Herec~一度音楽をやめた奴らが『社会人バンド』を組む話~

勝哉道花@みちなり文庫

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3章 バンドか仕事か

3-3

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 翌日、21時。約束通りに、再び俺達はその駅に集まった。

 休日で私服姿だった昨日と異なり、平日の今日は全員仕事スタイルでの集合となった。白い襟付きのシャツに黒のパンツを履く拓弥と、同じく白い襟付きのシャツに灰色のパンツを履いている優作は、見るからにザ・社会人といえる風貌だ。

 対し俺はというと、胸ポケットがついている以外は特に特徴もない丸襟の白Tシャツに黒のジャージズボンと、1人だけあからさまに場違いな格好である。うわ、職業格差、半端ない。なんか俺1人だけ浮いてない? スーツって俺、入学式とか卒業式とか、そういう場面でしか着た事ねぇんですけど?

「教職、楽すぎじゃね?」と羨ましげに優作がこちらを見てくる。「ほぼ一年中、子どもと遊べてかつ保護者と会った時にも清潔感を保てていられる私服を考える毎日と交換していいなら、この服装させてやってもいいぜ」と言い返せば、「いや、やっぱごめんだわ」と肩を竦められた。

 へっ、私服職の大変さを舐めるなよ。ふんっ、と優作を鼻で笑い返してやれば、そんな俺の様子に拓弥が苦笑した。

「じゃあ、そろそろ行こうか」

 そう言って、拓弥が先を歩き出した。が、やはり行き先は告げられない。
 本当に、どこに行くつもりなのだろう。ちらりと優作を見れば、むこうもちらりとこちらを見返してくる。こちらの出方を探るような視線から、やはり優作も何も教えられていないらしい事を察する。

 結局、互いに何も言わないまま、俺達は拓弥の後を追う事にした。

 駅を背にして、駅からまっすぐに続く大通りをどんどんと進んでいく拓弥。無言で進んでいくその背中の後を、俺と優作がやはり無言でついていく。

 夏の夜の、涼しいともぬるいとも言い難い空気を全身で感じながら、歩き続ける事しばらく。
 周囲の景色が駅前特有の華やかさから、武骨な雑居ビルや家々が点々とする静かな風景に代わり始めた、そんな頃合いで、

「ここだよ」

 拓弥が唐突に足を止めた。

 ここ。拓弥のその言葉につられて、俺と優作は、拓弥の前に立つビルに目を向けた。

 そこにあったのは3階建てらしきビルだった。
 周囲に点々とする灰色の雑居ビルとは異なり、上半分が黒く、下半分が赤レンガ造りの壁と、異様なまでに洒落たデザインのビルである。
 そして色の堺目にあたる箇所の壁に、銀色の英語のオブジェクトが飾られていた。
3つの英単語がつづられたそれが、このビルの名前である事はどこからどう見ても明白だった。

『Music Studio Re:creation』

(ミュージックスタジオ、リ:クリエイション……?)

「みゅーじっくすたじお……」と優作がぽつりと呟いた。
 まるで幼い子どもが、その意味もわからないままに絵本に書かれた言葉を読みあげるような、ぼんやりとした声音だった。

 あ然とする俺と優作を置いて、拓弥がビルの中に入っていった。
 ファミレスの重たい手動ドアとは違う、電子的な自動ドアをくぐって中に入っていく。その姿にハッと我に返った俺と優作も、慌てて拓弥の後を追うようにしてビルの中へ入った。

 ビルの中、そこに広がっていたのは、いわゆるロビーと呼ばれる空間だった。
 黒い床と白い壁。まるで、ちょっと大きめのカラオケ店舗の受付場のような空間だった。入り口すぐ横には、受付待ち用だと思われるソファーとテーブルが並べられている。奥には防音製だと思しきガラスドアと、エレベーターの姿。そのちょっと手前に、壁と同じ白色のカウンターが置かれている。

 カウンター内にはスタッフルームに続くと思われる扉があり、その横の壁では、カラフルな『シールド』と呼ばれる、ギターやベースをアンプに繋ぐコード達が、その華やかさからは考えられないぐらいの整然とした姿で壁にかけられ並んでいた。
 その下には個装されたギターの弦達が、やはり整然とした姿で壁にかけられている。ちょっとしたショップの商品棚のような光景である。

 その光景を、やはりあ然と俺と優作が眺めていれば、「あ」とふいに声がその場にあがった。声がした方を見ると、カウンター内の扉から出てきたスタッフらしき女性の姿が目についた。

「井尻さん、こんばんはー」

 ワインレッドのパーカーを身につけた、茶髪のセミロングヘアの女性。パッと見、俺達と同年代か少し下ぐらいの年だろうか。そんな若い女性スタッフが、にこやかに笑いながら拓弥の方を見ている。

「高瀬《たかせ》さん、こんばんは」と、拓弥が挨拶をしながらカウンターの方へ向かっていく。

「21時半から予約してたんだけど、部屋、もう入っちゃって大丈夫ですか」
「ちょうど少し前に、前の時間の人達が片付けて帰ったばかりなので、すぐ入れますよー。貸し出しのギターはいつも使ってるのと同じやつでいいですか? あ。そういえば、今日はお1人じゃないんですね」

 ちらりと、女性スタッフ――、高瀬さん? の目が俺と優作の方に向けられる。
 何か悪い事をしたわけじゃないのに、ぎくりと思わず肩を竦めてしまう。ドキドキと妙な緊張にかられていれば、「あぁ、うん」と拓弥が、俺達の方をちらっと見た後苦笑した。

「今日はちょっと、友達と」

「だから、ギターもだけど、できればマイクとドラムも借りたくて……」と申し訳なさそうに言う拓弥に、「いいですよー、部屋にあるのを自由に使ってください」と高瀬さんが軽やかに返す。
 そうしてギターを取りに行く為か、再びカウンター奥の扉の中へと戻っていく。

(マイクとドラム――……?)

