Herec~一度音楽をやめた奴らが『社会人バンド』を組む話~

勝哉道花@みちなり文庫

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3章 バンドか仕事か

3-2

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「え、ちょっ……、と、透くん⁉」

「なんだおいっ、急にどうしたっ」

「ついにアホの具合が限界に達しちまったのか⁉」「とりあえず、ここ公共の場だから落ち着いてっ」と優作と拓弥が慌てた様子で俺に声をかけてくる。周囲の客や店員からも、何事かというように視線が向けられる気配が伝わってくる。

 が、それらにかまっている余裕は俺にはなかった。
 アホの具合が限界に達したとかどうとかは知らないが、しかしその時の俺の状態を言い表すならきっと、この『一言』以外に的確な言葉はなかったはずだ。

 それはたぶんそう、俗に言う――……、

「切れましたっ‼」
「「は⁉」」
「堪忍袋の緒がっ、切れましたっ‼」

 ぽかーん、と優作と拓弥が、間抜けな表情で俺の顔を見た。

 俺が「バンドをしたい」と言った時以上の強い驚き色で染まった視線が、2人から向けられる。

「ごちゃごちゃぐちゃぐちゃ、めんどくさい‼ 仕事が仕事が仕事がって、お前はワーカーホリックか! 仕事が恋人の社畜か! ブラック企業のパワハラ上司か何かか!」
「パ……っ⁉」

「ワハラ、だと……」ひくっ、と俺の言葉に優作が頬を引きつらせた。拓弥があわあわと、俺達を交互に見る。

 そんな2人に向かって、ビシッと指をつきつける。何か言い返されるのは明白なので、それよりも先にと「そりゃあさぁっ」と口を開いて言葉を続ける。

「優作の言う通り、後先何も考えずに居たのは事実よ⁉ でもさっ、俺がいつ、ライブしたいとか、CD作りたいって言ったよっ! バンドで食っていきたいなんて、一言でも言った⁉ なのにんな、バンドか仕事か選べみたいなさ! そんな極論、俺、いつ2人にぶつけましたかーっ!」

「何時何分何秒地球が何回回った時、言いましたかーっ」と、ガーッ! と言葉を続ける。「透くんのキレ方が小学生になってる……」と拓弥が、もはや何が何やらという顔でぽつりとこぼした。

 優作の方も俺の気迫に押されてか、再びぽかんと間抜け面をさらしている。
 が、今度はすぐに我に返れたようだ。「い、言わなくたって、言ってるようなもんだろうが」と、優作がハッとしたように口を開いた。

「今更バンドをまたやりてぇなんて、そういうもんだって捉えるだろ。バンドなんて、ライブやってCD売れるようになってなんぼなもんだろ。部活のそれとはわけが違ぇんだぞ」
「はい、出ましたっ! 勝手な思い込みっ! そういうとこっ、そういうとこですよっ! 人に話を聞いてもらいたい時は、まずはちゃんと相手の話を最後まで聞きましょうって、学校の先生に習わんかった⁉」
「知るかっ! 俺が教師の言うこと聞く優等生じゃなかった事ぐらい知ってんだろっ」

 俺の怒鳴り声に、負けじと優作も怒鳴り返してくる。
「堂々と言うことじゃないからね、それっ」とさらに怒鳴り返してやれば、「2人とも、ここ公共の場だからっ」と周囲を気にしたように拓弥が俺達の間にわり込んできた。

「でも、ライブに出たい、CDが売りたいってわけじゃないなら、透くんはどうしてバンドがしたいのさ」

 どうどう、と言うことの聞かない大型動物を宥めるかのように、拓弥が俺達の前に手を出しながら尋ねてきた。

「そんなの、」と言葉を紡ぐ。拓弥の宥めのおかげか、先刻と比べると幾分か落ち着いた気持ちで2人と向き合う。

「バンドがしたいからに、決まってるじゃん」

「バンドがしたいから、バンドがしたいんですっ」と拓弥の質問に返す。
 半ばやけくそそう気味に返せば、予想外の返事だったのか、拓弥も優作も目を丸めて俺を見返してきた。

 ――バンドがしたいから、バンドがしたい。

 正直なところ、俺だって何を言っているんだって感じではある。我ながらなんて考えなしで、率直的で本能的な言葉なのか。小学生だって、もっと考えて物を言うぞって思う。

 だけどそれ以上に、それが本音であった事も確かだった。

 頭の中に、職場の光景がよみがえってくる。

 忙しないけど、それなりに平穏で、それなりに笑いだってある平和で穏やかな日常風景。
 あそこが嫌いなわけじゃない。単純な気持ちで選んだ仕事ではあるけれど、今では教師としてそれなりの自覚を持って仕事に臨んでいるつもりはある。

 子ども達だって、問題を起こす奴らはいても、憎さ余って可愛さ百倍といえばいいのか。なんだかんだ教師をやっていてよかったな、と思う瞬間だってある。

 でも――、何かが足りない。

 何かが欠けているような気持ちが、ずっと自分をつきまとう。
 話したい事が、言いたりない事が、ずっと胸の中で腹の中で渦巻く。
 音楽の話がしたいと、そう思ってしまったあの瞬間のように。

 音楽の、
 音楽が、
 音楽を、

 ――バンドをしたい。

「つーか、俺の事ばっかり言うけど、優作の方こそどうなわけよ」
「あ? どういうことだよ」
「実際問題、こんなかで1番がっつり音楽やってんのお前じゃん。誰かに見てもらいたいとか、聴いてもらいたいとかって思いがちょっとでもあったから、動画をあげたりしてるんじゃないの」

