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7章 本音と暴露
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古河くんを俺が見かけたのは、その日の放課後のこと。手洗いに向かった職員用のトイレにて用を済まし、職員室へと戻ろうとしていた最中での出来事だった。
(お。古河くんだ)
トイレと職員室。その2つを繋ぐ一階廊下のちょうど真ん中辺りで差し掛かる、子ども達用の昇降口。大きなガラスが嵌められたそのドアの向こう側、ドアに寄り掛かるようにして、ちょこんと体育座りをしている古河くんがそこにいた。
どうやら、学童の外遊びタイムのようだ。昇降口越しに校庭に目を向ければ、今日も今日とて楽しそうに賑やかに遊ぶ子ども達の姿が目につく。今日は井上さんは外担当じゃないのか、例のかっぷくのよい女性職員が1人、子ども達と一緒に遊んでいた。
10月にも入り、日の落ちは早くなっている。
夕暮れ時特有の、まるでその日最後の仕事をやりきらんとする勢いで輝く、焼きつくような橙色の光が校庭中を包みこみ、その地面に、校舎や遊具、子どもや大人の影を長く色濃く描き出している。
その中で、ぽつんと体育座りをする古河くん。
その姿は、なんとなくそれをそのままにして通り過ぎるには、あまりにも寂しげな光景だった。
一瞬の迷い。
が、いや、と首を横に振って、俺は古河くんの方へ足を向けた。
「よ。なーにしてんの」
キィッ、と昇降口のドアを開けながら、古河くんに声をかける。
古河くんが俺の方に振り返る。そうして「あ……」と驚いたように目を丸めた。
「このあいだの先生……」
「お。覚えてた? 3年4組の酒井透だよ」
「学童の瀬川賢人のクラスの先生って言えばわかるかな」そう言って古河くんの横に腰をおろす。「瀬川くんの……」とぽつりと古河くんが呟いた。
鼻の頭の上や右頬辺りに、絆創膏が貼られている古河くんの顔。たぶん、こないだの賢人との喧嘩の跡だろう。絆創膏がない部分にも、いくらか小さな擦り傷や痣と思しきものがある。
改めてみると、ずいぶんとまぁ大きな喧嘩をやらかしたものだ。
こういのは大抵保護者同士が出てくる程の大事に発展する場合が多い。なんなら保護者から、学童ではなく学校側に連絡が来る場合もある。保護者からすれば、学校も学童もそう変わりない場所なのだろう。
でもそういった事は一切ないし、学童側から学校側に連絡らしきものが来てもいない。賢人も特にそれらしい事は言ってなかったし、なんとか穏便に終わったという事なのだろう。
――当の子ども達以外は。
「怪我、大丈夫だったか?」と古河くん訊ねれば、少し間をあけた後に「うん」と小さく頷き返された。
「悪かったな、うちのクラスの奴がさ」
「……瀬川くんは悪くないよ」
お、と予想外の言葉に思わず心の中で声をあげる。
あんだけ大きな喧嘩して、それでも相手は悪くないと言うとは。
なんとも矛盾した発言に驚きながらも、それを古河くんに察されないようになるべく平常を保ちながら、俺は「どういうこと?」と彼に尋ね返した。
「……瀬川くんじゃないんだ。僕が、瀬川くんを怒らせちゃったんだ……」
ポツポツと、古河くんが語り始める。
時折、順序がごちゃっとなりつつも、少しずつその時にあった事を古河くんが語ってくれる。
そうして全てをきちんと教えてくれた古河くんの話を綺麗にまとめると、喧嘩が起きてしまった経緯は次の通りである。
まずその日、いつも通りに学童は校庭遊びの時間に入っていた。
校庭に飛び出していく子ども達。古河くんも外に出たくって、皆と一緒に外に出た。でも、特に誰かと遊びたいわけでもなかった事から、1人で外遊びをしていたのだという。
その時、古河くんの目に届くところに賢人と数人の学童の子ども達、そして井上さんがいた。
賢人達は井上さんに運動会のダンスを見せていたそうだ。大好きなアニメの曲を踊るのだ、今日新しい振りを覚えたのだ、とその日の合同練習でやった振りを井上さんに見せていたらしい。
井上さんはかっこいいね、と賢人達を褒めていた。けれど井上さんが褒めたそのダンスは、今日習ったという内容とちょっとだけ違っていて、古河くんは彼らが振りを間違えて覚えてしまっている事に気づいたのだという。
