Herec~一度音楽をやめた奴らが『社会人バンド』を組む話~

勝哉道花@みちなり文庫

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3章 バンドか仕事か

3-4

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(演奏をしてみる? 一度? 昔みたいに?)

 いや、ちょっと待って。待ってくれ。なんだこの展開。さっきから予想外の事が起こりすぎてて、俺の脳みそ、そろそろキャパオーバーしそうなんですが⁉ 提案されたその意味をしっかりと噛み砕く事ができず、俺はあ然と拓弥を見る。

 が、優作の方はそうでもなかったらしい。しばし顔をしかめていたかと思うと、「はぁ」と唐突に、全てを諦めたようにため息を吐きだした。

「スティックとチューニングキー、借りてくる」

 頭をガリガリとかきながら、優作が部屋から出ていった。

 その背中を見送りながら拓弥が、「じゃあ、俺、ギターの調整チューニングしてるね」とギターをいじり始める。
 仕事用の鞄からクリップ付のチューナー――音程の正しさを測れる機械のこと――を取り出し、ギターのヘッド部分に取り付ける。そうして、スーツの上からギターについた布製のストラップを肩にかけると、トゥーン、と歪んでいないギターの音を一音一音鳴らして音程を確認し始める。

 え、あ、お、俺、俺はどうしよう。
 とりあえず久々の生演奏だし、発声練習だけでもしておくべきなのか? あれ、でも発声練習ってどうやるんだっけ?

 しかたないので、普段音楽の授業で子ども達にやらせている発声練習をする事にする。大声で「ドーレーミーファーソーラーシードー」と叫んでると、スティックとチューニングキーを手に戻ってきた優作が「うわ、音楽の授業」と言ってきた。途端恥ずかしくなるから言わないでほしい。

 優作のドラムの調整も終わった後に、何を演奏するか3人で話しあう。「昔やったやつがいいんじゃねぇの」「よくやったやつなら、まだ譜面覚えてそうだよね」と優作と拓弥が口々に言いあう。

「ベースがいないから、ベースがあんまり目立たないのがいいんじゃない」
「じゃあ、あるのはエレキギターだけどさ、アコースティック弾き語り風にするとかどう?」
「おい、それドラムが居る意味ねえだろ。やるならもっとしっかり叩かせろ」

 わーわー、ぎゃーぎゃー言いながら、最終的にあるネット音楽のカバーをやる事になった。比較的ベースの目立ちところが少なくて、ギターがメインのドラムの譜面もしっかりと入っている。

 そして歌詞の内容は『夏』が題材と、今の季節にはぴったりのサマーソングだった。

「じゃあ、行くよ」とギターを手にした拓弥が言う。ドラムの前に座った優作が頷いた。俺も室内にあったマイクと、歌詞が載ったサイトが表示されたスマホを片手に頷き返す。

 ギターだけのイントロが静かに始まる。本来ならばピアノも合わさるフレーズだけど、今はギターしかいないので、歪みの少ない、純粋無垢なギター本来の素に近しい音だけでフレーズが奏でられていく。

 数フレーズ奏でられたところで、ドラムが入ってくる。小さな子ども達の追いかけっこのように、ギターのフレーズを追って旋律の仲間入りをするドラム。すると新しく増えた遊び仲間に喜ぶように、ギターの旋律が盛り上がり、ドラムと次第に融合して1つの楽曲を生み出していく。

 そして、

「  」

 深く吸った息と共に、俺の声ボーカルがそこに飛び込んだ。

 夏の日差しを受けてキラキラと輝く川へ飛び込んだ時のように、ギターのフレーズが、ドラムのパートが次から次へと俺の耳の中に入り込んでくる。奔流する水に飲み込まれそうになりながらも、その水の流れをなんとかつかみ、を浮かす。

(やば。めっちゃ声出づらい)

