Herec~一度音楽をやめた奴らが『社会人バンド』を組む話~

勝哉道花@みちなり文庫

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4章 新しいとあの頃

4-1

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 ――バンドをやる。

 そう決めた俺達は、バンドをやっていくにあたって、まずはいくつかの決め事を設ける事にした。

 まずは、練習時間について。
 優作も言っていたように、俺達は3人とも職種がバラバラな上に、勤務時間も完璧に異なる。俺や企業勤めの優作のように必ずしも毎週同じ曜日に休みが取れるとは限らない。その中で練習できる時間をすりあわせるのは、それなりの至難の業だ。

 それでも話しあった結果、毎週火曜日と木曜日の夜を練習日として設ける事となった。時間は全員の仕事が確実に終わる夜21時半からで、場所はここ『Music Studio Re:creation』だ。

 ちなみにこういう社会人同士で組んで、仕事の合間を縫ってやるバンドの事を世間では『社会人バンド』と呼ぶらしい。名前があるって事は、意外と世の中でバンド活動をしている社会人は多いのかもしれない。
 なんだ、結構いるんじゃん、社会人バンドマンって――。自分達と同じような誰かがいる、その事実に、思わずホッと胸をなでおろしたのはここだけの話である。

 次に話しあったのは、練習の内容について。
 練習をするにしても一体何をどう練習して、結果それをどうするのか。

 普通のバンドならここで、ライブに出演するためとか、CDを作るためという話になるのだろうが、生憎俺達は野望も夢も抱えていないただの社会人だ。バンドそのものに、何かしらの目標を持ってはいない。

 でもせっかく練習するなら、どうせなら誰かに聴いてもらいたい。さてまてどうしたもんか、と頭を抱えていると、「とりあえず1本、何かしらのカバー動画を作るのはどうだ」と優作が言った。

「そもそもライブに出たり、CDを作るってなるとそれだけの曲数、それもイチから作りあげたオリジナル曲が必要になってくる。オリジナルで曲を作るなんつーのは、さすがに今の俺らには無理だろうし、俺がやってた『叩いてみた』みたいな感じのカバー動画を1本作って、動画サイトにあげる方が遥かに効率がいい」
「でも俺ら、ギターとドラムしかないぜ? 俺は歌う以外できないし、カバーをするにしてもやれる楽器が足りてなくない?」
「そこは打ち込み音源とかでなんとかすりゃあいい。大体、そこんところツッコんでたら、それこそライブやCDなんて言ってらんねぇぜ?」

「打ち込み音源は俺が作れっから、問題ねぇしな」と優作がにやりと口の端を持ち上げた。

 あとで聞いた話、どうやら叩いてみたや弾いてみたといった世界では、打ち込み音源を使って、叩きたい、弾きたい楽曲の音源を制作する場合があるのだという。
 基本的には原曲にかぶせる形で、楽器の演奏音を流すよう編集するのだそうだが、それだけだと著作権的な問題で引っかかりやすく、動画が削除されてしまう可能性が高いのだとか。

 だが打ち込み――、要するにDTMと呼ばれるパソコンを使って作った音源や、バンド全体でカバーしたものであれば消される可能性は途端低くなる。その為、消される可能性が高い楽曲をカバーしたい場合は、著作権的な問題を回避するべく、自前で音源を制作する者が多いらしい。

「なになにしてみたと言やぁ聞こえはいいが、突き詰めちゃあ他人の作品を勝手に演奏してるようなもんだからな。暗黙の了解が生きてる世界とは言え、守らなきゃいけねぇ事は守って然るべきだろ」

 肩をすくめながら言う優作に、なーるほどねー、と俺は納得した。
 いやはや本当、その辺りの事情って俺、全然詳しくないから勉強になりますわ。

「ベースについては、おれの方で募集用の張り紙とか作成するよ」と、優作に続くように拓弥が、足りないメンバーに関するアイデアを出してきた。

「Re:creationの人達にもスタジオ内に張り出してもらったりできないか頼んでみる。あとはそういうメンバー募集のサイトで書き込みをしてみるとか、その辺りかな」

 顎に手をあてながら拓弥が言う。 

 募集サイトかぁ。はたして、こんなゆるゆるなバンドに、本気でバンドをやりたそうな奴らが集まるような場所で相手にしてくれる人間はいるのだろうか。わからないが、やらないよりはやってやれだろう。