 って、もしかして俺達用の、か? と拓弥の言葉にハッと我に返る。

 優作も俺と同じ考えに至ったらしい。「タク。お前、何考えて……」と眉間にしわを寄せながら、その口を開く。

 だが返されたのは、いつもの拓弥の困り顔にも似た気弱そうな笑みと、しっ、と言うようにその口元に指をあてる動作、その2つだけだった。

「お待たせしましたー」と、やはり軽やかな声と共に、レモン色のストラト――ギターの1種だ――とシールドを片手に、高瀬さんがカウンターに戻ってくる。「ありがとうございます」と彼女からそれらを受け取った拓弥が、ロビー奥の防音扉の方へ歩き出す。俺と優作も、慌てて高瀬さんに軽く頭をさげてその場を離れた。

 慣れたように防音扉を開けて中に入っていく拓弥に続き、俺と優作も扉の中へ入る。

 扉の先には、長い通路があった。ロビーと同じカラーリングの、それこそ、まるでカラオケ店の通路のような、いくつもの防音扉が両壁に設置されたまっすぐな通路である。そこを拓弥の後を追って歩いて行く。

 すると、そう歩かないところにあった防音扉の前で拓弥が足を止めた。どうやら、ここが目的地らしい。
「よっ」と小さく意気込む声と共に、拓弥がギターとシールドを片手でまとめるように持ち直す。そうして空いた手で、目の前の扉を開けた。

 そこにあったのは、8畳程と思われる広さのスタジオだった。

 白と黒でコーティングされた通路やロビーとは異なり、ベージュ色の防音壁とフローリングの床と、スタジオとしては王道的なデザインの部屋である。部屋の四隅には四角いアンプが設置されており、そこに混ざるようにしてマイクが設置された状態のマイクスタンドが立っている。

 入ってすぐ左の壁には、黒色のドラムセットが1つ。ドラムスローン――ドラマーが座る丸椅子の名前――に、クラッシュシンバルが2つとハイハットが1つと必要最低限のシンバル達と共に、真向かいの壁に飾られた鏡と対峙するようにセッティングされている。これまたやはり、壁や床同様に、どこにでもある普通のスタジオの光景だ。

 そう。普通の、どこにでもあるスタジオの光景。
 音楽の、バンドの――、練習スタジオの光景だ。

「……おい。そろそろどういうつもりか言ったらどうだ」

 俺の後に続くようにして、部屋に入った優作が口を開いた。

 がちゃりと、自然な手付きで防音扉の鍵を締めたのは、昔の癖が抜けきれてないのか、それとも今もまだ音楽を続けている奴だからなのか、それはわからない。
 だけど、ただでさえいかつい顔を苛立たし気に顰めながら後ろ手にドアを締める姿からは、ある種の脅迫じみたものが感じられなくもない事は事実だ。

 拓弥も俺と同じようなことを思ったようだ。「問い質し方が物騒だなぁ」と苦笑しつつ、マイクスタンドと共に置かれていたギタースタンドにギターを立てた。

「……まぁ、たぶんもうさっきの会話で気づかれてると思うけど。ここさ、おれがギターを弾く為に通ってるスタジオなんだよね」

「あ、ギターやってるって言っても、別に優くんみたいな動画活動とかする感じじゃないよ⁉ 本当に、ただ弾くだけのためって感じでさ」と慌てたように拓弥が説明を補足する。そうして、「えへへ」と恥ずかしげに頬をかいた。

 なんてこった。
 優作だけならまだしも、まさか拓弥までギターをやっていたなんて。

(え、なにそれ。つまるところガチで音楽やってなかったのって、俺だけってこと?)

 嘘やーん。何その展開、裏切りもいいとこじゃーん。

 予想外の展開に目が点になる。あれ、いやでもちょっと待て。拓弥って確か嫁さんと子どもが居るんだよね。
 ギターをやっていたのはいいとして、仕事も家族もいて、一体いつどのタイミングでギターを弾きにここに通っていたんだ……?

 ぽかんとする俺の横で、優作がさらに不機嫌になりながら眉間にしわを寄せた。
「それで」とその表情をそのまま口にしたような声音で、拓弥に話の続きを促す。

 そんな優作に、拓弥がまたもや苦笑を浮かべる。そうして、一瞬だけ言い迷うように口をつぐんだ後、「あのさ、」と言葉を続けた。

「一度、なんか演奏してみない? バンド組む組まないは、別にしてさ」

「昔みたいに」そう言った拓弥の顔には、いつもなんかとは全然違う、悪戯を企む子どものような笑みが浮かんでいた。
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