 喉、もっと広げないと、もっと腹にも力いれないと。でもそんな事を気にしていたら、今度は曲に置いてけぼりになりかけたり……。あっぷあっぷな状態で、歌いあげていく。

 それは2人も同じらしく、唐突にテンポが走りかけたり、よく聞くと微妙に音の重なりがズレていたりと、久々の3人での演奏に焦っているのがわかる。その度に互いにアイコンタクトを取っては、なんとかバランスを取り直す。

 不格好で、ゴテゴテで、きちんとした人から見ればなんだそれは、と言いたくなるようなひどい演奏。音も足りていなければ、演奏技術も声も全てが全く足りていない。

 でもそれでも何かが満たされていくのを感じる。

 暑い夏の空気にバテていた体が、冷たくて気持ちのいい涼しい風を受けた時のように。
 肺いっぱいに吸い込まれた、涼しくて爽やかで気持ちのよい空気が体中を巡っていくように、自分の中に溜め込まれていた何かがぐるりと循環しては、自分の中をどんどんと満たしてく。

(――あぁ、どうしよう)

 こんなにもどうしようもない。
 子どもにだって絶対聞かせられないような、ド下手具合なのに。

(俺、今、むっちゃ楽しい)

 忙しない、息を付く間もないような音の世界の中で、優作と拓弥が無邪気に笑うのが目についた気がした――。

      ***

 イントロと同じように、ギターの静かなアウトロで曲が終わる。
 音が消えた瞬間、室内を静寂が襲う。夏の夕暮れ時のような、それまではあった筈の明るい空気が一気にしぼんでいく感じ。1日の終わりを告げる夕暮れがやってきた時のような寂しさが、室内に満ちていく。

 最初に口を開いたのは拓弥だった。「……どうだった?」そう尋ねてくる。

「どうだったって」と返したのは、優作だった。眉間にしわを寄せながら、「下手にも程がある」と、ハッキリと続ける。

 その返答に拓弥が苦笑する。それから俺の方を振り向くと「透くんは?」と尋ねてきた。

「俺、は……」

 あがる息の中、言葉を探す。

 久々の生演奏での合わせだったせいか、上手くできなかった息継ぎや声の力の入れ具合などのせいで、酸素の補給がちゃんと頭まで行き渡っていない。

 それでも、そんな頭でも、1つ言うとしたら、

「――楽しかった」

 やっぱりこれに尽きる気がした。

 拓弥と優作が、少しだけ目を丸める。
 しかし、俺の言葉に思うところがあったのか、すぐさま別の表情がその顔に浮かび上がる。

 優作が少しだけ気恥ずかしそうに唇を尖らせながらそっぽを向く。拓弥が目を細めて、穏やかな笑みをその顔に浮かべる。

「おれさ、」と拓弥が口を開いた。俺と優作の目が拓弥の方を向く。

「優くんと同じでね、これで食べていくつもりとか、また音楽の道に進むつもりってのはね、正直なところ全然ないんだ。ギターをまた始めたのだって、単純に仕事とかで溜まったストレスを発散できる何かが欲しくって、それで思いついたのがこれだったってだけ」

 そう言って拓弥が、ギターを見る。ボディのくびれ部分に手を乗せ、何かを確かめるようにその輪郭をなぞっていく。

「優くんのように動画をあげる意思もなければさ、透くんみたいにまた誰かとバンドを組もうなんて言い出せる気概もない。ただのストレス発散のためのはけ口。それが今のおれのギターだよ」
「拓弥……」

 返す言葉が見つからなかった。優作もそれは同じらしく、何か苦いものでも食べたかのような表情で顔をしかめる。

 ……別に、拓弥のような想いで音楽をやっている奴は、この世に沢山いる。

 日々のストレス、生きる事への疲労、世間への不満、そういうのは誰しもが感じてしまうものだ。だからこそそういった負の要素が詰め込まれた音楽というのは、人々の共感を呼びやすい。負のエネルギーを力に、人気が出る事だって珍しくもない。