「だから、僕、それ違うよって……。そこの動き、そうじゃなくて、こうだよって……。間違ってるよって、そう言ったんだ……。そうしたら、瀬川くん、怒っちゃって……」
「違くないって言うから、違うって僕も言い返して……」と古河くんが言いながら、どんどんと体を小さくしていく。顔を隠すように膝にくっつけ、ぎゅうっと丸くなってしまう。
(なるほど。それで最終的には、口だけの応酬から手足の出る喧嘩にまで発展したと)
なんか、凄いデジャヴ感がある話だ、とそんな事を考える。頭の中に、かつてクラスメイトの間違いを指摘した事をきっかけに、教師を呼ぶ大喧嘩まで発展させた友人の姿が思い浮かんだ。
まぁ、アイツの場合、こうやって教師に喧嘩の理由なんて尋ねられても拗ねてばかりで何も言わなそうな子どもだったけど。それと比べると、古河くんの方は随分と素直な子どもである。1人で過ごす事を好むところは郁也に似てるけど、性格そのものは郁也とは似ても似つかない様子だ。
(でも、そっか。ダンスの振り付けかぁ)
それは予想外の理由だったなぁ。
今年のダンスは全体的に覚えがよい印象を覚えていただけに、そんなに問題なく順調に進んでいるとばかり思っていたのだが、どうやらそうでもなかったようだ。
(全体的に覚えがいい印象だったから、どんどん新しい振りを覚えさせちゃってたのが要因かなぁ。もしかして意外と他にもそういう子いたりするのかも。いやでもだからって、1人1人見ている余裕なんて、こっちにはないし)
けどダンスの振り1つで、これだけ大きな喧嘩が起こる可能性があるなら、もっとちゃんと見ていった方がいいのか? いやでも、もう運動会まで半月切ったし。このタイミングで1から見直しってのはきつくない?
うーん、と思わず腕を組みながら頭をひねる。一応、他の先生にも言っておくべきか? と思い至ったところで、ぽつりと古河くんが呟いた。
「僕……、別に、瀬川くん怒らせようと思ったわけじゃないんだ」
古河くんが、膝を抱える腕に力を入れる。
丸めて縮めた身体を、さらに丸く小さく、まるで消してしまおうとでもするかのように、ぎゅうぎゅうっ、と膝を抱きかかえる。
「ただ、間違ってるって、そう思ったから、そう言っただけなのに……」
かき消そうな声で続けられた言葉に、あぁ、なるほど、とふいに思った。
(賢人が納得してなかったのは多分、自分の間違いを指摘されたところだな)
(お。古河くんだ)
トイレと職員室。その2つを繋ぐ一階廊下のちょうど真ん中辺りで差し掛かる、子ども達用の昇降口。大きなガラスが嵌められたそのドアの向こう側、ドアに寄り掛かるようにして、ちょこんと体育座りをしている古河くんがそこにいた。
どうやら、学童の外遊びタイムのようだ。昇降口越しに校庭に目を向ければ、今日も今日とて楽しそうに賑やかに遊ぶ子ども達の姿が目につく。今日は井上さんは外担当じゃないのか、例のかっぷくのよい女性職員が1人、子ども達と一緒に遊んでいた。
10月にも入り、日の落ちは早くなっている。
夕暮れ時特有の、まるでその日最後の仕事をやりきらんとする勢いで輝く、焼きつくような橙色の光が校庭中を包みこみ、その地面に、校舎や遊具、子どもや大人の影を長く色濃く描き出している。
その中で、ぽつんと体育座りをする古河くん。
その姿は、なんとなくそれをそのままにして通り過ぎるには、あまりにも寂しげな光景だった。
一瞬の迷い。
が、いや、と首を横に振って、俺は古河くんの方へ足を向けた。
「よ。なーにしてんの」
キィッ、と昇降口のドアを開けながら、古河くんに声をかける。
古河くんが俺の方に振り返る。そうして「あ……」と驚いたように目を丸めた。
「このあいだの先生……」
「お。覚えてた? 3年4組の酒井透だよ」
「学童の瀬川賢人のクラスの先生って言えばわかるかな」そう言って古河くんの横に腰をおろす。「瀬川くんの……」とぽつりと古河くんが呟いた。
鼻の頭の上や右頬辺りに、絆創膏が貼られている古河くんの顔。たぶん、こないだの賢人との喧嘩の跡だろう。絆創膏がない部分にも、いくらか小さな擦り傷や痣と思しきものがある。
改めてみると、ずいぶんとまぁ大きな喧嘩をやらかしたものだ。
こういのは大抵保護者同士が出てくる程の大事に発展する場合が多い。なんなら保護者から、学童ではなく学校側に連絡が来る場合もある。保護者からすれば、学校も学童もそう変わりない場所なのだろう。
