校庭――、内にある朝礼台前。

 全6時間行程の時間割を全て終え、帰りの会も終えたばかりの俺達3年生教師陣が、そこには集まっていた。

「ダメですか」と、俺に尋ねてきたのは矢口先生だった。
 その質問に、役に立てなかった申し訳なさを覚えつつ、「ダメですね」と俺は首を横に振り返す。

「やっぱりですか」と残念そうに口にしたのは、1組担任の百瀬《ももせ》真由美《まゆみ》先生。
 数ある問題児と戦ってきた歴戦を持つ、教師として超がつく古株先生であり、今年の3年生の主任も担当している女性教師である。

「いつかはなると思ってましたけど、よりによって運動会前の今か~」と落胆した様子で言ったのは、3組の吉田《よしだ》加奈恵《かなえ》先生だ。
 俺より2歳年上の女性教師。年齢層が比較的高めな我が校の教師陣において、俺と同じく貴重な20代の若者教師と、百瀬先生とは対局の位置にいる教師である。

「まぁ、壊れるのは元から時間の問題だったとは思いますよ。どう見ても相当古い機種ですからね、これ」
「そもそも今時、カセットテープとCDプレイヤーが併用してるラジカセって、あんまり見ないですし……」そう言って俺は、朝礼台の上に置かれた学校備品の紺色のラジカセに、目を向けたのだった。
 
 9月。
 2学期である。

 超炎天下であろうと、夏が遠ざかる気配が一向にしなかろうと、そんな事は関係なく、世間というのものは絶えず変化する。

 9月に入れば長い夏休みは当然の如く終わり、小学校には2学期という新たなステージがやってくる。1年の内で、最も長くて多忙な時期である。
 通常の授業の展開はもちろんのこと、この時期は夏休みあけの膨大な宿題へのまるつけやコメントの書き込みといった仕事が追加される。それらを行いつつ、日々の宿題へのまるつけ、コメントも行わなければならない。

 さらに、どの学期よりも長い2学期は、他のどの学期よりも多くのイベントで賑わう学期でもある。
 高学年の修学旅行に始まり、学期末に行なわれる保護者入場可の合唱祭。そのほかにも低学年の遠足や中学年の社会科見学等もある。ある程度の準備は夏休み前に済ませておくが、それでも足りない事はやはりいくつかあるし、当日になって発生する問題だって多く存在する。

 そして極めつけは――、運動会。

 小学生のメインイベントの1つと言っても過言ではないこの大イベントは、我らが東小では2学期に行なわれる。毎年10月半ば頃の土日に行なわれる事が決まっており、9月は各学年の教師陣はその準備や子ども達の練習で誰も彼もが忙しくなる。

 それは3年生に担当クラスを持つ俺ももちろん当てはまること。おかけで9月に入ってからの毎日の忙しさは、文字通り目が回る程のものとなっている。

 夏休みの忙しさなんて、これと比べたら目じゃない。
 それどころか、楽園だったように感じる。子ども達もいないわけだし、仕事をこなすスムーズさ具合でいったら各段に夏休みの方が上だ。

 そんな忙しさの3文字が、学校中の教師達の上にのさばる中。
 俺達、3年生教師陣は、予想外の事件と対峙する羽目になっていた。

「いやぁ、参りましたね」と矢口先生が頬を掻く。困ったような眼差しを、朝礼台の上でウンともスンとも言わなくなってしまったラジカセに向ける。

「確かにここのところ、調子が悪いとは思っていましたが、まさかダンスの練習中に壊れてしまうとは……。運動会の練習もまだ始まったばかりだというのに」

「今日のところは、百瀬先生が機転をきかせてくれたおかげでなんとかなりましたが、明日からはどうしましょうか」そう言って、朝礼台を囲むように立っていた俺達3年生教師陣を、矢口先生が見回す。
「う~ん」と全員が全員、予想外の事態に腕を組んだり、頬に手を当てたり首をかしげたりして、これからの事を考える。

 運動会の種目の1つとして、勝敗に関係なく行なわれる数少ない種目の創作ダンス。小学校の運動会を一度でも通った事がある人間なら、誰もが体験した事のある種目だろう。
 東小では、合同組体操を行う5・6年生を除き、各学年全てが行う種目として決定づけられている。もちろん3年生も例外ではない。夏休み中にも田村先生と一度話はしたが、流行りのアニメのOPを使ってのダンスを行う事になっている。

 流行りの曲で踊れるという事もあってか、子ども達からの評判もそれなりによく、覚えも例年に増していい子が多い。
 好きこそ上手なれとはよく言ったものだが、ここまであからさまに反映されると、清々しいを通り越して呆れてしまいそうになる。本当、子どもというのはどこまで行っても自分に素直な生き物だ。

 そんな全てが順調に進みつつあった中で起きたのが、このラジカセの故障事件だった。
 授業も終わるその直前。最後に今覚えているところだけを通しで踊って終わりにしようという事になった。ダンス指導を行う百瀬先生の指導に従って、子ども達が流れる音楽に合わせて踊りだす。 