「それから、だ」――優作が、眉をキリッとつり上げながら口を開いた。

 ギロリと、周囲の様子を注意深く探る野生動物のような鋭い眼光に、俺と拓弥の喉がごくりと、生唾を飲み込んだ。

「間違えちゃいけねえのが、俺達の優先はあくまでもバンドじゃなく、それぞれの仕事や家庭だ。互いの生活に少しでも支障が出るような事があったら、バンドは即解散だ」

「わかったな」と優作が言葉を続けた。生活に支障が出たら――、学生の頃には決して存在しなかったその言葉に、ぎくりと肩がすくむ。

 改めて自分達の立場が昔とは違うのだという事を再認識させられ、緊張の2文字が自身の心臓をキュッと掴んでいくのを感じながら、俺は拓弥と共に優作の言葉に頷き返した。

 ――そっからの日々は、巡るましく過ぎていく事となった。

 練習そのものは週2回だけだが、動画制作をするという事で必要な機材を揃えたり、録画の為の撮影可能なスタジオの借り出しの申請を行ったりと、細かい雑務がいくつも存在しており、それらを週2回の練習日だけで補うのは難しかった。

 それぞれに何を準備しておくかの役割を決め、仕事の傍ら、できる範囲で動画制作に向けての準備を着々と進めていく。グループチャットを使って、何度もやり取りを繰り返しながら、準備や練習を行った。

 実際にカバーをする楽曲は、例のネット音楽のものに決まった。それなりに人気のある楽曲だし、知っている人も多いだろうから、俺達を知らない人相手にも見て貰える可能性が高いだろう、という事で迷う事無く全員一致でその曲を演奏する次第となった。

 練習の際には、実際に撮影予定の配信可能なスタジオルームと同じくらいのサイズのスタジオを借りて、カメラをセットする位置などを決めながらの練習も行なわれた。

 実際のところ、演奏の練習よりも何よりも、このカメラに関する準備が1番難航したように思う。
 なぜなら、カメラの中にボーカルである俺の顔が映ってしまうからだ。

 ボーカルといえば、バンドで1番目立つパート。本来ならば顔を映すべきポジションなんだろうが、悲しきかな、こちらは身バレしてはまずい教職員。動画サイトが今の子供の遊び場の1つと化している現代子ども事情において、彼らが俺の存在に気づいてしまっては事なのである。

 優作と拓弥は、マスクなどを使って顔を隠すようだが、声が楽器なボーカルではそれも不可能。

 とりあえず拓弥の案で、カメラの位置をどうにかして、俺が映らないようにごまかそうという話になった。俺自身もカメラに背を向け、顔が映り込まないように工夫する。

 が、実際に通しで演奏を始めてしまうと、ノリに乗り始めた俺自身の体が動くせいで、カメラの中に微妙に俺の顔が映り込む事件が発生した。これはまずいと、顔が映らないように意識をしながら通しをすれば、今度はそっちに意識が行き過ぎたらしく、声が演奏とズレていく事件が発生してしまう。

 終いには優作がブチキレ、「お前もう、この上で直立して歌えっ」と床の上にテープの切れ端でばってんマークを付け出した。「嫌だよっ! 子どもの合唱祭じゃないんだぞ!」と俺がキレ返せば「うるせぇっ、職失いたくなきゃ黙って突っ立ってろっ」と怒鳴り返された。黙って突っ立ってたらボーカルの意味、完全になくなるんですけど。

 わーわー、ぎゃーぎゃー、ドッタンバッタン。

 よくもまぁ、仕事終わりにこれだけ騒げる体力があるもんだ、と他人事のように思いながら、3人で練習を進めていく。

 明日も仕事なのにこんなに騒いで大丈夫かな、と思わない時がないわけではない。
 それはきっと、優作や拓弥もそうだと思う。だが不思議と、誰もバンドをやめようなどと言い出す者はいなかった。

 そうして、いろいろ問題を多発させながらも、なんとか完成した動画。
 それを動画サイトにて公開する事ができた頃には、季節は夏を過ぎ、暦上の月も8月から9月に移り変わっていたのだった。
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