 でもそういうのはやっぱり、一度諦めたけど再び音楽の道に戻ってきた先人達のように、音楽をやろう、やりたいと心の底から思う人々のもので、俺達のような音楽をやめた奴らのものではない。
 世の中は、嫌な気持ちになる事は多い癖に、それを力に変えられる程のタフな人間はそう多くない。だからそのストレスを溜めないように、漫画を呼んだり、ゲームをしたり、そういった事でストレスを発散させる必要がある。

 拓弥のギターは、きっとそういうものの1種なのだろう。
 音楽をやめた奴の、音楽のためでもなんでもない、本当に自分のためだけのギターなのだ。

 けれど、俺達の気まずさを優しく受け止めるように、「でもね、」とふいに拓弥は言葉を続けた。

「そんな俺のギターだけど、おれも今の、すっごい楽しかった」

「おれもバンドやりたくなっちゃったよ」そう、さらに言葉が続けられる。

 楽しかったと、そう言える事が嬉しくってたまらないのだというように。
 その頬を少しだけ上気させながら笑った。

「バンドやりたくなったって、それってつまり……!」

「一緒にやってくれるってこと⁉」と、思わず拓弥の方に身を乗り出す。

 興奮気味に鼻息を荒くする俺に拓弥が苦笑しながらも、「うん、いいよ」とあっさりと頷き返してくれる。瞬間「マジで⁉」「マジかよ⁉」と、俺と優作の口から、異なる種類の驚愕の声が同時にあがった。

「あ~あ。本当はこれ1回っきりで終わらせるつもりだったんだけどなぁ。ほら、やっぱり下手くそだったじゃん、これじゃあ到底バンドなんて出来ないよって、言う予定だったのに」
「うぇっ。そんなこと考えてたの、拓弥」
「仕方ないじゃない。あの時の透くん、あそこで色々言ったって納得しなそうな感じだったんだもん」

「言ってもわからないなら、見せた方が早いでしょ?」と拓弥が軽やかに笑いながら言った。

 見せた方が早いって、確かにそうかもしれないけど……。
 拓弥って、優しそうに見せて実は俺達が思う以上に、とんでもない事する奴だったりします? たらりと、冷たい汗が俺の頬を伝った。

「と、いうわけで」と拓弥が優作の方へ振り返った。

「あとは優くんだけだけど……、どうする?」
「…………っ、あーっ、くそっ。わかったよっ」

「やりゃあいいんだろっ、やりゃあ」と優作が怒鳴るように返してきた。
 自分の負けを認めるのが嫌なのか、ふんっ、と鼻を鳴らしながらそっぽを向く。

「~~~~~~~っ、あ゛、あ゛り゛がどぅぅうううううううっ‼」

 効果音をつけるなら、ドバッとかブワッとか、そんな感じの勢いで俺の目から涙が溢れ出てきた。ついでに鼻水なんかもずるんっと、鼻の穴からこぼれる。

「うわっ、汚ねっ」と、優作がどん引いたように声をあげた。「いい年こいた大人が鼻水垂らしながら泣くなっ」と続けて怒鳴ってくる。
「だ゛っで゛ぇ~~~っ」と涙も鼻水もごっちゃ混ぜにしながら言葉を返せば、拓弥がやはり苦笑する。そうして「ポケットティッシュあるよ」と、透明のポリ袋に包まれたティッシュを鞄から取り出してくれた。

(また、バンドがやれる)

 ズビーッ、と俺の汚い音がスタジオ内に響く。
 そのさまをやれやれと、肩をすくめながら優作が眺める。拓弥がしかたがない何かを見るように笑いながら、「まだいる?」と新しいティシュを差し出してくれる。

 3人中2人はスーツで、1人は私服。
 立場も皆違くて、働いてる場所も違くて、1人居ない奴が居て、学生服を身に着けていたあの頃とは全く異なる光景が広がっている。
 でもなぜか、どこかあの頃とそんなに変わりない空気がある光景。
 
 二度ある事は三度あって、三度あった事は三度目の正直とも言う。

 そんな俺達にとっての――、三度目の始まりの合図が鳴らされたような気がした。
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