「本当に趣味だけで終わらすなら、別に動画なんてあげなくていいじゃん」と、キッと優作を睨みつける。

 これにはさすがの優作も思う所があったらしく、「ぐっ」と言葉を詰まらせた。先程の俺のように、恨めしげな目でこちらを見てくる。図星ざまぁ。こちらも先の優作からそうされたように、鼻を鳴らし返してやる。

 俺と優作の間に、バチバチと見えない火花が飛び散った。
 お互いに一歩もひかない睨みあいが続く。

 と――、

「……あのさ、」

 ふいに、拓弥が口を開いた。

 俺と優作の顔が一斉に、拓弥の方に向く。俺達の視線を受けた拓弥が、一瞬だけ気まずそうに口を閉じた。
 が、すぐに何かをぐっと決めたような表情を浮かべると、再びその口を俺達に向けて開いた。

「2人に、ついて来てもらいたい場所があるんだけど」
「「は?」」
「「ついて来てもらいたい場所/だぁ?」」俺と優作の声が被る。

 キョトンと、一瞬前の喧嘩も忘れて目を瞬かせながら自分を見てくる俺達を、拓弥がしかたがない子ども達の姿でも見るかのように苦笑したのだった。

      ******

「ついてきてもらいたいって言っても今すぐにってわけじゃないんだ。できればその……、明日の夜、もう1回、この駅に集まって欲しいんだ」

「あ、いや、無理だったらその、もっと後とかでもいんだけど……」と、拓弥が付け足しながら俯いた。たぶん、言いながら自分の提案の無茶振り具合に気づいたのだろう。身体を縮こまらせながら、その目を困ったようにさまよわせ始める。

 少しの間が空いた後、「俺はいいぜ」と優作が言った。拓弥の様子に何か思うところがあったようだ。「仕事が終わった後でよけりゃあ、集まれる」と言葉が続けられる。

「お、俺もっ」と、慌てて俺も返した。
 平日の明日は仕事があるが、うまく行けば夕方、遅くても二十時過ぎには学校を後にできるはずだ。
「その後でよければ集まれるよ」そう続ければ、ホッとしたように「ありがとう」と拓弥が返してきた。

 軽く話し合った結果、明日の夜21時に、再びこのファミレスの最寄り駅に集合する事になった。「夕飯は、できれば先に食べてから来てもらえるとありがたいかな」と拓弥が苦笑しながら、話し合いを締めた。

 その後、周囲の注目も少し集めてしまっていた事もあり、俺と拓弥が飲み物を飲み終えると同時に席を立った。

 ドリンクバー3人前だけと、ファミレス側からしたらはた迷惑でしかないであろう額を大人3人で個別会計した後、駅へと向かう。そうして、それぞれの帰路につくべく別れたのだった。

(……なんか、色々予想外の方向に話が行ってしまったなぁ)

 アパートに帰宅した後、広げっぱなしにしていた布団の上に大の字に寝転んだ。
 不揃いな木目模様の天井を眺めながら、自分の予想の斜め上の結果に終わった緊急会議の内容を振り返っていく。

(断らないだろうと思っていた奴がバンドをやる事を断ったり、自分の浅はかさ具合が露見したり……。というか、拓弥が俺達についてきてもらいたい場所って、一体どこなんだろう)

 う~ん、人生って本当、ままらない。
 モヤモヤする気持ちに振り回されるかのように、ごろごろ、ごろりんと布団の上で何度も寝返りを打つ。

 するとふいに視界の隅に、壁際のデスクが飛び込んできた。次の瞬間、その上に置きっぱなしにしていたヒーロックのペンケースが目につく。

「あ。またタイムカプセルについて話すの忘れた」

 そうだ、ついでにそれについても話さないとって思ってたのに。今日の俺、ダメダメすぎん?「あ~~っ、やっちまった~~~~~~っ」と、再び布団の上で暴れる。

 と、

『それとも何か? 今更になって、本気でバンドで食っていこうってか?』

 思いだした優作の言葉に、ぴたりと自分の思考が止まった。

「…………バンドか、仕事か、か」

 まさかそんな選択肢を迫られるような事態になるとは思わなかった。
 本当に、心の底から。そんな事、考えちゃいなかった。

(でも優作の言う通りだ。一度は音楽の道をやめた奴がもう1回音楽をやりたいなんて言い出したら、そういう風に捉えられてもおかしくはない)

 一度はやめたけど、やっぱり諦めきれなくって戻ってきた。そう言ってのし上がって、有名になったバンドマンは実際に何人もいる。
 でもそういう奴らは皆必ず、バンドで成功したくって、バンドだけで食べれるようなビックな奴になりたくって、そんな情熱や覚悟を持って、音楽の道に戻ってきた奴らばかりだ。

 そいつらのような情熱や覚悟が自分の中にあるかと問われると、正直わからない。

 今の仕事をやめてまで、もう一度バンドをやりますかって言われたら、即座にうなずき返せる自信はない。かと言って、じゃあバンドを諦めますかって言われたら、それにも頷き返す事は絶対にできない。

 仕事もバンドも、どっちも捨てる事は俺にはできない。

(情熱がなかったら、やっちゃいけないんだろうか)

 仕事をやめるような覚悟がなくちゃ、大人になってしまった俺らがあの頃のようにバンドをする事は許されないのだろうか。

「俺はただ、バンドがしたいだけなんだけどなぁ」

 好きな音楽の話をして、好きなバンドの曲を真似て無邪気に遊んでいたあの頃のような、そんな風になりたいだけなのに――。

 そんな俺の小さな呟きが、俺以外誰も居ない、狭い狭いアパートの1室にこぼれ落ちた。
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