 だがその最中、突然、ブチィッ! と大きな音をラジカセが鳴り響かせた。
 そうして、それが一体何を意味するのか、誰にも理解をさせぬままラジカセは音楽を鳴らすのをやめてしまった。

 子ども達が動揺する気配が校庭中を支配した。むろん俺達教師陣の間にも、衝撃が走った事は言うまでもないだろう。

 だが、さすがは歴戦猛者の古株大先生というべきか、真っ先にそれを鎮めたのは百瀬先生だった。
 すぐに状況を理解したらしく、誰よりも先に我に返ると、ダンス指導用に手にしていたジングルの外れたダンバリンを叩いてテンポを取り始めた。

「1、2、3、4っ」と大声もあげながらテンポを取る百瀬先生に、子ども達も我に返り、再び踊りを開始する。
 そうしてなんとか今やれるところまで踊りきった辺りで、6時間目の終了を告げるチャイムが、校庭内に響き渡ったのだった。

「とりあえず、新しいのは買うしかないですよね」
「新しいのが来るまではどうします?」
「他学年のを借りるしかないですかねぇ」

 吉田先生、百瀬先生、矢口先生が口々に言葉を続ける。
 ひとまず話しあいの結果、しばらくは他学年の物を借りて練習するという事で話はまとまった。

「とりあえず、片付けて職員室に戻りましょう」と百瀬先生の言葉に皆で頷き返し、それぞれ片付けの準備に入る。

「延長コード、俺やっときます」と言いながら、俺はラジカセと共に朝礼台の上に置いてあった、業務用のどでかいリール型の延長コードを手に取った。
「お願いしまーす」と、吉田先生がラジカセを手に言う。コードの先がささっている保健室の方へ向かおうとすれば、「先、職員室戻ってますね」と矢口先生から声がかけられたので、「はーい」と手をあげ返した。

(は~あ。順調に行ってると思ったらこれだから、やんなっちゃうぜ)

 一寸先はなんとやらだな、と考えながら、校庭側の扉から保険室内に入る。
 事務仕事中だった保険医の女性に、「コンセント、ありがとうございました」とお礼を述べれば、「いえいえ」と、穏やかな笑みが返された。

 コンセントを抜いて外に戻り、くるくるとリール部分を回しながら延長コードをまとめていく。
 キィキィと、若干耳につく嫌な金属音を鳴らしながら、リールが長ったらしい延長コードをその体内に収めていく。

 単純な作業のせいか、徐々に思考がぼんやりとし始める。
 すると、ふいに大きなあくびが口から飛び出た。

「ふぁ~あ」

(あー……。やばい、くっそ眠い)

 今日は水曜日。
 つまり昨日は火曜日で、ちょうどというかなんというか、バンドの練習日だったわけで。

 夜21時からのバンド練習。その翌日の時間割に体育があるというのは、正直体力的にきつい。

 しかも通常の座学授業の時と違い、合同練習では実際に指導を行う以外の教師は全員、周囲で子ども達の様子を見守る事に徹底する形になる。こう言うと外聞的には悪いかもしれないが、要するに、授業の大半をただ立ち続けて過ごすだけになるという事だ。

 もちろん、何十人という子ども達全員をたった4人の教師で見守るのだから、くるくるとその周囲を歩き回ったりもする。だがそれでも、ずっと何かしらのやる事がある座学授業と比べると、やる事は明らかに少ない。

 強く意識をもってないと、睡眠不足な脳みそではすぐに思考回路がボーッとしてしまう。
 目の前の景色を見ているようで、意識だけが睡魔の向こうにスポーンっ! と飛んでいくような、そんな感覚に苛まれる。

(練習時間、もう少し早めに切り上げてもらうとかした方がいいかな。いやでも、ただでさえ少ない練習時間をこれ以上減らすっていうのは。けど、これはさすがにきつ……って、いやいや、何泣き言を言ってるんだ、俺はっ)

 こうなる可能性もあると知って、それでもバンドをやると決めたのは自分だ。こんな事で愚痴を言っていては、これから先、バンドを続けてく事なんてできないぞ。

(それに――、バンドをやってなかった頃に比べたら、今が充実してるのは確かだ)

 疲れるのは本当だし、体力的な限界を感じる事も嘘ではない。
 でも、何かが足りない、欠けていると感じていたあの空虚感がなくなったのは確かだ。まるで長らくどこかにやってしまっていたパズルのピースが見つかったかのような、スッキリ具合が自分の中を満たしている。

(今さら、バンドで食っていこうとか、そういうのは思わないけど……。でも、バンドをやめるのは、絶対に嫌だ)

 夢も目標も何もないけど、でもバンドはやりたいし、続けていきたい。
 それは傍から見るとただのわがままかもしれない。だけど、そのわがままに付き合ってくれる友人達もいるのだ。言い出しっぺの自分が弱気になってどうする。

 よしっ、とパンパンッ! と自分の頬を叩いて気合を入れ直す。

 そうしてついでに、睡魔よ、俺の体から出ていけぇ~、と頭の中で睡魔退散の呪文をエクソシストにでもなったかのつもりで唱えたその時、「あーっ」と覚えのある声が俺の耳に飛び込んできた。
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