でもそういった事は一切ないし、学童側から学校側に連絡らしきものが来てもいない。賢人も特にそれらしい事は言ってなかったし、なんとか穏便に終わったという事なのだろう。
――当の子ども達以外は。
「怪我、大丈夫だったか?」と古河くん訊ねれば、少し間をあけた後に「うん」と小さく頷き返された。
「悪かったな、うちのクラスの奴がさ」
「……瀬川くんは悪くないよ」
お、と予想外の言葉に思わず心の中で声をあげる。
あんだけ大きな喧嘩して、それでも相手は悪くないと言うとは。
なんとも矛盾した発言に驚きながらも、それを古河くんに察されないようになるべく平常を保ちながら、俺は「どういうこと?」と彼に尋ね返した。
「……瀬川くんじゃないんだ。僕が、瀬川くんを怒らせちゃったんだ……」
ポツポツと、古河くんが語り始める。
時折、順序がごちゃっとなりつつも、少しずつその時にあった事を古河くんが語ってくれる。
そうして全てをきちんと教えてくれた古河くんの話を綺麗にまとめると、喧嘩が起きてしまった経緯は次の通りである。
まずその日、いつも通りに学童は校庭遊びの時間に入っていた。
校庭に飛び出していく子ども達。古河くんも外に出たくって、皆と一緒に外に出た。でも、特に誰かと遊びたいわけでもなかった事から、1人で外遊びをしていたのだという。
その時、古河くんの目に届くところに賢人と数人の学童の子ども達、そして井上さんがいた。
賢人達は井上さんに運動会のダンスを見せていたそうだ。大好きなアニメの曲を踊るのだ、今日新しい振りを覚えたのだ、とその日の合同練習でやった振りを井上さんに見せていたらしい。
井上さんはかっこいいね、と賢人達を褒めていた。けれど井上さんが褒めたそのダンスは、今日習ったという内容とちょっとだけ違っていて、古河くんは彼らが振りを間違えて覚えてしまっている事に気づいたのだという。
「だから、僕、それ違うよって……。そこの動き、そうじゃなくて、こうだよって……。間違ってるよって、そう言ったんだ……。そうしたら、瀬川くん、怒っちゃって……」
「違くないって言うから、違うって僕も言い返して……」と古河くんが言いながら、どんどんと体を小さくしていく。顔を隠すように膝にくっつけ、ぎゅうっと丸くなってしまう。
(なるほど。それで最終的には、口だけの応酬から手足の出る喧嘩にまで発展したと)
なんか、凄いデジャヴ感がある話だ、とそんな事を考える。頭の中に、かつてクラスメイトの間違いを指摘した事をきっかけに、教師を呼ぶ大喧嘩まで発展させた友人の姿が思い浮かんだ。
まぁ、アイツの場合、こうやって教師に喧嘩の理由なんて尋ねられても拗ねてばかりで何も言わなそうな子どもだったけど。それと比べると、古河くんの方は随分と素直な子どもである。1人で過ごす事を好むところは郁也に似てるけど、性格そのものは郁也とは似ても似つかない様子だ。
(でも、そっか。ダンスの振り付けかぁ)
それは予想外の理由だったなぁ。
今年のダンスは全体的に覚えがよい印象を覚えていただけに、そんなに問題なく順調に進んでいるとばかり思っていたのだが、どうやらそうでもなかったようだ。
(全体的に覚えがいい印象だったから、どんどん新しい振りを覚えさせちゃってたのが要因かなぁ。もしかして意外と他にもそういう子いたりするのかも。いやでもだからって、1人1人見ている余裕なんて、こっちにはないし)
けどダンスの振り1つで、これだけ大きな喧嘩が起こる可能性があるなら、もっとちゃんと見ていった方がいいのか? いやでも、もう運動会まで半月切ったし。このタイミングで1から見直しってのはきつくない?
うーん、と思わず腕を組みながら頭をひねる。一応、他の先生にも言っておくべきか? と思い至ったところで、ぽつりと古河くんが呟いた。
「僕……、別に、瀬川くん怒らせようと思ったわけじゃないんだ」
古河くんが、膝を抱える腕に力を入れる。
丸めて縮めた身体を、さらに丸く小さく、まるで消してしまおうとでもするかのように、ぎゅうぎゅうっ、と膝を抱きかかえる。
「ただ、間違ってるって、そう思ったから、そう言っただけなのに……」
かき消そうな声で続けられた言葉に、あぁ、なるほど、とふいに思った。
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